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パートタイム労働研究会の中間とりまとめ 「パート労働の課題と対応の方向性」に対する意見書

2002年05月08日

東京弁護士会 会長 伊礼 勇吉

 厚生労働省均等・児童家庭局長の私的研究会であるパートタイム労働研究会は、「パート労働の課題と対応の方向性」と題する中間とりまとめ(以下、「中間報告」という)を今年2月に発表し、6月をめどに最終報告をとりまとめるとの事であるが、当会は、以下の提言を最終報告に組入れるよう要望する。

第1 提言

  1.  パート労働者と通常の労働者との均等待遇確保を目的とする法制化の方向として、実効性ある「均等処遇原則タイプ」を取るべきであり、具体的には「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下、「パート労働法」という)第3条1項を「事業主は、その雇用する短時間労働者について、通常の労働者と均等に取り扱わなければならない」と改正すべきである。

  2.  上記1の禁止規定につき、パート労働法に罰則規定を設け、救済制度を整備すべきである。

  3.  パート労働者の処遇にあたり、通常の労働者とその職務・職種等が同じ場合には時間外労働・転勤などのいわゆる拘束性の違いを高く評価して格差の合理的理由としてはならない旨を厚生労働省の指針で明記すべきである。

  4.  職務評価については、同一価値労働同一賃金の実現のため、ILO100号同一価値労働同一報酬条約・国連女性差別撤廃条約に基づき客観的な職務評価の基準を厚生労働省の指針で定めるべきである。

  5.  パートタイム雇用への配置を決定した状況がなくなった場合又は通常の労働者に欠員がある場合はパート労働者から通常の労働者への、並びに、通常の労働者からパート労働者への相互転換権を労働者の権利としてパート労働法に定めるべきである。

  6.  恒常的な業務に短時間労働者を雇用する場合には、合理的な理由のない期間の定めを設けてはならないとの規定をパート労働法に定めるべきである。

第2 理由

  1.  全体について
    中間報告は、パート労働者の現状について、パート労働者の急増、正規労働者からパートなど非正規労働者への代替化の加速、パート労働者の基幹的役割の増大にもかかわらず、1993年のパート労働法制定以降むしろ賃金格差は拡大傾向にあり、処遇や雇用保障が働きに見合ったものになっていないとの問題点を指摘している。
    しかし、この賃金格差拡大の大きな要因は、企業がコスト低減のため雇用形態の違いを理由としてパート労働者の賃金を上げないこと、パート労働者の多くが有期契約かつ労働組合未加入で対等な立場で使用者と交渉できないこと、政府がこれまで均等待遇確保のための実効性ある法的規制を行ってこなかったことにあるが、中間報告はこれらの点に触れていない。
    かかる経緯から見れば、均等待遇実現のためには、既に1993年のパート労働法制定時点で当会などが提言している、政府が強制力のある法的規制を取ることが必要不可欠であるが、中間報告はこの点内容的にも不十分で消極的な姿勢に終始しており問題である。
    例えば、中間報告は処遇公正化の第一の条件として労使が自主的に合意形成を進めることをあげているが、賛成できない。政府は1989年告示の「パートタイム労働者の処遇及び労働条件等について考慮すべ右記事項に関する指針」や1993年制定のパート労働法においても事業者の自主的努力に任せてきたが、その結果、賃金格差は拡大してしまったことは中間報告自らが指摘している通りである。よって、労使の自主的努力に任せることなく、政府が、率先して法的規制を中心とした政策を打ち出すことが最重要である。
    また、中間報告は、処遇公正化のための法制化について、企業の雇用意欲を削ぐことのないように時機を計るべきと述べているが、去る4月3日に厚生労働省が発表したパート労働者の実態調査結果でも通常労働者との賃金格差はさらに拡大しており、パート労働者の権利保護政策実行は急を要し、このまま放置することは許されないと考える。

  2.  提言1について
    中間報告は、公正処遇の法制化のタイプとして、均等処遇原則タイプと均衡配慮義務タイプの2つを検討しつつ、理由を十分明確にしないまま均衡配慮義務タイプを選択している。しかし、「均衡」という概念は平等と同義の「均等」と較べてあいまいで不明確であり、実効性を確保するためには差別を禁止する均等処遇原則タイプを採るべきである。
    中間報告は、均等処遇原則タイプだと、使用者側が差別の合理的理由を整えるなどの対応に走る危険があると指摘するが、提言3及び4のように、厚生労働省が指針で基準を明示し、使用者側の脱法的行為を封ずる対策を講じればよいと考える。

  3.  提言2について
    格差が年々拡大してきた現状を打開し、均等待遇実現の実効性を確保するため、違反した場合の罰則規定を設けるべきである。
    中間報告は、救済については事後的救済につき21世紀財団と都道府県労働局を救済機関としてあげているが、いずれも強制権限がないので適格とは思われない。実効性を確保できる救済制度を整備すべきである。

  4.  提言3について
    中間報告は、ヨーロッパと違い、日本では同じ仕事をしていても年齢・勤続年数、扶養家族、残業・配転などの拘束性などにより処遇が大きく異なり、同一労働同一賃金が公序になっていないとし、日本型の均衡処遇ルールの確立が必要と述べている。
    しかし、日本は、同一価値労働同一賃金を規定するILO100号条約、同156号家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約及び国連の女性差別撤廃条約を批准しており、同一価値労働同一賃金原則は条約上の義務である。現状として少なからぬ企業がこの原則を無視し政府もそれを放置してきたことをもって、公序となっていないから同原則を採用できないということは違法状態の追認に他ならず許されない。
    よって、日本でも、同一価値労働同一賃金原則を明確化し法制化すべきで、日本型均衡処遇ルールなどといった特殊なルールを持ち出すことは反対である。
    特に中間報告は、時間外労働・転勤などの拘束性の違いを過大にとりあげ、同じ職務の場合でも、拘束性の違う場合には賃金格差を設けることを容認している。
    しかし、第1に、本来時間外労働・転勤などは、通常の業務の例外的な場合であり、例外的な場合に労働者が応じる可能性の有無を通常業務の賃金格差を設ける理由とするのは不合理である。やむをえない事情で転勤を命じる場合には、転勤に応じた労働者に対し、特別手当などの措置をとればよいことである。第2に、家事・育児・介護などの家族的責任を負う労働者にとっては、時間外労働・転勤などに無条件には応じられないことは常識である。これらの拘束性の有無・強弱により基本給に格差を設けることは、家族的責任を有する労働者を差別することとなり、前述のILO156号家族的責任条約に違反している。第3に、現実にほとんどの場合には、これらの家庭的責任を負っている労働者は女性であることから、拘束性を差別の合理的理由とすることは、憲法第14条、間接差別も禁止した女性差別撤廃条約及びILO100号条約にも反する。
    なお、中間報告は、仕事が同じで拘束性が異なる場合について、8割程度の格差を例示しているが、何の合理的理由も示されていない。仕事が同じ場合には同一労働同一賃金の原則により、同一の賃金を支払うべきである。
    以上より、政府は、拘束性がパートの処遇格差の合理化・固定化・抜け道とならないよう、上記原則から職務・職種等に違いがない場合には拘束性の違いを職務の価値として高く評価すべきでない旨を厚生労働省の指針に明記すべきである。

  5.  提言4について
    職務評価については、中間報告の述べている、これまでの企業の評価処遇の枠組内との条件付では、同一価値労働同一賃金原則実現のためには不充分であり、女性の多く就いている職務を低く評価するなどの性差別性を克服しえない。よって、ILO100号条約・女性差別撤廃条約などに基づき、客観的で性差別性を払拭した職務評価の基準を厚生労働省の指針で定めるべきである。

  6.  提言5について
    中間報告は、パート労働者と通常の労働者との間の相互転換について、労働者の権利として認めていない点が問題である。企業の自主性に委ねるだけでは、使用者によるパート労働者の恣意的な支配に利用される恐れがある。
    ILO156号家族的責任条約のガイドラインである同165号勧告では、パートのフルタイムへの転換を労働者の権利として認め、さらにILO175号パートタイム労働に関する条約では、相互の転換を労働者の権利として認めている。
    相互の転換につき、企業の自主性に委ねることなく、パート労働法にかかる規定を新設すべきである。

  7.  提言6について
    中間報告は、欧米に比してパート労働者の常用の割合が少ないことを指摘しているが、有期労働契約によるパート労働者の不利益を改善する方策を示していない。しかし、有期労働契約の場合、契約更新は使用者の意思に委ねられることから労働基準法2条に定める労働条件の労使対等の決定の原則を貫くことは困難であり、労働者の雇用を不安定にしている。有期労働契約は、主として使用者の都合であり労働者は応じざるを得ない実情にある。よって、労働者が安心して働ける権利を守り、均等待遇を実現するため、有期労働契約を規制する必要がある。パート労働法に、恒常的な業務に短時間労働者を雇用する場合には合理的理由のない期間の定めを設けてはならないとの規定を設けるべきである。