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「少年警察活動規則の一部を改正する規則案」に対するパブリックコメント

2007(平成19)年10月4日
東京弁護士会
会長 下河邉 和彦

 当会は、「少年警察活動規則の一部を改正する規則案」(以下、規則案という)に対し、次のとおり、意見を述べる。

【意見の趣旨】

第1 規則案第三章第三節「ぐ犯調査」の規定は、削除すべきである。

第2 規則案第三章第二節「触法調査」の中に、警察官は触法少年に質問するにあたって、意に反して供述を強制されることはないこと、及び弁護士付添人を選任できることを、あらかじめ分かりやすく告知しなければならない旨の規定を設けるべきである。

【意見の理由】

第1について

1 当初の「改正」少年法案第6条の2には、「ぐ犯少年である疑いのある者」に対する調査権限を警察に付与する旨の規定が存在した。
「ぐ犯少年」とは、「罪をおかす虞のある少年」という意味である。日本弁護士連合会及び当会を含む全単位弁護士会は、この規定によれば事実上全ての少年を警察の監視下に置くことが可能となり、人権侵害の危険性が高いという理由から、強く反対していた。複数の市民団体や識者からも、同様の趣旨で反対の意見が表明されていた。「改正」少年法に関する国会審議においては、かかる問題点の指摘をうけて、衆議院法務委員会における審議の段階で、上記規定が削除されるに至った(上記規定を削除した理由については、その後の参議院法務委員会においても、「警察による調査権限の及ぶ範囲が不明確で、調査対象の範囲が過度に拡大するおそれがあるという懸念が指摘されたからである」と説明されている)。

2 規則案は、本年6月1日に公布された「少年法等の一部を改正する法律」(以下、「改正」少年法という)の施行に伴い、少年警察活動規則を一部改正するものとされている。しかし、規則案第三章第三節「ぐ犯調査」の規定は、このような「改正」少年法案に関する国会での審議経過を完全に無視するものである。
規則案第27条は、ぐ犯少年に係る調査については「少年法第3条第1項第3号に掲げる事由があって、その性格または環境に照らして、将来、罪を犯し、または刑罰法令に触れる行為をするおそれがあることを具体的に明らかにするよう努める」という規定になっている。これでは、調査を開始する時点では「ぐ犯」に該当するかどうか具体的に明らかである必要はなく、調査の結果明らかにならなくとも「明らかにするよう努めたができなかった」といえば済むことになってしまう。
また、規則案第30条は規則案第20条第1項を準用し、「規則案第20条第1項中の『触法少年』とあるのは『ぐ犯少年』と読み替えるものとする」と定めている。規則案第20条第1項は、(触法調査のための呼び出し及び質問)「第20条触法調査のため、触法少年であると疑うに足りる相当の理由のある者、保護者又は参考人を呼び出すに当たっては、電話、呼出状の送付その他適当な方法により、出向くべき日時、場所、用件その他必要な事項を呼出人に確実に伝達しなければならない。」と規定している。この「触法少年」を「ぐ犯少年」と読み替えるということは、結局、「ぐ犯少年であると疑うに足りる相当の理由のある者」に対して、警察官が調査を開始するということになる。
このように、規則案第三章第三節「ぐ犯調査」の規定は、文言は変えていても、警察官の主観によって調査を開始することが可能であり、警察の調査権限が過度に拡大する危険性がある点で、当初の「改正」少年法案から削除された「ぐ犯少年である疑いのある者」に対する警察官の調査権限と全く同様である。

3 国会は、国民の代表機関であり、国権の最高機関であって、唯一の立法機関である。立憲民主主義下において、国民に対して権力を行使する行政権は、立法府が定める法の拘束に従わなければならない。特に警察は、その権限を行使することで類型的にも歴史的にも人権を侵害するおそれが高いことから、憲法が特に31条以下(適正手続)の規定を設けているところである。国家公安委員会のような独立行政委員会も、国会の民主的コントロールが及ぶことを条件に合憲と評価される存在である。
その警察が、国家公安委員会規則の形式で、立法府が修正案において敢えて削除した権限を勝手に復活させ、行使することは、違法・違憲と言わねばならない。

4 ぐ犯調査については現行少年法の下で警察が実施している範囲で今後とも実施すればよく、それ以上に調査対象を拡げるべきではない。
「改正」少年法案の国会審議においても、従前どおりの範囲で行われる調査まで否定はしておらず、むしろ、それで足りるという判断から、「ぐ犯少年である疑いのある者」に対する警察への調査権限付与規定が削除されたことは、審議経過から明らかである。

5 よって、規則案第三章第三節の「ぐ犯少年」の規定は、全て削除されるべきである。

第2 規則案第三章第二節「触法調査」について

1 成人であっても、警察の強引な取調べにより、やってもいないことをやったと自白してしまうことがあることは、近時も富山で冤罪事件が明らかになったように、歴史が証明している。少年の場合、自分より知恵や体力に勝る大人に迎合しやすく、被誘導性、被暗示性が強いという特質が存在するため、容易に虚偽の自白をしてしまう危険性が一般的に高い。低年齢になるほどその傾向は強いため、14歳以上の「犯罪少年」よりも14歳未満の「触法少年」の方が、よりその傾向が強いといえる。
また、刑罰法規に抵触する行為をした子ども、特に低年齢で重大事件を起こしてしまった子どもの多くは、虐待やいじめを受けていたり、複雑な生育歴を有している。先天性の発達障害を有しているにもかかわらず、保護者の無理解等により適切な援助を受けられなかった子どもも少なくない。すなわち、保護者の適切な保護・監護が期待できない事案が多いのである。
それゆえ日本弁護士連合会は、国選付添人の対象範囲拡大、「触法少年」に対する弁護士付添人選任権の付与、少年に対する供述拒否権と弁護士付添人選任権の告知、「触法少年」に対する警察の調査の可視化等を強く求めてきた。

2 衆議院法務委員会の審議では、かかる日本弁護士連合会などの意見を入れて、「改正」少年法第6条の3に、触法少年の調査に関し、少年に弁護士付添人の選任権を定めた。
また、参議院法務委員会で採択された「改正」少年法に関する付帯決議の第1項でも、「触法少年に対する警察官の調査については、一般に被暗示性や被誘導性が強いなどの少年期の特性にかんがみ、特に少年の供述が任意で、かつ、正確なものとなるように配慮する必要があることを関係者に周知徹底すること。また、これら少年に配慮すべき事項等について、児童心理学者等の専門家の意見を踏まえつつ、速やかにその準則を策定すること。」としている。
さらに参議院法務委員会の審議過程では、弁護士付添人選任権の告知について、与党修正案を提案説明をした大口善徳議員が「警察の方もこういう選任権というものについて、もちろん警察はしっかり分かってなきゃいけませんし、そして少年との調査のかかわり合いの中で私どもは、やはり警察にはこういう権利があるということを、これをやっぱり積極的に言ってもらうことが望ましいと、こういうふうに考えております。」(参議院法務委員会平成19年5月22日議事録13頁)と答弁している。警察庁生活安全局長も、「弁護人選任権の告知とか、それから供述拒否権の告知とかいうことでございますけれども、これは国会の御修正で入った規定でございますから、今提案者の委員の方からもお話があったように、その御意見も踏まえて私ども検討してまいりたいと考えております。」と答弁している。(参議院法務委員会平成19年5月22日議事録13頁)
このように、国会における「改正」少年法の修正趣旨、その目的および附帯決議の内容に鑑みれば、供述拒否権及び弁護士付添人選任権について少年に告知する旨の規定が設けられてしかるべきである。

3 成人であれば、逮捕された時には弁護士を選任できることを知らない者の方が少ないかも知れない。しかし、14歳未満の少年は、説明されなければそのような権利があることを知らない場合がほとんどであると思われる。
権利があっても、その存在を知らなければ行使することは出来ない。「触法少年」の弁護士付添人選任権が「改正」少年法において明文で規定された趣旨を没却しないためには、警察官は、調査にあたり、少年に対して、弁護士付添人の選任権をあらかじめ分かりやすく告知することが必須である。
また、少年、特に14歳未満という低年齢の少年に対しては、成人に対するよりも丁寧に分かりやすく供述拒否権を告知しなければ、参議院の附帯決議第1項が求める「一般に被暗示性や被誘導性が強いなどの少年期の特性にかんがみ、特に少年の供述が任意で、かつ、正確なものとなるように配慮」したことにはならない。

4 よって、「改正」少年法の施行に伴い、その趣旨を反映させるために規則改正を行うというのであれば、当然に、規則案第三章第二節「触法調査」の中に、警察官は触法少年に質問するにあたって、意に反して供述を強制されることはないこと、及び弁護士付添人を選任できることを、あらかじめ分かりやすく告知しなければならない旨の規定が設けられるべきである。

以上