東京弁護士会

「取調べの可視化」実現に向けての決議

2006年7月18日

 われわれ弁護士、弁護士会は、長年にわたり、冤罪の防止に向け、当番弁護士制度の実施をはじめとして様々な刑事司法の改革に取り組んできた。
近時の司法制度改革を通じて、昨年11月から公判前整理手続が施行、本年10月から被疑者国選、即決裁判手続が開始、2009年5月までには裁判員制度が実施されるなど、刑事分野における改革には著しいものがある。
この一連の改革の中で、われわれが裁判員制度実施までに実現すべき最重要課題として取り組んできたのが「人質司法の打破」とともに「取調べの可視化」である。冤罪を生む密室での虚偽自白を防止して、供述調書の任意性や信用性をめぐり取調過程を延々と争う必要性をなくするためには、取調べの可視化は何としても実現しなければならない課題である。

 今般、最高検察庁は、2006年7月から東京地方検察庁において検察官が指定した事件の検察官の取調べにつきその録画・録音を試行すると発表した。
この試行は、(1)裁判員対象事件のうち検察官が指定した事件に限定されていること、(2)取調べ全過程の可視化ではなく、警察官の取調べは除外され、検察官の取調べもその事件のどの部分を可視化するかが検察官の裁量に委ねられていることなど多大の問題を含んでいる。
しかし、個別事件において弁護人が申し出た場合には、その申出があったことを含め可視化の対象を検討すること、必要と思われる事件があれば東京以外の地域においても実施することを検討しているとも言われており、弁護士会や弁護人の活動によって、取調べの可視化の対象事件、地域が拡大する余地は十分にある。
そこで、東京弁護士会は、検察庁による2006年7月からの録画・録音の試行に対し、東京地方検察庁および警視庁に対し、以下1の申し入れを行う。同時に、以下2のとおり、取調べの全過程での可視化が本格実施されるよう、その行動指針を定める。

1 東京地方検察庁、警視庁においては、今次試行を契機として法制化が実施されるまで、捜査機関の実務において、少なくとも被疑者又は弁護人がこれを求めたときは、即時に被疑者の取調べの全過程を録画・録音するよう指導をすべきである。

2 当会は次の行動指針を定める。
(1) 会員は、担当する個別の事件において、取調べの可視化が必要と判断した事件(否認事件、被疑者が障害者・少年・通訳を要する外国人である事件、重大事件など)について、できる限り取調べの全過程(警察での取調べを含む)の可視化を検察庁に申し入れるとともに、公判においても、取調べの可視化なくしては、刑訴規則198条の4に定める検察官が取調べ状況を迅速かつ的確に立証すべき義務を果たすことが困難であることを明らかにするように努める。
(2) 当会は、各会員の活動を援助するため、上記申入れの書式案を作成するなどして、各会員にその周知徹底を図るとともに、必要な場合には、会員からの申出を受け、個々の事件のバックアップのための弁護士を選定して、速やかに対応態勢を確立する。
(3) 当会は、新聞などで報道される重大事件については、委員会派遣をさらに強化し、その事件における取調べの可視化を申し入れる。
(4) 当会は、検察官による録画・録音の試行の状況を個別の弁護人から報告を受けるなどして集約し、試行の検証に取り組み、これを各会員に情報提供するほか、これらを踏まえ、必要に応じて東京地方検察庁又は警視庁へ協議を申し入れる。

上記のとおり、決議する。

(決議の理由)
弁護士、弁護士会は、被疑者、被告人の権利擁護そして冤罪の防止に向け、接見交通権の確立のための活動や当番弁護士制度の実施をはじめとして様々な刑事司法の改革に長年にわたり取り組んできた。こうした長年の活動の蓄積を背景に、近時の司法制度改革を通じて、2009年5月までに裁判員制度が実施されるなど、刑事分野においても、大きな制度改革が実現されようとしている。裁判員制度の実施に向けて、すでに昨年11月から公判前整理手続が施行され、本年10月からは、いよいよ被疑者国選弁護制度が開始され、同時に争いのない比較的簡易な事件に関する即決裁判手続が開始されるに至っている。
この一連の改革の中でわれわれが裁判員制度実施までに実現すべき最重要課題として取り組んできたのが、身体拘束を利用して自白を迫る「人質司法の打破」とともに「取調べの可視化」である。
冤罪を生む密室での虚偽自白を防止して、国民が参加する裁判員制度の下で調書の任意性や信用性をめぐり取調過程を延々と争う必要性をなくして裁判員である国民に負担をかけない審理をするためには、取調べの可視化は何としても実現しなければならない課題である。このことが、「調書裁判」とも揶揄される現状を打破して、公判中心主義を確立する道筋である。
日本弁護士連合会では、2003年7月14日、「取調べの可視化についての意見書」において、「裁判員制度の導入と同時に、被疑者取調べの全過程をテープ録音ないしビデオ録画する制度が確立されるべきである」と対外的に宣言した。そこでは、可視化により、自白の任意性をめぐる法廷での争いはほとんどなくなること、違法な取調べが著しく減少することは明らかであり、イギリス、イタリア、アメリカの一部の州、台湾でも実施され、取調べの可視化は、まさに世界の潮流であることを指摘した。
その後、2003年10月17日、松山市で開催された人権大会において、「被疑者取調べ全過程の録画・録音による取調べの可視化を求める決議」を採択し、早急な法律の整備と、検事総長、警察庁長官に対して、法制化が実施されるまでの間、捜査機関の実務において、少なくとも被疑者がこれを求めたときは、即時に被疑者の取調べの全過程を録画・録音するよう指導を徹底することを求めた。
さらに、2006年1月20日、日弁連は、「取調べ可視化の試験的実施の提案」いわゆる「可視化特区」の提案を行った。その内容は、試験対象区域を大阪府と福岡県、試行期間2年、対象事件を裁判員対象事件、少年事件、精神的疾患を持つ疑いがある被疑者の事件、通訳を要する外国人・聴覚障害者の事件、日本語での意思疎通能力に懸念がある被疑者の事件とし、当然に対象事件については全過程の可視化を求めるものであった。
他方、裁判所においては、元裁判官から、裁判員制度実施と同時に取調べの可視化が実現されるべきであるとの論文が繰り返し出された。また、新刑事訴訟規則制定にあたって、刑訴規則198条の4に「検察官は、被告人又は被告人以外の者の供述に関し、その取調べの状況を立証しようとするときは、できる限り、取調べの状況を記録した書面その他の取調べ状況に関する資料を用いるなどして、迅速かつ的確な立証に努めなければならない」と取調べの可視化を意識した規定を置き、可視化への積極的姿勢を示してきた。
このような動きの中、一貫して可視化しては真相解明ができないとして反対してきた検察庁が、ようやく今回、取調べの可視化の試行を提案するに至ったことは、不十分ながらも可視化実現のための第一歩を踏み出したものと評価しうる。
しかし、取調べの全過程の可視化の実現のためには、弁護人の可視化に向けた弁護活動の実践が重要である。すなわち、今回の検察庁における取調べの録画・録音の試行は、検察官が任意性などの立証に必要と判断した部分のみが行われる可能性があり、被疑者・被告人にとって不利益となる危険がある。したがって、弁護人としては、可視化が必要と思われる事件については、事前に取調べの「全過程」の録画・録音の申入れをする必要がある。それにもかかわらず、任意性を疑わせる事情のある取調べにつき録画・録音がなされていないことが判明した場合には、裁判の場などでその部分の問題点を指摘し、取調べの全過程の録画・録音なくしては、任意性の立証には全く役に立たないことを明らかにする必要があるのである。
とりわけ、東京地方検察庁において試行するというのであるから、当会を含め、東京三会における弁護士会、弁護士の役割は重大である。
そこで、本決議により、検察官による取調べの録画・録音の試行に対する東京弁護士会としての方針の提起を行なうものである。
当会は、東京地方検察庁、警視庁に対し、主文1の申し入れを行うとともに、当会会員とともに主文2(1)乃至(4)に記した活動をすることを決意した。

以上
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