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「戸籍法の見直しに関する要綱中間試案」に対する意見書

2006年(平成18年)8月24日
東京弁護士会
会長 吉岡 桂輔
1 はじめに

 法制審議会戸籍法部会では、弁護士の職務請求に関し、(1)「受任事件の依頼者の氏名」及び「請求事由」を記載すること、(2)市長村長は、戸籍謄本等を交付すべきかどうかの判断に際して、弁護士に疎明資料の提示を求めることができることなどについて検討がなされているが、仮にこれらの点が義務化された場合には、弁護士の業務に不可欠である守秘義務をそこない、会員の業務に重大な影響を及ぼす可能性がある。
本会は、2006年7月26日公示の法制審議会戸籍法部会作成「戸籍法の見直しに関する要綱中間試案」(以下「要綱中間試案」という。)に対し、会員の業務に生ずる重大な支障を具体的に指摘しつつ、本会の意見を提出する。

2 「要綱中間試案 第1 戸籍の謄抄本等の交付請求 1 交付請求(1)」について
  1. (1)何人も、次のア又はイのいずれかに該当する場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。
    • ア 自己の権利若しくは権限を行使するために必要があること又は国若しくは地方公共団体の事務を行う機関等に提出する必要があることを明らかにした場合
    • イ 市町村長がアに準ずる場合として戸籍の記載事項を確認するにつき相当な理由 があると認める場合該当する場合

 要綱中間試案では、戸籍の記載事項が個人の本籍、生年月日、氏名、親の名前など本人の同一性についての基本的事項が記載されていること、及び近年特に個人情報の保護に関する国民の関心が高まっていることなどから、第三者による戸籍の謄抄本等の交付請求に関しては一定の制限がかされることはやむをえないと考えられる。
しかし一方で、戸籍の記載事項が本人の同一性についての極めて基礎的情報を含むものであることから、第三者の戸籍の謄抄本等の交付を請求する必要が存する場面も多々ある。多くの場合は官公庁への提出のためと考えられるが、取引の相手方が氏名の変更を行った場合に相手方の現在の正確な氏名を把握する場合、債務者が死亡している場合において権利の行使のために債務者の相続人を特定する場合、共同相続人との遺産分割協議を行うに際して共同相続人を確定する場合など、官公庁への提出を前提としない場面においても戸籍の謄抄本等の交付請求を必要とする場合も多い。
これらの場合には、多くの場合において「自己の権利若しくは権限を行使するために必要がある」場合に該当すると考えられるが、一方で「自己の権利若しくは権限を行使するために必要がある」との要件がすでに存在している権利を前提としてその権利の行使の場面に限られるとすれば、これから取引を行い、またはその他の権利関係を築こうとしている第三者は相手方の戸籍の謄抄本等の交付請求はできないことになってしまう。
相手方から任意に戸籍の謄抄本等の提出を受けられる場合には問題がないが、現実には必ずしも任意に提出を受けられない場合も多々ありえる。例えば、ある著作物の著作権者が死亡し当該相続人が誰かが分からない場合には、第三者は相続人が特定できないという理由で当該著作物を使用できなくなってしまう可能性がある。同様に、ある地域の共同開発を計画しているところ、計画区域内にある住居の住人がすでに死亡しており、その相続人が特定できないような場合には、死亡した住人の戸籍の謄抄本等の提出を受けられない場合には、当該開発計画自体を諦めざるを得ないことになってしまう。
また、相手方の戸籍の謄抄本等の確認がなされて初めて権利関係が明確になるため、戸籍の謄抄本等の交付請求の時点では必ずしも「自己の権利若しくは権限を行使するために必要がある」の要件に該当するか否かが明確でない場合もある。例えば交通事故による保険金の支払い請求において加害者と被害者との間に親族関係があるとの情報が寄せられ、保険金詐欺事件であるとの推測があるような場合においても、加害者の戸籍の謄抄本等の交付請求が一切認められないとすると、保険金詐欺事件であることが極めて疑わしいと推測される場合においても、親族関係についての確定的証拠がないことが理由に保険金の支払いに応じざるを得ないこともありえるのである。
もちろん上記の場合には、個人情報保護の観点から第三者による戸籍の謄抄本などの交付請求を認める必要はないとの考えもあるかもしれないが、上記の事例においては必ずしもそのように割り切れない場面もありえる。
したがって「自己の権利若しくは権限を行使するために必要がある」との要件については、形式的・画一的に解釈するのではなく、請求の事由に応じて柔軟に解釈・適用される必要がある。

3「要綱試案 第1 戸籍の謄抄本等の交付請求 1 交付請求(4)」について
  1. (4)(1)にかかわらず、弁護士等は、次の場合には、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるものとする。ただし、職務上必要とする場合に限るものとする。
    • A1案
      受任事件の依頼者の氏名を明らかにするとともに、その依頼者につき(1)アの必要があることを明らかにした場合又はその依頼者につき(1)イに該当する場合
    • A2案
      受任事件の依頼者につき(1)アの必要があることを明らかにした場合又はその依頼者につき(1)イに該当する場合
    • B案
      使用目的及び提出先を明らかにした場合
【意見】
A1案及びA2案に反対し、B案に賛成する。
【理由】
  • ア 弁護士の職務の特殊性
    弁護士は、当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱によって、訴訟事件や行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務を行うことを職務とし(弁護士法3条1項)、弁護士が職務として行う法律事務は、社会の多様化に応じ千態万様である。そして、このような法律事務の遂行を通じて、弁護士は、基本的人権を擁護し、かつ、社会正義を実現すべき使命を負っている(同法1条)。
    以上のような依頼者の権利・利益の実現、裁判を受ける権利の実現に直結するという職務の特殊性から、弁護士は、常に深い教養の保持と高い品性の陶やに努め、法令及び法律事務に精通しなければならないとされている(同法2条)。これに加えて、弁護士は、弁護士法、弁護士職務基本規程等の規範に服さねばならず、これらに違反するときは、ときに刑罰が科せられ、ときに懲戒処分の対象とされることがある(弁護士が受ける懲戒処分の内容は、公開され、その抑止的効果は極めて高い。)。
    このような弁護士の職務の特殊性と不正に対する事後規制の存在に鑑みれば、戸籍の謄抄本等の交付請求に当たり、弁護士には一般とは異なる例外的取り扱いが認められて然るべきである。
  • イ A1案及びA2案の問題点
    • (ア)はじめに
      弁護士の職務上の請求に当たり、A1案及びA2案は、いずれも受任事件の依頼者につき戸籍の謄抄本等の交付を受ける必要性等を具体的に明らかにするよう求めるものである。確かに、個人情報を保護する観点から、前記請求に当たり、弁護士が戸籍の謄抄本等の必要性を示す必要があることは否定できないであろう。しかしながら、A1案及びA2案のように、その内容の具体的記載が必要になると、次のような不都合が生じかねない。
    • (イ)民事事件における身分関係の重要性等と判断の困難性
      まず、身分関係が要件事実を構成する事件については当然のこと(相続事件、身分関係事件等)、そうでない事件においても、身分関係が重要な間接事実や補助事実を構成し、民事訴訟上、重要な意義を持つことが少なくない。例えば、訴訟当事者と証人の間に一定の身分関係があるか否かによって、証人の証言の信用性に影響が生じる事案については、証言の弾劾をし、あるいは証人採否の決定段階で意見を述べるべく、予め身分関係を調査しておく必要がある。また、後述する詐害行為取消訴訟、結婚詐欺による損害賠償請求訴訟等においては、身分関係が重要な間接事実を構成する。
      ところが、戸籍の謄抄本等の交付を受けるに当たり、このような内容を訴訟実務に精通していない市町村の戸籍事務担当職員に説明するのは、実際上、極めて困難であろうし、職員が安易に具体的な理由なしとの判断をする危険性も十分に予想される(ひいては、依頼者の権利・利益の実現に支障が生じる。)。そして、弁護士が具体的な理由を明らかにしようとすればするほど、依頼者に対する守秘義務(弁護士法23条)との関係で、緊張関係を生むことは避けられない。
    • (ウ)迅速を要する事件について
      次に、具体的理由を明示するためには、弁護士に一定の作業(時間、労力)が必要となるだけでなく、中間要綱試案別紙の具体例を巡る争いがあることからも明らかであるように、市町村長において理由判断のための時間が必要となり、ひいては迅速な証拠収集が妨げられる可能性がある。このような場合、権利行使に消滅時効等の時間的制約がある事件、緊急性を要する民事保全事件、提訴に不変期間のある即時抗告事件等については、依頼者の権利の実現を損ねることすらある。
    • (エ)「事件」性について
      さらに、A1案1及びA2案の背後には、事件性のあるものとそうでないものを截然と区別できるという前提に立ち、前者に限って戸籍の謄抄本等に応じれば足りるという考えがあるようにも受け取られる(「受任事件」、「自己の権利若しくは権限を行使するために必要があること」等が交付の要件とされている。)。
      しかし、弁護士が依頼を受ける民事事件については、(1)依頼者が紛争の発生を自覚し、これを弁護士に相談する、(2)弁護士が事情聴取や調査を実施する、(3)弁護士が依頼者の権利・権限として分析・構成する、(4)これをもとに相手方と交渉をする、(5)交渉による解決ができないときに訴訟等を提起するといったプロセスを経ることが多い((3)、(4)、(5)の過程で、法律構成が変わることも少なくない。)。換言すれば、民事事件では、様々な事情聴取や調査を経て、次第に「自己の権利若しくは権限」が明確になり、「受任事件」に発展することが少なくなく(特に、法人格否認、表見代理、保証否認、包括保証、準占有者弁済、使用貸借、賃貸借解除、不法行為等の事案では、このような傾向があると思われる。)、その途中の段階で「受任事件」や「自己の権利若しくは権限」を具体的に明らかにしなければならないというのでは、結局のところ、間接的とはいえ、国民の裁判を受ける権利を奪うことにもなりかねない。
    • (オ)小括
      以上の次第で、A1案及びA2案は、弁護士が行う職務の遂行に支障が生じ、ひいては依頼者の権利・利益の擁護を損ねる危険性が大きいので、これに反対するものである。
  • ウ A1案の問題点
    • (ア)弁護士と依頼者の信頼関係
      A1案は、受任事件の依頼者の氏名を明らかにすることを求める。しかし、依頼者の氏名の明示は、弁護士の円滑な職務の遂行を阻害する危険性がある。
      すなわち、弁護士は、必ずしも強固な信頼関係で依頼者と結びついているとは限らず、希薄な信頼関係の下で、ときに依頼者の依頼事項を離れ、あるいは依頼者の相談内容等の裏付ける等のために、必ずしも依頼者の意思に沿わない形で戸籍の謄抄本の交付を請求することがある(例えば、依頼者が主張する身分関係に疑念を抱き、民事訴訟法2条、弁護士職務規程74条、75条の抵触を避けるために、戸籍の謄抄本を請求することがある。)。このような場合、依頼者の氏名を明らかにして戸籍の謄抄本等の請求をすれば、場合により、依頼者との信頼関係を損ね、将来の円滑な職務の遂行を阻害する危険性がある。
    • (イ)相手方による危害と萎縮効果
      また、依頼者の氏名を明らかにすることで、依頼者の権利・利益の実現に支障を来たすことも予想される。例えば、暴力団、特殊宗教団体などの反社会的勢力やその所属員、いわゆる占有屋、夫婦関係・養親子関係等を偽装している者等を相手方とするため、戸籍の謄抄本の交付を請求する場合、依頼者の氏名を明示せねばならないときは、相手方が依頼者の交付請求の事実を知り、依頼者に対し不当な圧力によって依頼者の権利行使を断念させたり、依頼者の生命身体に対し危害を加えたりする事態が生じかねない。また、このような事態を虞れ、依頼者が弁護士の行う交付請求を中止するよう求める可能性もある。
      もちろん、この問題は、交付請求書の開示をいかに取り扱うか(要綱中間試案第1の4参照)にも関係するが、そのB案(戸籍に記載されている者からその戸籍の謄抄本等の交付請求の開示請求があった場合には、交付請求書の全部を開示するというもの)による場合は当然のこと、A案(特段の定めを設けず、個人情報保護条例等の規定に基づき、その開示・不開示を各市町村の自主的判断に委ねるというもの)による場合であっても、暴力団員等において、依頼者の氏名を知ることが絶対にないという制度的な保障がない以上、依頼者の不安を払拭し、権利行使の断念等を防止することはできない。その意味で、依頼者の氏名を明示せずに戸籍等の謄抄本を請求できるということは、依頼者の権利・利益の実現を萎縮させない不可欠の前提である。
4「要綱試案 第1 戸籍の謄抄本等の交付請求 1 交付請求(5)」について

(5)市町村長は、戸籍の謄抄本等の交付請求の要件について確認するため、交付請求者に資料の提示等を求めることができるものとする。

【意見】
 職務上戸籍の謄抄本等の交付請求を行う弁護士に対し、資料の提示等を求め得るとする案に反対する。
【理由】
  • ア 要綱中間試案は、国民のプライバシー保護の観点から、戸籍の謄抄本等の不正利用を排除しようとする趣旨と考えられるが、そもそもこのような目的のために、資料の提示等の手段を講じるのが適当かについて疑問がある。
    すなわち、第1の1(4)のB案による限り、市町村長は、戸籍の謄抄本等の交付請求の要件、すなわち弁護士の請求が「職務上必要とする場合」に該当するか、「使用目的及び提出先」を明らかにしたといえるかを確認する目的で、資料の提示等を求めることになる。しかし、前者については、現行の職務上請求用紙を用いた請求がなされれば、その提出により、職務上の請求であることが明らかとなる。また、後者についても、使用目的及び提出先は、要綱中間試案補足説明にあるように、「目的 相続人の特定」、「提出先 ○○地方裁判所」といった記載で足りるのであるから、市町村長において、これらの充足を明らかにする必要に迫られるケースは、極めて限られるであろう。したがって、市町村長が資料の提示等を求める必要性は、ほとんどないものと思われる。
  • イ もっとも、この場合に確認する事項を、職務上の必要性の当否や、使用目的の合理性、戸籍等の提出の現実性といった判断にまで踏み込むとすれば、前記1(4)と同様、市町村長がよくこれを判断し得るか、安易にこれらを確認できないとの判断につながらないか、資料の提示等と守秘義務との緊張関係を生まないか、資料の収集・提出及び市町村長の確認に時間がかかり、緊急性を要する事件に対応できなくならないか、受任初期の段階では必要性・目的等を必ずしも明確になしえない場合があるのではないか、しかしそれにもかかわらず、国民の裁判を受ける権利を満足させるためには戸籍等の調査が必要なケースもあるのではないかといった問題点が生じる。したがって、確認事項を前述の範囲に広げ、その判断のために資料の提示等を求めることは、むしろ弊害が大きいと思われるので、賛成できない。
  • ウ なお、第1の1(4)についてA1案又はA2案によるのであれば、「自己の権利若しくは権限を行使するために必要があること」等を確認すべきケースは、その内容が価値判断によるところが大きいだけに、多くなると予想される。しかし、そもそもA1案又はA2案を採用し得ないこと、前記のとおりであるし、仮にこれらの案を採用するにしても、前記イと同様の問題点が生じるから、反対すべきであろう。
  • エ よって、弁護士等が戸籍の謄抄本等の交付請求をする際の事前規制は、依頼者の権利・利益を損なう危険性が高く、妥当でない。弁護士等の不正請求の防止に対しては、事後規制で十分である。
5「要綱試案 第1 戸籍の謄抄本等の交付請求 4 交付請求書の開示」について
  1. 4 交付請求書の開示
    • A案
      戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示については、特段の定めを設けないものとする。
    • B案
      市町村長は、戸籍に記載されている者からその戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示請求があった場合には、交付請求書の全部を開示するものとする。
【意見】
 A案に賛成し、B案に反対する。
【理由】
 戸籍の謄抄本等の交付請求書の開示については、情報公開及び個人情報保護に関する法制に基づく開示がなされれば足り、要綱中間試案(注2)記載で指摘されているとおり、例外的規律を設ける必要性及び合理性が認められない。
6その他
  1. 2 制裁の強化
    偽りその他不正の手段により戸籍の謄抄本等又は除籍の謄抄本等の交付を受けた場合の制裁を強化する。
【意見】
 中間要綱試案の考え方に、基本的には、賛成する。弁護士に関しては、弁護士自治・懲戒制度により、重い制裁により担保されており、特段の強化の必要はないとはいえるが、このような事後規制措置のない一般の場合には、住民基本台帳法等の規定と平仄を合わせ「10万円以下の過料」とするとしても、「10万円以下の過料」では、現在の貨幣価値に鑑み不正があった場合の制裁として十分な効果は認められない。個人情報法の保護を徹底するのであれば、事前規制ではなく、むしろ事後規制として大幅に制裁を強化する必要があることも検討すべきである。
別紙 戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができる場合の例
1 第1の1(1)ア 前段
  • d 債権者が、債務者の詐害行為を立証するため、債務者と財産の贈与を受けた者とが親族関係にあるかどうかを確認する場合
  • e 結婚詐欺を理由とする損害賠償責任を追及しようとする者が、相手方が当初から自分と婚姻する意思がなかったことを立証するため、当該相手方が婚姻中であったかどうかを確認する場合
【意見】
 いずれも「権利又は権限を行使するために必要がある場合」に該当すると考える。
【理由】
  • ア dについて
    要綱中間試案補足説明によれば、第1の1(1)ア前段d及びeについて意見が分かれたようである。まず、dについてであるが、詐害行為取消訴訟において、債務者の行為が詐害行為に該当するかどうかを直接証明する証拠が存在する事例はまれであり、間接証拠の積み重ねにより立証せざるを得ない。
    そして、債務者と受益者又は転得者との身分関係は、重要な間接事実の一であるし、仮に戸籍等の調査によって、
    • (1)債務者が唯一の資産である自宅(土地建物)を売却した相手方は、債務者の女婿であった。
    • (2)女婿は20代前半の青年であり、自宅(土地建物)を購入する資力がある状況にはなかった。
    • (3)女婿の親族で生存する者は母親だけであった。
    • (4)その母親は高齢で、民間の安いアパートに居住していた。
    • (5)自宅(土地建物)の所有権移転登記が経由された日は、女婿が債務者の長女と婚姻して僅か1か月後であった

      といった事実が判明したら、弁護士はこれらを訴訟で主張立証し、詐害の意思の推認に役立てるはずであるし、裁判所としても、重要な間接事実と位置づけるであろう。もしdにおいて、戸籍の謄抄本の入手ができなければ、債権者としては、断片的に判明した事実をもとに、可能性のある事実を主張し、求釈明、送付嘱託、文書提出命令等を通じて、いわば手探りで詐害意思の立証に努めることになろうが、それでは迅速な裁判の実現、迅速な権利の実現は不可能である。
      詐害行為取消訴訟における間接事実の重要性、その中の身分関係の重要性、さらに身分関係の把握がさらに重要な情報(間接事実)の取得の契機となること、戸籍の謄抄本の入手が迅速な裁判に資すること等に鑑みれば、dをもって、「権利又は権限を行使するために必要がある場合」と捉えるべきである。
  • イ eについて
    結婚詐欺を理由とする損害賠償請求事件において、相手方が当初から自分と結婚する意思があったかどうかを証明する直接証拠が存在する事例はまれであり、間接証拠の積み重ねにより立証せざるをえない。そして、相手方がいかなる身分関係を有するかは、重要な間接事実を言わざるを得ない。仮に戸籍等の調査によって、
    • (1)相手方(男)は、交際開始時に婚姻しており、妻の間に子ども2人がいた。
    • (2)会話では、戸建て住宅に高齢で病気の両親と同居していると述べていたが(録音テープあり)、実際には、10年前に両親が他界していた。
    • (3)戸籍の附票から現住所が明らかとなり、そこを訪ねると古くて手狭な木造モルタルアパートがあった。
    • (4)同アパートの前には高額な外車が停まっており、それは依頼者が相手方に500万円を交付した10日後に購入されたものであった(自動車登録の調査)。しかも所有権留保がついていなかった。
      といった事実が明らかになったら、弁護士はこれらを訴訟で主張立証し、詐欺の意思(違法性、故意過失)の推認に役立てるはずであるし、裁判所としても、重要な間接事実と位置づけるであろう。dと同様、間接事実の重要性、その中の身分関係の重要性、さらに身分関係の把握がさらに重要な情報(間接事実)の取得の契機となること、戸籍の謄抄本の入手が迅速な裁判に資すること等に鑑みれば、eについても、「権利又は権限を行使するために必要がある場合」と捉えるべきである。
1第1の1(1)イ
  • b 婚姻等の身分行為をするに当たり相手方の戸籍の記載事項を確認する場合
  • c 財産的法律行為をするに当たり相手方の法律要件の存否(例えば、未成年者かどうか。誰が法定代理人か。)を確認する場合
【意見】
 いずれも「その他戸籍の記載事項を確認するにつき相当な理由がある場合」に該当すると考える。
【理由】
  • ア bについて
    要綱中間試案補足説明によれば、第1の1(1)ア後b及びcについて、意見が分かれたようであるが、bについては、相手方の年齢、独身かどうか、子の有無等は、婚姻の要件、扶養義務の存否など民法上重大な意味を有しているのであり、かかる身分行為の要件の確認の必要性が高いから、「その他戸籍の記載事項を確認するにつき相当な理由がある場合」に該当すると捉えるべきである。
  • イ cについて
    相手方が未成年者かどうかなど法律行為の要件の具備を確認して取引の安全をはかるためには、自ら戸籍の謄抄本等の交付請求する必要があるから、やはり「その他戸籍の記載事項を確認するにつき相当な理由がある場合」に該当すると捉えるべきである。
その他
【意見】
 要綱中間試案には、何ら特別の配慮がなされていないが、戸籍の謄抄本等の交付請求が認められないとの市町村長の判断に対する簡易な不服申立の制度を整備すべきである。
【理由】
 中間要綱試案においては、原則として何人でも戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができるという意味での戸籍公開の原則は維持すべきでないとされ、戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができる場合が制限されているが、いかなる場合に交付請求をすることができるかについては、中間要綱試案別紙「戸籍の謄抄本等の交付請求をすることができる場合の例」においても意見が分かれる場合があるように、必ずしも明確ではない。したがって、市町村長により交付請求をすることができないと判断された場合に、一般の行政手続上の不服申立てによらなければならないとすると、手続的に厳格に過ぎ妥当でない。したがって、より簡易迅速な不服申立の制度を整備する必要がある。
以上