東京弁護士会

教科書検定基準等の改定及び教科書採択に対する意見書

2015(平成27)年5月12日
東京弁護士会 会長 伊藤 茂昭

当会は、2015年5月12日開催の常議員会の審議を経て、標記意見をとりまとめました。

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第1 意見の趣旨

 2014年1月に改定された教科用図書の検定基準及び同年4月に改定された教科用図書検定審査要項は、国による教育への過度の介入であって憲法26条に反し、子どもの学習権等を侵害するおそれがあるので、国に対し、これらの改定の撤回を求める。
 あわせて、都道府県及び市区町村の首長、教育委員会、教育長に対し、公立学校における教科用図書の採択において、子どもの学習権保障のために、子どもの教育に直接当たる教師の意見を十分に尊重することを求める。

第2 意見の理由

  1. はじめに
  2. 子どもの学習権と教科書
  3. 教科書検定基準と検定審査要項改定の問題
  4. 東京都の教科書採択における問題と今後採られるべき採択の方法
  5. 結論

1 はじめに

 文部科学省は、2014年1月、教科用図書(以下「教科書」という。)の検定基準を改定するとともに、同年4月、文科省に設置された教科用図書検定調査審議会(以下「審議会」という。)は教科書検定の審議の在り方等について定める教科用図書検定審査要項を改定し、これらにより、教科書の検定の在り方についての変更がされるに至った。また、検定に合格した教科書の中から現実に各学校で使用されるものを決める教科書採択も、子どもの教育に及ぼす影響が大きいものであるが、この採択の在り方についても、昨今、問題とされてきているところである。
 以上の経緯を踏まえ、当会では、教科書が子どもの教育において重要な位置を占めることに鑑み、今回の教科書の検定基準等の改定の是非及び検定済みの教科書の採択の在り方について、憲法、子どもの権利条約等の観点から検討を加え、意見を述べるものである。

2 子どもの学習権と教科書

(1)子どもの学習権

 憲法は、「個人の尊厳」を中核的価値と位置づけ、国民一人ひとりに幸福追求権を保障するとともに(13条)、国民一人ひとりが、個人として市民として、自主的・自律的な人格を形成するよう成長し発達していく権利を有することを前提としている(13条)。この成長発達権を確保するために、国民には成長発達のための学習権が保障されており、特に成長発達の途上にある存在である子どもの学習権を具体的に充足させるべく、教育を受ける権利が保障されている(26条)。
 この点、最高裁判所も、教育を受ける権利について「国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利」(最高裁判所昭和51年5月21日大法廷判決(以下「旭川学力テスト最高裁判決」という。)と述べている。これは、憲法が、教育を受ける権利の前提として成長発達権、そのための学習権があることを示すものと言える。
 そして、子どもの権利条約においては、より明確に、子どもの「生存及び発達」が可能な最大限の範囲において確保されるべきとして(6条2項)、子どもの生存権(27条)と、成長発達のために必要な教育を受ける権利(28条)の保障を規定し、子どもに施されるべき教育の内容について、「児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力の可能な最大限度まで発達させること。」(29条1項(a))を指向すべきとしている。
 また、憲法は、思想良心の自由をはじめとする精神的自由権を個人に保障し、自律した個人が自由な議論をしあい相互理解をしながら合意を形成する立憲民主主義を採用している。立憲民主主義は、国民一人一人が自由かつ独立の人格として各自の価値観を持ち、異なる価値観を持つ他者の存在を理解し、自由に討論し合うことによって実現しうるものである。
 以上のような、憲法及び子どもの権利条約等の諸要請の下では、子どもの教育は、子どもが自主的・自律的な個人へと成長し発達していくために必要な学習をする権利(学習権)に対応するものでなければならず、学習権の充足のために教育を受ける権利が保障されているのである。
 よって、子どもの教育を受ける権利を充足させるための諸施策は、子どもが自主的・自律的な人格として成長・発達することを目的として行われるべきものということができる。

(2)教師の教育の自由

 子どもは、一人一人異なった個性を持ち、それぞれ異なった生育環境と条件のもとで成長しており、その発達のあり方や度合も様々であり、必要とされる教育内容も、子ども本人の学習要求も多様である。このような存在である子どもの学習する権利を充足させるためには、日々子どもと直接向き合っている教師によって、子どもとの人格的接触を通じた教育が求められる。教師による教育には、「教師と子どもとの間の直接的人格的接触を通じ、そのためには、個性に応じて行われなければならないという本質的要請」(旭川学力テスト最高裁判決)があるのである。
 このような子どもたちの個性に応じた教育を実現するためには、教育の専門家であり、かつ、教育現場において直接に子どもたちと人格的接触を図る個々の教師の専門性に裏付けられた判断が尊重される必要があり、教育の具体的内容及び方法につき、教師にその専門性に裏打ちされた一定の裁量が認められなければならない(教師の教育の自由(憲法23条))。

(3)教育への不当な支配

 子どもは、成長過程において他者からの影響を受けやすく、同時に可塑性をもつ存在でもある。他者からの影響の最たるものである教育は、その子どもが将来どのような大人に育つかに対して決定的な役割を果たし、子どもの人格形成に重大な影響を及ぼすものである。そのため、自律した個人としての成長を保障するための普通教育の場では、意見の分かれる問題についても、教師の教育の専門性に基づいて、議論の背景となる様々な事実や多様な見解を子どもが学ぶことができ、子どもが自分で判断する力を持てるように促す教育が実現される必要がある。
 そのためには、公権力が、子どもに一方的な見解を教え込むように教師に強制したり、正しい価値観は一つだけと誤解させるような教育を強いたりするようなことがあってはならない。
 この点、最高裁判所も、「政党政治の下で多数決原理によってされる国政上の意思決定は、さまざまな政治的要因によって左右されるものであるから、本来人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきでない教育にそのような政治的影響が深く入り込む危険がある」(旭川学力テスト最高裁判決)とする。そのうえで、同判決は、教育内容に対する時の政府の介入はできるだけ抑制的であることが要請されるとし、殊に、子どもが自由且つ独立の人格として成長することを妨げるような介入、例えば誤った知識や一方的な観念を子どもに植え付けるような内容の教育を施すことを強制することは許されないと判示している。
 このような公権力による介入を防ぎ、教師の専門性に根ざす教育の自由、ひいては子どもの学習権を保障するために、教育基本法16条は、教育への不当な支配を禁じたのである。

(4)現憲法下の教育の中での教科書の在り方

 教科書は、教科における教育の主要な教材であり、その内容は子どもの成長発達に影響を与える。しかも、我が国では、義務教育諸学校及び高等学校は文部科学大臣による検定済み教科書を使用しなければならないものとされており(学校教育法34条1項、同49条、同62条等)。このような制度のもとでは、教科書が子どもの成長発達に及ぼす影響はいっそう大きいものとなっている。
 すなわち、教育の場では、教科書は子どもの当該学年で習得すべき学習内容の基準とされるため、到達度を図るためのテストや入学試験も教科書の内容や範囲をもとに作成され、教師は教科書の記載を中心に授業を進め、子どもは教科書の内容を習得しようとする。教科書は、子どもと教師とに何度も見直され読み返されるものであり、その内容は子どもの知識の蓄積及び意見形成に大きな影響を与える。そのため教科書の内容に、意見の分かれる問題に関して一方的な見解のみが記載されているなどしてしまうと、子どもは一方的な見解のみ刷り込まれてしまう。これでは、意見が分かれていることを知ったうえで、子どもが自分で考えてみる機会を失ってしまうことになり、自主的・自律的個人への成長発達が阻害されてしまう。このように、教育において検定済み教科書の子どもと教師に与える影響が大きいところからすれば、仮に教科書への一定の検定制度の必要性が肯定されるとしても、そこにおける教科書の内容の審査は、子どもの自主的・自律的な人格形成にむけた成長発達を阻害するものであってはならない。
 また、上述のような教科書の機能からすれば、検定を経て合格とされた教科書の中から何を使用するかを決める教科書採択の段階においては、教育現場で直接子どもたちと人格的接触を図る個々の教師にこそ、その専門性に裏打ちされた裁量が尊重・確保されなければならない。

3 教科書検定基準と検定審査要項改定の問題

(1)教科書検定制度における教科書検定基準と検定審査要項

 上述のように、我が国では、国の検定で合格と判断されなければ、教育の現場で子どもに教科書としては使用させないという教科書検定制度が採用されている。
 この教科書検定は、文部科学省に設置された審議会が行うものであり(学校教育法34条3項、学校教育法施行令41条)、次のような過程である。すなわち、教科書出版社から検定の申請があると、まず文部科学省の教科書調査官(文部科学省組織規則22条)による調査がなされる。教科書調査官は、検定申請をされた図書について、合格・不合格の意見や修正すべき点についての検定意見の案を、審議会に資料として提出する。審議会は、教科書調査官の提出した資料をもとに、申請された図書について、教科書検定基準に基づき、教科書として適切かどうかを判定し、文部科学大臣に答申をする。文部科学大臣はこの答申にもとづいて教科書検定結果を申請者に通知する。検定の合格・不合格の判断は文部科学省令である教科用図書検定規則7条で文部科学大臣の権限とされているものの、判断のあり方については、審議会が定める教科用図書検定審査要項の中に「合格または不合格の判定方法」が具体的に定められている。
 このように、教科書検定基準は、教科書としての使用を認めるかどうかの判定基準を示したものであり、教科用図書検定要項は、教科書検定基準にのっとり、合格不合格をどう判定すべきかの方法を示したものであるから、これらの内容をどのように規定するかによっては、国や行政による教育への不当な介入が容易になされうる危険がある。教科書検定制度の内容によっては、教育の現場で使用される教科書によって子どもの学習権侵害が起こり得るのである。
 最高裁判所は、教科書検定について、「普通教育の場においては、児童、生徒の側にはいまだ授業の内容を批判する十分な能力は備わっていないこと、学校、教師を選択する余地も乏しく教育の機会均等等を図る必要があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、学校の如何にかかわらず全国的に一定の水準であることが要請される。また、このような児童、生徒に対する教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないことも明らかである」とした上で、「本件検定が、右の各要請を実現するために行われるものであることは、その内容から明らかであり、その審査基準である旧検定基準も、右目的のために必要かつ合理的な範囲を超えているものとは言えず、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような内容を含むものでもない」とした(1993年3月16日家永教科書第1次訴訟最高裁判決)。
 その趣旨は、現行の教科書検定制度も、子どもの学習権や教師の教育の自由への侵害をもたらすものであってはならず、教育基本法16条「不当な支配」の禁止に違反しないものでなければならないことを前提としている。そのため、検定の基準は、教育内容の正確性や中立・公正さを確保し、全国的に一定の水準を保ち、教育内容が子どもの心身の発達段階に応じたものにするなどの目的のために、必要かつ合理的なものでなければならない。さらに教育基本法16条の「不当な支配」の禁止に違反しないためには、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような内容を含まないこと、一方的な観念や見解を教え込むように強制するものではないこと等の条件を満たすものでなければならないということである。

(2)今回の教科書検定基準及び検定審査要項の改定内容

①教科書検定基準の改定
 従前、社会科(高等学校にあっては地理歴史科及び公民科)の検定基準については、「未確定な時事的事象について断定的に記述していたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げていたりするところはないこと」との記述がされていた。
 2014年1月の基準の改定としては、この記述に次の3点が付加された。
ア 特定の事柄を強調しすぎていたりするところはないこと。
イ 近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合には、通説的な見解がないことが明示されているとともに、児童又は生徒が誤解するおそれのある表現がないこと。
ウ 閣議決定その他の方法により示された政府の統一的見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること。

②教科書検定審査要項の改定
 従前は、審議会が定める教科用図書検定審査要項においては、「申請図書の審査(教科用図書検定規則7条関係)」、「3 合格又は不合格の判定方法」の(2)の規定で、以下のいずれかに該当する場合は不合格となるとされていた。
ア 検定意見相当箇所の数(検定意見において番号を付している意見をそれぞれ1と数える)が申請図書100頁あたりに換算して80を超えるとき
イ 検定基準の各観点別の検定意見相当箇所の数に申請図書100頁当たりに換算して65を超えるものがあるとき
ウ 教科用図書としての基本的な構成に重大な欠陥が見られるものや、1単元や1章全体にわたる極めて重大な欠陥が見られ、適切な修正を施すことが困難と判断されるもの
 ところが、2014年4月、審議会は、このうちのウの規定を、「教育基本法に示す教育の目標並びに学校教育法及び学習指導要領に示す目標等に照らして、教科用図書としての基本的な構成に重大な欠陥が見られるものや、1単元や1章全体にわたる極めて重大な欠陥が見られ、適切な修正を施すことが困難と判断されるもの」と変更した。従前のウの記載に下線部を加えたのである。(参照 教育基本法2条)

(3)教科書検定基準の改定の問題点

①子どもの学習権を侵害するおそれがある
 改定前の社会科の教科書検定基準は、「未確定な時事的事象について断定的に記述していたり、一面的な見解を十分な配慮なく取り上げていたりするところはないこと」として、主に正確性、中立性、公正さという観点や発達段階への配慮の観点から不適切な箇所があった場合に指摘をするための基準であった。このような基準は、その具体的運用のされ方によっては教育への「不当な支配」となり教師の教育の自由、ひいては子どもの学習権等の侵害となるおそれを有するものであったが、最高裁の示した基準に厳格に従った運用がされるならば、教科書を通じて一方的な見解を押し付けることを避けるために作用するものであったといえる。
 しかしながら、今回、改定された基準は、国が教科書出版社に対して、「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」として、教科書について、どのような事項を記載すべきかという記載内容まで積極的に指示するものとなっている点で、従前の検定基準と質的に異なるものとなっている。
 そもそも、政府の統一的見解といっても閣議決定などに示されたものを指すのであれば、政治的に意見の分かれる問題に関する時の政府の見解にすぎないから、極めて政治的色彩の濃いものであることが多いばかりか、その後の政府の意思によって変更されることもありうるものである。また、最高裁判例は、事案の具体的な事実や法律構成等の様々な条件を前提とした上で結論が導き出されている上に、補足意見や少数意見が付されている場合も少なくない。最高裁判例を教科書で取り上げる場合、かかる前提条件や個別意見を考慮せずに多数意見の結論だけを示すことは、不十分又は不正確な記載となる可能性がある。また、いったんなされた判断でもその後に判例変更される可能性もある。
 いずれにせよ、政府見解や最高裁判例は、社会的に意見の分かれる事項についての一定の見解ではあるが、これらが常に正しい唯一の結論であるとは言えない。その結論自体に対し、異なる見解や多くの問題点が指摘されていることがほとんどである。それにもかかわらず、国が、検定基準を通して政府見解や最高裁判例に「基づいた記述」の教科書への記載を積極的に求めることは、これら政府見解や最高裁判例の内容を所与の事実として記載することを義務付けるものと理解されるおそれがあり、そのような記載がなされれば、社会的に議論のある事柄について、政府見解や最高裁判例の結論が唯一正しい結論であるとの印象を、教科書の記載を通じて子どもたちに与えかねない。
 このように、国が、教科書に政府見解や最高裁判例の記載を義務付けることは、子どもが多様な意見に触れて多角的視点から事実を見ることを学習し、自律的な判断力を育む機会を奪いかねず、一方的な観念や見解を教え込むことになる危険がある。これは、教育内容に対する時の政府の介入は抑制的でなければならないとされた旭川学力テスト事件最高裁判決及び家永教科書第1次訴訟最高裁判決で許容されるとされた限度を超えた過度の教育への介入であり、憲法26条に違反し、教師の教育の自由、子どもの学習権を侵害するおそれがあって許されないものというべきである。

②基準のあいまいさによる恣意的運用の危険
 改定された基準の「ア 特定の事柄を強調しすぎている」とはいかなる場合を指すのか一義的に判断できない。そのため、審議会が排除すべきと考える記述を、教科書として「不適切」とする理由として、このアの基準が安易に利用されるおそれがある。
 また、改定された基準のイについても、通説的見解があるかどうか、何が通説的見解といえるかなども学問的論議の対象となるにもかかわらず、「通説的見解がない」を基準とすると、審議会が通説の存否等を決めることになってしまう。
 さらには、改定された基準のウについても、「閣議決定その他の方法」には、何が含まれるのか、国会審議における内閣の答弁までも含まれるとすると、それがどのような段階で「政府の統一的見解」となるのかが、不明であるため、時の政府が教え込みたい政治的判断が容易に教科書に記載されることが可能となる。
 改定された基準がこのように曖昧であるため、時の政府の恣意的運用によって、時の政府に都合の悪い記載を削除する根拠として使われる危険がある。
 そのため、改定された基準に基づく教科書検定制度の下では、正確性、中立性、公正さを維持すべきとする最高裁判例の趣旨を逸脱し、教育への「不当な支配」がもたらされかねないことになる。

③萎縮効果と表現の自由
 このような曖昧な基準によって審査が行われることとなると、教科書出版社がいかなる記述が当該基準に当てはまるのか一義的に判断できないため、不合格とならないように時の政府に都合のよい記載をするようになり、従来のような自由な記載をしなくなるという萎縮効果が生じる。教科書出版社の表現の自由、ひいては学問の自由を侵害することにつながる。

(4)教科用図書審査要項改定の問題点

① 子どもの学習権侵害のおそれ
 前述のとおり、改定前の審査要項における不合格かどうかの基準は、「検定意見相当箇所の数」「申請図書100頁当たりに換算して80を超えるとき」などと、審議会は、数などの客観的基準によって合否の判定をすることとなっていた。
 しかし、今回の審査要項の改定では、「教育基本法に示す教育の目標並びに学校教育法及び学習指導要領に示す目標等に照らして」という文言が付加されている。そして、教育基本法の教育の目標(2条)に、「豊かな情操と道徳心」や「伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する」態度等が掲げられているところからすれば、審査要項の改定により、人生観、家族観、愛国心などの個人の内心の領域に任されている事柄に関わるものが合否の基準とされるに至ったということになる。
 この点、教育基本法の「教育の目標」に掲げられている事柄は、例えば尊重されるべき伝統と文化の内容や、「郷土を愛する」態度の内容など、各地の実情によっても異なるものであって、全国一律の水準を確保すべき事柄とは言い難い。また、例えば、国を愛する在り方も人により多様であるように、人生観、家族観、愛国心などは多義的であって、自律した個人が自ら自由に選びうることこそが個人の尊厳の尊重につながるとされる事柄である。
 従って、このような多義的な価値に関わる事柄に関して「極めて重大な欠陥がみられ適切な修正を施すことが困難」との基準で合否を決めることは、教科書検定制度の目的に照らして正当化できず、かかる基準によって、国が特定の見解を「善い」ものとして子どもに教えることを強制するとすれば、自主的・自律的な人格として成長・発達することを確保するために子どもに保障された学習権を侵害する危険がある。
 それ故、今回の審査要項の改定は、最高裁判例が示す教科書検定制度の趣旨に反し、子どもの学習権を侵害するおそれがあると言わざるを得ない。

②基準の不明確さによる恣意的運用の危険
 今回の改定された審査要項によって、全教科の教科書について、教育基本法等の目標に照らして重大な欠陥があれば不合格とされることになった。
しかし、教育基本法に示す教育の目標等に照らした「重大な欠陥」とは何を指すのか不明確であり、審議会の恣意的運用の危険がある。

③萎縮効果と表現の自由・学問の自由侵害のおそれ
 今回の改定された審査要項では、教科書出版社は「重大な欠陥」に該当すると判断されないようにと、本来なら記載しても不合格となりえない記載まで記載を控えるなど、萎縮効果のおそれがある。
 このような事態は、教科書出版社の表現の自由、ひいては学問の自由の侵害につながる。

④子どもの思想良心の自由の侵害の危険
 教育基本法の教育の目標である「真理を求める態度」、「豊かな情操と道徳心」、「自主及び自律の精神」、「伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛する」態度等に照らして国が全教科の教科書の記述を審査することになると、個人の嗜好、信仰、人生観、家族観等といった各人が自ら自由に選び取るべき事柄についてまで、特定の生き方、考え方、価値観のみを「善いもの」「正しいもの」として公定し押し付けることにつながり、それをどのように指導するか、どう評価するかによっては、子どもの思想良心の自由を侵害する危険がある。

(5)平成28年使用の教科書に関する検定の結果

 本年4月、改定後の検定基準及び審査要綱に基づいてなされた平成28年度に使用される教科書の検定結果が報じられているところであるが、従来は許容されていた記述に修正意見が付され記述が変更されるなど、今回の改定の影響が顕著であることが伝えられており、上述の危険は現実化しているといわざるを得ない。

4 東京都の教科書採択における問題と今後採られるべき採択の方法

(1)検定済教科書の採択方法

 教科書検定に合格した教科書から、各公立学校がどの教科書を使用するかという教科書の採択については、地方教育行政法23条6号が「教科書」の「取扱に関すること」を教育委員会の権限と規定しており、この点から公立学校(ただし国立学校を除く)での教科書採択は学校を設置する教育委員会の権限と解されている。また国立及び私立学校の教科書採択については各学校の学校長の権限(教科書の発行に関する臨時措置法7条1項)とされている。
 このうち公立の小中学校等(義務教育諸学校、国立を除く)の教科書の採択は、具体的には、都道府県教育委員会が市(特別区を含む。以下同じ。)町村教育委員会の意見を聞いて、市郡(2015年度からは市町村)を単位として採択地区を設定し、この採択地区を単位として教育委員会が採択を行うこととなっている。さらに、採択地区が2以上の市町村の区域を合わせた地区となっているときは、その採択地区内の複数の市町村教育委員会は同一の教科書を採択する(義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律12条1項、2項、13条4項)こととなっている。
 また、高等学校の教科書については、義務教育段階におけるような教科書無償の扱いもなく、従来から学校ごとに使用する教科書の選定が行われてきており、教育委員会も、各学校の選定を尊重し、学校が選定した教科書を採択するという扱いをしてきた。
 採択の対象となる教科書はすでに教科書検定に合格したものであるので、その中でどれを選択するかについては、これまでは、小中学校では採択地区の市町村教育委員会が、高等学校では都道府県教育委員会が、各地区や各学校のニーズに応じることができるように、採択制度が運用されてきたのである。

(2)教科書採択のあり方と東京都における採択の問題点

①教育委員会設置の趣旨と教科書の採択
 そもそも教育委員会制度が置かれたのは、戦前の国家主義的教育への反省から、教育行政については、政治的な介入や行政による「不当な支配」から教育を守り、教育行政の中立性及び安定性・継続性等を確保する必要があるからであり、これによって、教育の現場の教師の専門性に基づく教育の自由、ひいては子どもの学習権を保障しようとしたのである。地方教育行政法が教科書の採択を教育委員会の権限とした(同法23条6号)のは、教科書の採択の問題が、検定手続で合格とされた教科書の中からどれを現実に使用するかの問題であって、すでに検定手続において教育の機会均等を図る等の要請の充足が前提になっていることからすれば、教育の機会均等等の要請というよりも、教育の自主性・自律性を確保し、教師の専門性に根ざした教育の自由、ひいては子どもの学習権を保障しようとする趣旨によるものと解されるのである。かかる趣旨からすれば、検定済みの教科書の中から現場の教師が子どものニーズに合った教科書を選択できるようにすることが重要であり、教育委員会には、その選択の結果を尊重することを通じて、政治や行政が教師の選択に介入することを防ぐことが求められているものというべきである。
 実際、高校の教科書については、これまでは、現場の教師が生徒の実情に応じて採択希望を出し、都道府県の教育委員会もその希望を尊重して教科書が採択されてきたものである。

②東京都における問題
 しかし、このように教育委員会は本来教育現場の選択を尊重すべきものであるにもかかわらず、近年、東京都教育委員会が教育の現場の採択希望に対し、特定の検定済教科書を使用しないよう働きかけたという事態が生じた。すなわち、2013年4月からある都立高校で使用される予定であった、文部科学省の検定合格の教科書である実教出版の「高校日本史A」の教科書の中の、1999年に制定された国旗・国家法に関する欄外の注釈部分に、「政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし、一部の自治体で公務員への強制の動きがある」との記載があった。これに対し、東京都教育委員会は、この記載が教育委員会の考え方と相容れないとして、校長会などで、この記載について「不適切記述」などと報道した新聞記事に留意するようにと述べ、同教科書を選定し使用する予定であった高校に対し、別の教科書を選定するように要請したのである。その結果、前年に6校で採択された実教出版の「高校日本史A」は、2013年にはどこの都立高校も採択しないこととなった。
 このような東京都教育委員会のやり方は、すでに検定で合格している教科書の中から、学校と教師が子どものニーズに沿って選択したものであっても、教育委員会の方針と異なる場合は採択しないという方法をとることによって、本来、教育の現場への公権力からの介入を防ぐべき教育委員会が、自ら現場の判断に介入するものであり、教科書の採択を教育委員会の権限とした趣旨に反する。また、このようなやり方は、国の検定において、中立・公正や全国一定水準の確保の観点から内容を審査したうえで合格とされた教科書について、教育委員会が内容を理由に使用させないようにする働きかけであり、実質的に、合格となった教科書を不合格の扱いとするに等しく、最高裁判例の認める教科書検定制度の趣旨を逸脱し、教育への不当な支配となる疑いを禁じ得ない。

③新教育委員会制度における教科書の採択
 地方教育行政法の改正によって新しくなった教育委員会制度が2015年4月1日から施行された。新しい制度では、これまでの教育委員長と教育長が一本化され、首長が直接任命・罷免し、教育委員会を代表する新しい「教育長」が設置される。また、首長が召集する、首長と教育委員会によって構成される「総合教育会議」も設置され、首長は、教育委員会と協議し、教育の振興に関する施策の大綱を策定する。しかし、改正地方教育行政法の下でも、「教科書」の「取扱に関する」事務は、これまでどおり教育委員会の権限であるとされており、上記趣旨に照らせば、首長が「総合教育会議」での協議を教育委員会に迫ったり、教科書採択の方針について、教育委員会の意向を無視して大綱に記載したりすることなどは厳に慎まれなければならない。
 新しい教育委員会制度の下では教育長の権限は大幅に強化されており、また教育長の任命を通じて首長の影響力も大幅に強化されることが予測される。このような中で首長に教育の中立性を守る意識が欠けていれば、教育長の任命を通じ、あるいは総合教育会議を通じ、さらには大綱を通じて、教科書の採択に政治的介入、不当な支配が生じる危険があり、首長においても、また、教育委員会においても、教育委員会の一員としての教育長においても、これを避ける不断の努力が望まれるのである。

(3)今後とられるべき教科書採択の方法

 公権力による政治的介入や不当な支配から現場の教師の専門性に基づく教育の自由を守るべき存在である教育委員会が自ら現場の教科書選択の判断に介入するという、上述②のような行為は、今後あってはならない。教科書の採択を教育委員会の権限とした本来の趣旨からすれば、新教育委員会制度の下においても、教育の中立性が十分に確保できる教育委員会が構成されることが必要である。
 また、教育の専門家である教師による、子どものニーズに応じた教科書選択の判断が尊重されるための工夫が求められる。具体的には、①時間的余裕がないために展示会に行けない教師にも教科書の比較検討する機会を確保するために、教科書の見本本を、教師が見られるように各学校に配布すること、②展示会の実施期間や開催時間を余裕を持って確保すること、③教科書の選定委員・調査委員に管理職だけでなく現場の教師がこれまで以上に選ばれるようにすること、④教師が少なくとも自分の担当する教科について自分なりの率直な意見を述べられ、それが教科書の選択に反映されること、などの手続きの改善が考えられる。各採択地区や各高校の実情と教育のニーズに応じた教科書採択が実現するための手続きが求められるのである。

5 結論

 以上より、2014年1月に改定された教科書検定基準及び同年4月に改定された教科用図書検定審査要項は、国による教育への過度の介入であって憲法26条に反し、子どもの学習権等を侵害するおそれがあるので、国に対し、これらの改定の撤回を求めるものである。
 あわせて、教科書の採択においては、子どもの学習権を保障するため、都道府県及び市区町村の首長、教育委員会、教育長に対し、子どもの教育に直接あたる教師の意見を十分に尊重することを求める。

以上

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