東京弁護士会
子どもの人権と少年法に関する特別委員会

子どもの人権と少年法に関する特別委員会

 

子どもの人権救済センターについて

子どもの人権110番・子どもの人権救済センターの発足の経緯

1985年以前から私達弁護士は、少年事件特に荒れる学校・校内暴力事件を起こした少年事件に係わる中で、学校生活の中で、子ども達の意見が無視され、人格や自尊心が著しく損なわれている事実に気づいていました。一方学校は、厳しい校則や部活動の強化などに代表される「管理主義」をもって学校を運営しようとしており、子どもの人権の視点に気づいていない、或いは無視している状態にあることにも気づいていました。例えば、生徒に対する家裁の審判が開かれるにあたり、学校が、校内生活での「生徒の問題行動」を詳細に羅列したうえで、"学校教育の限界"という名のもとに安易に、少年院収容を求める意見書を提出する現実等に直面していました。そこで東京弁護士会は1985年9月、少年事件にかんする相談窓口を開設しました。 と同時に当時は、いじめの問題も多発しており、もう少し幅広く子どもの人権侵害一般について取り組むべきではないか、ということも議論され、翌1986年に「子どもの人権110番」という電話相談を<後に面接相談も>行い、87年には「子どもの人権救済センター」を開設するに至ったのです。 東京弁護士会のこのような活動は、全国に先駆けて行われたこともあって、マスコミからも注目を浴び、各地の弁護士会が同様の窓口を開設するまで、全国各地からの相談が、毎日寄せられたのです。 「子どもの人権110番」の相談窓口を発足させるにあたって、弁護士は教育には素人であり、学校の問題に係わって良いか、どのように係わっていけるのか、ということが、我々、子どもの人権と少年法に関する特別委員会内で議論されました。そして子どもの人権を擁護する、子どもと親の視点に立つことを基本とすることを確認し、取り組みを始めることにしました。ところが電話相談を始めてみると、子どもや親から、本当に深刻な相談が絶え間なく寄せられ、弁護士の助言や援助が必要とされていることを実感し、その一つ一つに対応しながら、試行錯誤を繰り返しながら、解決に取り組んできました。この実践の中で学校問題に弁護士が関与することに、一般的な認知も獲得することができたのです。 子どもの人権救済センターは、子どもや親から、子どもの人権の侵害が訴えられた場合に話し合いの解決が困難であったとしても、ただちに訴訟事件にするより、むしろ弁護士会が仲裁や斡旋的な立場から、事案を調査して、学校等に対して子どもの人権についての理解を求め、事態の解決の道を探すことも考えていきたいとの思いから発足させました。 1989年11月20日に国連で採択された子どもの権利条約は、子どもの権利について世界的に啓発することとなり、日本国内でも、条約批准の運動がなされ、94年5月22日国内的な効力を持つ(発効)ようになりました。 この動きの中で、子どもと大人の関係性、子どもの居場所が子どもの成長発達にとって極めて重要であること等が、改めて認識され、弁護士が子どもの人権の視点から学校問題等に係わっていくことに、ますます多くの期待が寄せられるようになってきたのです。

発足当初の活動内容の一端の紹介

1985年9月から1989年6月までの約4年間の統計を見ると
子どもの人権110番の相談件数・・・2384件
子どもの人権救済センター相談・・・248件


相談内容は多い順にあげるといじめ・不登校(当時はこのように呼んでいました)・体罰・管理主義・教師とのトラブル・退学問題などでした。当時のいじめ問題の状況は、子どもの半数近くは親に打ち明けていましたが、親に打ち明けられず一人で悩み相談電話をかけてくる子どもも大勢いたのです。いじめを打ち明けられた親は教師に相談しているのですが、取り合ってもらえない場合が約60パーセントでした。「いじめられるほうにも問題がある」「強くなれ」「無視しろ」「子ども同士のことには口をださない」等の対応が多く、適切な対応がなされていない状況が浮き彫りになっています。当初の活動をまとめた記録としては

1991年6月発刊、子どもの人権相談「子どもの人権110番」「子どもの人権救済センター」のあゆみ(絶版)
1992年7月発刊、子どもの人権救済事例集(絶版)


があります。

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