「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」の改正を求める意見書
2004年(平成16年)6月7日
厚生労働省
大臣 坂口 力 殿
男女雇用機会均等政策研究会
座長 奥山 明良 殿
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」の改正を求める意見書
東京弁護士会
会長 岩井 重一
はじめに
1 厚生労働省は、2002年11月に男女雇用機会均等政策研究会を設置し、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)の改正に関する検討を行っており、貴研究会は近く均等法改正に関する意見をまとめるとのことである。
2 1986年に均等法が施行され、1999年に改正均等法が施行されたが、この間、女性に対する差別の改善はほとんど進んでいないと言っても過言ではない。すなわち、男性の賃金に対する女性の賃金の割合は、パート労働者等の非正規雇用労働者以外の一般労働者についてみても、1990年に60.2%であったのに対し、2003年でも66.8%にとどまっている(厚生労働省「平成15年賃金構造基本統計調査」による)。さらに、近年、パート労働者や派遣労働者等の非正規雇用労働者が、女性労働者の過半数を占めており(厚生労働省「平成14年版働く女性の実情」)、男女間の賃金格差はむしろ拡大しているともいえる。
また、産前産後休業は労働基準法により権利として取得が認められているものの、実際に取得することにより職場で不利益な取扱いを受けることも少なくないのが実情である。
3 以上のような実情をふまえ、事項を絞って均等法改正に関する当会の意見を述べるので、貴研究会の報告に組み入れるよう要望する。
第1 間接差別について
1 意見
総則に、女性に対する差別的取扱いには直接差別だけでなく間接差別も含まれる旨、明記すべきである。
2 理由
(1)現状
現実の社会においては、外見上は中立的な規定、基準又は慣行が、女性に不利益をもたらす結果となる場合(いわゆる、間接差別)が存在する。
たとえば、(1)均等法制定後,大企業中心に、基幹的業務と定型的業務等の業務内容で雇用管理を分けるコース別人事制度が導入され,昇進、賃金等の処遇においてコースによって著しい格差が設けられていることが少なくない。しかしながら、多くの場合に将来の「転勤の有無」がコースの区分けの基準の一つとされているため、事実上家庭責任の重い女性労働者は転勤に応じられず、昇進・賃金等で不利なコースを選ばざるをえない結果となっている。また、(2)パート労働者等の非正規雇用労働者の多くは女性であるところ、非正規雇用労働者の報酬水準は全体として低いのが現状である。非正規雇用労働者は、正規雇用労働者と類似又は同一の業務を行っている場合も多く,しかも報酬額が、実際に行っている職務の内容に基づいて定められていない、すなわち、同一価値労働同一賃金の原則が守られていないと言うべきである。さらに、(3)家族手当等の手当の支給や社宅への入居等の福利厚生において、「世帯主」又は「主たる生計の維持者」であることを要件と定めている企業が散見される。しかしながら、実際に女性がかかる基準に該当することは少なく、女性が不利益を被る結果となっている。
(2)裁判の動向
三陽物産女性差別賃金事件判決(東京地裁1994年6月16日)は、基本給のうちの年齢に応じて支給される本人給について、非世帯主及び勤務地域限定の者に実年齢に応じた本人給を支給せず、それより低額の25歳又は26歳相当の本人給で据え置く旨の規定について、「被告は、住民票上、女子の大多数が非世帯主又は独身の世帯主に該当するという社会的現実及び被告の従業員構成を認識しながら、世帯主・非世帯主の基準の適用の結果生じる効果が女子従業員に一方的に著しい不利益になることを容認して右基準を制定したものと推認することができ、本人給が25歳又は26歳相当の本人給に据え置かれる女子従業員に対し、女子であることを理由に賃金を差別したものというべきである」と判示し、また、阪神・淡路大震災事件判決(大阪高裁2002年7月3日)は、阪神・淡路大震災の被災女性が結婚によって世帯主でなくなった場合に、被災者に対する自立支援支給金の支給等を行う財団法人が被災者が世帯主でないことのみを理由として支援金の支給を行わないとすることは、合理性のない世帯間差別及び男女間差別にあたり、このような支給要件は公序良俗に違反し無効であると判示して、間接差別が実質的に許されないことを明らかにしている。
(3)国際的潮流
女性差別撤廃条約の実施状況について日本政府の第4回・第5回リポートを審議した国連の女性差別撤廃委員会は、2003年7月18日、「国内法に差別の明確な定義が含まれていないことに懸念を表明する」「条約の第1条に沿った、直接及び間接差別を含む、女性に対する差別の定義が国内法に取り込まれることを勧告する」とコメントしており、より具体的には、「主に職種の違いやコース別雇用管理制度に表れるような水平的・垂直的な雇用分離から生じている男女間の賃金格差の存在に懸念を有する。」「パートタイム労働者や派遣労働者に占める女性の割合が高く、彼らの賃金が一般労働者より低いことに懸念を有する」としている。
また、ILO条約勧告適用専門家委員会は、2003年6月、日本政府に対し、「専門家グループが、男女の賃金水準に及ぼす間接差別の影響を考慮するよう希望し、また作業委員会の成果や結論に関する情報が提供されることを期待している」とコメントしており、貴研究会における「間接差別」の考慮が求められている。
憲法は、日本が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを定めているところ(98条)、「間接差別の禁止」は、日本が締結した女性差別撤廃条約に定められているのであるから、これを直ちに国内法規において実現すべきである。
なお、諸外国の多くは、間接差別を禁止する旨法定する等して、差別禁止の実効性を高めている。
(4)結論
以上のとおり、女性労働者は、現実に、間接差別により大きな不利益を被っており、その不当性は、司法判断によっても明らかとなっている。また、間接差別を法律において明確に禁止することが国際的潮流であり、日本にはその義務がある。
よって、男女平等を真に実現すべく、均等法に女性に対する差別的取扱いには直接差別だけでなく間接差別も含まれる旨明記すべきである。
第2 出産等に基づく不利益取扱いの禁止について
1 意見
女性労働者が婚姻し、妊娠し、出産し、又は産休を取得したことを理由として不利益取扱いをしてはならない旨明記すべきである。
2 理由
現行法においては、均等法第8条第2項及び第3項において、女性労働者が婚姻し、妊娠し、出産し又は産休を取得したこと(以下かかる事由をまとめて「出産等」という。)を理由として解雇してはならないなど、専ら解雇の場面でのみ出産等に基づく不利益取り扱いを禁止している。
しかし、実際上、出産等を理由として雇止めや昇給差別など解雇以外の不利益取扱いがなされた例はあとを絶たない。裁判例では、雇止め(正光会宇和島病院事件・松山地裁宇和島支部2001年12月18日判決)、昇給差別(日本シェーリング事件・最高裁1989年12月14日判決)などの例がある。また、東京弁護士会が行った「産休育休110番」の電話相談においても、会社に産休と育休の相談をしたところ、「産休は事例がない。育休はない。」と言われ、遠まわしに辞めてほしいと言われたなどの相談が寄せられた。
かかる不利益取扱いが放置されるならば、女性は仕事か出産かを択一的に選択せざるを得ない状況が今後も継続してしまうこととなる。男性はかかる選択を迫られる場面がないことからすれば、かかる不利益取扱いは、女性であることを理由とする差別そのものである。さらに、かかる不利益取扱いを回避するために出産を断念する女性が多数存在するから、出産等を理由とする不利益取扱いの放置は少子化をさらに助長させるものであり、緊急に是正されるべき問題であることからすれば、かかる不利益取扱い禁止を法定することは急務である。現行法下でも、育児休業については、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」第10条において、育児休業の申し出又は取得を理由とする解雇以外の不利益扱いについても明文で禁止している。育児休業の前提となる妊娠・出産・産休について法律上明確に同等以上の定めを置かないのは、バランスを欠く。
したがって、均等法上、解雇以外の場面(均等法第6条及び第7条の場面)においても、出産等に基づく不利益取扱いを禁止する旨明確に定めるべきである。
以上
厚生労働省
大臣 坂口 力 殿
男女雇用機会均等政策研究会
座長 奥山 明良 殿
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」の改正を求める意見書
東京弁護士会
会長 岩井 重一
はじめに
1 厚生労働省は、2002年11月に男女雇用機会均等政策研究会を設置し、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)の改正に関する検討を行っており、貴研究会は近く均等法改正に関する意見をまとめるとのことである。
2 1986年に均等法が施行され、1999年に改正均等法が施行されたが、この間、女性に対する差別の改善はほとんど進んでいないと言っても過言ではない。すなわち、男性の賃金に対する女性の賃金の割合は、パート労働者等の非正規雇用労働者以外の一般労働者についてみても、1990年に60.2%であったのに対し、2003年でも66.8%にとどまっている(厚生労働省「平成15年賃金構造基本統計調査」による)。さらに、近年、パート労働者や派遣労働者等の非正規雇用労働者が、女性労働者の過半数を占めており(厚生労働省「平成14年版働く女性の実情」)、男女間の賃金格差はむしろ拡大しているともいえる。
また、産前産後休業は労働基準法により権利として取得が認められているものの、実際に取得することにより職場で不利益な取扱いを受けることも少なくないのが実情である。
3 以上のような実情をふまえ、事項を絞って均等法改正に関する当会の意見を述べるので、貴研究会の報告に組み入れるよう要望する。
第1 間接差別について
1 意見
総則に、女性に対する差別的取扱いには直接差別だけでなく間接差別も含まれる旨、明記すべきである。
2 理由
(1)現状
現実の社会においては、外見上は中立的な規定、基準又は慣行が、女性に不利益をもたらす結果となる場合(いわゆる、間接差別)が存在する。
たとえば、(1)均等法制定後,大企業中心に、基幹的業務と定型的業務等の業務内容で雇用管理を分けるコース別人事制度が導入され,昇進、賃金等の処遇においてコースによって著しい格差が設けられていることが少なくない。しかしながら、多くの場合に将来の「転勤の有無」がコースの区分けの基準の一つとされているため、事実上家庭責任の重い女性労働者は転勤に応じられず、昇進・賃金等で不利なコースを選ばざるをえない結果となっている。また、(2)パート労働者等の非正規雇用労働者の多くは女性であるところ、非正規雇用労働者の報酬水準は全体として低いのが現状である。非正規雇用労働者は、正規雇用労働者と類似又は同一の業務を行っている場合も多く,しかも報酬額が、実際に行っている職務の内容に基づいて定められていない、すなわち、同一価値労働同一賃金の原則が守られていないと言うべきである。さらに、(3)家族手当等の手当の支給や社宅への入居等の福利厚生において、「世帯主」又は「主たる生計の維持者」であることを要件と定めている企業が散見される。しかしながら、実際に女性がかかる基準に該当することは少なく、女性が不利益を被る結果となっている。
(2)裁判の動向
三陽物産女性差別賃金事件判決(東京地裁1994年6月16日)は、基本給のうちの年齢に応じて支給される本人給について、非世帯主及び勤務地域限定の者に実年齢に応じた本人給を支給せず、それより低額の25歳又は26歳相当の本人給で据え置く旨の規定について、「被告は、住民票上、女子の大多数が非世帯主又は独身の世帯主に該当するという社会的現実及び被告の従業員構成を認識しながら、世帯主・非世帯主の基準の適用の結果生じる効果が女子従業員に一方的に著しい不利益になることを容認して右基準を制定したものと推認することができ、本人給が25歳又は26歳相当の本人給に据え置かれる女子従業員に対し、女子であることを理由に賃金を差別したものというべきである」と判示し、また、阪神・淡路大震災事件判決(大阪高裁2002年7月3日)は、阪神・淡路大震災の被災女性が結婚によって世帯主でなくなった場合に、被災者に対する自立支援支給金の支給等を行う財団法人が被災者が世帯主でないことのみを理由として支援金の支給を行わないとすることは、合理性のない世帯間差別及び男女間差別にあたり、このような支給要件は公序良俗に違反し無効であると判示して、間接差別が実質的に許されないことを明らかにしている。
(3)国際的潮流
女性差別撤廃条約の実施状況について日本政府の第4回・第5回リポートを審議した国連の女性差別撤廃委員会は、2003年7月18日、「国内法に差別の明確な定義が含まれていないことに懸念を表明する」「条約の第1条に沿った、直接及び間接差別を含む、女性に対する差別の定義が国内法に取り込まれることを勧告する」とコメントしており、より具体的には、「主に職種の違いやコース別雇用管理制度に表れるような水平的・垂直的な雇用分離から生じている男女間の賃金格差の存在に懸念を有する。」「パートタイム労働者や派遣労働者に占める女性の割合が高く、彼らの賃金が一般労働者より低いことに懸念を有する」としている。
また、ILO条約勧告適用専門家委員会は、2003年6月、日本政府に対し、「専門家グループが、男女の賃金水準に及ぼす間接差別の影響を考慮するよう希望し、また作業委員会の成果や結論に関する情報が提供されることを期待している」とコメントしており、貴研究会における「間接差別」の考慮が求められている。
憲法は、日本が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に遵守することを定めているところ(98条)、「間接差別の禁止」は、日本が締結した女性差別撤廃条約に定められているのであるから、これを直ちに国内法規において実現すべきである。
なお、諸外国の多くは、間接差別を禁止する旨法定する等して、差別禁止の実効性を高めている。
(4)結論
以上のとおり、女性労働者は、現実に、間接差別により大きな不利益を被っており、その不当性は、司法判断によっても明らかとなっている。また、間接差別を法律において明確に禁止することが国際的潮流であり、日本にはその義務がある。
よって、男女平等を真に実現すべく、均等法に女性に対する差別的取扱いには直接差別だけでなく間接差別も含まれる旨明記すべきである。
第2 出産等に基づく不利益取扱いの禁止について
1 意見
女性労働者が婚姻し、妊娠し、出産し、又は産休を取得したことを理由として不利益取扱いをしてはならない旨明記すべきである。
2 理由
現行法においては、均等法第8条第2項及び第3項において、女性労働者が婚姻し、妊娠し、出産し又は産休を取得したこと(以下かかる事由をまとめて「出産等」という。)を理由として解雇してはならないなど、専ら解雇の場面でのみ出産等に基づく不利益取り扱いを禁止している。
しかし、実際上、出産等を理由として雇止めや昇給差別など解雇以外の不利益取扱いがなされた例はあとを絶たない。裁判例では、雇止め(正光会宇和島病院事件・松山地裁宇和島支部2001年12月18日判決)、昇給差別(日本シェーリング事件・最高裁1989年12月14日判決)などの例がある。また、東京弁護士会が行った「産休育休110番」の電話相談においても、会社に産休と育休の相談をしたところ、「産休は事例がない。育休はない。」と言われ、遠まわしに辞めてほしいと言われたなどの相談が寄せられた。
かかる不利益取扱いが放置されるならば、女性は仕事か出産かを択一的に選択せざるを得ない状況が今後も継続してしまうこととなる。男性はかかる選択を迫られる場面がないことからすれば、かかる不利益取扱いは、女性であることを理由とする差別そのものである。さらに、かかる不利益取扱いを回避するために出産を断念する女性が多数存在するから、出産等を理由とする不利益取扱いの放置は少子化をさらに助長させるものであり、緊急に是正されるべき問題であることからすれば、かかる不利益取扱い禁止を法定することは急務である。現行法下でも、育児休業については、「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」第10条において、育児休業の申し出又は取得を理由とする解雇以外の不利益扱いについても明文で禁止している。育児休業の前提となる妊娠・出産・産休について法律上明確に同等以上の定めを置かないのは、バランスを欠く。
したがって、均等法上、解雇以外の場面(均等法第6条及び第7条の場面)においても、出産等に基づく不利益取扱いを禁止する旨明確に定めるべきである。
以上