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「労働基準法の一部を改正する法律案」に対する意見書

1998年(平成10年)3月

〈 意見書要旨 〉
第1 はじめに
第2 契約期間の上限
第3 変形労働時間制
第4 一斉休憩
第5 時間外・休日労働
第6 深夜業
第7 裁量労働

〈 意見書要旨 〉

(1) 有期雇用の契約期間の上限を現行法の1年から3年に延長することについては、不安定雇用の増加を促進するものであるから、反対である。
(2)1年単位の変形労働時間制につき、1日及び1週間の労働時間の上限を拡大すること、労働日の特定を緩和すること、対象労働者を変形期間内の中途採用者、中途退職者へ拡大することは、「1日8時間」の原則を崩し、労働者に不規則労働を強いるものであるから、反対である。
(3)一ヵ月単位の変形労働時間制につき、導入要件を労使協定又は就業規則その他これに準ずるものとすることは、労働者の意見を聞くことなく導入できることになり、反対である。導入要件としては、労使協定に限定し、1日の労働時間の上限を10時間とすべきである。
(4)一斉休憩について、例外として労使協定によることを加え、例外の枠を広げることについては、「休憩」の実質的確保と労働者の団結の機会の確保の観点から、反対である。
(4)時間外、休日労働について、36協定の上限の基準を労働大臣が定めることができるとするだけで、法的強制力を持たせないことについて、反対である。労基法に年間上限150時間を明記(暫定措置は認める)し、罰則を伴って、強制力を伴う規制をすべきである。その他に、1日の最長労働時間を10時間とし、割増率も引き上げるべきである。
(5)深夜業について、何らの定めも設けていないことについては、反対である。深夜業は人間の生活リズムに反する働き方であり、深夜勤務時間、回数制限、休息時間の確保、割増率の引き上げ、特別事情のある労働者の権利保護、就業環境の整備などの規制をす べきである。
(6)裁量労働につき、新たな裁量労働制を導入することは、そもそも「裁量」労働とはいえない労働に対してまで、みなし労働時間制をとり、実質的に長時間労働を放置することになるので、反対である。

第1 はじめに

1.政府は本年2月10日、「労働基準法の一部を改正する法案」(以下、法案という)を閣議決定した。
法案は、近年増加する有期雇用契約について、契約期間の上限を1年から3年に延長することや、1年単位の変形労働時間制の要件緩和、時間外労働についての男女共通規制のあり方、裁量労働の対象の拡大等、労働基準法(以下、労基法という)の根幹に関わる部分につき、重大な改正を含んでおり、労働者の働き方を大きく変えるものである。

2.当会は、男女が平等に人間らしく働き続けるために、調査研究や法制度に対する意 見発表を行なってきた。
昨年6月11日、労基法の時間外、休日、深夜についての「女子保護」規定の撤廃を含む男女の雇用機会均等法等の整備法が成立し、1999年4月には、女子保護規定は撤廃されることになった。
当会は、上記法案の審議に際し1997年3月、「男女ともに健康で家庭生活、社会生活と労働の調和を図れるように、早急に時間外、休日労働並びに深夜業につき男女共通規制をすべきであり、それなしに女子保護規定の廃止を先行することは容認できない。」という意見を発表した。昨年6月の上記法律成立の際に、当会を含め広く国民から同様の意見が寄せられ、衆議院及び参議院労働委員会の付帯決議においても、男女共通の労働時間規制のための適切な措置を講ずるべきであるとされている。
当会は、労働時間に関する男女共通規制については、中基審の中間報告の段階で1997年10月、より実効ある時間外、休日、深夜の男女共通規制の実現のために「労働時間に関する男女共通規制の早期実現に向けての意見書」を発表した。

3.しかしながら、今回の法案は、当会の意見が十分に反映しているとはいい難い。
また法案にはその他に、1年単位の変形労働時間制の要件緩和や裁量労働の対象業務の拡大など、そもそも労働時間法制の原則である「一日8時間制」を骨抜きにする内容が含まれており、看過できない。
人間の生活は、生理的にも社会的にも一日単位で営まれており、健康、家庭生活、社会生活との調和等いずれの観点からも「一日単位の労働時間規制」を崩すべきではない。 当会は、1987年の労基法改正で、変形労働時間制やみなし労働が導入された際も、この観点から反対の意見を発表している(1987年7月)。
従って、当会は、今回の法案に対し、時間外の男女共通規制に関する改正点に限定せず、男女労働者が平等に健康で家庭生活や社会生活と労働を調和させつつ働き続けるために、意見を述べるものである。

第2 契約期間の上限

(法案14条)
第14条中「の定」を「の定め」に、「外」を「ほか」に改め、「一年」の下に「(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては、三年)」を加 え、同条に次の各号を加える。

 一 新商品、新役務若しくは新技術の開発又は科学に関する研究に必要な専門的な知識、技術又は経験であって高度のものとして労働大臣が定める基準に該当するものを有する労働者(当該高度の専門的な知識、技術又は経験を有する労働者が不足している事業場において、当該高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とする業務に新たに就く者に限る。)との間に締結される労働契約

 二 事業の開始、転換、拡大、縮小又は廃止のための業務であって一定の期間内に完了することが予定されているものに必要な専門的な知識、技術又は経験であって高度のものとして労働大臣が定める基準に該当するものを有する労働者(当該高度の専門的な知識、技術又は経験を有する労働者が不足している事業場において、当該高度の専門的な知識、技術又は経験を必要とする業務に新たに就く者に限る。)との間に締結 される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)

 三 60歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前二号に掲げる労働契約を除く。)

(意見)
労働契約期間の上限の延長に反対である。
(理由)
(1) 本来労働契約は期間の定めのない契約を原則とし、例外として期間の定めのある労 働契約すなわち有期雇用がある。正社員など期間の定めのない契約の場合、労働者は解雇理由がない限り定年まで雇用を保障され、退職については2週間前の予告でいつでも退職することができる。これに対し有期雇用の場合、契約更新されない限り期間満了によって雇用は終了し、かつやむを得ない事由がない限り期間満了まで退職できない。また雇用の継続が使用者の意思に左右されることから、労基法2条の労使対等の労働条件決定の原則を貫くことが困難であり、有期雇用の労働条件は低く抑えられる傾向がある。
このように有期雇用は労働者にとって不利な労働契約であるため、ヨーロッパ諸国では法的規制を設け、合理性のない有期雇用を制限している。ところがわが国の労基法は労働者に対する拘束を長期化させないため14条で雇用期間を定める場合の上限を1年に制限しているのみである。有期雇用労働者にとっては、拘束性より不安定性およびそのために生ずる労働条件の不利益性のほうがはるかに重大であるが、この点に関し法律による保護はなく、判例によって契約更新を重ねた場合は期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態になったものとして期間満了を理由とする更新拒絶を制限されているのみである。

(2) 契約期間の上限の延長は、労働者にとって拘束期間の延長であると同時に、契約更 新を重ね期間の定めのない契約に転化する可能性を制限するものである。使用者にとっては、自己の都合によって使いすてることが容易になり、不安定雇用の増加をいっそう促進することになる。

(3) 近年期間の定めのない正社員は減少し、契約社員、嘱託、パート、アルバイトなどさまざまな名称の有期雇用の増加が著しい。これらの有期雇用労働者は、いつ雇用を打ち切られるか分らない不安定な状態のもとで、同じ仕事をしても正社員より賃金が低い上、昇給や退職金がなかったり、交通費や社宅などの福利厚生面でも正社員より不利な取り扱いを受けている場合が多い。さらに育児・介護休業法上の権利を制限されるなど、雇用形態の違いが現代版身分制度のように機能している。
有期雇用の多くは、出産育児のため就労を中断せざるを得ない女性労働者が占めているが、最近は男性にも拡大しつつある。
平成9年12月11日に発表された「労働時間法制及び労働契約等法制の整備について(建議)」(以下、「建議」という。)は、「専門的能力を有し、柔軟、多様な働き方を志向する労働者がその能力をより一層発揮するための環境整備」等に資する観点から契約期間の延長を行うと述べているが、そのような労働者が能力を発揮するために有期雇用を選ぶ理由は全くない。
また、延長の対象として3つの場合に限定しているが、三以外は解釈によって拡大される可能性は大きく、歯止めにはならない。

(4) 以上のとおり、契約期間の上限の延長は、不安定雇用の増加を促進するものである から反対せざるを得ない。

第3 変形労働時間制

1.1年単位の変形労働時間制
(法案32条の4、32条の4の2)
(1) 労基法で、変形労働の対象期間における労働日数の限度を命令で定めることができ るものとするとともに、命令で定める連続して労働させる日数の限度に関し対象期間中の特に業務が繁忙な期間として労使協定で定める期間(特定期間)に係る特例を定めることができるものとする。それに加えて、法律案要綱によれば、対象期間が3か月を超える場合についての労働時間の限度を1日10時間1週52時間に拡大すること、ただし、1日又は1週間の最長所定労働時間を延長する場合は延長前の労働日数を下回るようにすること、命令で定める連続して労働させる日数の限度を6日とすること、ただし、上記の特定期間については現行の日数とすること、時間外労働の延長できる時間の基準において通常より低い基準を設定することなどの措置を今後命令で設けるとしている。

(2) 対象期間を1か月以上の期間に区分したときは、各期間の初日の少なくとも30日 以上前に、あらかじめ定めた労働日数及び総労働時間の範囲内で定めることを条件に、最初の期間以外は労働日の特定まではしなくてよいものとする。

(3) 対象期間を通じて使用されない労働者についても、使用期間を平均して1週間当た り40時間を超えた場合は割増賃金で清算することを条件に、制度の対象とすることができることとする。

(意見)
1日及び1週間の労働時間の上限を拡大すること、労働日の特定を緩和すること並びに適用対象労働者の範囲を拡大することに反対である。 (理由)
(1) 現行の労働時間の法的規制の原則は1日8時間、1週40時間(現行労基法32 条)である。労働時間は労働契約の根幹であり、この原則に対する例外は極力認めるべきではない。しかし、現行労基法はすでに多くの例外を認めている。そしてこの法案は、休日の確保等に係る措置が一体となってはいるが、さらにその例外を拡大しようとするものである。

(2) 人間の生活は本来1日単位のリズムで成り立っており、労働時間の規制を考えるう えでも、1日単位の観点を重視すべきである。そして、その労働時間は規則的なものであることが望ましい。健康の点からすれば、1日当たりの労働時間が短く規則的である方が良いのは明らかである。さらに健康だけではなく、職業と家庭生活の両立の点からも、我が国が批准しているILO156号条約・同165号勧告において、家族的責任を有する労働者も平等に働けるようにするため、「1日当たりの労働時間の漸進的短縮および時間外労働の短縮(勧告18項)」が求められていることに見られるように、それは大切な条件である。

(3) 今回の法案が休日増加によるゆとりの創造と総労働時間の短縮を目的とし、休日の 確保等に係る措置を一体として講じ、仮に休日が増加し総労働時間が減るとしても、人間の生活リズムには何ら変わりはない。いくら健康と家庭生活との調和に配慮するとしても、1日の労働時間を増やすことは、健康にマイナスであることは明らかである。家事、育児、介護など家庭生活は毎日欠かさず同じ時間にしなければならないことの集積である。そしてそれが仕事と並んで生活の中心であり、休日の増加で余暇が活用しやすくなるというような面はその後にくることである。総労働時間が短縮したとしても、例えばある会社の繁忙期に併せて保育園で保育時間の延長がされるような制度は整っていないのだから、1日の労働時間が増えたり不規則になれば、特に家庭責任の多くを依然として負っている女性を中心として、職業と家庭生活の両立に支障が出る場合が増えてくる。そうすればゆとりどころか職を失うことにもなりかねない。
労働時間の短縮で余暇に当てられる時間が量的には確保されたとしても、労働時間が不規則になったり、労働日の特定がなかなかなされないと、通年での社会活動への参加や旅行など先々の余暇の活用の予定には支障が出るため、総量が短縮さえすれば活用できるというものではない。
要するに、労働時間の観点では総労働時間の短縮も大切だが、1日の労働時間の限度や規則正しさ、早めに労働日が特定されていることも大切であり、総労働時間が短縮しさえすればよいというものではないのである。今回の法案はこの点を見過ごし、人間のリズムに業務を合わせるのではなく、業務の繁閑に人間を合わせようとするものであるし、1人の労働者の背後に要介護者、子供、家庭など個別の事情のあることを無視し、男女共同参画社会に向けて男女がともに職場、家庭、地域で役割を果たせるような環境作りに逆行するものである。

(4) 法案はゆとりや時短を目的とするとしているが、その利益を受けるべき労働者の代 表が、中基審の「建議」においても、「現行の要件と枠組みで良いと考えており、要件等を見直す必要がない」との意見を述べており、何のための改正であるか疑問である。年間総労働時間を1800時間にするのは国際公約にもなっている政府の方針であり、早期達成が是非とも必要であるが、単に1800時間にすれば良いというものではなく、その中身も大切である。また、時間外労働規制において通常より低い水準を設定することとされているが、別途述べるようにその規制の実効性に期待できないこと、連続労働日数の限度には、特に業務が繁忙な期間につき労使協定で特例が認められることなどからして、そもそも本当にゆとりや時短が実現するのか疑問である。

(5) 対象労働者を変形期間の中途採用者、中途退職者へ拡大するとしている点は、繁忙 期だけ働くことになる労働者もでてくるので、そもそも改正の目的である時短にならない。割増賃金による清算措置を講じるとしても、金銭では解消されない不利益もあるし、単に金銭的に清算すればよいという考え方は、変形労働時間制の目的から逸脱している。この点からしても法案が、長時間労働が生活に与える影響についてあまりに無頓着であることが容易にうかがえる。事業場における斉一的な労働時間制度の実施に一定の必要性が認められるとしても、近年、転職や通年採用が増え、中途採用者、中途退職者も増えているということは、労働者の個別管理の必要性が増しているということであり、斉一的管理の維持は限界がある。労働契約は本来個別のものであり、企業は個別管理に対応すべきである。労働時間の斉一的管理の利益とそれにより不利益を被る労働者のことを考えれば、適用対象を拡大する必要性は低い。

(6) 変形労働時間制について今必要なのは、その弾力化ではなく、総労働時間の短縮や 休日の増加による利益より、1日の労働時間が増加しないことや規則正しいことを必要とする事情のある者(例えば健康上問題のある者、高齢者、育児や介護を要する家族的責任を負う者等)に対して、変形労働時間制の適用につき、単なる配慮義務(労基法規則12条の6)ではなく、妊産婦(労基法66条1項)と同様に請求により適用を免除する措置を導入することである。

2.1か月単位の変形労働時間制

(法案32条の2)
導入要件を、労使協定又は就業規則その他これに準ずるものにより定めることとし、その協定を行政官庁に届け出なければならないものとする。
(意見)
導入要件を労使協定の締結に限定し、1日の労働時間の上限を10時間とすべきである。
(理由)
(1) この導入要件の改正は、もともと平成9年7月2日に発表された労働省の「試案」 段階では、1年単位の変形労働時間制とともに、変形期間が短い場合であっても、労使が自主的話し合いにより変形労働時間制を活用して休日確保及び時短を実現するとの趣旨から、現行の「就業規則その他これに準ずるものにより」から「労使協定の締結」のみに改正することが意図されていたものである。しかし、使用者側委員が1年単位の変形労働時間制とは導入経緯を異にするので新たな規制を加えることになるとして反対し、公益委員は利用件数が相当な数に上っていることから一律に労使協定の締結にするには困難な面があるとして、結局このように落ち着いたものである。
しかし、変形労働時間制は労働時間の原則(現行労基法32条)の大きな例外であるから、使用者の一方的決定で導入を可能にすることは本来妥当ではない。したがって、導入要件に労使協定の締結を加えたことは評価できるが、それを義務化しなければ実際にはわざわざ労使協定を締結することはないだろうから、労使の自主的話し合いを促進することにはならない。導入要件は労使協定の締結に限定すべきである。1年単位の変形労働時間制とは導入の経緯は違っても、変形労働時間制として共通の規制のもとにおかれるのが妥当であるし、1か月単位の変形労働時間制が現在多く使われすぐに労使協定に切り替わらないとしても、経過措置を設ければ済むことであるから障害にはならない。

(2) すでに述べたように、1日当たりの労働時間を規制することは非常に重要なことで ある。ところが、この1か月単位の変形労働時間制では1日の労働時間の上限規制がない。1年単位の変形労働時間制(現行労基法32条の4)で変形期間が3か月以内の場合及び1週間単位の非定型的変形労働時間制(現行労基法32条の5)の1日の上限はいずれも10時間であり、1か月単位の変形労働時間制にも1日当たりの上限規制を設けるべきである。

第4 一斉休憩

(法案34条2項)
現労基法34条2項が休憩時間について「一せいに与えなければならない。但し、行政官庁の許可を受けた場合においては、この限りでない。」としている点に関して、「一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。」としている。

(意見)
一斉休憩の原則を、労使協定の締結のみを要件として適用除外とするべきでない。
(理由)
(1) 休憩時間は、労働の継続による肉体的・精神的疲労から労働者を回復させその健康 を守るとともに、作業能率の低下や労働災害の発生をさけるためのものである。
(2) 一斉休憩の原則は、休憩のこうした意義をさらに推し進め、一部の者が継続して労 働に従事している場合には、他の一部の労働者のみが仕事を離れていても心理的に十分な休憩を取ることになり得ないおそれがあること、労働者が他の労働者と自由な時間を共有することによって職場でのコミュニケーションの活性化をはかること、などに配慮したものであり、このような一斉休憩の意義を軽視することは適当でない。
(3) さらに、労働者の健康管理の面からは、生理的に適当な時間に食事時間をとるなど、 一定の適当な時間に規則正しく休憩時間を定める必要があること、労働者間に異なる休憩時間を設けることは、労働者の競争意識をあおり、労働者が休憩時間を労働時間に転用することを強いられることになるおそれもある。

第5 時間外・休日労働

(法案36条)
(1) 労使協定で定める時間外労働時間の延長の限度その他の必要な事項について労働 大臣が基準を定めることができることとする。
(2) 労使は労使協定で延長する労働時間を定めるに当たり協定の内容がその基準に適 合したものとなるようにしなければならないこととする。
(3) 行政官庁はその基準に関し労使に必要な助言及び指導を行うことができるように する。

(意見)
労基法に男女共通の時間外・休日労働規制として、年間150時間(ただし経過措置を設ける)の上限を明記し、罰則を伴った強制力のある法的規制を行うべきである。また、時間外労働・変形労働を含めて1日の最長労働時間を10時間とする、法定休日労働は原則禁止とする、割増率を時間外労働50%休日労働100%に引き上げるとの内容の改正を早期に実現すべきである。

(理由)
(1) 法案は、時間外・休日労働の上限規制に法的根拠を与えることで、従来の時間外労 働協定の適正化指針に比べれば、行政指導しやすくなるという程度の意味はあるとしても、次のような理由から、長時間時間外労働の実効ある抑制手段としては全く期待できない。第一に、上限基準に適合するようにしなければならないとしても、その義務違反に対して罰則の適用がない。第二に、適合させる義務の内実は不明確ではあるが、これと同様の規定である現行労基法134条、つまり「(有給休暇を取得した労働者に対して)不利益な取り扱いをしないようにしなければならない」との規定の解釈において、最高裁は、「本条は、それ自体としては、使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは解されない」と判示している(1993年6月25日沼津交通事件)。適合させる義務がこれと同様に努力義務であれば実効性は期待できない。このことは、努力義務では結局実効性がなく、禁止規定に改正された均等法の例をみれば明らかである。第三に、行政指導の根拠ができ従来より強力な指導がされるとしても、果たして適合していない労使協定の届け出に対してどこまでのことができるのか、助言、指導に従わない場合はどうなるのか、行政指導の実効性には疑問がある。

(2) 当会は、1997年10月、「労働時間に関する男女共通規制の早期実現に向けて の意見書」において、男女共通の時間外・休日労働の規制として、「上限を年間150時間とする(ただし経過措置を設ける)。時間外・変形労働を含めて1日の最長労働時間を10時間とする。法定休日労働は原則禁止とする。割増率を時間外労働50%、休日労働100%に引き上げる。家族的責任を有する労働者に時間外・休日労働の免除請求権を与える。」などの内容の法的規制を提案してきた。
これらの提案すべてが今回の法改正で実現しないまでも、時間外・休日労働の抑制については、昨年の均等法改正と労基法の女子保護規定撤廃の際に、国会で付帯決議が付けられ、「国際公約ともいうべき年間総実労働時間1800時間の早期達成に向けて、関係省庁間の連携・協力を一層強化し、政府が一体となって労働時間短縮対策を総合的に推進すること」という強い要請があるのだから、少なくとも年間での強制力のある法的上限規制は今実施すべきである。1800時間を達成するためには時間外・休日労働を年間147時間に抑えることが必要であると国会でも確認されているのに、法案のように明らかに実効性が期待できず、労基法に上限の具体的数字も示せないような案にとどまるのは極めて遺憾である。この法案の要綱についての中基審の「答申」では、労働者側委員が諮問された要綱では不十分であるとして、時間外・休日労働について具体的上限を法律に明記することを求めており、この法案は中基審でも長時間時間外労働の実効ある抑制方法として合意を得られていないものである。法案のように「基準に適合させる」というのでなく、労基法で「年間150時間を超えて時間外労働させてはならない」とする規制方法をとるべきである。

(3) 長時間に及ぶ時間外・休日労働の実態は、我が国の労働の在り方に深く根差してい る問題であり、その解消は容易ではない。また、中基審の「建議」でも、労働者側委員が法的規制力を持つ「時間外労働基準」を法律で明記することを求め、他方使用者側委員は罰則をもって担保することは適当でないとしているように、時間外・休日労働の法的規制については、労使で意見が対立するのはある程度やむを得ないことである。しかし、その実態は望ましいものでなく、改善されねばならないという方向性はすでに出ているのである。後はどういう手段をとるかであり、法案のように明らかに実効性の期待できないものにとどまるのか、政治的判断で、経過措置を設けるなどして使用者の反対意見に配慮しつつも、強力な法的規制に踏み込むか否かである。

(4) 今回、割増率の引き上げは取り上げられていない。時間外・休日労働の抑制には、 コストアップと上限規制が二本柱であり、上限規制の実施と合わせ、割増率の引き上げを早期に実施すべきである。中基審の「建議」では、特に中小規模の事業場における労使の自主的取り組みによる引き上げ状況や、週40時間労働制の定着状況を見極める必要があることから、1998年度の実態調査結果を見た上で、引き上げの検討を開始することが適当とされている。しかし、現行の割増率は諸外国に比較して低い水準にあり、そのことが長時間時間外労働の原因の一つであることは明らかであり、少なくとも割増率引き上げの必要性は、実態調査の結果を待つまでもなくわかることである。国会の審議において、早期実現の道筋をつけることが望まれる。

(5) 家庭責任を有する女性労働者のいわゆる激変緩和措置について、法案133条では、 女性の時間外労働に関する保護規定に該当していた労働者であって、子の養育又は家族の介護を行う者で、申し出た者について、省令で定める期間、通常の労働者より時間外労働協定の時間の限度を短くすることとしている。激変緩和措置は、女子保護規定が撤廃されたが、男女共通の労働時間規制がすぐには実現しないので、それが実現するまでの間、現に家庭責任の大半をおっている女性に対して、急激な変化を避けるための必要な措置として位置付けられるべきである。したがって、職業と家庭生活の両立にも配慮された実効ある男女共通の労働時間規制があれば、それは本来不要なものである。いつどういう規制が実現するか、そのことがわからなければ、そこに至るまでの暫定的なものである激変緩和措置も、何が必要で適切な激変緩和措置であるか、その判断はできない。法案は男女共通の労働時間規制として極めて不十分なものである。このようなものを前提により低い水準を設定したとしても、激変緩和措置も不十分で実効性のないものとなることは明らかである。また、1日単位での規制がない点は、家庭生活への配慮を欠いていると言わざるを得ない。

(6) 激変緩和措置がとられる期間は、「建議」では3年程度とされていたが、命令で定 めるとされているため法案の段階では不明である。仮に3年として、3年後に男女共通の実効ある労働時間規制が実現していないのであれば、その時点で家庭生活に大きな影響が出ることとなる。法案付則11条は、命令で定める期間が終了するまでの間において、子の養育又は家族の介護を行う労働者の時間外労働に関する制度の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとしている。家族的責任を負っている男女労働者が健康を維持し、職業生活と家庭生活を両立させるために何らかの措置が必要であることは明らかである。女性労働者のみを対象とする暫定的な激変緩和措置ではなく、家族的責任を有する男女労働者が請求した場合においては、時間外・休日労働をさせてはならないとの新たな法的規制を早期に実現させることで、その必要な措置とし、激変緩和措置を設ける必要がないようにすべきである。

第6 深夜業

(法案)
深夜業については全く触れられていない。
(意見)
深夜業に対する規制の必要性を認識し、深夜勤務時間及び深夜勤務回数等の制限、休息時間の確保、割増率の引き上げ、特別な事情を有する労働者の深夜業免除及び配置転換、就業環境の整備などの規制を早期に実現すべきである。そして、そのための調査研究、検討の具体的計画を早急に示すべきである。
(理由)
(1) 昼間働き、夜間は休息・睡眠をとる。これが人間の自然な生体のリズムである。昼 間は交感神経系が、夜間は副交感神経系が優越するという日周期リズムを人間は有しており、これを強制的に逆転させる深夜業に、生理的諸機能は容易に順応することはできない。昼間睡眠をとっても疲れはとれにくく、慢性疲労化しやすい。深夜業が健康に与える影響は重大であり、過労死の大きな要因ともなっている。さらに、深夜業は健康だけでなく、家庭生活や社会生活にも大きな障害となる。夜間は本来育児、介護、家庭の団欒にあてられるべき時間帯である。家族的責任を負うものが深夜業に就くことにより、家族のコミュニケーションは阻害され、家族的責任は果たせなくなる。社会生活一般は昼型のリズムに合わせて営まれており、深夜業に就いているものが地域や友人と関係を保ち、各種サービスを享受するには、休息すべき昼間の時間を使わざるを得ず、健康のためには社会活動等を断念せざるを得なくなる。
このように深夜業は健康で人間らしい生活をおくるためには負担の重すぎる労働形態であり、男女がともに健康で、職業生活と家庭生活を両立させるには、深夜業はやむを得ない場合を除き本来すべきではなく、する場合であっても、法的規制が不可欠である。

(2) 当会は、1997年10月、前記意見書において、深夜業の法的規制として、「深 夜業を含む労働時間は原則8時間をこえてはならず、時間外労働、変形労働を禁止する。深夜勤務回数を制限する。勤務終了後には少なくとも12時間の休息時間を与える。割増率は少なくとも50%以上に引き上げる。特別な事情を有する者(健康、高齢、家族的責任を負う者)には深夜業の免除請求権や配置転換請求権を与える。深夜業の就業環境を整備する。」などの内容の法的規制を提案してきた。

(3) 昨年の労基法改正で女性に対する深夜業の規制が撤廃される際、「深夜業が労働者 の健康及び家庭・社会生活に及ぼす影響について調査研究を進め、その実態把握に努めること」とする付帯決議が付けられた。しかし、その約半年後の中基審の「建議」においても、深夜業については、「調査をまず行い、その結果を踏まえ」、「検討する場を設けることが必要」との段階に止まり、その間具体的な進展があったとは見受けられない。そして、今回の法案では、要綱に対する中基審の「答申」で、労働者側委員が「深夜業についても(法律に具体的)上限を明記すべきである。」としているのに、深夜業について結局何ら触れられていない。この深夜業規制の取り組みの遅さに対しては、遺憾であると言わざるを得ない。「建議」も、改正法の施行までに早急に措置を講ずる必要があるものについては、「施行時期を念頭に」することを求めており、男女共通の新たな深夜業規制に早急に取り組むべきである。1999年4月の施行に併せて一定の措置を講ずるには、もはやわずかな時間しかない。

(4) 法的規制の中でも、量的規制とコストアップは抑制のための二本柱である。第一に、 深夜業の労働時間の上限規制は、規制手段として基本なすものであり、中基審で労働者側委員が具体的数字(3週間40時間以内)をあげて求めてきたことでもあるし、時間外・休日労働の上限規制とともに、まず実現すべき点である。第二に、深夜業の割増率の引き上げは、「建議」においても、時間外・休日労働の割増率の引き上げとともに併せて検討することが適当とされており、時間外、休日、深夜の各々につき引き上げが実施されるべきである。これらは早急に取り組み、1999年4月の改正法の施行に間に合わせるべきである。そして、今、少なくとも深夜業の規制の必要性を認識し、早期に規制を実現すべく、早急に規制実現のための調査研究、検討の具体的日程、手順が示されるべきである。

第7 裁量労働

(法案38条の4)
(1) 現行労基法第38条の2第4項の裁量労働制に加えて、「事業の運営に関する事項 についての企画、立案、調査及び分析の業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するためにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」を対象とする新たな裁量労働制を定める。
(2) 制度実施の要件としては、(イ)事業運営上の重要な決定が行われる事業場におい て、使用者及び労働者代表からなる労働条件を調査審議し事業主に対し意見を述べることを目的とする委員会が設置されている場合で、(ロ)使用者がその委員会において委員の全員の合意により行われた一定の事項に関する決議を行政官庁に届け出た場合に、(ハ)決議で定めた範囲の労働者が対象業務に就いたとき、決議で定める時間労働したものとみなす。

(意見)
新たな裁量労働制をもうけるべきではない。
(理由)
裁量労働制は、実際の労働時間とは関係なく労使協定に決められた労働時間だけ働いたものとみなす制度である。法案の新たな裁量労働制も、労使委員会で決議した時間数が労働時間とみなされることになる。これにより、使用者は労働者の実労働時間を把握してそれに応じた賃金を支払う義務を免れ、実際の労働時間に関係なく労使委員会で決議した労働時間数の賃金を支払えばよいということになる。そのため、この制度は、長時間・無定量の労働を労働者に強い、サービス残業(時間外労働手当の不払い)を合法化する危険がある。
法案では、対象業務について、「事業運営上の重要な決定が行われる事業場において」と、場所の限定が定められているようにみえるが、この規定は抽象的であり、事業場の範囲が不明確である。また、「重要な決定」か否かについては、誰が判断するかも不明である。
さらに、「企画、立案、調査及び分析」という規定も、これをしない事務労働は、たとえば受付業務などの単純・定型的なごく一部の業務を除いては考えられず、ほとんど全てのホワイトカラーの業務が関連している。このため、みなし裁量労働制が、広範囲に及ぶ危険がある。
また、法案が規定している「企画、立案、調査及び分析」の業務を、厳正に解釈したとしても、これらの業務についている個々の労働者が必ずしも裁量性が与えられているというわけではない。むしろ、実態は、グループで担当したり、期限がきめられて、長時間、無定量の労働が行われているというのが一般的であって、「業務の遂行の手段及び時間配分の決定等」が個々の労働者の裁量に任せられているとはいえない。長時間労働が顕著なのも、この分野での業務に多い。
さらに重要な問題は、建議では、業務の遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要があることから業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、「使用者が具体的な指示をすることが困難なもの」となっていたのが、法案では「具体的な指示をしないこととする業務」となっている。「具体的な指示をしないこととする業務」というのは、具体的指示が可能か否かに関係なく、労使委員会で「指示をしないこととする」と決議すれば、対象業務になるということであり、裁量労働制が大幅に拡がる。 次に、労使委員会での決議が、このようなみなし労働時間制による長時間労働等の弊害を除去するという保障がない。
法案は、具体的な対象者については、「賃金、労働時間その他の労働条件に関する事項を調査審議し事業主に対し意見を述べることを目的とする」、労使代表からなる労使委員会が設置されている場合に限り、その委員会での全員での決議によることとしている。つまり、この労使委員会の決議で、みなし労働時間制がとられ、1日の労働時間規制を外す効果をもつことになる。
しかし、労働組合の組織率が22.6%に下がり(1997年6月末現在)、未組織労働者が4分の3以上という現状では、労使委員会の労働者代表が自主的・民主的に選出されることを期待できない。36協定の締結率でも、わずか27.7%にすぎず(労働省1997年実態調査)、労働条件について労使が対等に決定するという基盤ができていないのが現状である。
法案では、このような現状を改善し、労使委員会の労働者の代表が自主的・民主的に選出される具体的な方策を欠き、労使対等で労働条件が決定される保障はほとんどない。労働大臣は、対象労働者の適正な労働条件の確保を図るために、委員会が決議すべき指針を定めるとしているが、指針はあくまでも指針であり、法的拘束力がない。
そもそも、労働基準法は、憲法の労働条件法定の原則(第27条)にもとづき、労働者保護の観点から、企業の大小をとわず遵守しなければならない最低労働条件を規定するものである。法案のいうように、事業場毎の労使委員会の決議によって、裁量労働制の可否が決められ、労働時間の規制を外すというのは、労働基準法の性格を大きく変質させる重要な問題であり、慎重であるべきである。
以上のとおり、新たな裁量労働制は、そもそも裁量労働とはいえない労働に対して、労使委員会の決議で労働時間の規制を外してみなし労働時間制をとり、結局実質的に長時間労働を放置し、労働者の健康や生活に重大な影響を与え、不払い残業を合法化する危険が大である。
このような、1日8時間労働時間制を崩し、重大な問題がある制度を新たにもうけなければならない理由は乏しく、新裁量労働制をもうけるべきではない。