東京弁護士会

食品安全基本法に関する意見書

2002(平成14)年12月12日
東京弁護士会
会長 伊礼勇吉

1.はじめに

東京弁護士会は,1981年10月に「食品安全基本法」制定の提言を行なった。同提言では,立法により,消費者たる国民には,食品の安全について・安全な食品の供給を受ける権利,・安全な食品を選択する権利,・食品安全行政に参加する権利などの「諸権利」があることを明確にし,食品安全委員会や情報公開制度の設置を盛り込むなど,先見的な内容をもつもので,この提言が当時の立法や行政に生かされていれば,いま社会を揺るがしている食品安全問題も、相当程度回避できた筈である。
残念ながら,提言は採用されず,この20年の間にダイオキシン汚染や残留農薬問題等,食品の安全性に対する消費者の不安は増大し,昨年来のBSE(狂牛病)問題により,食品行政の怠慢に対する消費者の不安と不信は頂点に達した。
「BSE問題に関する調査検討委員会」は,本年4月,報告書をまとめ,消費者を軽視し,情報を秘匿した行政対応を厳しく批判し,今後の食品行政は消費者優先の理念に徹するべきことを提言した。この報告を受けて,政府は,「食品安全行政に関する関係閣僚会議」を開催し,食品安全委員会(仮称)の設置と食品安全基本法(仮称)の制定を行なおうとしているが,当会は,つとに食品安全基本法の制定や食品安全委員会の設置を求めてきた立場から,再度,以下のとおり意見を述べるものである。

2.食品安全基本法の制定について

(1)法の目的について

本年6月11日に発表された「食品安全行政に関する関係閣僚会議」による食品安全基本法(仮称)の概要(以下,「概要」という。)によれば,「消費者の保護を基本とした包括的な食品の安全を確保するための法律として食品安全基本法(仮称)を制定」し,その「目的及び基本理念」として,「・国民の生命及び健康の保護 ・食品の供給に関する一連の行程の各段階における安全性の確保等」を盛り込むこととしている。これまで食品関連立法において「消費者保護」を正面から取り上げたものはなかったから,このような観点からの立法化は歓迎すべきことである。
しかし,「概要」は,消費者をあくまでも単に保護の対象におくだけで,権利の主体として捉えようとしていない。真に食品の安全,消費者の保護を考えるのであれば,次段で述べるように,安全に対する「消費者の権利」を法文中に明記することが不可欠である。
(2)「消費者の権利」の明文化

「概要」によれば,「関係者の責務・役割」という項を設け,国,地方公共団体,事業者,そして消費者それぞれについて責務・役割を定めようとしている。国や事業者の責務を規定することは評価できるが,食品安全基本法は,国民の生命及び健康の保護を目的とするものであるから,この目的を実現させるには,まず消費者を権利主体と構成し,その上で,その権利に対応する国や地方公共団体の義務,役割を明確にすることが必要である。
消費者の役割の明記も必要なことではあるが,国や事業者のそれとは異なるものとして位置付けるべきである。
消費者(国民)は,憲法13条の幸福追求権(個人の尊厳の尊重)の一内容として,また憲法25条の生存権(社会権)として,・安全な食品の供給を受ける権利を有しているものであるが,さらに,そこから・食品の安全に関する情報を取得する権利,及び・食品行政に参加する権利を有すると考えられる。
これら消費者の権利を具体化するには,食品安全基本法中に、国や地方公共団体(その行政庁)に対する「措置請求権」を規定することが必要である。ちなみに既存の法律で「措置請求権」を定めているものとして,たとえば,「消費生活用製品安全法」(93条)「家庭用品品質表示法」(10条)などがあるが,これらの法律は,消費生活における消費者の利益保護を目的としている点において食品安全基本法と同趣旨であり,食品安全基本法において同様の制度を採り入れることには何ら問題がないはずである。我々は,後述するリスクコミュニケーション徹底の趣旨から,さらに,措置請求に対する行政庁の「応答義務」を認める必要があるものと考える。

(参照)
消費生活用製品安全法
(担当大臣に対する申出)
第九十三条 何人も、消費生活用製品による一般消費者の生命又は身体に対する危害の発生を防止するために必要な措置がとられていないため一般消費者の生命又は身体について危害が発生するおそれがあると認めるときは、主務大臣に対し、その旨を申し出て、適当な措置をとるべきことを求めることができる。
2 主務大臣は、前項の規定による申出があったときは、必要な調査を行ない、その申出の内容が事実であると認めるときは、この法律に基づく措置その他適当な措置をとらなければならない。

家庭用品品質表示法
(経済産業大臣に対する申出)
第十条
何人も、家庭用品の品質に関する表示が適正に行なわれていないため一般消費者の利益が害されていると認めるときは、経済産業大臣に対して、その旨を申し出て、適当な措置をとるべきことを求めることができる。
2 経済産業大臣は、前項の規定による申出があつたときは、必要な調査を行ない、その申出の内容が事実であると認めるときは、第三条から第七条までに規定する措置その他適当な措置をとらなければならない。

(3)リスク分析手法の導入と食品安全委員会について
「概要」では,食品の安全性確保を図るためにリスク分析の手法を導入し,関係省庁から独立したリスク評価機関の設置を検討している。このリスク評価機関として「食品安全委員会」を設置し,これに審議会に準じた位置付けを与えようとしている。
リスク分析の手法は,一般にリスク評価,リスク管理,リスクコミュニケーションの3つの要素で成り立つものと理解されている。リスク分析の手法において重要なのは,・国民の健康確保の観点から適切なリスク評価がなされるかどうか,・リスク評価機関の行なった結果をリスク管理機関が施策として適切に実現するかどうか,・リスク評価機関によって分析されたデータの概要,評価意見の根拠などの情報が国民に公開され,さらに国民の意見が反映されるシステムが機能するかどうかである。
・については,リスク評価は,食品の安全を確保し,国民の健康を保護するためになされるもので,風評被害を避ける等の事業者側の利益を守るためになされるものではないことを明確にする必要がある。また,現に発生しつつある危害に対する迅速な評価を求められる場合が多いから,十分な人数のスタッフを揃えることも必要である。本年8月に出された政府案によると,委員は7名(うち常勤は4名),専門調査委員は延べ200名程度とされているが,これで十分かについては疑問が残る。また,スタッフの専門性,公正性,独立性を確保するためにも,委員及び専門委員について公募制度をも採り入れ,質,量ともに十分な態勢を確保すべきである。
・については,いわゆる予防原則ないし予防的措置(疑わしいものは排除)の考え方を取り入れることが必要である。今回の政府案は,安全委員会はリスク評価だけを担い,リスク管理は従来どおり農水省,厚労省等が実施することを予定しているが,リスク管理機関がリスク評価機関の勧告に応じないという問題が危惧される。リスク評価機関が種々の利害関係から独立し,リスク評価・勧告に専念するという考え方も理解できないわけではないが,評価の実効性を確保するため,一定の場合には管理機関に対して何らかの措置を義務付けることも検討するべきである。
・については,リスク管理機関に対する勧告との関係で,特に「公表」制度が問題になる。リスク評価機関がどのような判断をしたのかをすべて国民に公表していれば,仮にリスク管理機関がリスク評価機関の勧告に従わなかったときなど,国民はリスク管理機関の不適切な対応を公に問うことができる。設立準備室の案では,「リスクコミュニケーション」を行うこととし,情報の公開と意見表明の機会の確保についてもうたわれているが,実際にどのような方法で,どの程度の内容が公開されるのかは必ずしも明かではない。公表する内容には,・で述べたリスク評価の結果以外に,勧告の内容,それに対するリスク管理機関の議論の経緯及び結果(議事録等)が公表されることが必要であり,公表の方法としては,文書のほかにもインターネットによる公開等消費者の利用しやすい様々な方法を採用するべきである。そして,公表された内容について,消費者から意見等が表明された場合,それに対する回答がホームページや政府広報に掲載されることも必要である。これらが制度的に確立して初めて「リスクコミュニケーション」として機能したと言えるのである。

3.食品衛生法の改正について

厚生労働省では,食品安全基本法の基本理念及び目的を踏まえて,食品衛生法を改正することとし,11月8日,その骨子案が公表されたところである。食品衛生法は,昭和22年に制定された「飲食に起因する衛生上の危害発生の防止」と「公衆衛生の向上及び増進に寄与する」ことを目的とする法律であって,近年の食品産業や食生活の変化に対応できていないことはつとに指摘されていたところであった。
食品安全基本法の理念を踏まえた改正を行うのであれば,法律の名称も「食品安全法」などと改称し,食品の安全と国民の生命及び健康確保を目的とする法律であることを明らかにすべきである。
また骨子案によれば「食品安全基本法(仮称)の制定に向けた、リスク分析手法や関係者の責務・役割についての議論を踏まえ、必要に応じ、食品衛生法においても適切に対応する。」とされているが,厚生労働省においても,最新の科学的知見に基づくリスク管理を行い,その過程においてリスクコミュニケーションを行うことが必要であるのに,骨子案には,リスクコミュニケーションの具体的施策がまったく示されていない。この点については,食品安全基本法について述べたとおり,国民の措置請求権の規定をおくべきである。なお,消費者の権利を実効あらしめる一手段として,食品表示制度の改正も急務である。

4.立法化作業の段階での消費者からの意見聴取について

東京都の食品の不安に関する調査(平成14年8月)によると,「食品表示の偽装」が64.6%,「家畜の疾病」が35.0%,「輸入食品」が30.5%となっており,また食品表示を信頼できないとする回答は65.9%に上っている。内閣府の食品表示に関する調査(平成14年7月)によれば,食品表示に苦情を言いたいと思った経験のある人は57%もある。また,この内閣府調査の中でも,委託を受けた日本生活協同組合連合会の食品表示に関する意識調査では,食品表示が信用できなくなった人が78%という結果を示している。
消費者の食品安全や表示制度に対する信頼を回復するには、不安と不信の解消が不可欠である。そのための食品安全基本法制定なのであるから,立法化作業の過程において可能な限り広く情報を提供し,消費者・事業者を含む幅広い国民の意見を聴取し,その意見を反映することこそ必要であると考える。

以 上

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