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高校生の政治的活動の自由を保障するため、文部科学省の10月29日付け通知とその運用についてのQ&Aの撤回を求める会長声明

2016年06月24日

東京弁護士会 会長 小林 元治

1 文部科学省は、 2015年10月29日、高等学校等の生徒の政治的活動等について、これを限定的に認める「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」(以下「新通知」という)を、各都道府県教育委員会及び各都道府県知事等宛に発出した。この通知は、同省の1969年10月31日文部省初等中等教育局長通知(以下「旧通知」という)「高等学校における政治的教養と政治的活動について」において高校生の政治的活動の全面的な禁止を通知していたところ、今般の公職選挙法改正により18歳以上であれば高校生でも選挙権を有し選挙運動をできることになったことから、旧通知を廃止して新たに発出されたものである。
 もっとも、文部科学省は、新通知の運用につき、2016年1月29日、都道府県教育委員会の生徒指導担当者らを対象にした会議において「『高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について』Q&A」と題する書面を配布し、その書面で「放課後、休日等に学校の構外で行われる政治的活動等について、届出制とすることはできますか」との問いに対し、直接に認めるとはしていないものの、「個人的な政治的信条の是非を問うようなものにならないようにすることなどの適切な配慮が必要になります」として届出制自体を容認することを前提とした回答を示した。
 このような文部科学省の見解を受けて、報道によれば愛媛県では県教育委員会の例示に従い全県立高校が学外での政治活動の届出を義務付ける校則を新年度(本年4月)から運用することになったとのことであり、このような動きが今後全国に波及していくことが懸念される。

2 憲法21条1項は、国民に表現の自由としての政治的活動の自由を保障しており、この自由は民主主義社会の基礎であり不可欠の権利である。よって、民主主義社会においては、政治的活動の自由を公権力が規制することは原則として許されない。この政治的活動の自由は、本来は選挙権の有無に左右されるものではなく、主権者である国民全体に認められるべきものであり、高校生であっても自らの思想信条に基づいて政治的活動を行う自由は、原則として認められるべきものである。従って、旧通知が高校生全般について政治的活動を一律に禁止していたこと自体、高校生の政治的活動の自由を侵害するものとして憲法違反であると言わざるを得ない。
 今回の新通知は、公職選挙法の改正により18歳以上になれば高校生であっても選挙権を有し選挙運動が認められることになったことから、旧通知を廃止し、高校生についても、放課後や休日等に学校外で行われる政治的活動については、「家庭の理解の下、生徒が判断し、行う」として、原則的にこれを認めたものである(選挙運動については公職選挙法第137条の2で18歳未満は禁止される)。
 ただし、新通知においても、学校内における高校生の政治的活動については禁止又は制限が必要としているし、学校外における政治的活動についても暴力的・違法性あるいは本人又は他の生徒の学業や生活への支障等を理由に禁止・制限を可能とするなど、認められる政治的活動の自由は極めて限定的である。

3 のみならず、文部科学省のQ&Aにおいては、学校側が高校生に対し学校外での政治的活動の「学校への届出」を義務付けることを認めている。
 しかし、学校外における政治的活動の自由を認めるとしながら、届出を義務付けるというのは、高校生に対し、事実上、政治に関する関心の有無や政治的志向を明らかにするよう強いることであり、そのような強制は高校生に対し、多大な精神的苦痛を与えることにもなりかねない。
 高校生からすれば、届出によって政治信条が担任教師等と対立するおそれや、その情報が記録されて内申書等に記載されるおそれを感じて届出を躊躇せざるを得ず、これは政治的活動等への参加を萎縮させるものであり、届出制自体が、新通知の否定する「生徒の政治的信条の是非を問うもの」になるものである。従って、事前であれ事後であれ届出制を強制することは、高校生の表現・政治的活動の自由(憲法21条)のみならず思想・良心の自由(憲法19条)をも侵害するものであり、許されざる規制と言わざるを得ない。
 よって、高校生の学校外での政治的活動についての学校への届出義務は認められるべきではなく、これを是認した文部科学省のQ&Aは誤りである。公立学校において校則によってそのような届出制を定めることは、行政による憲法違反の人権侵害行為として、許されない。

4 次に、文部科学省は、投票日と学校行事日が重なった場合に投票を理由とした公欠を認めないとすることで学校行事への出席の強制を可能としているが、選挙権行使(投票)をどの時点で行うかは主権者である国民各自の自己決定権が優先されるべきであり、棄権か期日前投票を強制することになる投票日の学校行事への出席強制は、認められるべきではない。投票行為への安易な制約が認められないことについては「在外邦人選挙権事件」に関する最高裁大法廷2005年9月14日判決も判示するところである。
 また、文部科学省は、学校内での政治的活動の一律禁止を可能としているが、学校内における政治的活動については、施設管理や教育上の配慮から合理的な範囲での制約はあり得るとしても、これを一律に禁止するというのは合理性も必要性もない。
 なお、私立高校における生徒の政治的活動の制限は、直接的には行政権による規制・侵害の問題ではないが、高校生の政治的活動の自由や思想・良心の自由及び選挙権は、いずれも極めて重要な権利であって、たとえその学校が独自に掲げる建学の精神に基づく校風や教育目的があったとしても、高校生のそれらの権利に不合理な制約を課すことは、憲法違反ないし憲法的価値を踏みにじるものとして公序良俗違反となり得る。また、高校生の思想信条や所属政党を調査することはプライバシー侵害となるおそれがある。

5 よって、当会は、まず、文部科学省に対し以下の点を求める。
①2015年10月29日の新通知を改め、学校の内外を問わず、高校生の政治的活動の自由を原則として認める旨の通知をあらためて全国の教育委員会及び高等学校等に出すこと。
②学校外の政治的活動の学校への届出制を許容する前記「Q&A」を直ちに撤回すること。
また、当会は、全国の教育委員会及び公立高校に対して以下の点を求める。
①「高校生に対し学校外における政治的活動の届出の義務付け」や「投票日と重なる日の学校行事への参加の強制」をしないこと。
②学校内における政治的活動を一律禁止するような規則や校則を制定しないこと。
さらに当会は、全国の私立高校に対しても、以下の点を求める。
③高校生の表現・政治的活動の自由や思想・良心の自由及び選挙権の行使について、十分に配慮すること。

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※本声明は、2015年3月28日付の表題の会長声明を修正したものです。