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心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の 医療および観察等に関する法律案に反対する会長声明

2002年03月19日

東京弁護士会 会長 山内 堅史

 政府は本年3月15日『心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療および観察等に関する法律案』(以下政府案という)を閣議決定し、国会に上程しようとしている。

 この政府案は、全国の地方裁判所に裁判官1名と精神保健審判員1名の合議体を設け、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害致傷、傷害-軽微なものを除く)をした者で、行為当時心神喪失あるいは心神耗弱により、不起訴処分または起訴されたが無罪となった者等に対して、当該対象行為を行ったか否かを裁判官が認定し、その上で裁判官と精神保健審判員が『医療を行わなければ、原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれ』を判断して入院、通院の決定の審判を行うというものである。

 当会は、廃案になった刑法改正草案の際、保安処分の導入に強く反対した。保安処分は精神障害者を社会から隔離するものであり、その人権を侵害するばかりでなく、政府案にあるような不幸な事件の防止にも有効ではないからであった。
そして、精神障害者がこのような事件の主体であった場合、これを防ぐには精神医療を充実し、地域社会がその治療を受け入れる体制をつくることが第一であると指摘してきた。

 政府案は、精神保健審判員という医療関係者を司法のなかに取り込む装いをこらしながら『再び対象行為を行うおそれ』の有無の判断を行うことになっており、現行精神保健福祉法の『自傷他害のおそれ』とある医療判断とは別種の司法判断を新たに行うものであるから、一種の保安処分というべきである。

 また『再び対象行為を行うおそれ』の判断はそもそも極めて困難であって、裁判官がこれを行えるか疑問である上、実務上拡張解釈される危険も大きく、その場合、入院期間の限定がないこととあいまって、対象者には無期限の拘束が招来されるおそれがある。
今回の政府案は、従来の保安処分に関する議論を捨象し、精神医療の充実を否定するものといわざるを得ない。

 さらに政府案では、対象犯罪を行ったか否かの事実認定を裁判官が職権で行うことになっている。これでは弁護士の立会はあっても反対尋問権を中心とした弁護活動は出来ない構造であって、まさに適正手続の保障を欠くといわざるを得ない。 その他にも、通院処分の保護観察所が基本的な信頼と能力を欠くなど政府案は多くの問題を抱えている。

 当会は、今回の精神障害と犯罪に関する政府案に全面的に反対することを表明するとともに、この問題について本年2月15日に発表された日弁連意見書にある精神医療の充実の方向に則った方策を含めて、改めて再検討するよう強く要請する。