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秘密保全法制定に反対する会長声明

2012年03月15日

東京弁護士会 会長 竹之内 明

昨年8月8日、「秘密保全のための法制のあり方に関する有識者会議」が「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書を政府に提出し、これを受けて、同年10月7日「政府における秘密保全に関する検討委員会」は、平成24年1月招集の通常国会に法案を提出することを決定し、今通常国会における提出検討中の法案のリストに「特別秘密の保護に関する法案(仮称)」が挙げられており、今通常国会中にも同法案が提出される可能性がある。

しかしながら、有識者会議の報告書が提案する秘密保全法制は、主権者である国民の知る権利を奪い、国政の重要な情報を隠して民主政治の根幹を掘り崩すと同時に、憲法が保障する国民の表現の自由、取材、報道の自由、プライバシーの権利などを侵害することが明らかであり、その内容は、1985年に国民の強い反対で廃案となった国家秘密法案以上に危険であるから、このような法律の策定は絶対に認めることはできない。

まず、立法化されようとしている秘密保全法制は、中国漁船の海上保安艇への衝突映像のネットへの流出事件を契機としてなどを念頭に置いているとされるが、これは、国家秘密(特別秘密)の流出というべき事案とは到底言えず、むしろ、その映像を国民に公開しなかった政府の対応に問題があり、秘密保全法制を必要とする理由とはなりえないことは明らかである。

また、立法化されようとしている秘密保全法制は、①国の安全(防衛)、②外交に関する情報だけではなく、新たに、③公共の安全及び秩序の維持に関する情報をも特別秘密の対象としようとしている。

これには、国や地方自治体など行政機関が保有する重要な情報はすべて該当し、原発事故の被害の実情や危険性に関する情報などもこれに含まれることになろう。

福島第一原発事故の際のSPEEDI情報が秘匿されて公表されなかったことが被害を取り返しがつかないほどに拡大させたことを想起しても、「公共の安全及び秩序の維持」を名目に、国民にとって重要な情報が隠されることの理不尽は明らかである。

有識者会議の報告書は、「特に秘匿する必要性の高い情報」に限り「特別秘密」として保護すると言うが、秘匿の必要性の高・低はもっぱら行政機関により判断され、行政機関が「特別秘密」と指定しさえすれば、保護されてしまうから、行政機関にとって都合の悪い情報や知られたくない情報が「特別秘密」として秘匿される危険を何ら否定できない。

さらに、立法化されようとしている秘密保全法制は、罰側として、漏洩行為の過失犯、共謀、独立教唆、扇動まで広く処罰するとともに、新たに、「特定取得行為」と称する秘密探知行為も処罰しようとしている。

特に、「特定所得行為」は、犯罪行為(財物の窃取、不正アクセス、欺罔、暴行脅迫など)による特別秘密の取得行為だけでなく、「社会通念上是認できない態様の行為」による特別秘密の取得行為も処罰するというが、「社会通念上是認できない態様の行為」の概念は曖昧であり、夜討ち、朝駆けの取材行為まで、非常識で社会通念上是認できない行為として処罰の対象とされかねない。

これにより、取材活動を萎縮させることは明らかであり、報道機関の取材・報道の自由を侵害するとともに、主権者である国民の知る権利をも侵害することになる。

報道によると、国会議員にも特別秘密についての守秘義務を課し、これに違反した場合には処罰することが検討されている。国政の重要な事柄が、主権者である国民の監視下に置かれることが民主主義の基本であるが、国民がこれらの情報から遠ざけられ、批判・監視ができなくなれば、民主主義は崩壊しかねない。

有識者会議の報告書は、秘密情報を扱う者の「適性評価制度」の導入を提案しているが、そのための調査は、人定事項(住所、氏名など)から、学歴・職歴、我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動、外国情報機関による情報収集活動、テロリズム等)への関与の有無など広く及ぶことになる。加えて、その配偶者など、身近にあって対象者の行動に影響を与える者までも調査の対象となる。指定される「特別秘密」は広範であり、公務員に限らず、広く研究者、民間の技術者・労働者も対象となる。

秘密情報の管理が厳格でないと疑われると、適格性なしと評価されて担当職務から排除されたり差別的取扱いをされる危険もあるから、適性評価制度による人権侵害の危険は深刻である。

有識者会議の報告書は、業務により特別秘密を取り扱う者(取扱業務者)が特別秘密を漏えいした場合に、5年又は10年以下の懲役刑により処罰することを提案していたが、現在、政府では、10年以下の懲役刑を選択することを検討していると報道されている。これは、初犯者でも実刑になるという大幅な重罰化であり、過失犯も処罰されることから、秘密情報を取扱者を萎縮させるとともに、取材活動を行う記者やフリージャーナリストに対しても萎縮的効果を与えるものである。

以上から、立法化されようとしている秘密保全法制は、民主政治の根幹を揺るがし、憲法に保障された国民の人権を侵害することが明らかであるから、当会は、政府による法案の国会提出に対しては強く反対する。