弁護士による法的解説・事例紹介(LGBTQ+事案) 土屋 裕太 弁護士 東京弁護士会 性の平等に関する委員会 委員 LGBTQ+とは セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称。LGBT、LGBTQIA、LGBTQIA+とも表現される。 Lesbian(レズビアン)…女性として女性が好きな人 Gay(ゲイ)…男性として男性が好きな人 Bisexual(バイセクシュアル)…異性も同性も好きになる人 Transgender(トランスジェンダー)…出生時に割り当てられた性別と自分の認識している性別が一致 していない人 Questioning(クエスチョニング)…自身の性のありようについて迷っている、決められない、もしく は決めたくない人 +(プラス) …上記以外のさまざまな性 LGBTQ+当事者が感じる困難@ 〜同性カップルの例 Aさん(男性)は同性のパートナーと同居していたが、「もう少し広い家に住みたいね」という話にな り、通勤の便がよく友人が住んでいるエリアで賃貸物件を探していた。 不動産屋に行き、「男同士のカップルで住みたい」と言うと、「同性同士だとルームシェア扱いにな るが、この物件はルームシェアNGです」と断られることが多かった。次のものを含む説明をしたが、 結論は変わらなかった。 自分たちは直近5年以上同居の実績があり、それは住民票でも証明できる。ルームシェアの懸念点であ る「片方がすぐに出ていく」という心配はない。 今住んでいる地区には同性パートナー制度はないが、その物件の地区では同性パートナー制度がある。 必要あれば、二人でそれに申し込んでも良い。 ルームシェア可の物件は極めて少ないほか、Aさんにとって、どこか古かったり設備が悪かったりと、 あまり魅力的でないものが多い気がした。数日で申込が埋まってしまうような人気物件は、ルームシェ ア可にはなっていなかった。 ※Aさんの体験談は、noteにまとめられていますので、ぜひ読んでみてください。 「男同士が理想の賃貸マンションを見つけるまでの苦労話」 https://note.com/tachinoki/n/n99bebf15b06d 「同性カップルの賃貸苦労における2つの矮小化と、男同士の賃貸問題の本質について考えてみた」 https://note.com/tachinoki/n/n027dfdef06df 「2人入居可」と表示されている物件は、親族関係(ないし婚約関係)の存在を前提としていることが 多い。 現状、法令上の性別が同性同士の2人の婚姻届は受理されない取扱い。→同性カップルの場合、親族関 係となることができない。 「結婚の自由をすべての人に」訴訟が係属中。 養子縁組をする同性カップルもいるが、考え方は人それぞれ。 親族関係がなくても複数人で入居できる「ルームシェア可」の物件は物件数が少ない。 (たとえば)パートナーシップ証明取得済の同性カップルの場合、婚姻関係にある異性カップルと区 別することに、貸主としての合理性はあるか? 大手不動産情報サイトにおいて次の条件で入居者募集中の居住用賃貸物件を検索した(2024年1月某日) 東京23区内 40u以上 検索結果総数42,467件のうち、 「2人入居可」の物件は、32,658件(77%) ルームシェア可の物件は 2,252件(6%) 1人で住む旨の書類を作成して部屋を借り、2人で住んだ場合、賃貸借契約が解除される恐れがある。 判例によれば、形式的に賃貸借契約違反の行為であっても、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りな い特段の事情のあるときは、賃貸人は解除権を行使し得ない(「信頼関係破壊の法理」)。同種の事例 での裁判例は見当たらず、どのような事情があれば、背信行為にならないかは予測が困難。 火災保険の保険金が支払われない恐れがあるともいわれる。 LGBTQ+当事者が感じる困難A 〜トランスジェンダーの例 トランスジェンダーであるBさんは賃貸物件を借りようとしたところ、住民票の性別の記載と外見との 間に齟齬があることを理由に、大家から断られた。 住民票の性別の記載と外見との間に齟齬があることを理由に貸さないことに貸主としての合理性はあ るか? LGBTQ+当事者が入居を希望した場合の大家の意識 不動産オーナーに対して行ったアンケート 家賃支払い能力には問題ない収入・資金力がある方からの入居希望があったという前提 選択肢: 「特に気にせず入居を許可する」 「入居許可をためらう/他の希望者をなるべく優先する」 「入居してほしくない」 「わからない」 「特に気にせず入居を許可する」という回答は、4割前後。 トランスジェンダーの場合、44.1% 女性同士の同性カップルの場合、39.3% 男性同士の同性カップルの場合、36.7%。 出典:株式会社リクルート住まいカンパニー「SUUMO『不動産オーナーのLGBTに対する意識調査2018』」 LGBTQ+当事者が感じる困難B LGBTQ+当事者は、居住物件を借りる際にセクシュアリティの開示をすること、ないし、それを余儀な くされる可能性がある不動産業者へのアクセスに抵抗を感じている。 出典:追手門学院大学地域創造学部 葛西リサ ゼミ「だれと住むかは私が決める セクシュアルマイ ノリティの住宅問題に関する調査結果速報」 LGBTQ+当事者と住宅確保に関する政策(1) 〜「LGBT理解増進法」 性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律(「LGBT 理解増進法」) 第3条「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する施策は、 全ての国民が、その性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、等しく基本的人権を享 有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、性的指向及びジェンダ ーアイデンティティを理由とする不当な差別はあってはならないものであるとの認識の下に、相互に 人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを旨として行われなければならない。」 理念法とされ、直接にLGBTQ+当事者の権利等について規律するものではない。 「国民一人一人が何らかの権利を取得することも、義務を負うこともありません。理解増進法は、い わゆる理念法であり、国民一人一人の行動を制限したり、また、特定の者に何か新しい権利を与えた りするような性質のものではありません。」 (「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性 に関する国民の理解の増進に関する法律に関するQ&A」より) LGBTQ+当事者と住宅確保に関する政策(2) 〜住宅セーフティネット法 住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律) 住宅確保要配慮者には、外国人、障害者などのほか、「都道府県賃貸住宅供給促進計画及び市町村賃 貸住宅供給促進計画で定める者」が含まれる。 国土交通省告示は、「地域の実情等に応じて…LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トラ ンスジェンダー)…等多様な属性の者が住宅確保要配慮者に含まれ得る」との方針を示している。 東京都では、「LGBT等」を住宅確保要配慮者として位置づけている。 住宅セーフティネット制度の概要 住宅確保要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅の登録制度 登録住宅の改修・入居への経済的支援 住宅確保要配慮者のマッチング・入居支援 〜居住支援法人など 居住用不動産の賃貸一般について定めるものではない。 LGBTQ+当事者と住宅確保に関する政策(3) 〜東京都の例 東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例 第4条 「都、都民及び事業者は、性自認及び性的指向を理由とする不当な差別的取扱いをしてはなら ない。」 第7条 「事業者は、その事業活動に関し、差別解消の取組を推進するとともに、都がこの条例に基づ き実施する差別解消の取組の推進に協力するよう努めるものとする。」 東京都は、HPで、東京都パートナーシップ宣誓制度受理証明書の活用先などとして、事業者一覧を公 表している。 都営住宅や東京都住宅供給公社が管理する公社住宅では、パートナーシップ証明を受けた方などの入 居を可能としている。 LGBTQ+当事者と住宅確保に関する政策(4) 〜渋谷区の例 渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例 第7条第3項 「事業者は、男女の別による、又は性的少数者であることによる一切の差別を行ってはな らない。」 第11条第1項 「区民及び事業者は、その社会活動の中で、区が行うパートナーシップ証明を最大限配 慮しなければならない。」 第15条において、@相談・苦情申立て、A調査・適切な助言又は指導、B是正についての勧告、C関 係者名その他の事項の公表、という救済手続きが定められている。  まとめ LGBT+当事者は、賃貸物件に入居するにあたり、様々な困難を感じている、という現実がある。 法律や条例から、民間の賃貸物件についての明確なルールが直ちに導かれるわけではない。 しかし、貸主側の契約の自由ないし経済活動の自由も、一定の限界があるというべき。 【参考】ゴルフクラブ入会拒否事件(東京高等裁判所平成27年7月1日判決) ゴルフクラブが、性別適 合手術を受けて、性別の取扱いの変更をする審判を受けたトランスジェンダーの入会を拒否したという 事件で、裁判所は、入会拒否について、ゴルフクラブが構成員選択の自由を有することを考慮しても、 憲法14条1項や国際人権B規約26条の趣旨に照らし、社会的に許容しうる限界を超えるものとして違法 とした。 日本国憲法14条1項「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地 により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」 国際人権B規約26条「すべての者は、法律の前に平等であり、いかなる差別もなしに法律による平等の 保護を受ける権利を有する。このため、法律は、あらゆる差別を禁止し及び人種、皮膚の色、性、言語、 宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位等のいかなる理 由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。」(外務省HPより)