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労働基準法の一部改正に関する会長声明

2003年05月15日

東京弁護士会 会長 田中 敏夫

去る5月6日,政府は労働基準法の一部を改正する法律案を衆議院本会議 において趣旨説明し,現在同法案は厚生労働委員会にて審議中である。

同法案においては,「使用者は,この法律又は他の法律によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き,労働者を解雇することができる。但し,その解雇が,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には,その権利を濫用したものとして無効とする」という条文となっている。

 しかし,このような規定の仕方では,使用者は原則として自由に解雇できるとも解釈でき,また,労働者側が解雇に合理的な理由を欠いていることを主張・立証しなければならないとも解し得る。

 もし,このような解釈がなされれば,これまでの労働判例で訴訟実務上定着してきた,使用者の解雇権行使は客観的に合理的な理由を欠く場合には権利の濫用として無効となるという解雇ルール及び使用者側が解雇事由を主張立証するという合理的な訴訟運用に反するものとなる。

 よって,当会は,解雇ルールを法制化する場合には,誤った解釈及び運用を回避するため,これまで確立してきた判例に沿って,「使用者の解雇権の行使は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当として是認することができない場合には,権利の濫用として無効とする」との規定にするよう要請する。

同法案は,さらに近年増加する有期雇用契約について,契約期間の上限を原則1年(例外3年)から原則3年(例外5年)に延長するという重大な「改正」を含んでいる。

 1998年労基法一部「改正」以前は,有期労働契約の期間の上限は例外なしに1年であったが,1998年「改正」において,高度で専門的な知識等を有する者及び満60歳以上の者の有期雇用契約の上限は3年に延長された。今回の改正は原則としてすべての労働者を対象として,有期雇用の上限を3年に延長するというものである。

 しかしながら,わが国においては,ヨーロッパ諸国のように合理性のない有期雇用を制限する法的規制は存在せず,判例によって契約更新を重ねた場合は期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になったものとして期間満了を理由とする更新拒絶を制限されているのみである。こうした現行法のもとにおいて,契約期間の上限の延長を認めることは,労働者にとって拘束期間の延長であると同時に,契約更新を重ねることにより期間の定めのない契約に転化する可能性を制限するものである。使用者にとっては,自己の都合によって使いすてることが容易になり,不安定雇用の増加をいっそう促進することになる。今回の改正案は,それまで職種等の限定されていた上限3年の有期雇用契約を,原則としてすべての労働契約に拡大しようとするものであり,これまで以上に,使用者が有期雇用期間満了を理由として何らの正当理由もなく労働契約を打ち切りとする事態が増大する危険性がある。とりわけ女性労働者を有期雇用契約で採用する企業においては,事実上の「女子若年定年制」の復活として活用される危険性は極めて高い。

 近年期間の定めのない正社員は減少し,契約社員,嘱託,パート,アルバイトなどさまざまな名称の有期雇用の増加が著しく,雇用期間の上限延長はこれら有期雇用労働者をいつ雇用を打ち切られるか分らない不安定な状態に陥れる危険性が高い。 よって当会は,不安定雇用の増加を促進させる契約期間の上限の延長に強く反対するものである。