東京弁護士会

民法第772条の改正を求める意見書

2007(平成19)年9月10日
東京弁護士会
会長 下河邉 和彦

第1 意見の趣旨

 民法772条は、父子関係の成立という身分関係の根幹にかかわる規定であるので、同条より生じている問題の解決は、本来、通達による運用や特例法によるべきではなく、身分関係の基本法である民法の改正によって対処すべきものである。当会は、早急に民法772条について下記の通り改正することを要請する。

現行民法772条

第1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

第2項 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

当会改正案

第1項 妻が婚姻中に懐胎した子または妻が婚姻中に出産した子は、夫の子と推定する。但し、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子について、父欄を空白とする出生届出がなされたときは、夫の子と推定しない。

改正案の説明
現在は、懐胎主義により規定されているが、「婚姻中に出産した子」を加えることにより、父子推定についての出生主義(婚姻中の出生子の父は母の夫とする)をも取り入れ、婚姻成立から200日以内に生まれた子(現行民法772条2項)についても嫡出子と推定できることになる。通達で認められてきた「推定されない嫡出子」につき、「推定される嫡出子」として民法の中に規定したものである。一方、従前200日以内の出生子について、嫡出子あるいは嫡出でない子のいずれであるかの選択を真実を最もよく知る当事者に委ねてきた従前の扱いも維持することができるよう、但書を設ける。

第2項 婚姻の解消若くは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。但し、父欄を空白とする出生届出がなされたときは婚姻中に懐胎したものと推定しない。

改正案の説明
当会改正案第1項で出生主義を取り入れたことにより、民法772条2項の「婚姻成立の日から200日を経過した後に生まれた子」の部分を削除した。
婚姻解消若しくは取消し後300日以内の出生子については、母が前夫を父として出生届をしないときは、その行為自体によって第1項の推定が及ばないことを認める。婚姻200日以内の出生子について従前認められてきたのと同様に、真実を最もよく知る当事者の届出を信頼し、父欄空白の届出もできることとし、前夫がそれは真実と異なると主張する場合に、前夫の側から父子関係存在確認の審判あるいは裁判を求めればよいとし、当事者の負担を軽減するものである。

第3項 子が、前婚の離婚後300日以内でかつ再婚後に出生し第1項及び第2項による推定が重複する場合、出生届の父欄に記載された者を父と推定する。

改正案の説明
第1項及び第2項により、第3項の場合には、離婚後300日以内の出生子として前夫が父と推定され、かつ再婚の夫も父と推定されることになり、推定される父が二人重複して存在することになるため、この場合にも真実を最もよく知る当事者の届出を信頼し、父欄に記載された者を父と推定するものとする。

第2 意見の理由

1 はじめに

民法772条は嫡出子についての父性推定規定であるが、離婚後300日以内に出産した子について、子の父を母の前夫であると推定している。子の福祉のため、父を迅速に決定しようとする規定であるが、近年の離婚や再婚の増加、人々の行動様式の変化に伴い、この規定により、かえって子の出生届出が遅れたり、戸籍が作成されないままとなるなど、子の福祉を害する場合を生じさせている。

2 現行民法772条と懐胎主義

 現行民法772条は、明治民法820条を踏襲し、父性推定についてフランス民法と同様に懐胎主義を採用したものである。婚姻道徳を信頼し、かつ約110年前における医学的統計(当時の医科大学の意見によれば、懐胎の最短期は28週すなわち196日ないし30週、最長期は300日を超えるとされた)に基いて制定された。
これに対し、婚姻中に出生した子の父は母の夫とする出生主義を採用する国も少なくない(イギリス、アメリカ、ドイツなど)。

3 父子関係を否定する方法とその問題点

 本年4月に公表された法務省の調査によれば、2005年における離婚後300日以内の出産による出生届出数は全国で約2800件と推計されており、毎年約3000人近く存在するとのことである。離婚以前に別居が先行する事例が多いことから、上記のうち、前夫が実父であるケースの割合は低く、別の男性あるいは再婚の夫が父である割合が高いと推測される。

前夫が実父でない場合に嫡出推定を排除するには、以下の手段を取る必要がある。

(1)前夫が子の出生を知った時から1年以内に前夫より嫡出否認の調停を申立て、合意に相当する審判(家事審判法23条審判)を得るか裁判を提起し判決を得る(民法774条)。

(2)子あるいは母から前夫に対して親子関係不存在確認の調停を申立て、合意に相当する審判(家事審判法23条審判)を得るか裁判を提起し判決を得る。

(3)子あるいは母から実父に対して認知請求の調停を申立て、合意に相当する審判を得るか裁判を提起し判決を得る。

 2005年における嫡出否認あるいは親子関係不存在の調停・審判事件の既済事件数は2834件であり(離婚前出産の事件数も含む)、このほか、人事訴訟によって解決している事案もある。母親にとっては、妊娠・出産という大きな負担があることに加え、出生後直ちに子の戸籍のために上記のような裁判手続きまでとることは、大変な精神的・経済的な負担となっている。特に、前夫に暴力を振るう傾向がある事案においては、その苦痛は著しい。前夫にとっても、裁判所に出頭し、夫婦生活の詳細を述べなければならないことは、非常に煩瑣である。

4 無戸籍子の存在

 3記載の判決や審判を得ずに出生届を出そうとすると、役所は形式的審査権しか持たないので、当事者に対して、父欄に記載した実父の氏名を前夫の氏名に書き換えることを要求せざるをえない。また、そのようにして出生届が受理されると、子の父欄には前夫の氏名が記載され、子の親権者は母であるが、前婚の婚氏が夫の氏であれば子は前夫の戸籍に入ることになる。当事者が、こうした届出や戸籍を嫌悪して望まず、かつ3記載の各手続きを取ることもしない場合は、子どもは無戸籍のままにおかれることになる。こうした事態は、児童の権利に関する条約7条が「児童は出生後直ちに登録され、氏名を有する権利」を保障している趣旨にも反するものである。

5 平成19年5月7日通達

 本年5月7日の法務省通達により、離婚後懐胎である旨の医師の証明を添付すれば前夫を父としない出生届出が認められることとなった。しかし、この通達により救済されるのは約1割の子にすぎず、残り9割の子については、やはり裁判手続きが必要である。

6 結論

 以上のとおり、現行民法772条は、近年の離婚や再婚の実情に合致していないこと、子の福祉の観点からも問題を発生させていることから、早急に改正される必要がある。
よって、意見の趣旨記載のとおりの改正を求める。

以上
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