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小笠原空港建設問題に関する意見書

意見の趣旨

空港建設計画のような大規模開発計画は、計画構想段階からの情報の公開と広い市民参加などを取り入れた慎重かつ細心の配慮を行いうる計画アセスメント制度の立法措置が講じられなければならないが、かかる制度がない現状において、小笠原空港建設をめぐる諸問題については、東京都に対し次のように提言する。

1 現在すすめている兄島への空港建設計画を白紙撤回し、将来においても同島を空港建設の候補地としないこと。
父島等において空港建設を計画する場合には、オガサワラオオコウモリに代表される小笠原の固有種並びに固有亜種の生息地など重要な生態系が保全されている地域を空港建設の候補地としないなど慎重な配慮をすること。
2 小笠原空港については、今後の代替案の作成・検討にあたっては、空港建設計画に関してこれまで作成した報告書類とデータを全て公開し、さらに今後作成する報告書類とデータを逐次公開し、空港建設の適否について、小笠原の生物多様性と自然を適正に評価した上で、空港建設およびその関連施設がそれらに与える影響を評価し、さらに必要性等社会経済的視点からも建設計画の合理性を検討すること。
上記検討手続きは、地域住民の参加はもちろんのこと、各分野の専門家や自然保護団体から十分に意見を聴取したうえで行い、検討の過程と結論は公開すること。
3 小笠原村、環境庁など関係諸機関と連携・協力の上、
(1)東京都環境基本条例において策定を定められた「東京都環境基本計画」の中に、小笠原の生物多様性と自然を保護するための地域計画を盛り込むこと。
(2)環境庁に対し、兄島全島を国立公園の特別保護地区に格上げをするよう要請するこ と。
(3)小笠原の固有種並びに固有亜種を絶滅のおそれのある動植物種の保存に関する法律上の国内希少野生動植物種に指定するよう要請することを前提に、同法に基づく生息地等保護区への指定要請をすること。
4 交通アクセス、医療体制の充実など、小笠原が現在抱えている社会基盤整備上の諸問題について、東京都として現在取りうる対応策(現状より医療水準の高い医療機関の整備、特別養護老人ホームの設置、公立図書館の設置など)の検討に努めること。

理由

第1 はじめに
東京弁護士会公害・環境特別委員会と第二東京弁護士会公害対策・環境保全委員会は 、これまで東京都における数少ない貴重な野生生物の宝庫である小笠原諸島の自然保護の問題に取り組んできた。
そして、専門家から小笠原諸島の自然の特質等について講義を受けるとともに、1996年5月25日から同月30日までの日程で小笠原諸島の兄島、父島、母島に現地調査を実施して自然環境の実際にふれ、また空港建設候補地を見聞し、小笠原村役場、小笠原村議会、東京都小笠原支庁、小笠原総合事務所、さらには明日の小笠原を創る会や小笠原の航空路を考える会など関係者からのヒアリングを実施した。また、6月27日までに東京都庁のほか環境庁、運輸省からもヒアリングを行った。
これらの調査結果を踏まえて、自然保護の視点から小笠原空港建設問題についての意見を取りまとめたので、両弁護士会の常議員会の審議を経て、ここに意見を発表する。

第2 小笠原の概要と空港への期待
1 小笠原の自然
小笠原諸島(小笠原群島)は、本土東京の南約1000kmの北太平洋に点在する約30の島嶼で形成され、大まかに北から聟島列島・父島列島・母島列島の3つの列島からなっている。最大の島は父島で約24km(沖縄本島の50分の1)、母島が約20km、兄島は父島の3分の1足らずの大きさである。
小笠原諸島は約300万年前の山体形成以来一度も大陸と接触した歴史をもたない孤立した海洋島である。そのため島の動植物は全て遠くの島々や大陸から途方もない旅を経てたどり着いた種の子孫であり、それら構成要素の相互の微妙なバランスの上に保たれた世界に類を見ない固有の生態系を成立させている。
政府は、1995年10月、「生物多様性国家戦略」を発表したが、その中で、「小笠原諸島は自生の高等植物の4割近く、陸鳥のほとんどすべて、陸産貝類の約4分の3が固有種・亜種である。亜熱帯における高温で降水量が少ないという特殊な条件下に成立する植生であり、まとまって見られる場所は世界的にもほとんどない乾性低木林等、特異な生態系が存在する。」「日本の動植物相は固有種あるいは固有亜種の比率が高く、特にこの傾向が顕著である琉球列島と小笠原諸島は東洋のガラパゴスと呼ばれることも多い。」と指摘している。
両弁護士会が調査に訪れた3つの島は、まず最大の父島では中央山東側と初寝山周辺 にシマイスノキなどの乾性低木林が発達しておりムニンフトモモ、シマムラサキなどの多くの固有植物が自生し、また鳥類では絶滅危惧種のオガサワラノスリ、アカガシラ、哺乳類では天然記念物で危急種のオガサワラオオコウモリなどが生息している。
また二番目に大きい母島は湿性高木林に特徴があり、桑ノ木山と石門一帯は原生林の面影を残している。石門から乳房山、東崎にかけての東海岸502.80haは森林生態系保護地域に指定され、また絶滅危惧種のハハジマメグロ(特別天然記念物でもある) とオガサワラカワラヒワや危急種のオガサワラオオコウモリ(天然記念物でもある)などが生息している。
しかし、明治以降の乱伐や開墾による土壌流出によって、明治時代末期には、兄島全 域と父島東部そして前述の母島東部の保護林を除いて、小笠原の森林は殆ど消滅するに至った。さらには稀産動植物の不法採取や入植者等が持ち込んだセイヨウミツバチやアフリカマイマイ、リュウキュウマツなどの移入動植物による生態系の攪乱(海洋島の生態系は脆弱で、帰化動植物が極めてはびこり易い)のため、兄島以外の島々では固有の生態系が残っているのはごく一部の地域に限られる事態となってしまった。そしてその結果、驚くべきことに小笠原固有種鳥類4種のうち、メグロ(特別天然記念物)を除くオガサワラマシコ、オガサワラガビチョウ、オガサワラカラスバトが1830年の入植以来わずか160年の間に絶滅してしまったのである。その他、哺乳類ではオガサワラアブラコウモリ、貝類ではカタマイマイ属の中の多くの種、エンザガイ属の大半、オガサワラヤマキサゴ属の大半など多数、植物ではトヨシマアザミ、ムニンキヌランと、明 治以降の開発の中で小笠原から姿を消してしまった固有種・亜種はきわめて多い。
そうした中で、唯一兄島だけがほぼ全島を小笠原本来の自然植生で被われており、小笠原最大面積の乾性低木林が保存されている。その兄島の自然を特徴づける乾性の土質と水資源の不足が幸いし、今日まで同島を農業等の開発から遠ざけてきたためである。 植物では日本自然保護協会・世界自然保護基金日本委員会版レッドデータブック記載植物のうちムニンヒカサキ、ムニンノキなど少なくとも16種が生育しており、陸産貝類は7属19種の固有種が生息し(うち11種は兄島にしか生息していない。また一時絶滅したとされていたエンザガイ属3種が兄島で良好に生息していることが復帰後の調査で確認された)、昆虫類では天然記念物のオガサワラアメンボ、オガサワラタマムシなどが良好に生息しているほかオガサワラハンミョウのように他の島では生息が確認されていないものも兄島では多数生息しているとの報告がある。兄島周辺の海域の自然環境についても、兄島瀬戸のサンゴや海産藻類の種類の豊富さは特筆に値する(後述の「第2次小笠原諸島自然環境現況調査報告書」によれば、小笠原諸島で確認した種の83パーセントにあたる約170種の海草が同地に生息しているとの報告がされている)。また景観のすぐれていることから海中公園地区に指定されている。

2 小笠原の村民の暮らしと空港への期待
小笠原諸島に最初の居住者が現れたのは1830年で、ハワイから訪れたマテオ・マザロ、ナサニヨル・セーボレーら30名であった。日本人が本格的に入植を開始したのは日本の領有権が認められた1876年以降である。
ところが、第2次世界大戦の敗戦によって、小笠原は米軍の軍政下におかれ、欧米系 島民以外の島民が帰島を許されたのは1968年であった。
現在、父島と母島の両島合わせて約2400人の都民(小笠原村民)が生活を営んでいる。主要な産業は、農業と漁業そして観光業である。公共事業を軸とする土木事業も比較的盛んである。
遠く孤立した離島という条件の中で、小笠原村民は、本土への交通、情報へのアクセス、医療・福祉体制、産業の振興などといった様々な側面において、都民でありながら大きなハンディを背負って生活している。
特に、交通手段は極めて限定されており、現在、1週間にわずか1往復だけの片道29時間を要する定期航路が都心へのアクセスの全てである。そのため、本土との間に定期航空路開設を望む声が強く、1991年6月に村議会は「小笠原空港建設の要望」を決議している。(なお、父島の洲崎地区には、かつて軍用飛行場があったが、戦後取り壊されている。)

第3 小笠原空港建設計画の概要
1 空港建設計画の動き
小笠原に定期航空路をという話は、1968年の本土復帰時点から持ち上がっていたのであるが、これが「空港建設計画」となって急浮上したのは、1988年6月、「復帰20周年式典」に出席した鈴木俊一都知事が「今年度中に小笠原空港建設計画を決定 したい」と発表してからである。翌89年2月に、東京都は「1800m滑走路を兄島に建設、2000年完成」の方針を正式決定した。
1989年8月、東京都は都立大学に小笠原諸島の環境現況調査を委託、1991年3月に「第2次小笠原諸島自然環境現況調査報告書」が公表された。
その後、1991年11月に閣議決定された「第六次空港整備五箇年計画」の中で、小笠原空港は「予定事業」として採択されたものの、「新規事業」としては採択されな かった。
これに対して、都議会は、1994年3月に「小笠原空港の早期建設促進に関する決議」を全会一致で採択した。
そして、1994年12月に、東京都総務局は「小笠原空港整備にかかる各種調査結果について」をまとめ、父島、母島、兄島、弟島の4つの候補地を選択の対象として提示した。これを受けて小笠原村議会は翌95年1月に「兄島が最適、第七次で新規事業格上げ要請」を決議した。
さらに、同年2月に東京都多摩島嶼振興推進本部会議は、小笠原空港予定地を「最終的に兄島とし、父島とはロープウェイでつなぐこととする」と決定した。

2 兄島空港建設計画の概要(末尾添付の図面参照)
前記「小笠原空港整備にかかる各種調査結果について」によれば、兄島空港は同島東南の台地上に予定され、滑走路長1800m、着陸帯幅150m、計画高141m、総土高量1177万、用地面積86・3ha、最大盛土高100mであり、ロープウェイを含めた建設費の合計は約374億円とされている。

第4 兄島空港計画の問題点
1 東京都が兄島を最適と判断した理由は、小笠原村議会が同島案を要請した理由とも重なるが、建設費用が他の候補地と比較して格段に低額であることと、空港予定地が用地取得の容易な国有地でしかも国立公園ではあるものの規制がもっとも緩い「普通地域」であるということである。他の3候補地は建設費が約800~1000億円で、民有地を含み、しかも国立公園の特別保護地区と特別地域であるのと比較して、一見すると兄島案に問題は少ないと感じられるが、実態は以下のとおりこれと異なる。

2 兄島案は同島の自然の価値を過少評価している。
 既に述べたように、小笠原諸島の中で唯一兄島だけがほぼ全島を小笠原本来の自然植生で被われており、小笠原最大面積の乾性低木林が保存されている。こうした小笠原固有の生態系を唯一色濃く残している兄島の価値は測り知れないものと言うべきである。 そして同時に乾性低木林という環境変化の影響をきわめて受けやすい脆弱な生態系でもあるが故に(今回の現地調査においても、戦時中、日本軍によって畑として開墾された箇所が、戦後50年を経た現在もなお殆ど荒れた状態のままになっており本来の植生が回復されていないことを目のあたりにした)、同島の自然環境の保全は日本のみならず、地球的に見てきわめて重要な問題である。そのため、日本生態学会はじめ、日本鳥学会、第17回太平洋学術会議、日本自然保護協会、世界自然保護基金日本委員会、小笠原自然環境研究会、イタリア貝類学会、国際自然保護連合など内外の多数の研究者や自然保護団体が兄島の保護を訴えている(国際自然保護連合は、世界の保全されるべき植物の多様性(Plant Diversity)として、日本では白神山、屋久島と並んで「兄島」を あげている)。
両弁護士会は、この兄島の自然の価値一点をもって、兄島を空港のみならず将来の一切の人為的影響から保護されるべき十分な理由足りうるものと考える。
このような兄島が、国立公園ではあるものの、特別保護地区が海岸線付近に限定され、空港建設候補地周辺が現在まで普通地域のままに放置されてきた事実には行政の怠慢では済まされない責任があると言えるのではなかろうか。このことに関連して、前述の 「第2次小笠原諸島自然環境現況調査報告書」は、兄島は小笠原の自然生態系が保全さ れている貴重な地域であるとして、特別地域以上への格上げを含めた最大限の保護を強く提言しているのである。この全く正当と思われる指摘が、その後の東京都の計画立案の過程で何故無視されるに至ったのか強い疑問を禁じえない。
それ故、同島の自然保護について緊急に要請されるべきことは、同島の自然の特性を適正に評価したうえで、現在の海岸部分だけではなく全島を自然公園法の特別保護地区に格上げしてその保護を図ることである。

3 手続き上の問題点も指摘される。
(1)1991年11月、小笠原空港は国の「第六次空港整備五箇年計画」に予定事業として採択されたが、その際、新規事業に組み入れられるための課題として次の3項目が課せられた。
①空港計画の熟度(自然環境に配慮した位置、規模等)を高める。
②環境を踏まえた関係地域の開発計画の策定及び当該計画に基づく需要の見通しを明確にする。
③費用負担(用地造成費の地元負担方法)の見通しを明らかにする。
この課題に応えるために東京都は、株式会社日本工営等に委託して、1992年の「小笠原空港再検証調査」、1994年の「小笠原空港環境現況調査」など各種の調査を実施し、その結果が同年12月に発表した「小笠原空港整備にかかる各種調査結果について」にまとめられた。
(2)課題①について
しかるに、1994年の「小笠原空港環境現況調査」報告書は、一方で絶滅したと考えられていたシマホザキラン(父島)やコゴメビエ(母島、弟島)の生息を発見するという優れた成果を上げながら、他方で調査結果の解析と評価において科学的手法を用いておらず、また調査内容の書換えなども指摘されており、恣意的な結論を導いていると 、日本自然保護協会など各方面からの強い批判を受けている。とりわけ前記報告書が、兄島の台地上を区域分けして、一部の生物種を移植・移動する等の方法を取ることにより、空港建設と自然保護とが両立すると認識していることは、同島の乾性低木林という生態系の脆弱な特性や自然生態系の微妙なバランスについての無理解に基づくもので極めて不当であると考える。
(3)課題②について
東京都は、この課題については、1992年3月「小笠原諸島環境容量調査報告書」をまとめているが、そこでは小笠原諸島の定住人口が3000人、受入れ人口が2374人と受容最大量を試算している。しかし、この数値は過大であるとの指摘が各方面からなされている。
また、現在、小笠原村では市街化区域・市街化調整区域の設定がない「未線引」状態であり、開発行為に対して無防備な状態である。加えて、小笠原村では農地法の適用がなく、そのため農地転用による乱開発の危険も存在する。これらは株式会社日本工営に委託してまとめた「小笠原諸島長期基本計画」(1993年3月)においても指摘されている問題点である。
したがって、空港計画に先立って東京都が先ず行うべきことは、都市計画法上の区域指定と農地法の適用を可能とする法制度の整備ではなかろうか。
(4)課題③について
東京都は、この課題に対しては、今後運輸省と十分協議するとしているのみである(1993年度版「事業概要」。なお、東京都や運輸省からの聞き取りでは、この協議が進展しているようには見えなかった)。
しかし、小笠原は孤島であるが故に建設コストは本土の倍以上かかることが予想され、1994年12月に東京都がまとめた「小笠原空港整備にかかる各種調査結果の概要について」にまとめられた試算が現実の数字を表現しているとは俄に信じがたい。
空港建設費用は空港整備特別会計法に基づいて最終的には国と東京都の予算から支払われることになるから、コスト計算はもっと厳密になされなければならない。また、関連する問題として、空港が開設された場合のゴミ処理の問題や上下水道等関連事業について小笠原村の負担が増えることも十分予想されるから、小笠原振興特別措置法に基づき振興開発計画の案を作成する東京都(知事)としてはこの点も慎重に予測・検討を 重ねなければならない。
(5)以上に述べたように、国から与えられた3つの課題に対し、現時点で東京都が納得の行く回答を示しているとは到底言えないのであり、いずれも今後さらに検討を重ねなければならないものと考える。そして、その際に特に指摘しておかなければならないことは、これからの手続きは、空港建設という大規模公共事業に係わる手続きである以上、次項以下に述べるように、正しい情報の公開と市民参加のもとでの計画アセスメン トの手続きが取られなければならないということである。このことは当会が予てより指摘しているところであるが、新しい環境基本法の精神の下で是非とも実現すべきこととして強調したい。

第5 小笠原空港建設計画における意思決定のあり方
1996年2月、環境庁は東京都に対して、国立公園の中で最も規制の緩い普通地域に据え置かれていた兄島の空港建設予定地に世界的に貴重な植生があり最も厳しい規制が必要な特別保護地区に匹敵する価値があることが判明したとして、生態系・生物多様性保護の観点から同島での空港建設に否定的な見解を示した。
東京都は、この環境庁の見解を受けて、同年2月27日に「小笠原空港建設推進会議」を設置し、兄島案を前提としつつも、兄島以外の他の島での建設可能性についても検討作業を開始した。
こうした動きを踏まえて、両弁護士会は、東京都が兄島は勿論のこと父島等兄島以外に空港適地を求める再検討を行うに際して是非とも留意すべき幾つかの点を指摘する。
1 構想段階からの計画アセスメントの必要性
東京都の現行の環境影響評価条例は、所謂事業アセスメントにすぎず、そのため現在立案されている空港建設計画は未だ環境影響評価の対象とされていない。
しかし、事業実施時期でのアセスメントでは、結果によって計画変更をすることが極めて困難である。これでは、前述のように小笠原という脆弱な生態系をもった地域での事業計画の場合、実施によって取り返しのつかない損傷を被る危険性がある。
したがって、計画構想段階という初期の段階で、計画中止という選択肢をも含んだ計画アセスメントを実施することが重要であると考える。
この問題について、東京都でも新しい「環境配慮制度」に計画アセスメントを取り入れる動きがあり、これに関して1995年11月に公表された「中間のまとめ」では評価の項目として「社会的・経済的影響に関する項目」が掲げられているが、この社会経済アセスメントの手法をも盛り込んだ計画アセスメントを小笠原空港建設計画において実施すべきだと考える。

2 情報公開と市民参加の必要性
1992年の地球サミットで採択されたアジェンダ21は「環境と開発というより明確な分野では、新たな参加形態が必要になっている。この新たな参加形態には、個人、団体および組織が環境影響アセスメント手続きに参加し、意思決定について知り、その意思決定に参加することを含む。」と述べている。
このように、これからの環境と開発の問題を考え政策決定を行っていくにあたっては、情報の公開と市民参加は不可欠の要素であると言って過言ではない。

3 評価書案の検証は第三者に委ねるべきである。
本来、自然環境の保全を目的としてなされる調査や報告は、中立・公正な立場から行われるべきであるが、発注者である事業主体が営利企業たるコンサルタント会社に中立
・公正な調査や報告を期待することは、性格上困難であるとの問題がある。
したがって、この問題点を是正するために、事業主体が作成した評価書案を中立・公 正な第三者機関の審査に服せしめることが必要である。そして審査委員には各分野につ いて複数の専門家を選任して議論の偏りを防止するとともに、その審査過程と結論を公開して公正さを担保すべきであると考える。

第6 小笠原における交通アクセスと社会基盤の整備について
1 小笠原村の医療の充実・産業の振興などの為に本土との交通アクセスをより短時間にすることが必要である。そしてその有力な選択肢が空港建設計画であることは事実であり、小笠原村民の空港建設にかける期待を真摯に受け止めなければならない。
しかし、これまで述べたように、空港建設計画が小笠原の自然環境に与える負荷の大きさは軽視できないものであり、それは単に兄島だけではなく父島など他の候補地においても同様である(前述のシマホザキランやオガサワラオオコウモリの父島での生育・生息確認など父島や母島に残された自然環境も極めて高い価値を有することは1994年の東京都「小笠原空港環境現況調査」報告書においても指摘されている)。
したがって、交通アクセス改善の計画立案においては、利便性や費用対効果といった社会経済上の視点とともに自然環境に与える負荷も正当に考慮した上で、コミューター機やさらには高速艇もしくは飛行艇の導入といった代替手段の真剣な検討も含めて総合的に判断すべきである。そして繰り返しになるが、ここでも計画アセスメントの手法が採用されるべきことを強調したい。

2 医療体制の確立について
人命に直結する緊急医療体制の整備は村民の共通した願いであり、それ故に空港建設を望む声が大きいことを、我々は今回の現地調査で認識した。
しかしながら、1分1秒を争うような緊急医療の問題は身近に充実した医療体制があってのみ解決される問題であり、本来空港建設問題とは切り離して論じるべき性質のものだと考える。
翻って小笠原における医療体制の現実を見るに、父島診療所においては医師2名歯科医1名、母島診療所は医師が1名勤務しており、母島では他に歯科医が1名個人で開業しているが、これが小笠原の医師の全てである。そして簡単な手術は島内で出来るものの、それ以上の重い症例の患者は全て本土の病院に送られるというのが現状である。
したがって、東京都にとっては、村民あるいは来訪者の生命身体の安全の確保という最重要課題に応えるために、緊急医療にも対応できる水準の高い医療機関の整備こそ第一に取り組むべき課題であると考えるものである。

3 その他の社会基盤整備について
今回の現地調査で認識したことは、道路や住宅の充実ぶりに比較して、特別養護老人ホームがないことなど社会福祉施設が貧弱であること、図書館等の文化教育関連施設も不十分であることであった。
情報に対するアクセスも今春からテレビの地上波放送が可能になったとはいえ、新聞サービスなど未だ本土並の水準には及ばない。
このような社会基盤の整備は、空港建設とは別次元の問題として、東京都がもっと本腰を入れて取り組むべき課題だと考える。

第7 まとめ
小笠原の自然保護は、その生物多様性と自然の際立った重要性に鑑み、国家レベル地域レベルで取り組むべき課題であると同時に、地元の地方公共団体である東京都もその守り手として特に重要な役割を果たすべきことは明らかである。
ところで、これまで述べたように、空港建設計画のような大規模開発計画は、本来は計画構想段階から情報の公開と広い市民参加を取り入れた慎重かつ細心の配慮を行いうる計画アセスメント制度の立法措置が講じられるべきである。しかし、国の立法は先般 、中央環境審議会に諮問がなされた段階であり、東京都も新たな「環境配慮制度」制定作業の途中である。したがって、制度が未整備の現状では、小笠原空港建設計画問題については、東京都に対し次のように提言する。

1 まず、現在すすめている兄島への空港建設計画を白紙撤回し、将来においても同島を空港建設の候補地としないことを求める。
そして父島等において、空港建設を計画する場合には、オガサワラオオコウモリに代表される小笠原の固有種並びに固有亜種の生息地など重要な生態系が保全されている地域については空港建設の候補地としないなど慎重な対応をすることを求める。

2 そして、今後の代替案の作成・検討に当たっては、空港建設計画に関してこれまで作成した報告書類とデータを全て公開し、さらに今後作成する報告書類とデータを逐次公開し、空港建設の適否について、小笠原の生物多様性と自然を適正に評価した上で、空港建設およびその関連施設がそれらに与える影響を評価し、さらに必要性等社会経済的視点からも建設計画の合理性を検討することを求める。
上記検討手続きは、地域住民の参加はもちろんのこと、各分野の専門家や自然保護団体から十分に意見・科学的知見を聴取したうえで行い、検討の過程と結論は公開することを求める。

3 次に、より根本的な小笠原の環境保全策として、小笠原村、環境庁など関係諸機関と連携・協力の上、
(1)東京都環境基本条例において策定を定められた「東京都環境基本計画」の中に、小笠原の生物の多様性と自然を保護するための地域計画を盛り込むこと、
(2)環境庁に対し、兄島全島を国立公園の特別保護地区への格上げをするよう要請すること、
(3)小笠原の固有種並びに固有亜種を絶滅のおそれのある動植物種の保存に関する法律上の国内希少野生動植物種に指定するよう要請することを前提に、同法に基づく生息地等保護区への指定要請をすること、を求める。
兄島を国立公園の特別保護地区に格上げすることの必要性は既に論じたが、これも既に述べたように、同島以外にも、父島や母島など他の小笠原の島々には貴重な生態系は残っているのであり、しかも海洋島という特別の条件の中での脆弱な生態系であるから、周辺海域も含めてその保護管理は科学的な調査結果に基づいた周到な計画のもとに行われなければならない。特に、脆弱な生態系の上に生息している固有種は環境の変化によって直ちに絶滅する危険をはらんでいることからすると、小笠原の固有種は同時に絶滅のおそれのある動植物種であると言いうるのであるから、前記種の保存法の指定による保護を受けることが緊急の課題であると考える。

4 最後に、交通アクセス、医療体制の充実など、小笠原が現在抱えている社会基盤整備上の諸問題について、東京都として現在取りうる対応策(現状より医療水準の高い医療機関の整備、特別養護老人ホームの設置、公立図書館の設置など)の検討に努めることを求める。これらの問題の多くは空港建設とは別個に解決可能であるから、東京都は別途、それらの問題の解決に取り組むべきである。

以上

弁護士会小笠原現地調査団名簿
◆団 長 弁護士 光前幸一(東京弁護士会)
副団長 〃 鈴木健司(第二東京弁護士会)
副団長 〃 大木一俊(栃木県弁護士会)
◇事務局 〃 菅野庄一(東京弁護士会)
事務局 〃 朝倉淳也(第二東京弁護士会)
〃 田崎信幸(東京弁護士会)
〃 平 哲也( 〃 )
〃 浅見雄輔( 〃 )
〃 佐和洋亮(第二東京弁護士会)
〃 大島久明( 〃 )
〃 武田昌邦( 〃 )
〃 日置雅晴( 〃 )
〃 坂元雅行( 〃 )
〃 小倉京子( 〃 )
〃 工藤一彦( )
〃 富崎正人(大阪弁護士会)
〃 藤原猛爾( 〃 )
〃 福原哲晃( 〃 )
〃 高橋信正(栃木県弁護士会)
〃 若狭昌捻( 〃 )
事務局 江田光恵(東京弁護士会)