東京弁護士会

「第31回 東京弁護士会人権賞」受賞者を決定しました

東京弁護士会では、1986年(昭和61年度)から、東京弁護士会人権賞を制定し、人権擁護活動に尽力されてきた方々を毎年表彰しています。

候補者の方々はいずれも各分野において、人権擁護活動にご尽力されているところ、今年度も多数の推薦・応募があり、選考の結果、下記の方々が受賞者に決定しました。

特定非営利活動法人 北関東医療相談会 様

代表理事 後藤 裕一郎(ごとう ゆういちろう)

1997年6月1日から活動を開始。「すべての人が健康と平和な生活ができる共生社会の実現をめざし、特に外国籍・生活困窮者の為の保健、医療又は福祉の増進を図る活動、社会教育の増進、災害救護、人権の擁護、国際協力などの活動」を目的とし、2013年3月26日に「特定非営利活動法人 北関東医療相談会」となる。

群馬県・栃木県・埼玉県を中心に、日本で暮らす生活困窮者、特に外国籍の生活困窮者を対象に、無料の医療相談会を継続的に実施している。各地のボランティアの協力のもと、多くの受診者があり、医療からはじかれている人々の命の最後のセーフティネットとなっている。この相談会では、地域のフードバンク等とも連携して食糧支援が行われ、また、弁護士による法律相談も併設されている。2016年には東京都においても相談会が実施された。

近年は、難民申請中の仮放免の外国籍生活困窮者の支援を積極的に行っている。仮放免者は概ね健康上の理由で身柄の拘束を解かれるが、労働の制限が加えられる。しかし、生活上の保障はなく、健康保険の適用もない。仮放免者という国内に存在する「認定されない難民生活者」に光をあて、「すべての人が健康で平和な生活ができる共生社会の実現」に寄与している。

中皮腫・じん肺・アスベストセンター 様

所長 名取 雄司(なとり ゆうじ)

2003年9月1日から活動を開始。中皮腫・じん肺・アスベスト被災者を擁護・救済することなどを目的とし、アスベスト(石綿)の被災者の労災認定者支援に長年経験のある団体が多数参加し、全国からの相談に応じている。

アスベストは戦前から多用されており、その危険性も調査されていたが、健康被害の情報が国民に知らされず、石綿工場労働者、その家族、近隣住民等に数万を超す被害を出している。建設作業者にも多大な被害を生み、生徒急増期の学校などでアスベスト曝露させられた被害も発覚している。
そのような被害について社会的に知られる以前から調査・啓発し、被害者救済のため医学面、労災申請面、訴訟面において支援し、また、建設工事関連では、違法解体・改修工事の事前防止や事後解決にも尽力している。全国的な患者・家族の被災者団体「中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会」の事務局を2004年の設立時から務めてきた。さらに、校舎やビルの煙突内のアスベストなどについても提言し、再生砕石として広くまかれている砂利にアスベスト製品が紛れ込んでいることを突き止めるなど、先進的な取り組みを行っている。

今後もアスベスト被害は起こり続けるであろうが、その際の救済・賠償をより確実なものにならしめる一方、健康被害件数を減少させることに大きく寄与している。

海老名 香葉子 様

1933年 東京に生まれる
1945年 静岡県に疎開中、東京大空襲で家族6人を失う
1952年 落語家初代林家三平と結婚
1980年 三平死去。林家一門総勢30名余りを支えるため、随筆家として活動を始める
1992年 東京都の「平和の日記念行事企画検討委員会」委員に就任
2005年 私財を投じ、「慰霊碑 哀しみの東京大空襲」(東京都台東区寛永寺)と母子像「時忘れじの塔」(東京都台東区上野公園)を建立

第二次世界大戦における自身の戦争体験から二度と戦争を起こしてはならないという強い信念のもと、エッセイや絵本などを数多く著し、平和の尊さを訴え続けてきた。また、全国各地を回り、戦争の悲惨さを次の世代に引き継ぐために、語り部として今も精力的に講演活動を続けている。最近では、海老名氏の著作(絵本)を子どもに読み聞かせた戦争を知らない若い世代が、「東京大空襲・戦災資料センター」などで、語り部として活動しており、海老名氏の信念が次の世代に確実に引き継がれている。

また、東京都の「平和の日記念行事企画検討委員会」委員でもある海老名氏は、自ら私財を投じ、2005年3月に「慰霊碑 哀しみの大空襲」(東京都台東区寛永寺)と母子像「時忘れじの塔」(東京都台東区上野公園)を建立した。建立後は、自ら主催者として、私費で毎年供養式を執り行っている。

著作に『わたしたちの国に起きたこと』『母と昭和とわらべ唄』『お咲ちゃん』『半分のさつまいも』『うしろの正面だあれ』など他多数。