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日本国憲法を改正し国家緊急権規定を創設することに反対する会長声明

2016年11月24日

東京弁護士会 会長 小林 元治

 本年7月の参議院議員選挙の結果、与党は衆参両院で3分の2以上の議席を占めることとなり、野党にも憲法改正に前向きな勢力があることから、国会両院による憲法改正の発議という事態が、現実のものとして差し迫っている。実際、具体的な改正条項を検討するために、両院の憲法審査会が再開されており、中でも国家緊急権については、与党首脳や政府高官によって、大災害が発生するたびに、憲法改正による創設の必要性が主張され、政界においては比較的憲法改正の合意が得られやすい条項と考えられているようである。
 しかしながら、国家緊急権(緊急事態条項)とは、大規模災害や外国からの侵攻に対処するために、権力分立を一時停止して政府に権限を集中させ、国民の基本権に特殊な制限を加えることを眼目とするものであるが、非常事態における例外的措置とはいえ、立憲主義による人権尊重という憲法の基本理念とは相反する面がある危険な制度である。
 すなわち、人権尊重という憲法の根本理念は、憲法の存在意義を権力の抑制規範と位置づける立憲主義に支えられるものであるが、国家緊急権の創設により憲法による人権保障の例外が設けられ、さらに行政権に権限が集中され立法権・司法権による抑制が機能しない領域が作り出されることで、無令状の逮捕・捜索をはじめ、報道統制、通信検閲、結社の自由の制限、外出禁止、過度の財産権制限など、強度の人権侵害がなされる危険性が極めて高い。また、国家緊急権がひとたび国家権力に濫用されれば、行政権に対する議会による民主的統制も人権侵害に対する司法による救済も困難となるため、濫用は長期化・恒久化することが多く、そこからの回復は困難を極める。このような事態が立憲主義による人権尊重という憲法の基本理念に反することは明白である。
 実際に、国家緊急権が発動され、濫用された歴史がある。ワイマール憲法下のドイツにおいて、ナチスが大統領緊急令を濫用して政敵を倒した挙句、全権委任法によってワイマール憲法を無力化して独裁体制を築いた。第5共和制下のフランスにおいて、ドゴール大統領がアルジェリアにおける将軍の反乱の鎮圧にあたって共和制憲法第16条の大統領緊急権を発動し、反乱自体は1週間もたたずに鎮圧されたにも関わらず、その後約5か月間にもわたってその発動を解くことなく、不当な逮捕・監禁や、報道の自由の制限を続けた。このように、国家緊急権は、歴史的事実に鑑みれば、いかに厳格な要件を課したとしても、濫用を阻止することは極めて困難であり、ひとたび濫用されるとこれを覆すことは極めて難しい危険な制度である。
 そして、そもそも、包括的な政府への権力集中となる憲法上の国家緊急権が必要だとする立法事実についても、重大な疑義がある。必要性の根拠とされる大規模な自然災害等への対策については、災害対策基本法や大規模地震対策特別措置法、災害救助法、自衛隊法等が現に存在するし、不十分な点があるのであれば、被災地の自治体にこそ主導権を与える形の個別具体的な新たな立法で対処すべきで、包括的な政府への権力集中の必要性は認められない。
 なお、大震災等の影響で自治体の首長や地方議会議員が欠けて自治体が機能不全に陥ったり、被災地の選挙区で選挙を施行できずに当該選挙区の衆議院議員の任期が切れて国会が機能不全になるという指摘もあるが、地方自治法では首長も立法権を有し、首長が欠けた場合の職務代理者の規定も整備されているので緊急時にも立法機能はカバーできるし、公職選挙法上も衆議院議員選挙の繰り延べ投票の規定もあり、参議院の緊急集会も含めてそれらの解釈や運用で対処は十分可能と思われ、少なくともそれらのことが、包括的な政府への権力集中となる憲法上の国家緊急権の創設の立法事実になるとは考えられない。
 また、テロ・内乱等の事態への対処についても、警察権の適切な行使と最低限必要な立法的措置により対応すべきものであり、人権制約の要素が極めて強く濫用の危険性も高い憲法上の国家緊急権の必要性までは認められない。
 さらに、他国から武力攻撃があった場合という想定についても、そもそも、日本国憲法は、戦争を放棄し交戦権を認めていないのであるから他の国々のような戦時的緊急権を規定する余地はないし、我が国自体の専守防衛のための実力行使の場合については自衛隊法等の立法的措置が既にあるのであり(ただし集団的自衛権までは憲法上認められない)、それ以上に憲法上の国家緊急権まで必要だという具体的な根拠はない。のみならず、いかに国家緊急権の発動要件を厳格に定めても、安全保障関連情報が特定秘密保護法の特定秘密に指定されている以上、国会議員でさえも判断の基礎となる情報が十分に得られず適切な判断ができないおそれがあり、濫用に対する歯止めが極めて困難である。
 なお、自由民主党が2012年に発表した憲法改正草案においても国家緊急権は盛り込まれているが、緊急事態宣言の発動要件が内閣総理大臣に包括的に委ねられており、国会の事前・事後の承認規定も多数与党の際には民主的抑制機能に疑問があること、緊急事態の期間に制限がないこと、重要な部分を法律に委任していること等に鑑みれば、やはり濫用につながりかねない。
 以上のとおり、一時的にせよ立憲主義を機能停止させる国家緊急権は、重大な人権侵害の危険性が極めて高く、また国家権力による濫用のおそれも強く、かつ立法事実の存在も認めることはできないことから、憲法を改正して憲法典中に国家緊急権を条項化することには反対する。

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