赴任経験を生かして
東南アジア業務を切り開く
杉田昌平 会員(64期)
東南アジア業務を切り開く
2020年5月31日
杉田会員は、現在日本で弁護士業務を行いながら、大学の研究員や講師として、東南アジアを中心に、学生に日本の法律を教えるなど、幅広く活動しています。
弁護士業務では、外国人雇用など、外国人に関する分野を取り扱うことが多いということですが、それは、興味があることを続けてきた結果だと言います。
仕事を楽しみたい方、人とは違う分野で活躍したい方、躊躇してしまってなかなか一歩を踏み出せない方、そんな方々にとって、きっと後押しになる杉田会員の軌跡です。
‐弁護士になることを決めたきっかけ‐
出身は栃木県です。慶應義塾大学法学部法律学科に入り、慶應義塾大学法科大学院に進みました。国立大学の農学部で教えている父からは、ずっと「医者になれ」と言われていて、反抗期だった私はあえて文系の学部を選びました。
父からは「仕事はお金第一でするものではない」「お金に関係なく仕事ができるようになりなさい」ということもずっと言われていて、それが頭にあったんでしょう、弁護士は人の権利や自由を擁護して社会の役に立つというイメージがあったので、大学3年生の秋頃に、弁護士になろうと本気で思うようになりました。
もともと自分で仕事をしていきたいと思っていたので、裁判官や検察官になろうという選択肢はなかったです。
‐ベトナムでの生活‐
弁護士登録してからは、もともと興味があった会社の事業再生を多く取り扱っている現在の事務所に入り、最初の3年間のほとんどは事業再生をやっていました。
父がモンゴルの技術支援をやっていた影響で、国際的な活動にも興味があったので、日弁連の国際交流委員会に入って、ベトナム人の弁護士が日本に研修に来るときに関わったりもしていました。ちょうどそのとき、名古屋大学の公募を知る機会があったのです。名古屋大学は、7カ国8都市で日本法教育研究センターを展開していて、日本語で日本の法律を教えています。海外に拠点を持って法教育をしている大学は当時名古屋大学だけでしたが、最近慶應義塾大学も拠点を造りました。弁護士か研究者が公募で選ばれて、講師として2年間センターに赴任するんですが、私も応募して特任講師になり、2015年6月から2017年8月末まで、ベトナムのハノイに派遣されました。
小さいときにアメリカに住んでいた経験はありますが、英語はもう覚えていませんし、いきなりベトナムに住むことになったので、ベトナムに行ってから必死に英語の勉強をして、ベトナムにいる間にTOEFL95点ぐらいまでにはなりました。
ベトナムの大学での会話は、日本語7割、英語3割くらいです。大学の先生はみんな英語で会話ができるんです。ただ、街中では、当然ベトナム語しか通じないので、最初の半年くらいは結構大変でした。トイレットペーパーをどこで買うかもわからないし、タクシーも乗れなくて、大体半径一キロ圏内で過ごしていましたね。ただ2年間いると、タクシーで行きたいところを指示できるくらいのベトナム語は話せるようになりましたよ。
ちょうど子供も生まれたところだったんですけど、行っちゃえば何とかなるかなという感じで行って、単身で2年生活しました。その間弁護士業務はしていません。
‐ハノイ赴任後の弁護士業務と大学講師・研究員の両立‐
今、事務所ではジュニアパートナーです。事務所の経費のうち一定額を負担しています。ハノイ赴任から戻って、弁護士業務の収入も増えました。外国人関係の業務の売上げが多いんですが、そのうち95%くらいは東南アジア関係だと思います。ハノイから戻った後1年間ぐらいは特に国際的な仕事はなくて、事業再生などの事務所の仕事をしていたんですが、そのうち東南アジア関係も扱っていることが知られて、事業再生の依頼者だった会社が東南アジアに進出することのお手伝いもするようになりました。
弁護士業務と並行して、2017年10月から、名古屋大学の非常勤の研究員として、週に1日、土曜日を指導日として日本からベトナムの学生に遠隔で指導をしながら、月に1回ぐらいは実際にホーチミンのセンターに行って日本の法律を教えています。
慶應義塾大学でも、2017年10月から、法科大学院に併設されているグローバル法研究所(KEIGLAD)の研究員として働いています。私がハノイ赴任から帰ってきた頃、ちょうどASEAN展開を担当する教員を探していたのが縁です。特任講師兼訪問講師として、月に数回あるASEAN展開の会議に出て、実際に現地の大学等に渡航して、学術協定を結ぶ手伝いとか、学生の短期のスタディーツアーの引率等もしています。出張ではカンボジア、ハノイ、ミャンマー、バンコク、タイに行きました。
弁護士業務と大学で講師等をやることには、東南アジアという地域的な共通点や人的関係の重なりがあるので、両立できているのかなという気はします。
国際協力機構(JICA)が技術支援を行い、日本の政府とベトナム政府が共同して作っている日越大学の法学のカリキュラム作成も手伝っているので、日越大学に人材ニーズのある企業をお連れすることもあります。
‐外国人雇用に関する業務をはじめたきっかけ‐
日本では、外国人雇用の在留資格等を扱う弁護士がほとんどいないようで、有名な企業から突然私に仕事の依頼が来ることもあります。ニッチな分野ではまだまだ弁護士が関われる業務ってあるんだなと思いました。ただ、最初からこの分野に注力しようと考えた結果ではありません。
私が外国人雇用の分野に取り組んだのは、研究者としての学会発表が先なんです。東南アジア法社会学会で日本の外国人技能実習制度が問題だと報告しました。技能実習制度の場合、入国後の講習で法律を教えるんですけど、テキストもあんまり面白くない。ですから、例えばゲームや紙芝居で説明するものを作れないかとか、そういう研究活動をして、学会報告をしたのが最初なんです。教え子と同世代の方が困らないようにするにはどうしたらいいのかなというのをやっていたら、そのうち外国人採用するなら就業規則をこうやって変えてあげた方が働きやすいですよ、とか出てきて。
例えば、ベトナムの人が有給休暇を買い取ってくださいと使用者に言うと日本人は過剰な請求だって驚きます。でも、ベトナムの労働法だと有給の買取権があるんですよ。ですから、企業の法務部の人には、彼らの国の視点になって、日本の法律では買取権がないことを説明してあげてくださいと言うと、納得してもらえます。お互いの法律を知らないままだと、バチンとぶつかっちゃうので。
そうやって、お互いになるべく働きやすいようにと助言をしていたら、ずっと関係が続いて、それが今の主な仕事につながりました。
‐ワークライフバランスについて‐
今は朝9時から深夜の12時ぐらいまでは仕事をしていますね。2019年は土日もほぼ全て事務所に出ていました。休みは月に1日くらいだと思います。
休日というものはないですが、誰かに働かされているわけではないので、働きすぎて体調が悪くなるとか、過労とか、そういうことはないんです。自分でスケジュールコントロールしてやっているので、仕事上のストレスはほぼない。とても楽しく仕事をしています。
土日のどちらかの半日は勉強に充てています。私は今、学生でもあって、一橋大学の大学院の博士課程で外国人雇用をテーマに論文を書いているんです。
日本でも昔は外国に移住するとパラダイスが待っているかのように言われて、人材の海外への送り出しをしていました。今、外国では、技能実習制度がそのようにイメージされていて、外国から日本に行けばパラダイスみたいに言われて日本に来る方もいるんです。技能実習制度ができて、特定技能制度ができて、でも外国人関係の問題は、何かアンタッチャブルなものとして扱われているような気がして、それを全部調べてみようと思いました。
派遣法、職安法、技能実習法、特定技能制度による過去の外国から日本への送り出し関係を時系列に並べて、日本での労働力の需給の変化に伴って何が行われてきたのかに光を当てて可視化した上で、どういう未来を描くべきかということを考えたくて、大学院に入ったんです。もう完全なる趣味です。これが仕事になるとは思っていません。
‐弁護士としてこれからの展望‐
もうすぐ弁護士として10年目ですが、どういう分野をやりたいかはあまり定まっていないです。「私はこの分野に詳しいです、だからあなたは頼むべきです」という知識の押し売りのような仕事の取り方って不健全だと思いますし、それって信用されないんじゃないかと思います。10年後に何になりたいというよりも、自分の興味に従って、努力し続けていって、たどり着くところにたどり着きたいというんですかね。たぶんそうじゃないとモチベーションが続かないと思います。
今一番興味があることは、外国人雇用なんでしょうね。私は使用者側として仕事をすることが多いのですが、外国人雇用の企業法務の専門家になる、ということがモチベーションじゃないんです。
今、技能実習生として来てる外国人は、大学のベトナム人の教え子と同年代の18歳から25歳くらいの方です。そうすると、その人たちが日本で虐げられて、日本を嫌いになって帰っていくのは自分の教え子が虐げられているようで嫌なんですね。使用者側の担当者に外国人雇用に関する制度の説明をして、それを理解してもらい、外国人が働きやすい職場を増やすことにやりがいを感じます。使用者側の代理人であっても、結局は教え子と同世代の方の権利擁護になるだろうなと思ってやっているところが楽しいのでしょうね。
ベトナムと日本は時間の感覚もやっぱり違いますし、法律だけじゃなくて、社会通念の感覚の差ってあると思います。私はベトナムで2年間生活してそれを感じたので、「ベトナムと日本はこう違うんですよ」と話すことで、外国人と企業の間の緩衝材になって、それが、今の仕事で役に立っているかなと思いますね。
‐修習生・若手弁護士へのメッセージ‐
これを読んでくださっている方が、もしこれから東南アジアの仕事を扱いたいというのであれば、まず東南アジアに行っちゃったほうがいいと思います。行けばきっとその地域が仕事とつながるので、東南アジアに限らず、関心がある地域があるんだったら、躊躇せずに行った方がいいと思いますね。ボスが止めようが何だろうが(笑)。
私が所属していた事務所では、「面白そうだからいいんじゃない」といってベトナムに送り出してくれました。きっと、多くのボス弁世代は、挑戦する若手弁護士の背中を押してくれると思います。
【経歴】
2010年3月:慶應義塾大学法科大学院法務研究科終了
2011年12月:東京弁護士会で弁護士登録、センチュリー法律事務所入所(~2014年12月)
2013年4月:慶應義塾大学大学院法務研究科助教就任(~2015年9月)
2015年1月:アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所(~2017年8月)
2015年6月:名古屋大学大学院法学研究科特任講師就任 (ハノイ法科大学内日本法教育研究センター)(~2017年8月)
2017年9月:センチュリー法律事務所入所、名古屋大学大学院法学研究科学術研究員就任(~2017年9月)
2017年10月:名古屋大学大学院法学研究科研究員就任(~2020年3月)、慶應義塾大学大学院法務研究科・グローバル法研究所(KEIGLAD)研究員就任(~2019年5月)、ハノイ法科大学客員研究員就任(~2019年10月)
2018年6月:日本弁護士連合会中小企業海外展開支援事業担当弁護士
2019年6月:慶應義塾大学大学院法務研究科特任講師、同訪問講師就任
2020年4月:名古屋大学学術研究員就任