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絶対に安全と言えますか? ~子を持つ母親の悲痛な思い~(吉田 悌一郎)

 2011年の暮れ、クリスマスの12月25日、私は福島県いわき市を訪れた。3月11日の震災以降、いわきにはこれまで15~6回は通っている。

 いわき市といえば、仙台に次ぐ東北地方第二の都市でもあり、自然も豊富で温泉などもあり、あの原発事故さえなければ本当に良い街である。

 最近、いわき市民や双葉郡などからの避難者約160人が、「原発事故の完全賠償をさせる会」を発足させた。私は今回、この会のメンバーの方々からお話しを伺う機会があった。その中でも、3歳と5歳の子どもを抱えていわき市内で生活しているある女性の話がとても印象に残った。

 この女性は、数年前に夫と離婚し、働きながら1人で幼い子ども2人を育てている。3月11日の原発事故の後、いわき市からは子どもを持つ母親などが大勢県外などに避難している。彼女も子どもを連れて避難したい気持ちはあるが、県外に身寄りもなく、経済的な事情などもあって、現実的には避難は難しい。しかし、幼い子どもに放射線の影響があるのか、将来何か病気になることはないのか、大きな不安に苛まれながら毎日生活している。現在彼女は、遊び盛りの子どもを屋外で遊ばせることもできず、子どもの洗濯物を外に干すこともできず、子どもには水道水を飲まさないよう、ミネラルウォーターの購入も欠かせない。

 彼女は、東電の職員やいわき市の職員に対してこう尋ねたことがある。「このままいわき市にいて絶対に安全と言えますか。」と。驚くべきことに、「安全とは言い切れない。」と回答されたそうである。

 彼女の話で最も印象に残ったのは、彼女が東電や市の対応に対する不満や、放射線被ばくへの不安を口にしながら、「それでも現実を受け入れなければならない。」と語っていたことだ。

 放射線被ばく、特に低線量被爆の健康影響は現代の科学をもってしても未解明な部分が多い。また、同じ線量の被ばくをしても、将来ガンなどの健康影響が出る人もいれば、一生涯影響が出ない人もいる。分かりやすく言えば、低線量の地域では危険かどうかは正確には分からないということだ。しかし、人間の合理的な行動として、危険か危険でないか分からない、という地域で積極的に生活しようとするであろうか。私は彼女の話を聞き、改めてそのような地域で生活することを強いられることの非人道性を考えずにはいられない。葛藤がありながらも現実問題として現状を「受け入れる。」しか選択肢がないのだ。そして現に、彼女のように非人道的な選択を強いられている人たちが大勢いるのである。

 2011年12月6日、原子力損害賠償紛争審査会により、いわゆる中間指針の追補が公表され、彼女のような自主的避難等対象者のうち、子ども及び妊婦については、平成23年12月末までの損害として1人40万円、その他の自主的避難等対象者については、本件事故発生当初の時期の損害として1人8万円を目安とする旨が公表された。しかし、多くの識者によって批判されているとおり、これはあまりに低額であり、彼女のように今現在もなお不安に苛まれながら生活している人々の人格を無視した指針と言わざるを得ない。この金額は高い、安いとまるで市場の競りのように金額を決めていた原陪審のメンバーには、是非現場で彼女のような人たちの声を聞き、真摯に受けとめてもらいたいと思う。

 私はこれまで、いわき市から首都圏に避難している母親などからお話しを聞く機会はあったが、いわき市に止まって子どもを育てている母親の話を聞くのは初めてであった。避難した人も、避難できないでいる人も、それぞれ深刻な問題を抱えている。しかし、状況は違うが、母親として子を思う気持ちは共通している。そして、どちらにも確実に「被害」が存在している。

 もうこれ以上彼女たちを苦しめてはならない。

(弁護士・吉田 悌一郎)

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