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共謀罪新設に対する意見書

2003(平成15)年7月7日
東京弁護士会
会長 田中敏夫

第1 意見の趣旨
    当会は、第156回国会に提出されている「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」第2条(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正)のうち、「組織的な犯罪の共謀」の新設に強く反対する。

第2 意見の理由
1 はじめに
    第156回国会に提出されている「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」第2条は、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(いわゆる組織犯罪処罰法)第6条の次に、第6条の2として、死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている犯罪について、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者を5年以下の懲役又は禁錮の刑に処するものとし、長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている犯罪について、同様に共謀した者を2年以下の懲役又は禁錮の刑に処する(以下「共謀罪」という)と定めている。
既に、日本弁護士連合会は、共謀罪に反対する意見書を執行しているが、当会としても、以下に述べる理由により、その新設に反対する。

2 国連「越境組織犯罪防止条約」の適用範囲を逸脱している。
    共謀罪は、国連「越境組織犯罪防止条約」5条を国内法化するための規定であるが、同条約3条は、条約の適用範囲として、「性質上越境的であり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と規定している。
ところが、共謀罪については、上記の「性質上越境的なもの」との要件は全く規定されておらず、すべての純粋な国内犯罪に適用が可能な一般的規定となっている。
また、共謀罪の構成要件は、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者」とされているが、条約で規定されている「金銭的、物質的な利益を得る目的」「重大犯罪や条約に規定された犯罪を行うことを目的として、協力して行動する」ものであるという限定が全くない。
共謀罪の要件とされているのは、「団体性」と「組織性」だけである。これだけでは、合法的な労働団体や市民団体の行為が対象となる可能性があり、条約が「組織的な犯罪集団」について要求している「金銭的、物質的な利益を得る目的」が共謀罪では要求されていないため、政治的・宗教的目的の行為などが規制対象から除外されず、共謀罪の適用範囲は団体性のある共犯事件のすべてに拡大してしまう危険性がある。
したがって、共謀罪は、国連「越境組織犯罪防止条約」が要求する範囲を完全に逸脱し、極めて広い範囲の処罰を可能とするものであり、我が国において、このように広範な共謀罪処罰を必要とする立法事実もないことに照らせば、(法務省も我が国に立法事実が存しないことは認めている)、このような共謀罪の新設は到底認められるものではない。

3 単なる「共謀」だけで犯罪の成立を認めることは刑法の人権保障的機能を失わせる。
  
(1) 共謀罪は、共謀に基づいて犯罪が実行されることを犯罪の成立要件としていない。
我が国においては、判例理論によって「共謀共同正犯」理論がとられ、共謀をした者の一部が犯罪の実行に着手した場合、他の共謀者にも犯罪が成立するとされている。ところが、共謀罪は、それを一歩進めて、共謀した者が犯罪の実行に着手する前の共謀それ自体で犯罪が成立するというのである。
これは、刑法の共犯規定の基本原則である共犯従属性説を根本的に改めるものであり、いわば刑法典を全面的に改定するに等しいものである。
このように刑法の根幹にかかわる大改正を、刑法改正ではなく、組織犯罪処罰法という特別法の改正という方法で行うことは到底許されるものではなく、立法技術としても極めて姑息なやり方であると言わなければならない。
(2) また、世界的にみても、共謀罪を有している国において犯罪の合意だけで犯罪の成立を認めている立法例は少なく、その多くが何らかの「顕示行為」(overed act)を犯罪の成立要件としている。すなわち、合意成立後の打ち合わせや、電話での連絡、犯行手段や逃走手段の準備等の行為が、共謀罪の成立要件とされているのである。
例えば、アメリカ模範刑法典(5.03条5項)は、「合意の目的を達するための顕示行為が自己または他の合意者によって行われたことの立証」が必要と規定している。
国連「越境組織犯罪防止条約」条約5条1項(a)(i)も、「国内法により、必要とされるときは、そのような合意であって、その参加者の一人による当該合意を促進する行為を伴いまたは組織的な犯罪集団が関与するもの」という要件を付け加えることを認めている。
(3) 共謀罪の制定そのものに大きな問題があるが、顕示行為を犯罪成立要件とすることなく、合意の成立だけで犯罪の成立を認める共謀罪は、犯罪成立要件が著しく不明確で、刑法の人権保障機能を破壊するものである。
以上