東雲に避難するあるお母さんの話(吉田 悌一郎)
最近、また二回ほど、江東区東雲にある公務員宿舎に避難している福島県からの避難者の方を訪問する機会があった。一回は弁護士会主催の相談会、もう一回は知り合いのボランティア団体が避難者に物資を届けるのに同行し、その際にご相談を受けた。
東雲には福島県からの避難者がいるが、彼らのほとんどは原発関連の避難者である。ある避難者は、福島県のいわき市からの避難者で、地元に夫を残し、幼い子ども2人を抱えて避難している若い母親だった。
いわき市といえば、そのほとんどは政府による避難指示等の区域外(福島原発から30キロ圏外)の地域ではあるが、福島第一原発からそう遠くなく、放射線の影響が懸念される地域である。放射線被害、特に低線量被曝の健康影響は未だ未解明な点が多く、区域外なら安全という保障はどこにもない。特に放射線感受性が高いといわれる子どもを持つ親であれば、その健康影響を心配して避難するという行動ももっともである。
ところが、この区域外避難者は、いわゆる自主避難者などと呼ばれ、危険もないのに勝手に避難している人というレッテルを貼られ、現在のところ東電からの賠償の対象外とされている。また、彼らに対する世間の風当たりも冷たい。インターネットの2ちゃんねるなどでは、彼らをいわゆるエセ避難者扱いし、あたかも税金泥棒であるかのような誹謗中傷がなされたこともあった。
さらに、彼女のように二重生活を強いられている避難者の場合、生活費の負担が重くのしかかっている。また夫と離れ離れになり、1人で子どもを抱えて慣れない東京で生活することのストレスも相当なものである。
原発事故から7ヶ月以上が経過しても未だ収束しない状況の中で、避難生活が長引くにつれて、彼女も限界に近づいていた。彼女は今大きなジレンマにぶつかっている。子どもたちの健康を優先してこのまま東京でがんばり続けるか、家族の絆や精神の安定を優先して地元に帰るかである。重要なことは、彼女には今、この二つの選択肢しかないという事実だ。健康を犠牲にするか、家族の絆や精神の安定を犠牲にするかの選択を強いられているのである。果たしてこんな非人道的な話があろうか。
しかし、これが彼女のような区域外からの母子の避難者の置かれている現実なのである。
たとえば、避難指示区域内で、いわゆる警戒区域のように自宅に帰ることすら禁止された人々に対して賠償がなされなければならないことは当然である。しかし、彼女のように、避難指示区域の外からの避難者も、やはり紛れもない原発事故の被害者であり、適正な賠償と被害回復のための公的措置がとられることが必要である。
同時に、われわれ法律家に課せられた課題も多いと改めて実感した。
(弁護士・吉田 悌一郎)