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東京都消費生活条例改正に関する意見書

2006(平成18)年10月10日

東京弁護士会
会長 吉岡 桂輔

第1 意見の趣旨

 東京都消費生活対策審議会は、東京都知事より、消費者被害防止のための事業者規制のあり方について諮問を受け、平成18年7月27日、中間報告を公表した。同報告は、悪質事業者に対する迅速かつ厳正な対応を行うという観点より、(1)適合性原則の導入、(2)不招請勧誘に対する規制、(3)他の法令に情報提供義務が規定されている場合の不履行に対する規制、(4)押売行為・次々販売に対する規制の明確化、(5)合理的資料の提出と結びつけた事業者に対する立証責任の転換、(6)情報提供と公表の各要件を明確化するとともに、取締役等の氏名をも含めた情報提供をより迅速に行うための規定の創設、(7)行政処分と罰則の導入を条例改正の方向性として掲げるとともに、(8)違法利益の吐き出しについても将来的な検討課題として指摘するなど、東京都における消費者被害の発生・拡大防止に実効性ある内容が盛り込まれているものとして評価したい。
しかしながら、適合性原則の導入、不招請勧誘、情報提供義務については、 未だ不十分な点があり、上記中間報告に基づいた東京都消費生活条例改正にあたり、下記の点を加えて採用するよう求めるものである。

  1.  判断力不足に乗じるという「付け込み型」において、知識不足及び経験不足を付加すべきである。さらに、過剰与信の判断には財産のほかに収入を含めるなど、適合性原則の導入を徹底すべきである。
  2. 不招請勧誘について、オプトイン規制と同等の実効性ある方策を東京都が積極的に講じるべきである。
  3. 事業者の情報提供義務を明確に規定すべきである。
  4. 消費者被害の防止を確実にするための具体的担保として、行政処分及び罰則規定を罪刑法定主義の視点から構成要件を明確にしたうえで、本改正にて導入すべきである。仮に抜本的改正まで本改正にて行えない場合には、特に悪質な行為や書面不交付等の形式犯など客観的に捉えやすい行為に限ってでも罰則を導入すべきである。

第2 意見の理由

  1. 適合性原則の導入にあたっては、「付け込み型」についても「判断力不足に乗じる」ことだけでなく、判断力があっても、知識不足や経験不足のために、正しい判断ができない場合があることから、「知識」や「経験」なども加えるべきである。また、過剰与信を考えれば、財産のほかに「収入」を含むべきであり、また、当該消費者の生活に不適合な商品の勧誘などを考えれば、消費者の具体的な「年齢・生活状況等」をも、判断の指標に含めるべきである。
  2. 不招請勧誘についても、不適正取引行為として規制する内容がオプトアウト規制(事前の勧誘拒否を表明した消費者に勧誘してはならないという規制)であっても、不招請勧誘が消費者被害の温床となっていることからすると、オプトイン規制(消費者による事前の要請または同意がない限り、勧誘してはならないという規制)に近い運用となるような方策を講じることが期待される。たとえば、「訪問販売お断り」という趣旨のステッカーを玄関に貼っている消費者は、訪問販売を拒絶していると推定する旨、逐条解説に規定するなどして、事実上、オプトイン規制としてはたらくような方策を講じるべきであり、あわせて、都は、そのようなステッカーを都民に対して無料で頒布するなどして、その普及を図るべきである。また、電話勧誘販売については、NTTなど予め消費者が契約している通信事業者との契約において、通話が開始する前に「勧誘お断り」のメッセージが流れるようなサービスを利用することにより、訪問販売における上記ステッカーと同様の役割を果たせると考えられる。都は、NTTなど通信事業者に対し、上記のようなサービスの開発を働きかけるべきである。
  3. 情報提供義務については、消費者と事業者の情報力格差から生じる消費者被害の救済・防止のために消費者契約法が立法されたこと、その後に改正された消費者基本法5条1項2号が「消費者に対し必要な情報を明確かつ平易に提供すること」を事業者の責務として規定していることからも、他の法令に情報提供義務の規定がある場合の不履行に対する規制だけでなく、事業者の責務として一条項設け、明確に規定すべきである。
  4. ところで、中間報告は、規制強化の具体的担保として、行政処分と罰則の導入を掲げている。現行条例は、指導、勧告、勧告に従わない場合の公表にとどまっており、悪質巧妙化する事業者への牽制効果としては不十分である。

    かかる事態に対応するには、実効性を確保すべく、中間報告が指摘するとおり、行政処分、具体的には「改善命令」と、業務を停止させなければ違反行為が改善されないと判断される場合または上記改善命令に従わない場合について「業務停止命令」を導入すべきである。

    また、東京都が勧告した事業者の禁止行為のうち、6割が不実告知、重要事項不告知、威迫困惑で占められていること、悪質業者の手口が、「業法犯から刑法犯へ」と悪質化の様相を見せていること、行政指導後も改善が見られない事業者が増加するとともに、都の調査に応じない事業者、社名を変えて悪質行為を繰り返す事業者等が出現していることなどからしても、規制強化の実効性を担保するためには、罰則の導入が必要不可欠である。

    なお、行政処分と罰則の導入については、法律と条例の関係に配慮する必要があるが、特定商取引法において、通信販売、電話勧誘販売取引につき、都知事に規制権限が与えられていないのは、通常、事業者の行為が複数の都道府県にまたがることが予測されるためであり、上記取引につき知事の権限を一切認めない趣旨ではないと考えられる。全国的な被害の広がりは見せていないものの、東京都において多数の被害が出ているような場合には、東京都が率先して取り締まる必要性があり、特定商取引法は、全国一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、各自治体において、その地方の実情に応じた別段の規制を容認する趣旨と解される。

    罰則の導入にあたっては、罪刑法定主義の観点から、構成要件の明確性が要求される。この点、現行条例の25条、施行規則6条ないし12条の規定は、これまでの条例制定の経緯や、裁量により柔軟な行政指導を可能とするため民事法的な記載となっていることから、現行の規定を生かしたうえで罰則を設けることには問題があると言わざるを得ない。

    したがって、現行の不適正取引行為の規定については、罰則による規制に耐えうるよう抜本的に書き換えることが望ましい。本改正においてできる限り抜本的な改正を行うべきであるが、時間的制約により抜本的改正が無理である場合は、特に悪質な行為や、書面不交付等の形式犯など客観的に捉えやすい行為に限って罰則を導入することを検討すべきである。

以上のとおり、当会は、東京都消費生活条例が、消費者被害の発生・拡大防止に真に実効性あるものに改正されるよう、強く要望するものである。

以上