「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等のための労働省関係法律の整備に関する法律案」に関する意見書
1997年3月
はじめに
1 政府は、本年2月7日、上記の法律案(以下、法案という)を閣議決定し、同日国会に上程した。
均等法施行後10年間の女性の就業実態をみると、女性に対する差別の改善は進まず、むしろ後退し、この数年差別がより強まってきている。その要因としては、均等法が募集、採用及び配置・昇進について努力義務規定にとどめたことや実効性の乏しい調停制度などの法の不備と、「女子のみ募集等は差別にあたらない」とする片面的な解釈・運用により、実効性を骨抜きにする法運用が行われたことなどがあげられる。
今回の法案では、一定の改正がみられるが、「間接差別」の禁止が明記されていないなど不十分な点があり、さらに男女平等実現のためにいっそうの法整備と厳正な運用が望まれるところである。
2 この間、女性差別が強まってきた背景には、単に均等法の実効性が乏しいというだけはなく、巧妙で脱法的な女性差別がすすめられてきたことを見逃してはならない。とくに、第一に、均等法制定の前後から導入されたいわゆるコース別人事管理制度のもとで、大半の女性が昇格や昇進で不利なコースにおかれている実態がある。第二に、パート、アルバイト、派遣など非正規の雇用形態で働く女性の増加が、正規労働者の増加をうわまわり、現在働く女性の約3分の1はパート労働者であり、派遣労働者も女性が多い。しかし、女性パートタイマーの1時間当たりの所定内給与額は一般女性労働者の100に対して70・4にすぎない(94年)など、その労働条件は低く、身分も不安定な状態におかれている。
いずれの場合も、表面上は、コースが異なるから、あるいは雇用形態が異なるから、女性差別ではないかにのように見える。しかし、性別役割分担が根強く残り是正されないもとで、転勤ができないということで、女性が特定のコースに集中したり、不安定雇用者の状態におかれ、その結果、賃金・昇進などで不合理な不利益を受けている。このような巧妙な差別を許さず、真の男女平等を実現するには「間接差別の禁止」及び「同一価値労働同一賃金の原則」等を明文化する等、一歩踏み込んだ法改正が必要である。しかし、今回の法案においては、このような観点からの改正はみられず、不十分といわざるをえない。
3 また、今回の法案は、国際的な到達基準からみても不十分である。とくにこの10年間、国際的には真の男女平等の実現のために大きな前進があった。1975年に国連が、その後の10年を国際婦人年と定めて以降、男女平等に向けた国際的な取組みが飛躍的に強まり、女子差別撤廃条約をはじめとする各種国際法規の制定も進んだ。
憲法は、日本が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを定めている(98条)。したがって日本は、日本が批准した差別撤廃条約、国際人権規約、ILO諸条約を遵守することはもちろんのこと、1985年第3回国連世界女性会議で採択された「ナイロビ将来戦略」、同じく第4回の同会議で採択された「北京行動綱領」などの実現に向けて積極的に取り組まなければならない。
とくに「間接差別の禁止」「同一価値労働同一賃金の原則」は、いずれも、日本が批准した上記国際法規に明記されており、今回の改正でも国内法規に明記することは可能なのであるから、真の男女平等実現のため、その法理を十分に活用すべきである。
今回の改正は、男女双方に適用される性差別禁止法あるいは男女雇用平等法にはなっていない点で限界があり、男女差別を禁止していこうという世界の水準からするならば、性差別禁止法等に抜本的に改正することが望まれる。
4 今回、法案では、労働基準法の時間外・休日・深夜業を制限する女子保護規定を全面的に廃止することとしている。しかし現在、我が国では、男性労働者が36協定以外に何の制限もなく、長時間・深夜にわたり働かされていることを考えると、男女労働者に対する時間外、休日、深夜労働につき共通の適正な規制が実現しないまま、女子保護規定の廃止を先行させることは、容認できない。
特に、深夜労働は人間の生体リズムに反する労働を強いるもので、男女労働者にとって深刻な健康上の負担となる。労働基準法第一条の原則に照らし、男女ともに適正な規制をなし、「人たるに値する」生活ができるようにすべきである。
また、雇用での男女平等を実現するためには、男女労働者がともに職業生活と家庭生活の調和を図りつつ、健康で人間らしく働くことができる労働条件を確立することが不可欠である。この理念は女子差別撤廃条約でうたわれているが、ILO「家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する条約」(156号)及び同165号勧告により具体的に規定されている。日本は1995年に同条約を批准し、96年には発効している。そこでは、家族的責任を有する男女労働者の機会均等のためには、家族的責任を負う労働者を保護する施策の他、一般労働者についても1日の労働時間の規制も含めて労働時間の短縮をはかるなど、その労働条件を引き上げていくことが不可欠であるとしている。
しかし、法案では、労働時間について男女共通の規制は何ら規定されていない。これは国際的労働基準を遵守する観点からも、極めて問題である。このようなもとで、女子保護規定が廃止されるならば、多くの女性労働者が健康・母性を害したり、あるいは家庭生活との調和をはかれずに、正社員として勤続していくことを断念せざるを得なくなるであろう。これでは、何ら「女性の職域拡大」には結びつかない。このような男女労働者の一般規制が実施されない中で、女子保護規定の廃止を先行させることは、容認できない。
また、法案が定める育児・介護休業法の改正による深夜業の免除請求権も、後述のとおり、家族的責任を負う労働者の保護にとっては不十分である。家族的責任を負う労働者は、一般の男女労働者につき一日単位の労働時間の規制等が実現した場合でも、一定のより高い水準で、家族的責任を果たすための条件が確立されるべきであり、今回の法案にみられる限定的な権利だけでは、当該労働者ばかりでなく、その家族や要保護状態にある子供や病気の家族にとっても、健康で人間らしく生きる権利を奪われる結果となる。
5 以上のような観点から、今回の法案については、事項を絞って当会の意見を述べることとする。今後の国会での審議において、ぜひ取り入れられたい。
第1 均等法の一部改正について(法案第一条、二条)
1 改正均等法案全体について
(意 見)
法案は、現行均等法に比較し、努力義務規定であった配置・昇進での女性であることを理由にした差別的取扱いを禁止し、禁止規定に違反した企業が労働大臣の勧告に従わなかった場合の企業名の公表制度や、調停制度の改善、セクシャルハラスメント及びボジテイブアクションについて法定するなど、改善面がみられ、一定程度評価できる。だが、内容をみるならば、幾つかの点は、これまでも法の不備としてつとに指摘され、早急な改正が求められてきた点であり、改正が遅すぎたといえるほどの当然の措置といえる。また、法案は、男女平等を実現する上で不可欠な「間接差別」の禁止には何らふれず、また女性労働者の差別的取扱いのみを禁止し、男女差別を禁止する性差別禁止法となっていないなど、不十分な内容となっている。以下、くわしくは、各項目で意見とその理由を述べることとする。
2 目的と基本的理念(現行均等法第一条、二条 改正均等法案第一条、二条)
(意 見)
目的と基本的理念から「職業生活と家庭生活との調和を図る」という文言を削除すべきでない。
(理 由)
(1) 「職業生活と家庭生活との調和」は男女労働者の労働のあり方全体を規定する基本的理念である。前述のとおり女子差別撤廃条約およびILO156号条約はその理念を明記し、とくにILO156号条約は家族的責任を有する男女労働者が差別を受けることなく、職業上の責任と家族的責任を調和させて働くことができるようにすることを「国の政策の目的とする」と締約国に義務づけている。これに基づきILO165号勧告は、一日の労働時間、時間外労働、交替制・夜間労働、転勤、育児休業、看護休暇などについて規定している。
すなわち、現在雇用における男女平等の実現のためには、性別による差別禁止に加えて、男女ともに職業生活と家庭生活の調和が可能となる措置を労働条件全体にわたってとること及び家族的責任を理由とする差別的取扱いを禁止することが必要であるとの国際的合意が成立し、これらの条約を批准した日本もその実施が求められているのである。
(2) 法の目的と基本的理念は、その解釈と運用にあたって重要な指標となるものである。現行均等法の目的と基本的理念の「職業生活と家庭生活の調和」は、何が差別的取扱いとして違法となるかを判断をする際重要な基準となる。たとえば重い家族的責任を有する労働者に対し、その責任を果たすことが困難となるような遠隔地転勤は「職業生活と家庭生活の調和」という基本的理念に反し違法となる場合がある。
したがって目的と基本的理念から「職業生活と家庭生活の調和」を削除することは均等法の解釈からこの理念を除外することになりかねず、家族的責任を有する労働者が平等に働くことを著しく困難にする危険性がある。
(3) 現行均等法は女性に対してのみ適用される法律であるため、「職業生活と家庭生活との調和」も女性についてのみ規定され、男女がともに家族的責任を担うという上記条約の理念からみれば不十分である。だからこそ均等法を男女双方に適用される性差別禁止法あるいは男女雇用平等法に抜本的に改正し、「職業生活と家庭生活の調和」も男女双方の労働のあり方の基本的理念とすることが求められていたのである。そのような法改正が実現困難であるからといって、均等法からこの文言を削除するのは本末転倒である。
(4) 育児・介護休業法は男女双方に適用される法律として成立し、その目的と基本的理念に同旨の文言があるが、同法の定める措置はその範囲および権利の内容において上記条約等が求める措置とは大きな隔たりがあり、これらの措置によって家族的責任を有する労働者が「職業生活と家庭生活」を調和させて働き続けることは到底不可能といわなければならない。
3 募集及び採用(現行均等法第七条、改正均等法案第五条)
(意 見)
募集・採用についても、「事業主は、労働者の募集及び採用について、労働者が女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをしてはならない」とすべきである。
(理 由)
建議では、「均等法関係の法的整備に当たっては、まず雇用の分野における男女の機会及び待遇の確保を確固たるものとするため企業の募集、採用から定年・退職・解雇に至る雇用管理における女性差別を禁止し、その実効性を担保するための措置を強化する」とされていた。現行法では募集・採用、配置・昇進が禁止規定ではなく、努力義務規定とされているが、建議のいうとおり、男女平等を確保するため実効性あるものとするためには、企業の募集・採用の段階から退職・解雇に至るまですべての段階での男女差別が禁止されるべきであり、女子差別撤廃条約が全ての性差別を禁止していることや諸外国の基準に比較すれば、現行法は不備である。
雇用のあらゆる段階での性別を理由とする差別の禁止は、均等法制定以前から労働者側から強く求められてきたことであり、建議が雇用管理の各ステージにおける女性に対する差別を禁止することを提言したことは評価された。しかし、法案では、募集及び採用について、「女性に対して男性と均等な機会を与えなければならない」とし、「女性に対して女性であることを理由として、男性と差別的取扱いをしてはならない」にはなっていない。法案が、積極的に差別の禁止を明記していないことの意味が、危惧されるのである。法案の内容が、女性に対し、募集・採用の均等な機会を与えればよいという意味であれば、たとえば採用試験の結果如何にかかわらず、女性を採用しないとした場合でも、募集・採用の機会さえ与えられれば女性差別ではないということになりかねない。
労働の権利が男女平等に保障されるためには、入り口での女性差別が禁止されることこそが、まず第一に求められる。「超氷河期」といわれるほどの女子学生の就職難、あるいは面接でのセクシャルハラスメントにあたる質問などにみられるように、この面での差別の解消は進んでおらず、労働省は相談窓口をもうけて行政指導を強めたが、最近では、実際にははじめから女性を採用する意思がないにもかかわらず、募集要綱などの配付では女子学生を平等に扱い、採用の意思がないことを巧妙に隠すという事例が多くなっているといわれる。このような状況は、法案が定める採用機会の均等取扱いのみでは是正されない 危険がある。
募集・採用についても、女性であることを理由とする差別的取扱いが禁止されることを明記すべきである。
4 配置、昇進及び教育訓練(現行均等法第八条、改正均等法案第六条)
(意 見)
事業主が労働者の配置、昇進および教育訓練について、女性に対する差別的取扱いを禁止したことは、改善であり、評価される。
(理 由)
現行法は、配置・昇進については努力義務にとどまっている。しかし、どのような仕事につき、どのように昇進していくかは、女性が意欲をもって働くために重要な事項である。また賃金制度が年功序列の賃金から職務職能給などに変わりつつあるなかで、配置・昇進は賃金の水準にかかわる重要な事項であり、この面での差別の禁止が強く求められてきたものである。
すでに、裁判の上では、昇格も含めて労働条件について女性であることを理由に差別することが違法・無効であることは、判例として確立しており〔昇格については、社会保険診療報酬支払基金事件判決(東京地裁 90.8.4) 及び芝信用金庫事件判決(東京地裁96.11.27)]、司法の到達点からいっても、法案が配置・昇進について女性差別を禁止するものとしたことは、当然の措置といえる。
なお、教育訓練については、現行法では、労働省令に定めるものに限定して男子との差別的取扱いが禁止されているが、法案ではこの限定が削除されている。教育訓練での差別の禁止は、女性が能力を発揮していく基盤をつくるために不可欠であり、法案が差別的取扱いを禁止する範囲を限定しないとしていることは、評価できる。
5 指針の策定(現行均等法第十二条、改正均等法案第十条)
(意 見)
法案が募集・採用及び配置・昇進並びに教育訓練について労働大臣が定めるとする指針においては、いわゆる片面的取扱いについて、男女の職務分離、男女の雇用形態による差別の固定化等をもたらすものについて女性差別であることを、明確に定めるべきである。
(理 由)
法案は、女性に対する差別的取扱いを是正させることを基本とし、男女を対象とする性差別禁止法には ネっていない。これまでも、現行均等法第12条に基づき、募集・採用、配置・昇進について労働大臣が定めた「事業主が講ずるように努めるべき措置についての指針」で、女子であることを理由に女子を対象から排除しないことと定めるにとどまり、したがって労働省通達も、「女子のみ募集」「正社員男女、パート女子のみ採用」を、女子を排除していないので均等法に抵触しないという見解をとってきた。しかし、雇用の実態をみるならば、これにより男女で職域が分離されたり、あるいは低賃金で不安定な雇用形態に女性が集中するなど、性差別を固定化あるいは拡大する要因になっている。
建議においても、女性のみの募集・配置等の片面的な措置について、「女性の職域の固定化や男女の職務分離をもたらす弊害が認められるものについては、女性に対する差別に当たるとすることが適当である」としていた。しかし、法案では、この点について触れていない。
最低限、指針でこの点を明らかにすべきである。
6 差別の定義について
(意 見)
総則に、女性に対する差別的取扱いには、直接差別のみならず間接差別が含まれることを明記すべきである。
(理 由)
(1) 女性に対する差別は、直接性を理由に女性を不利に取扱う場合に限らない。労働者が、特定の性に属するということに間接に関連して不利に扱われた場合にも、その不利益な取扱いが禁止されなければ、差別禁止の実効性は弱いものとなる。表面上は男女同一の条件を適用するが、その条件に適合しうる性が他方の性にくらべて著しく少なく、条件に適合しないことが一方の性に不利益をもたらす結果となり、当該条件が正当性もないというような「間接差別」を禁止すべきである。
国際的にみても、EC指令や、法律で間接差別を禁止するなど、各国は間接差別の禁止に真摯に取り組んでいる。日本も国際的機関から間接差別の是正についての措置を求められており、日本がこれにどのように対応するかが注目されているところである。たとえば、女子差別撤廃条約の実施状況について日本政府のレポートを審議した国連の女子差別撤廃委員会は、95年には、日本政府に対し「私企業等において、昇進および賃金に関して女性が受けた間接的差別に対処するためにとられた措置について報告しなければならない」と勧告している。
(2) 日本では、均等法制定後、男女別建賃金表などあからさまな女性差別は減ってきているが、間接差別が問題になってきている。たとえば、企業の家族手当等の手当ての支給や社宅への入居等の福利厚生面で、対象を「世帯主」あるいは「主たる生計の維持者」と定めている場合が少なくなく、その結果女性は該当しないとして対象から外され、不利益な結果となっている。
また、均等法制定前後から銀行、保険会社等の金融機関や商社などで導入された、いわゆる「コース別人事管理制度」は、基幹的業務と定型的業務などの業務内容あるいは転勤の有無によってコースを分け、コース毎に異なる配置、教育、昇進、賃金などの雇用管理が行われている。コースの区分けの基準の一つとして「転勤の有無」を設定する企業が多く、事実上家庭責任の重い女性労働者は多くの場合転勤に応じられないので、昇進・賃金等で不利な「一般職」などのコースを選ばざるをえない。
「平成7年度女子雇用管理基本調査」によれば、コース別雇用管理制度を採用している企業のなかで、総合職コースに男性のみを採用した企業は72.3%、男女とも採用した企業は27.6%にとどまり、一般職コースで女性のみ採用した企業で74.9%、男女とも採用した企業は19.1%であり、3年前の調査より総合職での男性、一般職での女性の比率はたかまっており、それぞれのコースに特定の性が集中する結果となっている。コース間格差については、A商社のように一般職にいる限り、昇格・昇進に限界があり、総合職の27歳の賃金をこえることはないという状況もある。しかし、転勤が将来可能か否かで、現状のような著しい処遇の格差の合理性があるといえるか、疑問がある。このような格差が許容されるならば、女性の差別は解消されず、女性の地位向上ははかれない。 (3) 判例においては、三陽物産女性賃金差別事件判決( 東京地裁1994年6月16日) は、月例給のうちの年齢給の支給について、「世帯主・非世帯主」の基準及び「勤務地限定・非限定」の基準をもうけて、非世帯主及び勤務地限定の者の年齢給を26歳にとめおいたことについて、「被告は、女子の大多数が非世帯主又は独身の世帯主に該当するという社会的現実及び被告の従業員構成を認識しながら世帯主、非世帯主の基準の適用の結果生じる効果が、女子従業員に一方的に著しい不利益になることを容認して、右基準を制定した」と認定して、実質的に間接差別は許されないことを明らかにした。 (4) 以上の現状からして、真に男女平等を実現していくには、間接差別を解消していくことが絶対不可欠である。法案が、この間接差別の禁止について、まったく触れていないことは重大な問題であり、法案に禁止されるべき差別的取扱いには間接差別が含まれることを明記すべきである。
7 調停制度(現行均等法第十五条、改正均等法案第十三条)
(意 見)
紛争当事者の一方申請による場合の機会均等調停委員会による調停開始について他方当事者の同意要件の廃止及び申請者に対する不利益取扱いの禁止を明記したことは評価できる。しかし、それにとどまらず、当事者から調停の申請があった場合、形式的要件のみの審査で調停が開始されるようにすべきである。
(理 由)
差別からの実効ある救済制度としては、独立した行政委員会の設置も検討すべきと考えるが、法案は現行制度の一部改正にとどまった。法案は調停開始にあたって相手の同意は不要としているが、都道府県女性少年室長が「当該紛争の解決のために必要があると認めるとき」に行わせるものとしており、依然として調停の開始が室長の裁量に委ねられている。しかし、均等法施行後の10年間で、室長の判断で調停不開始となった件数(71件)は、事業主の同意が得られなかったため調停不開始となった件数(22件)よりも多く、この室長の実質的判断が、調停制度を実効性のないものとしてきた大きな要因のひとつである。これでは、建議が述べている「個別紛争の迅速・簡便な解決を図る手段としての調停制度が有効に機能することを促進する」との趣旨に反し、今後も調停制度は有効に機能しないであろう。したがって、「必要があると認めるとき」との部分を削除するなりして、調停の申請があった場合、形式的要件のみの審査で調停が開始されるようにすべきである。調停制度とは、厳格に法違反か否かを問うものではなく、紛争の実際的な解決を図るものであること、調停による解決が可能か否かは実際に調停をしてみなければわからないことなどから、調停制度をなるべく有効に機能しうるようにすべきだからである。
8 事業主の講ずる措置(ポジティブ・アクション)に対する国の援助(改正均等法案第九条、二十条)
(意 見)
ポジティブ・アクションを最低限事業主の努力義務とし、女性少年室長の紛争解決の援助、機会均等調停委員会の調停、労働大臣の行政指導の対象事項とする。
事業主の講ずる措置は、「男女労働者の間の事実上の格差を分析し、均等促進のための 計画の作成と実施等の積極的な措置」などの、より明確な文言とする。
(理 由)
(1) 長年にわたって積み重ねられてきた性差別を是正し、男女平等を実現していくためには、女性に対する差別を禁止し、差別された個々の女性を救済するだけでは不十分である。とくに雇用における女性差別は、女性に対する偏見や固定的な意識に基づく採用段階での差別に始まり、採用後も女性を補助的業務に固定し、教育訓練を行わないなどの差別的処遇によって拡大する。
そこで女子差別撤廃条約は、「男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置」(4条1項)を認めているが、条約実施のために設けられた女子差別撤廃委員会は、1988年の一般的勧告第5で、「締約国が、教育、経済、政治および雇用の分野への女性の統合を促進するために、積極的行動、優先的処遇、あるいは割当制のような暫定的な特別措置を、一層活用するよう勧告する」としている。また北京で行われた第4回世界女性会議の行動綱領には、雇用の分野で政府が取るべき行動として「機会均等法規を制定および施行し、積極的措置(ポジティブ・アクション)をとり、さまざまな手段を通じて、公共・民間部門による遵守を確保すること」(165項(O))と明記されている。これらの国際的合意に基づき各国の平等法にはこのポジティブ ・アクションが規定されている。
各国で実施されているポジティブ・アクションの具体的な内容は、現実に生じている格差の分析、格差是正のための目標とタイムテーブルの設定、それを実現する有効な方法の検討、監視と評価、目標が達成できなかった場合の原因検討とプログラムの見直しなどである。
(2) 今回の法案にポジティブ・アクションに関する規定が盛り込まれること自体は評価される。
しかしそれは事業主に対し何らの義務を課するものではなく、したがって均等法上の紛争解決援助、調停、労働大臣の行政指導のいずれの対象ともならないと考えられる。
しかも事業主の講ずる措置は「雇用に関する状況の分析」「男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となっている事情を改善するに当たって必要となる措置の計画の作成」など、積極的措置(ポジティブ・アクション)とはあまりにも隔たっている。
したがって、ポジティブ・アクションを最低限事業主の努力義務とし、行政指導や調停の対象とすべきであり、またその内容は少なくとも建議の表現「男女労働者の間に生じている差に着目し、このような状況の分析、女性の能力発揮を促するための計画の作成等の積極的な取組」程度を規定すべきである。
9 セクシュアル・ハラスメント(改正均等法案第二十一条)
(意 見)
セクシュアル・ハラスメントについて、対価型と環境型を含めてその防止のための雇用管理上の配慮義務を事業主に課したことは評価される。
配慮すべき事項についての指針は、諸外国の例および日本の実態に即して、採用面接時のセクシュアル・ハラスメントを含め真にセクシュアル・ハラスメント根絶に役立つものとすべきである。
指針に基づく雇用管理を怠っている事業主や、実際にセクシュアル・ハラスメントが発生した場合の解決に関し、均等法上の紛争解決の援助、調停、行政指導が行われるよう法 的根拠を明確にすべきである。
(理 由)
何がセクシュアル・ハラスメントであり、違法な行為であるかについて、ほとんどの企業も男性労働者も認識がなく、裁判官の認識もきわめて不十分である現状において、その防止を事業主の配慮義務とし、指針を作成することは、企業にも労働者にも大きな影響を与え、指針に沿った雇用管理の有無が、裁判の結論をも左右することになろう。
しかしそのためには指針がセクシュアル・ハラスメントを適正に防止し得るものでなければならないし、その実施と発生したセクシュアル・ハラスメントの解決のために、実効性ある行政措置がとられなければならない。
法案の文言では「雇用する労働者」と規定していることから、採用後の労働者に対するセクシュアル・ハラスメントのみが対象となり、深刻な実態が報告されている採用面接時のセクシュアル・ハラスメントは対象から除外されるのではないかとの危惧がある。したがって、面接時のセクシュアル・ハラスメントをも対象とすることを法律および指針で明確にすべきである。
また法案ではセクシュアル・ハラスメントをめぐる紛争が女性少年室長の援助および調停の対象とならない可能性を残しているが、この問題こそ調停制度による解決が最も適切である場合が少なくないので、その旨明記すべきである。
10 妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置(現行均等法第二十六条、二十七条、改正均等法案第二十二条、二十三条)
(意 見)
現行均等法の「努めなければならない」という努力義務を「しなければならないものとすること」「講じなければならないものとすること」と改正することについては、評価できる。より実効性あるものになるよう指針内容の充実を望む。
(理 由)
現行均等法では単なる努力義務規定であり、労働者の母性保護にとって極めて不充分であった。改正は当然である。
11 公表制度の創設(改正均等法案第二十六条)
(意 見)
制度の創設は評価できる。しかし、「公表することができる」ではなく、「公表する」と規定すべきである。
(理 由)
「公表することができる」というような規定では、建議でいう公表のための「所定の手続」の定め方や「運用」の仕方によっては、実際には公表されることがないという事態も考えられなくはない。公表の対象になるのは、法に違反し(違反の有無については厳正な審理がなされることは当然のこととして)、かつ労働大臣の勧告を受けたがこれに従わない場合であるのだから、基本的には例外なくすべて公表すべきである。したがって、法律上「公表する」と規定し、「所定の手続」の内容についても、広い例外を認めることで骨抜きされないように、例外を設けることを厳しく制限すべきである。
第2 労働基準法の一部改正(法案第三条、四条)
1 女性の時間外及び休日労働並びに深夜業の規制の廃止(現行労働基準法第六十四条の二、同三の削除)
(意 見)
時間外・休日・深夜業につき、男女ともに健康で家庭生活・社会生活と労働との調和を図ることができる共通の規制の実施なしに女子保護規定の廃止を先行させることは、容認できない。
(理 由)
(1) 法案は、女性の深夜業を原則禁止し、時間外・休日労働を制限している現行の労働基準法の女子保護規定を廃止し、後に述べるように育児・介護法を改正して家族的責任を有する一部労働者について深夜業の免除を認めるほかは、深夜・時間外・休日労働について男女共通の規制は何らないものとなっている。
(2) 現在、男性労働者については、労働基準法36条(残業協定の締結)のみで、時間外労働、1日の総労働時間、休日労働、深夜業につき何らの規制がなく、また男女共通の規制もない。そのような中で、家庭生活や職場以外の社会生活等を犠牲にして働くことが強いられ、長時間過密労働の結果過労死する労働者も後を絶たず、「カローシ」は国際的に通用する用語となっている。
日本の総労働時間は、欧米よりはるかに長いが、その短縮は遅々としてすすんでいない。政府は、1996年度中に年間総労働時間を1800時間とすることを目標としていたが、1996年には前年比10時間増で1919時間となっており、目標は達成できない現状である。また上記数字は、莫大なサービス残業や管理職の残業などは含まれず、実際の労働時間はこれより長い。これは個人を対象とした総務庁統計局の「労働力調査年報」によると、年間労働時間として平均2300~2400時間、男性については年間2500~2700時間となっていることからみても明らかである(94年経済 企画庁研究論文「働き過ぎと健康障害」より)。
また、男性の長時間労働の実態は、家庭内における家事育児の平等負担の実現を著しく制限する結果となり、家庭責任は女性の肩に重い負担となってのしかかっている。
(3) 女性労働者については、85年の労働基準法の女子保護規定の改定により労働時間に関する制限が緩和されて以降、適用除外者の範囲が徐々に広げられ、既にかなりの職場で女性も無規制に深夜業や長時間労働に従事させられている。しかし、深夜勤務に従事している女性労働者は、深刻な母性破壊や健康障害、生活上の問題を訴えている。 たとえば、放送労働者の職場で行なった調査(95年10月・民放労連女性協議会による「女性の泊(とまり)・深夜・徹夜勤務」アンケート)によると、深刻な健康上、家庭生活、社会生活上の問題点が表われている。「慢性的に体調がすぐれない、徹夜をすると必ず激しい頭痛がくる」「生理痛がひどくなる、頭痛などの小さな不調は日常茶飯事」等という健康上の悩みの他、子育て中の人は「特に臨時で入ると子供の預け先の確保が大変」「帰宅しても子供がいるので、すぐ休むわけにはいかず、疲れる」等の コが出ている。また「友達が減った」という社会生活上の問題や、「深夜の帰宅に不安」等の防犯上の問題点も訴えられている。
このような実態のもとで、女子保護規定を無制約に廃止することは、女性労働者にとって、より深刻な母性・健康破壊と生活上の支障を生じさせることになる。
(4) そもそも、深夜、時間外、休日労働は男女一般の労働者にとって、健康で人間らしい生活をおくるためには重い負担となる非人間的労働形態であり、これを無制限に労働者に課すことは、「人たるに値する生活」を保障するという労働基準法の趣旨に反する。人間の生活が一日単位のサイクルで営まれている以上、一日あたりの労働時間が長くなることは、それだけ労働以外の生活時間が奪われることでしかなく、男女労働者にとって労働と家庭責任や労働以外の地域責任との両立は困難になり、身体の健康維持にとっても著しい負担となる。諸外国でも男女ともに時間外、深夜業、一日の総労働時間等の規制がなされている。
したがって、労働基準法は、深夜、時間外、休日労働については、男女に関わらずやむをえない最小限のものにとどめるよう厳格な規制を為すべきである。その上でさらに、育児・介護等の家族的責任を負う労働者については、職業生活と家庭生活の調和のために、原則としてこれらの労働を禁止する等の強い規制をして、より高い水準で保護すべきである。
(5) 現行の労働基準法の女子のみ保護規定につき「女性についてのみ保護することによって女性の職域を制限していることにある」という評価だけでは不正確である。むしろ男性労働者の時間外、深夜労働を無制限に放置することにより「女性のみが家庭責任を担っている」という現状を固定化し、真の均等取扱いに不可欠な「家庭責任を男女が共に担う」という状況の実現を阻害していることこそ、問題なのである。かような現状のままで、形式的に女子保護規定を廃止し、何らの男女共通の規制もしないことは、事実上労働と家庭生活を両立させることのできない女性の退職を余儀なくさせ、パ-トや派遣の不安定雇用に追いやる結果となり、女性の職域を狭めるばかりでなく、むしろ女性の労働条件をも切り下げることになる。
現在、男女労働者に対する共通規制については、本法案について諮問された中央労働基準審議会が答申で、裁量労働制などとあわせて時間外・休日労働の在り方等に検討を行うと述べているが、規制内容は何ら具体化していない。また深夜業については審議の予定すら全くない状態である。このような状況では、男女共通の規制を設けずに女子保護規定を廃止しても男女の平等は実現できない。 (6) 今回の法案では、時間外・休日労働については、何らの男女共通規制もなく、深夜についても家庭責任を有する労働者についてのみ、しかも極めて限定的な権利しか定めていない。
このような法制度の下で、女子保護規定の廃止が行われるならば、時間外・休日・深夜労働を無制約にこなせるか否かにより労働者がふりわけられ、多くの女性は、家庭責任を担っている現状の下では、正社員として働き続けられない女性労働者が退職せざるを得なくなり、パ-トや契約社員等の不安定雇用により低賃金で雇用される結果となる。
建議では、「働く女性が性別により差別されることなくその能力を十分に発揮できる雇用環境を整備するとともに、働きながら安心して子供を産むことができる環境をつくることは、働く女性のためだけでなく、少子・高齢化の一層の進展の中で、今後引き続き我が国経済社会の活力を維持していくためにも、重要かつ喫緊の課題となっている。」「また、固定的な性別役割分担意識の解消を図るための取組や、育児や家族の介護を行う労働者の職業生活と家庭生活との両立を支援する施策を充実していくことが必要である。」などの理念を示していたが、男女ともに時間外・休日・深夜労働につき、健康、家庭、社会生活を維持できる有効で具体的な共通規制を実現せぬまま、現行の女子保護規定のみを廃止することは、これらの理念に反する結果となる。
男女ともに健康で家庭生活・社会生活と労働との調和を図れるように、早急に時間外・休日労働並びに深夜業につき男女共通規制をすべきであり、それなしに女子保護規定の廃止を先行することは容認できない。
2 多胎妊娠の場合の産前休業期間の延長について(現行労基法・改正案第六十五条)
(意 見)
10週間から14週間に延長されたことについては評価できる。
(理 由)
多胎妊娠の場合、妊娠後期に入ると、母体への負担は急速に加重され、妊娠中毒症や切迫流産等の異常がおこる率も高く、産前休業期間の延長が必要である。
3 その他
(意 見)
労働基準法4条に同一価値労働同一賃金の原則を明記すべきである。
(理 由)
均等法施行以来10年を経過してなお、男女の賃金格差は縮まらず、むしろ拡大する傾向にある。この賃金格差については、直ちに改めることが男女平等の実現をめざす上で、最重要課題である。1995年の国連の差別撤廃委員会は、日本政府に対し、次回定期報告では「私企業において、昇進及び賃金に関して女性が受けた間接差別に対処するために執られた措置」について報告しなければならない旨勧告されている。
さらに、現在の賃金格差が是正されないまま、女子保護規定が廃止され、女性が従来男性労働者が従事していた労働に配置され、低賃金で働かされることになるならば、かえって差別が拡大することになり、到底容認できない。女子保護規定の廃止は、男女共通の労働時間についての規制が実現し、男女の賃金格差が是正されたときに検討されべきである。したがって、労働基準法4条に「同一価値労働同一賃金の原則」を明文で規定し、女性が低賃金のまま、より過酷な労働を強いられることのないようにすべきである。
第3 育児休業等に関する法律の一部を改正する法律の一部改正関係
1 育児叉は家族介護を行う労働者の深夜業の制限について
(意 見)
前述のとおり、深夜業の健康に与える被害や家庭生活・社会生活への重大な影響を考えるならば、深夜業は男女ともに必要やむを得ない場合に限るべきである。そのうえで、深夜業の規制外とされる場合でも、育児・介護など家族的責任のある労働者を深夜業に就かせる場合には、当該労働者の同意を要すると規定すべきである。法案のように労働者が請求した場合に深夜業をさせてはならないと規定するのであれば、以下のとおりとすべきである。
(1) 労働者が深夜業を割当てられた部分について、昼間勤務に転換することを保障する、 いわば昼間勤務転換権を労働者に認めるべきである。
(2) 深夜業を制限する期間(制限期間)について、必要に応じて更新あるいは請求を繰り返すことができることを明記する。
(3) 適用除外事由はできるだけ限定し、勤続一年未満の労働者も免除の対象とすべきであり、労働省令に委ねる場合でも、それが不当に拡大することのないようにすべきである。
(4) 但書の「事業の正常な運営を妨げる場合は、この限りではない。」との規定を削除すべきである。
(理 由)
(1) 法案のように、深夜業の免除を認めるのみで、昼間勤務の転換権が認められなければ、深夜労働が割当てられた労働者は、深夜業自体は拒めたとしても、その分一部ないし全部休業となり無給となって、経済的不利益を受け、実質的に権利行使を妨げられるおそれがあるからである。
(2) 法案は、育児を行う労働者については、小学校就学前の子のいる場合を考えているが、一月から六月までの期間の深夜業の制限では育児の最低限の要求をみたすことはできない場合が予想されるので、必要に応じた期間深夜業の免除が保障されるべきであり、期間の更新あるいは再度の利用を認めるべきである。
(3) 法案は、勤続一年未満の労働者については一切深夜業の免除を認めていない。これでは、深夜業のある職場には、育児・介護の責任のあるものは勤務できない結果になるし、また就職後急に介護等の必要が生じた労働者は深夜業の免除の対象外とされると勤め続けられなくなるおそれがある。深夜業免除の必要性は、一年以上勤務の労働者と何らかわりがないのであるから、上記除外は削除すべきである。
(4) 深夜業は、労働者の健康と生活に対して、深刻な影響を与えるものであり、本来例外的なものとして位置づけられるべきものである。したがって、深夜業を「正常な運営」としてとらえるごとき規定は、認められない。
2 休日、時間外勤務について
(意 見)
(1) 休日・時間外の勤務を、育児等を行う労働者にさせるには、労働者の同意を要するとすべきである。
(2) 育児等を行う労働者について休日、時間外勤務について制限し、労働者が請求した場合には、休日、時間外の勤務をさせてはならないとの規定を設けるべきである。
(理 由)
深夜10時~早朝5時までの勤務制限のみでは、現実に家庭責任と労働との両立を果たすことは不可能だからである。ILO165号勧告(18)では、労働条件及び職業 生活の質を改善するための一般的措置に留意すべきである旨を明言し、具体的には「1日あたりの労働時間の斬新的短縮及び時間外労働の短縮」をあげている。家庭的責任を負う労働者にとって、一日単位の労働時間の規制は不可欠であり、それも含めて時間外、休日労働についても適正な規制をすべきである。