東京弁護士会

第15回市民会議(2008年7月9日)

第15回東京弁護士会市民会議が2008年7月9日に行なわれた。今回のテーマは「裁判員制度への取組みについて」である。

  • 阿部一正委員(㈱日鉄技術情報センター代表取締役社長)
    国民が身をもって司法の象徴的な場面に参加し、司法とは何か、を実感してもらうということは大変意義のあることだ。国民に大きな負担を負わせることにもなるので、それだけの効果が必ず期待できる制度設計・運用が望まれる。裁判員は素人であるから、事件の本質をよく理解してもらえる法廷の場の設定、検察官、弁護人のパフォーマンスや話術の巧みさだけに左右されないような心がけの示唆等きめ細かい配慮がなされることが肝要だ。公平な判断を求めるには、検察官と弁護人との弁論能力のレベルはできるだけ同等であることが望まれる。しかし、現実には、弁護人の刑事事件への参加頻度はもともと多くはなく、また、従来は書面主義で行われてきたことを思うと、今後、検察官のレベルはだんだん高くなるのに対して、弁護人のレベルの向上はあまり望めない状況にあるのではないか、という危惧が否めない。
  • 古賀伸明委員(日本労働組合総連合会事務局長)
    主権者たる国民が司法システムに参画することは重要だと思う。頭の中ではこの制度の実現を成功させなくてはと思うが、市民からすると、専門家の賛否が分かれれば分かれるほど大きな戸惑いが出てくる。弁護士会も国も、市民に対して裁判員制度への理解を深めていく拍車を掛けないと混乱が起きるのではないか。
    多くの市民が「どうすれば裁判員になることを避けられるのか」を聞いてくるのが現状だ。私たちも勉強会をやるなどしてこの制度に対する理解を深めるように努力しているところだが、現状を認識しておくとともに、社会全体として、市民が裁判員に選任されたときに裁判員として出席しやすい環境に整備していく必要がある。
  • 岡田ヒロミ委員(消費生活専門相談員)
     消費生活センターでは、相談員が模擬裁判に参加するなどしてこの制度に対する理解を深めているところだ。模擬裁判を体験した者のほとんどは、裁判員制度は大事だという感想を持つようになっている。また、模擬裁判を通じて感じたことは、組織で動いている裁判所や検察官と異なり、弁護士はやや準備不足だということである。この制度の開始まで1年足らずになった。消費生活センターの相談員にもできるだけ模擬裁判を体験してほしいと思う。また、模擬裁判に参加したいと思っている人は多いはずだ。市民に模擬裁判への参加を呼び掛けるようなPRを考えてほしい。現在のPRはあまり上手にできていないと思う。
  • 長友貴樹委員(調布市長)
    自治体と裁判員制度との接点としては、自治体職員が裁判員に選任された場合にどのように対処するか、裁判員候補者名簿を選挙管理委員会が作成すること、市民から問い合わせがあったときにどのように対応するか、などが考えられる。
    この制度の広報活動を見聞きしているし、裁判員に参加することに関しての説明はあるが、なぜ、この制度をスタートさせるのか、今までの司法には何が足りなかったのか、という制度の必要性の説明がないように思う。この制度に対する市民の関心が高まらないと、どうすれば裁判員にならずに済むのか、といったことだけが話題になってしまう。裁判員制度という変革のメリットがどのようなものなのか、そのファンダメンタルなところを聞いてみたい。
  • 小賀野晶一委員(千葉大学大学院専門法務研究科教授)
    大学のゼミでディベートを企画すると裁判員制度がテーマとして取り上げられる。それほど学生たちの関心は高いし、ディベートでも盛り上がる。ディベートの準備にあたり、学生たちは自分で裁判所や弁護士会のホームページで必要な情報を入手している。他方、一般の人たちは忙しいし、情報入手が困難なはずである。この制度に関する資料については、専門書籍では難しすぎるし、制度説明のパンフレットでは簡単すぎる。難しすぎるものと簡単すぎるものの中間レベルの適当な資料が目につかない。弁護士会にはぜひそうした資料を作成し、目につくようにしてほしい。また、弁護士会では、この制度のスタートに向けて弁護士に対して研修を行っているとのことだが、そうした研修の内容やご苦労、そして、組織で対応している検察官に対しては、弁護士の持つより広い知識で対応できることを、もっと一般の人たちにアピールしたらどうか。
  • 藤森研副議長(朝日新聞編集委員)
    この制度は職業裁判官の裁判に風穴を開けるものだ。ぜひ前進させていきたい。しかし、制度開始の一方で、取り調べの可視化や人質司法の問題が置いてきぼりにされている。また、公判前整理手続の採用により、密室の中で争点が絞られて、非常に狭い土俵を出にくくなってしまう。
    被告人の気持ちが揺れて本当のことが言えず、後で実はこうだったと翻す場合もあろう。被告人の権利を守るという観点からすると、危うさが伴うのではないか。また、裁判の公正と知る権利の衝突の問題もある。人々に何も知らせずに公正裁判を守るのではなく、検察官・弁護人双方の言い分を十分に知らせることで、公正さと知る権利を両立させる道を考えられないか。
  • 紙谷雅子議長(学習院大学法学部教授)
    この制度で気になる点は、裁判官と裁判員による評議の内容が全く見えないということである。裁判官が裁判員に対してどのような説明をするのか。
    陪審制度では、陪審に対して裁判官が行なう説示、説明は公開の法廷でのできごとで、説示が適切でないかどうかは、しばしば上訴の争点となる。裁判員制度では、裁判官が裁判員に適用されるであろう法のルールをどのように説明するのかは全く公表されないし、裁判員は話してはいけないことになっている。いいのだろうか。また、裁判員との評議の後で裁判官が判決を書くことになるが、裁判員との評議がどのように判決に反映されるのだろうか。市民の常識が反映されるべきなのは結論ばかりではなく、判断の過程や道筋についてでもある。評議の秘密が行き過ぎているような気がする。こうした状況だからこそ、弁護士の役割に価値が見いだせる。裁判員になる市民は裁判員制度に対して不安を持っている。これは上手に情報が伝わっていないためと思われるので、ぜひ市民の理解が深められるように工夫してほしい。