「袴田事件」再審無罪判決確定に関する会長声明
2024年10月11日
東京弁護士会 会長 上田 智司
2024年9月26日、静岡地方裁判所(國井恒志裁判長)は、いわゆる「袴田事件」の再審公判において、袴田巌氏に対して無罪判決を言い渡した(以下、「本無罪判決」という)。同年10月9日、検察官は上訴権を放棄し、本無罪判決が確定した。
「袴田事件」は、1966年6月に静岡県清水市(現静岡市清水区)で、放火され全焼した住宅内でみそ製造販売会社専務の一家4人がいずれも多数回刃物で刺突された遺体で発見された強盗殺人、現住建造物放火事件である。当時同会社の従業員であった袴田巌氏が犯人として逮捕、起訴され、袴田巌氏は公判で自らは犯人ではないとして無罪を主張したが、起訴後にみそ製造工場のみそタンク内から多量の血液が付着した状況で捜査機関が発見したとされるいわゆる「5点の衣類」等の証拠に基づき、第一審(静岡地裁)は有罪・死刑の判決を言い渡し、控訴、上告も棄却され、1980年12月に同判決が確定した。
本件の第2次再審請求において、再審請求審の静岡地裁は2014年3月27日に再審開始を決定するとともに、袴田巌氏に対する死刑及び拘置の執行を停止した。検察官の即時抗告により、東京高裁は再審開始決定を取り消したが、最高裁は東京高裁決定を破棄差戻し、差戻後の即時抗告審で、東京高裁は2023年3月13日に再審開始を認めて検察官の即時抗告を棄却し、検察官が特別抗告を断念して、再審開始決定が確定した。静岡地裁の再審開始決定から再審開始決定の確定までに実に9年の歳月を要したのである。
2023年10月から始まった再審公判では、検察官は再び有罪立証を行い、袴田巌氏に対して死刑を求刑したが、上記のとおり静岡地裁は本無罪判決を言い渡したのである。本無罪判決は、①非人道的な取調べによって獲得された自白調書、②最も中心的な証拠であった「5点の衣類」、③袴田巌氏の実家から発見されたとされる「5点の衣類」のズボンの共布について、いずれも「捜査機関によってねつ造された」と認定した画期的なものである。
今般、検察官が上訴権を放棄して本無罪判決が確定したが、本件のこれまでの経緯、本無罪判決の内容からすれば当然のことである。当会は、本無罪判決の確定を心から喜び、長期にわたってえん罪と闘い抜いてこられた袴田巌氏、同氏を支えてこられた袴田ひで子氏並びに支援者、そして再審弁護団の活動に対して、あらためて深甚なる敬意を表するものである。
畝本直美検事総長は、本無罪判決に対する上訴権放棄に際して談話を発表し、控訴断念の理由としては、袴田巌氏が「長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも思いを致し」たためとし、袴田巌氏に対して「結果として相当な長期間、法的地位が不安定な状況に置かれた点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思う」等としたが、本無罪判決に対して「ねつ造と断じたことには強い不満」、「判決には到底承服できず控訴すべき内容」などと表明しており、到底是認できる内容ではない。
そもそも「5点の衣類」の捜査機関によるねつ造については、再審開始を決定した上記静岡地裁決定、再審開始を認めて検察官の即時抗告を棄却した上記東京高裁決定も指摘していたことである。検察官は、本件がえん罪であることを未だに認めようとしておらず、袴田巌氏に対する真摯な謝罪も、本件についての真摯な反省も全くなされていない。上記検事総長談話は極めて不当なものというほかはなく、当会はこれを厳しく非難するものである。
袴田巌氏は現在88歳という高齢であり、本無罪判決までに事件発生から58年、判決確定から44年、最初の再審開始決定から10年もの歳月を要している。えん罪救済にこれほどの歳月を要するということは、我が国の再審制度が機能していないことを如実に示しており、刑事訴訟法第4編(再審)の改正は急務である。とりわけ、再審請求事件における全面的な証拠開示、再審開始決定に対する検察官不服申立の禁止は早急に実現される必要がある。
また、袴田巌氏は、死刑判決の確定から拘置の停止まで34年にわたって死刑執行の恐怖に苛まれ、現在も拘禁症状に苦しんでいる。死刑が執行されなかったからといって、袴田巌氏のこの苦しみが無かったことになるわけではない。万が一にも無実の人に対して死刑を執行することは司法による殺人というほかはなく、これ以上の不正義はない。当会が2020年に採択した『死刑制度廃止に向け、まずは死刑執行停止を求める決議』でも指摘しているとおり、これまでも我が国では、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件という4件の死刑再審無罪事件があったが、5件目の死刑再審無罪事件となる本無罪判決が確定したということは、我が国の死刑制度に対して、あらためて重大な問題点を提起するものである。
当会は、袴田事件の過ちを繰り返さないために、えん罪被害者を速やかに救済するための再審法改正の実現、そして死刑制度の廃止並びに死刑執行の停止を目指して、全力を尽くす決意である。
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