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公益通報者保護制度に対する意見書

2003(平成15)年9月24日
東京弁護士会
会長 田中敏夫

はじめに
 公益通報者保護制度は、近時の企業不祥事が事業者内部からの通報によって明らかになったこと等を背景に、事業者の不正行為や違法行為から公益、消費者利益を擁護するため、公益的通報を行った者が通報を行ったことを理由として不利益を受けることのないよう保護するために設けられるもので、諸外国でも同様の制度が機能していることからも、その必要性については首肯できるところである。
しかしながら、国民生活審議会の最終報告で構想されている「公益通報者保護制度」は以下のとおり、保護の対象となる通報内容、通報者の範囲が極めて限定的であること、外部への通報に関しては保護される要件が厳格すぎて、実質的に事業者内部への通報が原則化していること、さらに保護の効果も限定的なものに止まっていることから、この制度が実現したとしても果たして実効性があるのか危ぶまれる内容となっている。
今までこのような制度がなかったところに新たに設けられるのであるから不十分なものでも一歩前進であるとの考えもあろうが、きわめて限られた公益通報者だけを保護する制度を作ることによって、その要件に該当しない公益通報者は保護されないとの反対解釈が行われるようになれば、これまでは一般法理で保護されてきた公益通報者がかえって保護されない結果となるのではないかと強く危惧される。
本制度の立法化に当たっては、この制度を設ける趣旨が、公益、消費者利益の擁護にあることを念頭に置き、そのために公益、消費者利益に関する通報が出来る限り行われやすくする制度にすることを志向すべきである。そのためには公益、消費者利益の擁護のために通報する者を保護する要件を弊害が出ない限度でできるだけ緩和しなければならない。その意味で最終報告で構想されている「公益通報者保護制度」は通報者が保護される要件が厳格に過ぎる。次項以下で述べるように、公益通報者保護制度を実効性あらしめるためには、最終報告で構想されている制度より、保護される公益通報の内容、保護されるべき通報者の範囲を広げ、保護による効果を拡大し、さらに公益のために事業者外部へ通報を行った者が内部への通報者と同等に保護されるべきことが不可欠である。
また立法化にあたっては、・本制度の新設により従来保護されていた公益通報者の保護を奪うような反対解釈は許されないこと、・今回は当面の検討事項として「消費者利益の擁護」を対象としているが、今後広範な領域での公益通報者保護が図られなくてはならないことを明示すべきである。

第1 立法目的から見たあるべき公益通報者保護制度
  1. そもそも、最終報告では、公益通報者保護制度の目的・必要性を指摘している部分では、「今日、これら消費者利益等に関する法令違反の是正のための通報は、正当な行為として評価されるべきと考えられる。」
    「公益のために通報を行った場合に、どのような内容の通報をどこに行えば解雇等の不利益な取扱いから保護されるのかは必ずしも明確でないのが現状である。」(平成15年5月国民生活審議会消費者政策部会「21世紀型の消費者政策の在り方について」46頁(2))
    「事業者による法令遵守を確保して消費者利益の擁護等を図っていくためには、公益のために通報を行ったことを理由として労働者が解雇等の不利益な取扱いを受けることのないよう通報者保護に関する制度的なルールを明確化し、通報の結果に対する予見可能性を高めていくことが必要と考えられる。
    このような通報者保護に関する制度的なルールの明確化は、事業者のコンプライアンス(法令遵守)経営や消費者への情報提供を通じ、消費者被害の未然防止・拡大防止等に資するほか、法令違反に対する行政の監視機能を補完する仕組みとしても効果を発揮することが期待される。」(47頁(4))等と説明されている。
  2. このような説明からも導かれるように、「公益通報者保護制度」は、消費者被害等(人の健康・安全・財産に対する侵害ないし危険及び環境に対する悪影響等を含む)の未然防止・拡大防止等に資することを目的とし、「公益のために通報を行ったことを理由として労働者が解雇等の不利益な取扱いを受けることのないよう通報者保護に関する制度的なルールを明確化し、通報の結果に対する予見可能性を高めていくこと」の実効性を担保できるような制度を目指すべきである。
    すなわち、事業者内部において、消費者利益等を侵害する行為が行われ、または、行われようとしている場合、かかる事態は、消費者・市民には直接知りえないのであるから、その情報に接している者によって、当該情報が積極的に通報されることを確保し、かかる情報発信によって、消費者利益等を侵害する事態を未然に防止し、あるいは、その被害拡大を防止することが必要であり、「公益通報者保護制度」はそのための制度なのである。
    従って、事業者内部からの消費者利益等を害する違法行為に関する情報提供、情報発信が、現在の状況よりも、できる限り、より容易かつ迅速になされることを促すような制度設計が必要である。 現状においては、ほとんどの内部情報の通報が匿名で行われていること、公明正大に自らの氏名を明らかにして公表した場合には、解雇あるいは取引先等からの取引打切り等によって実際上廃業に追い込まれる危険があること等、内部からの公益のための通報が現実には非常に困難な状況であると考えられることを踏まえれば、公益通報者の保護を考え得る限り厚くする制度としなければ、法制度を新たに立案する意味はないといえる。
  3. 以上のような立法目的を踏まえれば、あらゆる消費者利益を違法に侵害する行為に関する通報が保護の対象とされるべきであり、通報の真実相当性(通報の内容が真実又は真実であると信じるに足る相当の理由があること)が担保されている限り、何人が通報者であろうと、また通報先の如何に関わらず、通報者はあらゆる不利益取扱いから保護されるべきことが本来あるべき制度というべきである。

第2 通報の範囲について
  1. 最終報告の見解
    (1) 最終報告では「保護される通報の範囲」について、結論として「消費者利益の侵害、人の健康・安全への危険、環境への悪影響に関する規制違反や刑法犯などの法令違反とすることが考えられる。」と報告している(報告書50頁(3))。
    (2) また、保護される「通報の範囲」をどのように考えるかについては、部会でも様々な議論がなされた様子であり、上記結論とともに、 「人の生命又は身体への危害は極めて重大な問題であり、これら危害のおそれがある場合には、被害の未然防止・拡大防止の観点から、法令違反の有無を問わず通報の対象に含めることとすべき」、「広く消費者利益の擁護等を図る観点から、人の生命又は身体への危害に限らず財産への侵害についても、侵害の事実又はそのおそれがある場合には、通報の対象に含めることとすべき」との意見が併せて挙げられている。
    (3) このような最終報告の内容から、通報の範囲に関しては、・保護されるべき消費者利益等の内容として、人の健康・安全、環境のほか、人の財産を含めるか否か、・法令違反を、規制法違反、刑法犯などに限定するか否か、が論点となっていると考えられる。
  2. 立法にあたり保護されるべき通報内容の範囲
    (1) 「消費者利益等」の内容(保護されるべき通報の対象)
    前記第1で述べた立法目的からすれば、「消費者利益等」については出来る限り広く解すべきであり、人の健康・安全、環境だけではなく、財産をも含めるべきである。今日消費生活センターなどの公的な相談・苦情機関に寄せられる相談・苦情案件の圧倒的多数が取引トラブルであることからしても、消費者の財産に対する侵害行為が大きな問題であることがわかる。かかる事業者・消費者間の最大の紛争類型を除外して「消費者利益等」を論ずることはできない。消費者の財産に関しても、「消費者利益等」として、明確に位置付けるべきである。
    (2) 法令違反の意味
    消費者利益等の確保を目的とした公益通報制度を十分に機能させるためには、消費者利益等の侵害行為が「規制法違反、あるいは、刑法犯に該当する」場合に限定すべきではなく、当該侵害事実が、「違法に」消費者利益等を害するものと評価できる場合を広く含むものとすべきである。
    このような消費者利益等の「違法な侵害行為」は、事業者の営業の自由等の法的利益によっても保護されることがあり得ないものであるから、かかる事実の通報について、事業者の正当な利益保護に配慮する必要性はない。
    また、規制法違反、刑法犯等のみを保護されるべき通報対象としての「法令違反」とする場合には、制度として、通報対象となる規制法、刑法犯等を限定する必要があるが、かかる限定は極めて困難であるほか、内部通報を行おうとする者に、そのような限定された「法令違反」か否かの判断というハードルを課すことは、本来、期待されるべき情報発信を萎縮させる可能性があり、妥当でない。
    なお、最終報告では、「通報者が通報時に法令違反であると信じるに足りる相当の理由があった場合には、通報者の保護がなされるよう配慮すべきと考えられる。」として、「法令違反」を規制法違反、刑法犯等に限定した場合の手当てを指摘している。しかし、この場合でも、通報者は、特定の規制法違反等であると信じることが要求されることとなるから、結局、消費者利益等に対する侵害ないしそのおそれという事実と、当該事実が、限定された「法令」に違反するか否かの判断を求めることとなる点で、上記のとおり妥当ではない。
    以上、立法化にあたっては「法令違反」の意味として、規制法規、刑法違反のみならず、民法上の不法行為が成立するような「民事違法」も含まれるものであることを明確化するか、あるいは「法令違反」の要件を「消費者利益等(これも財産を含む趣旨を明確化する必要がある)に対する違法な侵害行為あるいはそのおそれのある事態」とすべきである。

第3 保護される通報者の範囲について
  1. 最終報告は、保護される通報者の範囲について、「事業者に雇用されている労働者」に限定し、「元労働者、派遣労働者等」については、更に検討する必要があるとするに止める。
    しかし、最近の内部通報による企業の不祥事の発覚の事例などからすれば、上記報告の範囲は狭きに失する。
    前記第1で述べたとおり、立法趣旨からいえば、内部情報に接しうる者はその立場を問わず、何人も保護されて然るべきであるから本来は保護されるべき通報者を限定すべきではない。
    仮に最終報告のようにその範囲を限定する立場に立つとしても、これまでに生じた実際のケースをもとに、保護から外れる立場の者が出ることがないように十分配慮しなければならない。以下そのような観点から検討を行う。
  2. まず、事業者に雇用されている労働者(当然パート労働者も含む)だけでなく、更に、元労働者、役員もその対象とすべきである。
    事業者内部の情報に接するという点では、現労働者も元労働者も同じであり、また役員も同様な立場にある。特に職場を辞して内部通報を行うことが多く見られる実情からして、元労働者を対象外としては、公益通報者保護制度の目的は達成できない。
  3. 次に、契約社員、派遣社員、下請・協力事業者など、当該事業者の指揮監督に服し、実質的に従業員と同様の立場の者も対象とされなければならない。
    これらの者も事業者から不利益な取扱いを受ける弱い立場であることは事業者の従業員と全く同じであり、これらを対象外した場合、保護の対象となる通報者の範囲が著しく狭くなってしまう。
    また、元契約社員や元派遣社員、元下請・協力事業者なども、「元従業員」が含まれるべきであるのと同様の理由から保護の対象とされるべきである。
  4. 更に、事業者との取引等によって対象となる情報を知った者も対象とされるべきである。
    これらの者も事業者に対して従属的な地位にあることが多く、保護の必要性が非常に高いからである。

第4 保護の内容について
  1. 最終報告では、保護の内容として、解雇の無効及び不利益取扱いの禁止のみが挙げられている。しかし、これでは保護の内容としてはあまりに不十分である。上記1のとおり、保護される通報者の範囲も拡充されるべきでありそれに伴って保護の内容も広げられるべきである。
    そして、具体的な保護内容は、上記1の保護される通報者毎に以下のとおり定められる必要がある。
  2. まず、事業者に雇用されている労働者については、通報を理由とした解雇の無効のほか、懲戒、昇進その他の雇用条件等に関する一切の不利益的取扱いをしないことまでが保証されなければならない。
    そして更に、通報を理由として事業者から刑事責任や民事上の損害賠償責任を追及されるおそれがあるので、刑事責任・民事責任を負わないようにする必要がある。
  3. 次に、元労働者や役員については、通報を理由とした一切の法律上・事実上の不利益な取扱いは許されない。従って、元労働者については、退職金の支給や企業年金等について不利益な取扱いが禁止される。
    また、刑事上・民事上の責任を負わないことは2と同様である。
  4. 契約社員、派遣社員、下請・協力事業者等については、通報を理由として、契約社員との委託契約、派遣事業者との派遣契約、下請・協力事業者との請負契約等を事業者が解除することを無効とする必要がある。
    更に、当該事業者だけでなく、通報者と労働契約を締結している派遣事業者や下請・協力事業者による解雇や不利益取扱いも禁止されなければならない。
    刑事上・民事上の責任を負わないことは2と同様である。
  5. 元契約社員、元派遣社員、元下請・協力事業者等も、通報を理由として刑事上・民事上の責任を負わないことは2と同様である。
  6. 事業者との取引等によって対象となる情報を知った者については、通報を理由とする取引等の契約解除は無効とすべきである。
    刑事上・民事上の責任を負わないことは2と同様である。
  7. なお、通報者が、法律上または契約上守秘義務を負う場合であっても、その通報は保護されるべきである(但し、弁護士・公認会計士・税理士・医師・薬剤師・公証人等一定の職業に就く者が職務上知り得た秘密に関しては除く)。これらについて刑事上・民事上責任を問われるとすると公益通報が抑制されることは明らかであるから、刑事上・民事上免責される旨が明記されるべきである。
  8. 更に、以上の保護内容を実効性あるものとするために、通報者に対して上記保護に反する扱いをした事業者に対して罰則を科すなど何らかの制裁制度が設けられる必要がある。また英国の雇用審判所のような簡便に救済の得られる手続きも検討されるべきである。

第5 通報先による保護要件について
  1. 最終報告は、事業者内部への通報と、事業者外部への通報とを区別して保護要件を定立しようとしているが、このこと自体は、事業者の正当な利益を保護するに不可欠の限度では、不相当であるとまでは断じがたいであろう。
    前記第1で述べたように、事業者外部への通報に関しては真実相当性のみを要件として過重すれば足りると考える。保護されるべき通報の範囲を前述のとおり消費者利益等の違法な侵害ないしそのおそれのある事態と限定し、かつ事業者外部への通報については真実相当性を要求することとすれば、安易な外部通報による事業者の利益侵害は十分防止できるはずである。
    この点で、最終報告が「事業者内部に通報すれば不利益な取扱いを受ける恐れがある場合」等の要件を充たした場合に限って事業者外部への通報を保護すべきものとしているのは、事業者内部への通報を原則とし、あるいは、事業者内部への通報を前置すべきものとする趣旨を含むものであると考えられ、相当でない。
    事業者内部への通報を前置すべきものとすることは、事業者が、事業者から独立し、第三者的立場で通報を受理しうる内部通報受理機関を組織し、かつその趣旨が被用者に十分理解され、強い信頼が得られていればともかく、そのような状況にない現状においては、いかに通報者の保護を定めても、通報を不当に萎縮させることになることは明らかである。
    また、事業者内部への通報を原則とすれば、不祥事の発覚を恐れる事業者によって情報が秘匿されるなどして制度の実効性が担保されない可能性があるのであって、公益通報者保護制度を設ける趣旨が、公益に関する事業者の内部情報の提供によって、広く国民の生命、身体及び財産への違法な侵害行為を未然に防止し、あるいは被害の拡大を防止しようとすることにあるとすれば、公益に関する通報が事業者外部に提供されてこそ制度趣旨がよりよく全うされるとも考えられる。内部通報を原則とすることは、これと相容れないものであり、事業者外部への公益通報も原則として保護されるべきものとして制度の立法化を図るべきである。
  2. そして、最終報告のように事業者外部への通報について内部通報と異なった要件を定立する場合であっても、前述したように、その要件は内部通報の場合に比して、故なく厳格にすべきではない。
    行政機関及びその他の事業者外部への通報にあたって、最終報告が「誠実性」、「真実相当性」を要求することはともかく、行政機関以外の通報先への通報にあたって、
    (a)事業者内部又は行政機関に通報すれば事業者から不利益を受けると信じるに足りる相当理由がある場合
    (b)事業者内部に通報すれば証拠隠滅などのおそれがあると信じるに足りる相当な理由がある場合 
    (c)通報後相当期間経過しても適当な措置がない場合
    (d)通報対象の事業者の行為により人の生命・身体に危害が発生し、又は発生する急迫の危険がある場合及び「通報先の相当性」を要件としていることは相当ではない。
    (a)ないし(c)は、内部通報ないし行政機関への通報の前置を求めるものであって、上記の通り、要件として相当でない。
    (d)は、このような事情があれば当然外部通報を認めるべきであって、あえてかかる要件を定めれば、急迫の危険がない場合には外部通報ができないかのような誤った解釈を招き、通報を不当に萎縮させることになる。
    (a)、(b)及び「通報先の相当性」を求めることも、不当な萎縮効果を招来する。
  3. 以上のとおり、行政機関以外の外部通報について、最終報告のような要件を定めることは、内部通報を原則的形態として予定し、あるいは内部通報の前置を求めることに他ならず、基本的に相当でない。
    内部通報と外部通報で要件に差異を設けることに一定の合理性があるとしても、「真実相当性」で足りるというべきである(この他に「通報先」の要件として、「通報先として相当であると考える合理的理由」を要求する程度が最大限であろう)。
    万一、立法化に当たり、行政機関以外への外部通報について(a)ないし(d)の要件を要求するとの最終報告の結論が維持される場合にも、これを積極的な保護要件とすれば、通報を不当に萎縮させることになることは明らかであるから、最低限(a)ないし(d)については、これを消極的な不保護要件とでもいうべきものにする必要がある。すなわちこれらについての立証責任を転換し、「不利益な取扱いを受けると信じる合理的理由がないこと」、「証拠の隠滅等のおそれがあると信じる合理的理由がないこと」等を、事業者が立証しなければならない「保護から除外される要件」とするべきである。