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現行の申立手数料等の見直しの要否等に対する意見書

1996年(平成8年)11月8日


法務大臣
松浦 功 殿
法務省法務大臣官房司法法制調査部長
山崎 潮 殿


東京弁護会
会長 榊原卓郎

意 見 書

 現在、法務省法務大臣官房司法法制調査部の「民訴費用制度等研究会」において、現行の申立手数料等の見直しの要否等について調査・研究がなされていますが、この調査・研究事項に対する当会の意見は、次のとおりです。

意見の趣旨

    1. 申立手数料の低額化又は定額化を導入すべきである。
    2. 申立手数料の納付方法、送達費用の郵便切手による予納方法及び訴訟費用額確定手続について、国民に利用し易いように改善すべきである。
    3. 訴訟費用の中に弁護士費用を含ましめ、これを敗訴者に負担させることには反対である。

意見の理由

第1 申立手数料等の見直しについて
1 現行制度の概要及び近時の改正の経緯
(1)現行制度の概要
申立手数料(印紙代)は、現行法上、訴額スライド制が採用されているが、その具体的な範囲及び算定基準は民事訴訟費用等に関する法律(以下「民訴費法」という。)3条以下に規定されており、控訴提起、上告提起、調停申立は右基準に一定の割合を掛け合わせて算出する仕組みになっている。納付方法は、訴状、その他の申立書に印紙を貼付する方法である(民訴費法8条)。
なお、申立手数料を含む訴訟費用は、原則として敗訴当事者が負担しなければならないが(敗訴者負担の原則、民事訴訟法(以下、単に「法」という。)61条)、例外的に、権利の伸張若しくは防御に必要でない行為によって生じた訴訟費用等については、勝訴の当事者がその全部又は一部を負担しなければならないことがある(法62条ないし65条)。
(2)近時の改正の経緯
平成4年10月1日から民事訴訟費用等に関する法律の一部を改正する法律によって、申立手数料、借地非訟事件の申立手数料及び調停事件の申立手数料について手数料率の逓減を骨子とする改正がなされた。
また、今般の民事訴訟法の改正によって、訴訟費用額の確定手続、訴訟費用の担保及び訴訟救助の要件について改正が施されたが、日本に資産のある原告の担保提供義務、申立手数料の定額化・低額化、送達・呼出費用の申立手数料への組入れ、予納しない場合の訴え等の却下、弁護士費用の訴訟費用化(いずれも「民事訴訟法手続に関する検討事項」、「民事訴訟法手続に関する要項試案」には挙げられてい
た。)については、改正に至らなかった。
2 現行制度の問題点
(1)申立手数料を徴収すること自体について、フランス等のようにこれを否定する立法政策もあり得るが、後記(3)記載のとおり、原告、控訴人及び上告人等(以下、単に「原告」という。)に申立手数料を負担させることに一定の合理的理由が認められる以上、全く否定し去るのは適切でないと考える。
(2)問題なのは、申立手数料の算定基準である。そこで、まずこれを考える前提として、訴額スライド制採用の政策的根拠について検討を加えておきたい。一般に、訴額スライド制の制度趣旨としては、「濫訴」の防止とリーガル・サーヴィスの広汎な供給が挙げられる。
ア 前者は、原告に申立手数料を課することで、実際に提起される訴えを真摯なものにスクリーニングするという機能である。しかし、そもそも「濫訴」の意義自体不明確であるし、これを措くとしても、その実態が全く調査されることなく、「濫訴」が相当数存在することを前提として、その抑止という機能が強調され過ぎている嫌いがある。 仮に「濫訴」が存在するとしても、おそらく「濫訴」は、高額訴訟では極めて少なく、一定額までの訴額の訴訟に集中していると推察され、そうであれば申立手数料が「濫訴」抑止機能を果たす場面は少ないのではなかろうか。また、「濫訴」を提起する側としては、高額訴訟となる事案であっても、一部請求訴訟を提起することによって高額な申立手数料を垣くぐることが可能である。さらに、そもそも申立手数料は、訴訟に要する多種多様なコスト(金銭的、時間的、精神的なコスト)のごく一部であって、申立手数料に独自の抑止機能が働いているとは思われない。加えて、「濫訴」が一定数存在するとしても、それは当事者に十分な証拠収集方法が認められていない現行法制度に由来する側面もあるのであって、「濫訴」の提起者を一概に問題視するのも妥当でない。結局、「濫訴」抑止機能を過度に強調するのは適切ではないと考える。
イ 次に、リーガル・サーヴィスの供給機能であるが、これは「訴額に応じて申立手数料を徴収する現行制度は、訴訟利用というサーヴィスの受益者たる訴訟当事者に、その受益可能額に応じた手数料を負担させる制度とみることができる。こうして、個々の事案における裁判所の提供サーヴィスの質・量とは無関係に徴収された手数料を一括して捉えたうえで、裁判所が個々の事案に必要十分なサーヴィスを、当該事案固有の手数料額とは関わりなく配分していくのが現行制度であり、これは一種の政策的な再分配システム」(長谷部由起子「申立手数料-現行制度の問題点と改善点-」自由と正義43巻9号15頁)であると言われている。
しかし、このリーガル・サーヴィスの供給機能も十分機能しているとは考え難い。なぜなら、1990年度(平成2年度)における裁判所予算額は2574億0372万7000円(「裁判所、検察庁の予算の状況」自由と正義41巻12号5頁。同年度中に、ほぼこれに匹敵する金員が支出されたと思われる。)、これに対して、同年度に当事者が民事訴訟用の手数料として国に納付した金額は約100億円であって、全司法予算の中で手数料収入の占める割合は低いものに止まっているからである(前掲長谷部論文19頁)。
ウ なお、申立手数料の制度趣旨として、受益者負担を挙げる論者もいるが、そもそも申立手数料を納付する原告が受益者になるとは限らないし、現行法上、訴訟終了後には申立手数料を含む訴訟費用を敗訴者が負担することになっている以上(法61条)、申立手数料を受益者負担の理念から説明することはできない。現行法が採用するのは損失者(敗訴者・原因者)負担の理念であって、この理念からは、訴額に応じて申立手数料を高くする訴額スライド制に合理性・妥当性があるとは認められず(受益者負担の理念の下では、受ける利益が多ければ多いほど、申立手数料も多くなる訴額スライド制には合理性が認められる。)、抜本的に再検討するべき必要がある。
もっとも、「受益者負担」の意味を、リーガル・サーヴィスの受益者の意味に捉えるという見解もあり得るであろうが、そうであれば申立時には原告に、終了時には敗訴当事者にそれぞれ申立手数料全額を負担させる現行制度に合理性があるとは言えず、むしろ訴訟終了までに受けるリーガル・サーヴィス(証人尋問・検証、準備書面・書証の提出等)毎に、これを受ける当事者に訴訟費用を納付させる方が合目的的である。
また、一般に、当事者が第一審で受けるリーガル・サーヴィスは、控訴審や上告審におけるそれに比して大きいと言えるから、審級が上がるに従い申立手数料が高くなる現行制度は合理性を欠き、むしろ審級が上がるに従い申立手数料を低く抑えるべきであろう。
(3)以上にみてきたとおり、訴額スライド制は、必ずしも政策として妥当なものとは言えない。せいぜい、申立手数料が相当低額に押さえられた定額制と比較すれば、前記「濫訴」抑止機能及びリーガル・サーヴィスの供給機能を果たし得るという程度のものに過ぎないのである。
(4)逆に、現行の申立手数料は、諸外国の例に比較して高額であり、それのため国民の裁判を受ける権利の行使を萎縮させている感を否めない。これは、平成4年の改正によって申立手数料の低額化がもたらされたとはいえ、抜本的な解決には至っていない。とりわけ、実務を通じて不合理さを痛感させられるのは、一般市民が訴額1億円を超す紛争に巻き込まれるケースは稀有ではないが(交通事故、不動産訴訟
等)、その場合、高額な手数料の納付を強いられ、提訴を躊躇させられたり、提訴に至るにしても相当の経済的苦痛を強いられる点である(訴訟救助、法律扶助制度を利用できる場合もあるが、これらを利用する要件に合致しないことも多い。)。
改めて言うまでもなく、民事の紛争においては、当事者間の話合いや、裁判外の紛争解決手段をもってしても、なお解決できないものが多数存在する。この場合、訴訟費用が桎梏となって、裁判による紛争解決にアクセスできないようでは、裁判制度に対する国民の信頼を失いかねない。国民が広く裁判制度にアクセスできるようにするためには、現行法よりも訴訟費用を低くしなければならないと考える。
3 申立手数料の改善点
(1)以上の問題点を前提とする限り、次のような方策(日本弁護士連合「『民事訴訟手続に関する改正要綱試案』に対する意見書」145頁参照)が参考となるが、いずれが最も妥当かは更に検討を要する課題である。
・ 裁判所の種類毎に申立手数料を定額化する(例えば、簡易裁判所5000円、地方裁判所1万円、高等裁判所5万円、最高裁判所10万円など)。 ちなみに、アメリカの連邦地方裁判所では、全国一律で120ドル(1992年現在)、州裁判所では、地域によって差があるものの、ニューヨーク州では通常事件で170ドル、少額事件で35ドル、カリフォルニア州では市裁判所で51ドル、上位裁判所では128ドルとなっている(「アメリカにおける民事訴訟の運営」司法研修所編82頁)。
・ 訴額を5段階程度に分け、その中で低額・定額化する(例えば、訴額1円以上100万円未満は1000円、100万円以上500万円未満は5000円、500万円以上1000万円未満は1万円、1000万円以上1億円未満は5万円、1億円以上は10万円等)。 ちなみに、イギリスのハイコート(わが国の地方裁判所に相当する。)の場合、召還令状(リット)の発令のため手数料は、一律に1件70ポンドであり(なお、その後も手続の進行に応じて手数料がかかる。)、カウンティ・コート(わが国の地方裁判所と簡易裁判所の中間的なものに相当する。)の場合、リクエスト(要求書。裁判所に呼出状の発令を求めるもの)を提出する時に、9段階に分けられた訴額に応じ10ポンドから70ポンドの手数料を納めなければならない(「イギリスにおける民事訴訟の運営」司法研修所編60、273頁)。
・ 訴訟物の価額の0.1パーセントを申立手数料とするが、その最低額と最高額を定める(例えば、最低額500円、最高額100万円等)。 ちなみに、・とは若干異なるが、ドイツでは、第一審通常訴訟の提訴段階では1単位(訴額に応じて1単位の金額が異なる。)の裁判手数料及び送達料の納付が必要であり(なお、訴訟の終了事由によってその額を異にする判決手数料も納付しなければならない。)、訴額10万マルクの1単位は918マルクである(「ドイツの裁判費用」自由と正義43巻9号35頁)。
(2)なお、今回の民事訴訟法の改正によって、控訴権の濫用に対する制裁(303条)及び上告制限(312条、318条)の各制度が設けられており、これらによって「濫上訴」は相当抑えられると思わる。したがって、現行制度のように訴え提起の1.5倍(控訴提起)、2倍(上告提起)もの申立手数料を維持して上訴を抑止すべき合理的理由は乏しいと思われる。
(3)また、同改正によって、少額事件手続が新設されたが、申立手数料については特別の規定が設けられていない。したがって、通常訴訟と同額の申立手数料の納付が必要になるであろうが、むしろ同制度が一般市民の広範な利用を予定している制度であること、和解的判決の規定が設けられるなど、民事調停事件に類似する性質も認められることから、訴額スライド制によらずに、1000円ないし1500円程度の低額な定額制を導入するべきである。
4 その他の課題
申立手数料の額の問題のほかにも、その現金又は振込等による納付、予納郵券による送達費用の納付方法の改善(送達費用の定額化、申立手数料への組入れ等)、訴訟費用額確定手続の改善等の課題が残されており、これらについては、裁判官、裁判所書記官はもとより、法律事務所事務員の意見等も参考にしつつ、積極的に検討して国民に利用し易い制度に改めるべきである。就中、訴訟費用額確定手続については、現行法に規定が存在するにもかかわらず、実際にはほとんど利用されていないが、その最大の原因が、費目の分類が細かくなり過ぎていて、その算出が極めて煩雑なことにあるのは明らかである(ちなみに、書記料については、日本工業規格B列5番の用紙については1枚につき150円(記載部分が半面を超えないものについては、75円)、この規格以外の用紙については裁判所が相当と認める額とするが、字数が著しく少ないものについては、裁判所はその額を減ずることができる旨規定されている。民事訴訟費用等に関する規則2条1項)。費目の細分化・精緻化を改める、あるいは敗訴者の反証の余地を残しつつ、定額で訴訟費用を確定する等の方法により、訴訟費用額確定手続を簡易化することが強く望まれる。
第2 弁護士費用の訴訟費用化について
1 現行制度等について
弁護士費用は、民訴費法上、訴訟費用の中に含まれていない。したがって、勝訴当事者が、敗訴当事者に対し、弁護士費用の償還を求めることはできないのが原則である。例外的に、株主代表訴訟(商法268条の2)、住民訴訟(地方自治法242条の2)では、会社又は地方自治体に対し弁護士費用を請求できる旨の規定がおかれている。もっとも、損害賠償によって弁護士費用を請求することは、実体法の解釈として可能であり、裁判例でも肯定されている。すなわち、・訴え提起又は応訴行為自体が不法行為を構成する場合(最判昭和44年2月27日民集23巻2号441頁)や、・訴訟外の不法行為に起因する損害賠償が訴求されているときに、その一部として弁護士費用の賠償を求める場合(最判昭和45年4月21日裁判集99号89頁)については、上級審でも、弁護士費用が損害賠償の範囲内に含まれることが認められており、・債務不履行に基づく損害賠償請求が求められたときに、その一部として弁護士費用の賠償を求める場合は、債権者が人身損害を受けたときには、これを肯定する下級審判例は多く、非人身損害が生じた事案でも、弁護士費用の賠償を認めたものもある(東京地判昭和46年2月12日金法626号32頁)。
2 肯定説の立場及びそれに対する反論
(1)立法政策上、訴訟費用に弁護士費用を含ましめること(通常と同じく、敗訴者負担となる。法61条)を肯定する立場は、・それが正義・公平であり、国民感情にも合致する、・「濫訴・濫上訴、訴訟引延し」の防止になる(訴訟前の準備が充実して迅速な訴訟運営が図られるという点を挙げる論者もいるが、・とほぼ同じ趣旨と考えてよいであろう。)、・実体法が与える権利の減殺を防ぐ、・弁護士の経済的基盤の確保につながる等を挙げるのが一般的である(その他の理由については、椎木緑司「弁護士報酬の訴訟費用化に関する諸問題」弁護士強制と弁護士費用の敗訴者負担(第一輯)(日本弁護士連合会)15頁以下に詳しい。)。
(2)しかし、まず第一に、弁護士費用を訴訟費用化するのが、果たして正義・公平に
合致するといえるだろうか。
ア この点、注目すべきは、わが国における本人訴訟率の高さである。すなわち、わが国では、欧米諸国に比較して、本人訴訟の比率が高いと言われており、今なお第一審通常訴訟既済事件総数(地方裁判所、14万6772件)のうち、(双方とも)当事者本人によるものは約19.9パーセント(2万9186件)、一方にしか弁護士が付いていないものは、約38.6パーセント(5万6632件)に上る(最高裁判所事務総局「平成7年司法統計年報1民事・行政編」125頁)。 このような状況の下で、勝訴当事者が弁護士をつけているか否かによって、敗訴者の負担が異なってくるのは、公平とは言えないであろう。また、弁護士を付けた当事者が、付けなかった当事者に敗訴した場合、勝訴当事者に弁護士費用の出捐がない以上、勝訴当事者は弁護士費用を請求できないというのが筋論ではあろうが、弁護士を付けない分、勝訴当事者がそれと同等の時間・労力をかけてきたとも言えるのであって、そのように単純に割り切ってよいか疑問が残る(逆に、弁護士をつけない当事者は、一方的に、相手方の弁護士費用負担のリスクを負担うことになるが、それでは不公平感を拭えない。)。
イ 以上の問題は、いわゆる01地区(ちなみに、地方裁判所支部総数201のうち、弁護士0名の支部が50(24.9パーセント)、弁護士数1名の支部が24(11.9パーセント)であり、01地区の比率は36.8パーセントに上る。「弁護士0~1マップ(全国)」自由と正義45巻7号149頁)で一層顕著になるのであって、この地区での本人訴訟の割合は相当高いものと推察され、地区によっては、当事者本人による事件の比率が弁護士を付けた事件のそれを上回る所もあるかもしれない。このように弁護士を付けない方がむしろ多数派を占める地区において、弁護士費用の訴訟費用化(敗訴者負担)を貫くことは、敗訴当事者に相当の不満・不公平感を生じさせるのは必定であろう。このような弁護士遍在というわが国の特殊性の下で、弁護士費用を訴訟費用化することが正義・公平に合致するとは考えられない。 なお、論者の中には、東京・大阪地区、あるいはその他大都市部のみで弁護士費用を訴訟費用化してはどうかと主張する者もあるが、住居地・本店所在地が適用地区にある者とそうでない者が裁判をする場合、両当事者の住居地・本店所在地はいずれも適用地区にあるが、受訴裁判所は非適用地区である場合(又はその逆。事物管轄、合意管轄による。)にどう対処するかという技術的な問題が残るし(以上について、移送の問題が絡まると事態は一層複雑になる。)、リーガル・サーヴィスを全国一律に供給しない立法自体、適切とは考えられない。よって、このような見解には賛成できない。
ウ そして、そもそも弁護士費用を訴訟費用化して敗訴者に負担させるべきだとの考えの背景には、権利の存否がア・プリオリに決まっており、敗訴当事者が原告であるときは訴えの提起を、被告であるときは応訴をそれぞれすべきではなかった、したがって、これを争った敗訴当事者に弁護士費用を負担させるのが当然であるとの考えがある。 しかし、裁判実務では、予め権利の存否が明確な事案は極めて少なく、むしろ両当事者が協働して訴訟を追行することによって、漸次、権利関係が明確になるのが一般的である(事案によっては、証明責任によって勝敗が決まることもある)。そして、協働して訴訟を追行するからこそ、両当事者は、紛争の解決を得ることができるのである。この意味で、訴訟の過程で両当事者が行った訴訟行為は、紛争解決に向けた必要かつ有益なものであり、そのために支払った弁護士費用は紛争解決のための必要費用と解せられる。したがって、偶々一方当事者が敗訴したからといって、他の訴訟費用のほかに、弁護士費用まで負担することが公平だとは考えられず、むしろ各当事者がそれぞれの弁護士費用を負担するべきである。
エ 以上の次第で、少なくとも現状においては、弁護士費用を訴訟費用化して敗訴者に負担させることが、正義・公平に合致するとは考えられない。
(3)第二に、「濫訴・濫上訴、訴訟引延し(不当応訴)」の防止に資するという点であるが、その実態が明らかでないことは、前記第1の2(2)ア記載のとおりであるし、また、そもそもこのようなケースは、(労力・時間がかかるにしても)別途損害賠償を求めて弁護士費用を補填することが可能である。
むしろ、わが国の国民感情・訴訟文化を考えたとき、逆に弁護士費用の訴訟費用化が、訴訟の提起を抑圧することにつながる危険性が高い。とりわけ、判例変更を求める訴訟、消費者訴訟、PL訴訟、公害訴訟、住民訴訟、政策形成訴訟では、その傾向が強くなるであろう。もともとこのような訴訟では、過去の判例からは敗訴の可能性が高く、それにも拘わらずあえて当事者が訴訟に踏切り、場合によっては市民団体や弁護士のボランティアに支えられながら訴訟を維持していくことが多い。そして、このようにして提起された訴訟であっても、当初は従来型の判例が続き、それが社会問題化した結果、新しい解釈を示す判例に結びつくことも少なくないのである(例えば、割賦購入あつせんに係る購入をした者は、指定商品を販売した割賦購入あつせん関係販売業者に対して生じている抗弁を、当該支払の請求をする割賦購入あつせん業者に対抗することはできなかったが、その不合理さを主張する消費者訴訟が相次いだ結果、これを認める判例が出るようになり、やがて割賦販売法30条の4の新設に結び付いた。)。弁護士費用が訴訟費用化されたときは、このような訴訟類型にあっては、相手方当事者の弁護士費用の負担を恐れた当事者が、訴訟の提起を踏みとどまる場合が多数でてくるであろう。しかし、それではこれら類型の訴訟が抑止されるという問題が生じるだけでなく、司法が社会の変化から取り残され、新しい権利、新しい解釈の発展を阻害するものとして、国民の信頼を失いかねないと思料される。
また、現在、法律扶助制度、訴訟救助が必ずしも十分とは言えず、このような状況に鑑みれば、弁護士費用の訴訟費用化によって、社会的弱者や経済的弱者は、事実上、訴訟による紛争解決を断念さぜるを得ない場合も出てくるのではないかと危惧される。ちなみに、財団法人法律扶助協会(以下「法律扶助協会」という。)が行った民事法律扶助(裁判援助)の平成7年度実績件数は5929件(法律扶助だより53号18頁。このうち消費者金融事件(自己破産・債務整理)が2046件、離婚事件が1567件に上る。)、訴訟救助の申立件数(認容件数ではない。)は1320件に止まる(最高裁判所事務総局「平成7年司法統計年報1民事・行政編」209頁)。したがって、経済的に恵まれないのに、これらの制度を利用せずに訴訟に踏み切る市民が相当数いると推察され(なお、法律扶助の要件は、・資力に乏しい者であること、・勝訴の見込みがあること、・法律扶助の趣旨に適することであり(法律扶助取扱規則17条)、訴訟救助のそれは、・訴訟費用を支払う資力がないこと、・勝訴の見込みがないわけではないこと(民訴法118条)である。)、弁護士費用の訴訟費用化が導入されたときには、これらの者が敗訴時の経済的負担を恐れ、訴訟提起を断念する事態も生じてくるであろう。
このように弁護士費用の訴訟費用化によって、「濫訴・濫上訴、訴訟引延し(不当応訴)」の防止や、訴訟前の準備が充実して迅速な訴訟運営が図られることよりも、かえって訴訟の抑圧の弊害が大きくなると考えられるから、この点でも、弁護士費用の訴訟費用化には賛成できない。(4)第三の実体法が与える権利の減殺については、法律上、勝訴当事者が弁護士費用を負担するからといって、実体法上の請求権が一部減殺されるものではない。
もちろん、勝訴当事者は経済的な出捐(弁護士費用の支払)を免れないが、それは権利を現実化するためのコストの問題であり、コストがかかるからといって、権利そのものが希薄化するわけではない。そして、これについてはむしろ紛争解決のための必要費用として、両当事者がそれぞれ負担すべきこと、前記(2)ウ記載のとおりである。
(5)最後に、弁護士の経済的基盤の確保につながるとの点については、逆にその弱体化につながる危険性もあることを指摘しておきたい。
ア 当然のことながら、裁判所において、弁護士費用の全額を適正に判断する保障
はない。とりわけ、いわゆる感情問題に発展した事件、複雑な事件等においては、法廷には現れることはないが、紛争解決のために必要不可欠な事務が存在するのであって、これを裁判所が適正に判断して弁護士費用を特定することは困難であろう。その他にも、裁判所が弁護士費用の全額を算定するためには、訴額のみに捉われることなく、事件の種類、事件の困難性・複雑性、訴訟に要した時間、訴訟行為の種類・数、請求認容された額その他諸般の事情を斟酌しなければならな
いが、それは技術的に相当困難であると思われる。 したがって、この困難さを顧みず、裁判所が弁護士費用の全部を算定するときには、かえってそれを低く見積り、弁護士の経済的基盤を弱体化する危険性が高い。
イ そこで、弁護士費用の一部のみを訴訟費用化したらどうかであるが、このとき残部については、弁護士が依頼者に対し請求することになるが、勝訴当事者において、弁護士が敗訴当事者から受領するものと錯覚したり(これに従えば、敗訴当事者に支払能力がない場合のリスクを弁護士が負うことになる。)、裁判所が算定した金額を弁護士に支払うべき全ての金額と誤解するケースが出てくる可能性は高い。もちろん、委任契約は依頼者と弁護士が締結するものであり、裁判所が算定した訴訟費用に左右されるものではないから、これらの問題は弁護士が依頼者に対し十分な説明をすれば解決し得る問題ではある。しかし、一部混乱が生じる可能性は低くはなく、その限度で弁護士の経済的基盤の確保に資さない側面も否定できない。
3 結論
以上にみたとおり、弁護士費用を訴訟費用化するには問題点が多く、にわかにこれに与することはできない。特に、弁護士費用を訴訟費用化して敗訴者に負担させることは、当事者間の正義・公平に合致するものではなく、むしろ不公平感を助長すること、判例変更を求める事件その他特定の事件の提起や、社会的弱者等による提訴に対し、抑止の方向に働きかねないことを強調しておきたい。弁護士費用を敗訴者に負担せなければなならないのは、前記1・ないし・のような特別の場合であり、そのときは、別途、弁護士費用について損害賠償を求めていけば足りるのであって、弁護士費用を訴訟費用化して、一律敗訴者に負担させる考えには反対である。
4 一部訴訟費用化の問題点
当会の意見は、以上のとおりであるので、一部訴訟費用化に伴う弁護士費用の算定基準を検討する必要はないと考えるが、あえてこれを検討することによって、一部訴訟費用化を肯定する見解が、技術的に相当の困難を伴うものであること等を明かにし、もって上記結論の補足的な根拠としておきたい。
(1)まず、最初に策定の形式であるが、弁護士費用を訴訟費用の中に組み入れる以上、民訴費法において弁護士費用の算定基準を定めることになるであろう。単行法を制定することも考えられなくはないが、訴訟費用としての性格を明らかにし、依頼者と弁護士が締結した委任契約に基づく弁護士費用とは性格を異にすることを明確にするためには、民訴費法において定めるのが適切である。
そして、具体的な算定基準については、弁護士の自主独立に対する配慮から、日本弁護士連合会が定める規程に委ねてはどうかとの見解がある。しかし、国民の権利義務に直接関わり、かつ裁判所が当事者に支払いを強制する事項を、日本弁護士連合会(弁護士は国民の投票によって選ばれているわけではない。)が定め得るのか、白紙委任立法にならないか、お手盛りにならないか等、検討すべき課題は多い(国会中心立法の原則、憲法41条)。仮に、そのような立法が可能であるとしても、具体的に日本弁護士連合会が弁護士費用の算定基準を策定するには、各単位会における弁護士報酬規程の調査、同規程の運用状況の把握等が必要不可欠であろう。いずれにしても、弁護士自治の根幹に係わる問題であるから、十分な審議が必要である。
(2)次に、訴訟費用化する事件の範囲をどうするかが問題である。
この点、アメリカにおいては、敗訴者負担の原則を否定しつつ、例外的に特別法(100以上あると言われている。)によって、弁護士費用を敗訴者に負担させており、ドイツ、フランスでは敗訴者負担を一般化している。
思うに、前記2(2)記載のとおり、弁護士費用の訴訟費用化が正義・公平に合致するとは考えられないから、これを一般化することには賛成できない。仮に弁護士費用を訴訟費用化するにしても、株主代表訴訟(商法268条の2)、住民訴訟(地方自治法242条の2)のように、当事者が第三者又は公益のために提訴し、これに勝訴した場合や、判例で弁護士費用が損害賠償として認められてきた事案を類型化し、これを敗訴当事者に負担させれば足りると考える。
(3)さらに、着手金(及び立替金)と謝金(現行規程の「報酬金」に相当する。)のうち、前者に限り依頼者と弁護士が定めた金額をそのまま訴訟費用として認めてはどうかとの見解もあるが、実際に支払われた金額が各単位会(又は日本弁護士連合会)において定める報酬規程よりも多額のときは敗訴当事者に、少額のときは勝訴当事者及びその弁護士に不公平感を与えかねず、妥当な政策とは考えられない。もっとも、依頼者と弁護士が定めた金額をそのまま訴訟費用とするのではなく、裁判所において、訴訟費用とするのにふさわしい着手金の額を算定する方法も考えられるが、それでは前記2(5)アと同様の困難性がつきまとうので、実際的ではない。
(4)それでは、弁護士費用全部のうち、どのような算定基準を設けることによって、敗訴当事者に負担させるべき「一部」を算定したらよいのであろうか。現段階で考えられる基準として、次のようなものが考えられる。
・ 裁判所の裁量に委ねてしまう方式(フランス型)
フランスでは、代理人の職務のうち弁論をしたことに対する報酬については、フランス民事訴訟法700条に基づき、裁判所が、金額の支出を裏づける具体的証拠がなくても、訴額や審理期間、事件の難易度等から金額を認定しているが、一般にその額は控え目と言われている。
・ 訴訟物の価額に一定の割合を掛け合わせる方式(日本型) 日本弁護士連合会の報酬等基準規程や東京弁護士会の弁護士報酬会規は、この方式に属する。
・ 訴訟活動毎にポイントを加算する方式(ドイツ型) ドイツでは、弁護士の各種行為を類型化し、同じ類型に属する行為を何回行っても、その類型について定められた法定額を一回受け取ることができるに過ぎないという一括手数料制が採用されている。具体的には、訴訟物の価額に応じた訴訟手数料、弁論手数料、証拠手数料、討議手数料及び和解手数料が定められている。なお、以上の手数料は、訴訟の結果(勝敗)、事件の難易度、終結までに要した時間等に影響を受けない。
これらのうちいずれが妥当かであるが、・の方式には、前記2(5)ア記載の弊害が予想されるので、・又は・に落ち着かざるを得ないであろう。しかし、両者のうちいずれが良いか、また、いずれを採用したとしても、訴訟の結果(勝敗)、事件の種類、事件の困難性・複雑性・難易度、終結までに要した時間、訴訟行為の種類・数、請求認容された額、弁護士が加入する単位会における慣行、弁護士が属する地域の特殊性その他諸般の事情を斟酌する余地を認めるか、認めるとして増減可能な範囲をどの程度までとするかについては、さらに検討を要する(もちろん、これら以外の別の算定基準を検討する余地もある。)。
ただし、いずれの方式を採用するにしても、原則として、実際に当事者が弁護士に対し支払った費用を超えて、敗訴当事者に負担させる必要はないであろう。(5)以上のような算定基準を定めるに際しては、それによる弊害についても検討しておかねばならない。思うに、弁護士費用の算定基準が、裁判所の広汎な裁量を認めるときは、一方で、事案に即した弁護士費用の算出が可能な反面、ややもすれば間接的に弁護士が裁判所の統制を受けることになり、弁護士の自主独立を損なう危険性がある。
逆に、裁判所の判断を容易にするために、形式化・定型化された算定基準が策定されたときは、紛争解決とは無関係に、弁護士がいわば点数稼ぎに走ったり、逆に怠慢を決め込んだりする危険性なしとしない。
したがって、仮に弁護士費用を訴訟費用化するときには、これら弊害が生じないようにするための方策について、十分配慮しておかねばならない。
(6)審級によって弁護士費用に差異を設けるかも問題となるが、差異を設ける意義は濫上訴の抑止機能にあるので、上訴手数料との関係も含めて検討する必要がある。
現行の上訴手数料は相当高額であること、民事訴訟法の改正によって控訴権の濫用に対する制裁、上告制限の制度が設けられたことに鑑み、審級によって弁護士費用に差異を設ける必要はないと考える。
(7)弁護士費用の算定者(判断権者)を誰にするか、具体的には、受訴裁判所の裁判官若しくは裁判所書記官又はこれらとは異なる担当官のいずれにするべきかも検討を要する課題である。
思うに、算定基準が裁量の余地の大きいものであるときは、事件全体を把握している受訴裁判所の裁判官に委ねるほかない。しかし、算定基準が定型的なものであるときは、受訴裁判所の裁判官が行う必要はないであろう。改正民事訴訟法によれば、訴訟費用額の確定手続は受訴裁判所の裁判所書記官が行うことになっており、弁護士費用とその他の訴訟費用の判断権者を異にするよりも、むしろ同一の方が迅速かつ効率的な算定が可能と思われるので、同法を前提とする限り、別の担当官ではなく、受訴裁判所の裁判所書記官に委ねるのが妥当と考える。
これに関連して、弁護士費用の告知方法も検討しなければならないが、受訴裁判所の裁判官が算定するときは、判決主文で金額を明示するべきであり、受訴裁判所の裁判所書記官が行うときは、相当と認める方法で行えば足りるであろう。
(8)不服申立てについては、両当事者及び勝訴当事者の弁護士に算定された弁護士費用に対する不服申立権を認め、その手続は即時抗告によるべきである。
(9)なお、弁護士費用の一部訴訟費用化が導入された場合、法律扶助協会が受ける影響についても検討しておきたい。法律扶助協会では、前記2(3)記載のとおり、資力に乏しい者であることを一つの要件とし、原則として法律扶助協会が裁判費用を立替え、後に分割等で被援助者から償還を受ける制度を採用している。そこで、上記導入がなされた場合、扶助を受けたにもかかわらず、被援助者が敗訴したとき、その弁護士費用は誰が(どこが)負担するかを決める必要がある。もちろん、この点は法律扶助協会が独自に決定すべきことではあるが、被援助者に負担を強いることにすると、被援助者に過酷な結果になりかねないし、事案によっては、扶助の申込者が、敗訴時の経済的負担を考え、訴訟の提起を断念する場合も出てこよう。しかし、それでは法律扶助協会の存在意義自体が問われることになるであろう。とはいえ、逆に、法律扶助協会において、勝訴当事者の弁護士費用まで負担するとなると、その財政的基盤がさらに圧迫されるという現実的問題が大きく立ちはだかってしまう。その結果、勝訴が確実に見込める事件でなければ扶助をしないという運用となり、扶助を受けられない人が広がるということになろう。
いずれにせよ、弁護士費用の一部訴訟費用化が導入されたときは、経済的弱者等に対する訴訟抑圧の危険性があるので、法律扶助制度及び訴訟救助の充実が必須である。現在、法律扶助制度については、法務省において平成6年11月「法律扶助制度研究会」を発足させ、わが国の司法制度に適した望ましい法律扶助の在り方等について、調査・研究を開始しているところであるが、その動向にも注目しつつ、本制度の検討をしていく必要がある。


弁護士費用の敗訴者負担等に関する意見書(案)正誤表


誤 正
9頁上から15行目 前記1 ないし の → 前記1・ないし・の

同頁下から11行目 直接国民 → 国民

同頁下から5行目 不可欠であう → 不可欠であろう

11頁上から5行目 算定基準が → 算定基準を

同頁上から13行目 弁護士倫理の改正も含め、→ 削除
から14行目
12頁上から7行目 圧迫さる → 圧迫される