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地方公共団体に人種差別撤廃条例の制定を求め、人種差別撤廃モデル条例案を提案することに関する意見書

当会は、2018年6月7日開催の常議員会の審議を経て、標記意見書及び人種差別撤廃モデル条例案をとりまとめました。

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第1 意見の趣旨

地方公共団体に対し、日本国憲法、あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約及び市民的及び政治的権利に関する国際規約などの理念に基づき、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律を実効化し、人種等を理由とする差別の撤廃を実現するため、他の人権に配慮しつつ、ヘイトスピーチ及び差別的取扱いの禁止、氏名公表・過料等の制裁、公共施設の利用制限、第三者機関の設置等の内容を含んだ、人種差別撤廃条例を制定することを求める。
当会は、地方公共団体による条例制定に役立ち、人種差別の被害者が救済されるよう、別紙の人種差別撤廃モデル条例案(以下「本条例案」という)を提言するものである。

第2 意見の理由

1 人種差別撤廃条例制定の必要性

(1)日本社会におけるヘイトスピーチを含む人種差別・民族差別の現状

近時、在日コリアンが多数生活する東京・新大久保や大阪・鶴橋等をはじめとする全国各地において、差別・排外主義団体による人種差別集会やデモ行進、街頭宣伝が行われたり、インターネットに人種差別的な書込みがされるなどのヘイトスピーチ問題が顕在化し、社会問題化した。
また、法務省が2016年に戦後初めて行った人種差別全般についての外国人住民調査によって、ヘイトスピーチのみならず差別的取扱いも含む深刻な人種差別の実態・内容が明らかとなった。例えば、過去5年間に、日本で住む家を探した経験のある人のうち、「外国人であることを理由に入居を断られた」経験のある人は39.3%、日本で仕事を探したり、働いたりしたことがある人のうち、「外国人であることを理由に就職を断られた」人が25.0%、日本で外国人であることを理由に侮辱されるなどの差別的なことを言われた経験のある人は29.8%もいる。

(2)国際人権諸条約に基づく条約上の義務と国内における法状況の進展

ア 国際人権条約上の義務
国籍や民族など本人が変えることが不可能若しくは著しく困難な属性を理由に行われるヘイトスピーチは、対象とされた人々を同等の人間、同じ社会の構成員として認めず、人間の尊厳を傷つけ、恐怖と絶望に陥れるだけでなく、社会全体に差別意識を蔓延させ、ひいては民族浄化などの大虐殺をもたらす危険を有することは、ナチスによるホロコースト、日本における1923年の関東大震災の際の朝鮮人・中国人虐殺などの歴史的事実により証明されている。
そのため、ヘイトスピーチなどの人種差別行為の害悪については第二次世界大戦を経た国際社会の共通認識となり、自由権規約(1966年採択)は、第20条第2項で「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」と定めている。
また、欧米諸国でのネオナチ運動への危機感などを大きな契機として1965年に採択された人種差別撤廃条約では、締約国に「いかなる個人、集団又は団体による人種差別」も「後援せず、擁護せずまたは支持」(第2条第1項b)せず、「禁止し、終了させる」義務を負わせている(同項d)。さらに、第4条は、人種差別の中でもヘイトスピーチについて、「差別のあらゆる煽動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束」させ、そのために、「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供」などを刑事規制することを求めている。
締約した条約は、憲法第98条第2項が「締約した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する」と定めていることの解釈として、国内法の中で法律や条例より上位の効力をもっており、地方公共団体も、条約に定められた義務を実施するよう、条例を整備したり、既存の条例が条約上の義務と合致するよう解釈しなければならない。

イ 国連からの度重なる勧告
前記のとおり、ヘイトスピーチの蔓延する日本の現状に対し、国際人権諸条約に基づき設置された人種差別撤廃委員会等の国際人権機関からも、強い憂慮の念が示され、懸念や勧告が相次いで表明されている。2014年には下記の2つの機関から勧告が出された。
① 自由権規約委員会
2014年8月20日付け総括所見において、包括的な反差別法を採択し(パラグラフ11)、差別、敵意又は暴力の扇動となる、人種的優越又は憎悪を唱道する全ての宣伝を禁止するべきであり、人種差別的な攻撃を防止し、また、加害者を徹底的に捜査・訴追・処罰するため、全ての必要な措置を講ずるよう勧告した(パラグラフ12)。
② 人種差別撤廃委員会
2014年9月26日付け総括所見において、人種差別を禁止する包括的な特別法を制定すること(パラグラフ8)を勧告した。また、日本国内で、外国人やマイノリティ、とりわけ朝鮮人に対する、切迫した暴力の扇動を含むヘイトスピーチ等がまん延し、かつ、これに対して適切な捜査・訴追がなされていないことに懸念を表明し(パラグラフ11)、「(a)憎悪及び人種差別の表明、デモ・集会における人種差別的暴力及び憎悪の扇動にしっかりと対処すること。(b)インターネットを含むメディアにおいて、ヘイトスピーチに対処する適切な措置をとること。(c)そのような行動について責任ある個人や団体を捜査し、必要な場合には、起訴すること。(d)ヘイトスピーチを広めたり、憎悪を扇動したりする公人や政治家に対して適切な制裁措置をとることを追求すること。(e)人種差別につながる偏見に対処し、また国家間及び人種的あるいは民族的団体間の理解、寛容、友情を促進するため、人種差別的ヘイトスピーチの原因に対処し、教授法、教育、文化及び情報に関する措置を強化すること。」を勧告した。

ウ 弁護士会の取り組み
日本弁護士連合会においても、2015年5月7日付けで「あらゆる日常生活又は社会生活における個々人に対する不当な差別的取扱いとともに、ヘイトスピーチを公然と行うことが許されないこと」をその内容に含んだ人種的差別撤廃に向けた基本法の制定等を求める「人種等を理由とする差別の撤廃に向けた速やかな施策を求める意見書」を発表した。
当会も、2015年9月8日付けで、地方公共団体が人種差別目的での公共施設の利用申請に対して条件付許可や利用不許可等の適切な処置を講ずることができるよう、「地方公共団体に対して人種差別を目的とする公共施設の利用許可申請に対する適切な処置を講ずることを求める意見書」を発表した。

エ ヘイトスピーチ解消法の成立と条例制定の必要性
このような国内外の世論の高まりを受けて、2016年5月24日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下「ヘイトスピーチ解消法」という)が成立し、同年6月3日から施行された。
ヘイトスピーチ解消法は、日本で初めての反人種差別法であり、前文で「差別的言動」が被害者に「多大な苦痛」を与え、「地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」という差別による深刻な被害を認め、「差別的言動は許されないことを宣言」し、第1条で「解消が喫緊の課題である」とし、国等が差別解消に向けた取組みを推進することを目的として掲げている。
また、同法第4条第2項で地方公共団体は、「解消に向けた取組に関し、・・当該地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする」とし、衆参両院の附帯決議第2項は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動が地域社会に深刻な亀裂を生じさせている地方公共団体」には、「国とともに、・・・施策を着実に実施すること」として、地方公共団体の責務を明記している。

オ 各地方公共団体における取り組みの状況
そこで、2016年6月の同法施行以降、江戸川区、愛知県などが公共施設の利用に関する規則などを改正し、2018年3月31日から川崎市が、同年4月1日から京都府が、第三者機関の設置を含む公共施設の利用制限に関するガイドラインを施行した。
また、ヘイトスピーチ解消法施行前からネット上のヘイトスピーチ対策として広島県福山市、兵庫県尼崎市などでネットモニタリングが実施されていたが、ヘイトスピーチ解消法成立後、川崎市、兵庫県、兵庫県三田市などがモニタリングを開始した。
さらに、各地で条例制定の動きが始まり、2018年4月1日、世田谷区は、国籍・民族差別の禁止条項、「男女共同参画・多文化共生推進審議会」及び「男女共同参画・多文化共生苦情処理委員会」の設置を含む、「世田谷区多様性を認め合い男女共同参画と多文化共生を推進する条例」を施行した。その他、川崎市、名古屋市、神戸市などでも条例制定に取り組む動きがあり、また、2018年5月11日、東京都は、オリンピック憲章の理念に沿った差別解消を目的とする条例の骨子を発表した。なお、大阪市は、ヘイトスピーチ解消法成立前の2016年1月15日に「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」を制定し、同年7月に完全施行した。

(3)条約及びヘイトスピーチ解消法を実効化する条例制定の必要性

以上のように、各地での具体的な動きが広まりつつあるが、他方で同法は、どのようにしてヘイトスピーチを解消していくのかという基本的枠組みや具体的な施策についての規定を持たないため、地方公共団体側はどのように取り組むべきなのか困惑している実情もある。日弁連が2016年10月におこなった地方公共団体等に対するヘイトスピーチ解消法の実効化に関するアンケート調査結果によっても、地方公共団体がとまどい国の指示待ちや他の取組の様子を見ているところも少なくない状況が明らかになっている。
しかし、そもそも前記のように、地方公共団体は、人種差別撤廃条約上のヘイトスピーチを含む人種差別を禁止し終了させる義務も負っている。
そして、ヘイトスピーチ解消法も条文のみならず、同法の附則及び附帯決議を合わせ読めば、地方公共団体の果たすべき具体的責務がより明確になる。
すなわち、衆参両院の両法務委員会において全会派一致で採択された附帯決議の第1項では「人種差別撤廃条約の精神」に照らして同法第2条を解釈するとの文言が盛り込まれたことから、ヘイトスピーチ解消法が人種差別撤廃条約上の義務の履行の一部であること、条約を同法の解釈の指針とすべきことが明らかとなっている。
さらに、衆議院法務委員会の附帯決議第4項では、「不当な差別的言動のほか、不当な差別的取扱いの実態の把握に努め、それらの解消に必要な施策を講ずるよう検討を行うこと」とされているが、前記の法務省委託の外国人住民実態調査により、差別的言動のみならず、就職差別、入居差別など生存に直結する場面での深刻な差別的取扱いの実態が明らかになった以上、地方公共団体が、これ以上、人権侵害状況に手をこまねいていることは許されず、人種差別撤廃条約上の義務を具体化し、へイトスピーチのみならず差別的取り扱いを含めた包括的な差別撤廃政策をとるべきである。
また、ヘイトスピーチ解消法成立後1年間程度はヘイトデモの回数は半減したものの、その後は戻りつつあり、かつ、デモの場所は東京に集中し、東京ではほぼ毎週1度のペースでのデモが継続し、ヘイト街宣の数は全く減っていない。表現内容もヘイトスピーチ解消法施行直後はヘイトスピーチ解消法の定義にあたるヘイトスピーチは減ったものの、禁止規定も制裁規定もないことから、ヘイトスピーチ解消法施行以前の極めて悪質なものが増えてきている(人種差別実態調査研究会「日本国内の人種差別実態に関する調査報告書2018年版」)。よって、ヘイトスピーチ解消法を焼き直しした理念条例では不十分であることが明らかになっている。
他方でヘイトスピーチを法規制するにあたっては、表現の自由とのバランス、濫用防止策をとることは憲法上の要請であり、注意深い検討が必要となる。
そこで、当会は、ヘイトスピーチ解消法施行を受け、法律専門家集団として、地方公共団体がヘイトスピーチを含む人種差別の撤廃についてどのような法的責務を負っているか、その責務を具体化するためどのような条例を制定することを求められるかを提示し、地方公共団体の取組に役立ち、一日も早く人種差別が根絶され、被害者が救済されるよう、本件意見書及び別紙の本条例案を作成した。

2 制定されるべき条例の内容

(1)本条例案の枠組みと概要

前記の状況からわかるとおり、人種差別撤廃条例の内容は、ヘイトスピーチのみならず、差別的取り扱いを含む差別のすべてを対象とすべきであり、また、市(以下、本条例案では便宜上、地方公共団体のうちの「市」による条例案として作成しているので例示として「市」「市長」との用語を用いるが)に対し、人種差別撤廃に向けた実効性ある具体的な施策を求めるものでなければならない。
まず、本条例が憲法のみならず、「いかなる個人、集団又は団体による人種差別」も「禁止し、終了させる」義務を定める人種差別撤廃条約の理念などに基づくものであることを確認し、人種差別などの定義を定めた上で、差別禁止規定を置いたが、条例の適用に当たっては、表現の自由その他の憲法の保障する自由と権利を不当に侵害しないようとの留意事項を定めた(第1章)。
次に、市に対し、教育体制の充実や、インターネットを通じて行われる差別を防止するための取組の支援、被害者救済対策といった、人種差別撤廃に向けた基本施策の整備を求めている(第2章)。
そして、市長に対し、差別的行為が行われたと疑うに足りる相当な理由が認められる場合に、調査を開始することを求め、第5章で設置する人種等差別撤廃審議会の意見を聴いた上で、差別的行為に対して指導、勧告その他差別的行為を是正するための必要な措置を講ずる権限を付与した。また、措置の実効性を確保するため、当該差別的行為が悪質な場合には、その行為を行った者の氏名又は名称を公表できることとした。当該差別的行為をした者がさらに差別的行為をするおそれがあるときは警告することができ、警告に反して差別的行為を行った場合には命令を出す権限を付与する。そして、命令に違反した場合に過料の規定を設けている(第3章)。
また、公の施設の利用について、市長は、本市の公の施設の使用許可申請があった場合には、あらかじめ人種等差別撤廃審議会の意見を聴いた上で、その使用目的が人種等を理由とする差別的行為を行うものであると認めたときは、当該施設の使用許可をしてはならないものとした(第4章)。
なお、人種等差別撤廃審議会の構成については、人種等を理由とする差別の撤廃に関して専門的知見を有する者によって構成する(第5章)。

(2)論点、留意点

本条例案の概要は以上のとおりであるところ、留意すべきいくつかの点について述べる。

ア 禁止規定及び制裁規定
前記の深刻な人種差別の実態から、差別を禁止し、終了させ、被害者を救済する実効性ある条例が求められており、特に確信犯による差別を止めるべき強い必要性がある。他方、ヘイトスピーチ解消法には禁止規定もなく、ヘイトスピーチの規制には、人種差別撤廃委員会の日本に対する2014年の総括所見のパラグラフ11が指摘するように、マイノリティの表現活動や政府を批判する表現など、民主主義の基盤として最も守るべき表現の自由の不当な侵害に濫用される危険性が伴う。
そこで、当会では濫用の危険性をできる限り抑えつつ、実効性を追求し、議論を重ねた結果、現時点での条例のモデル案として、①特定の者に対する差別的取扱い、②特定の者に対する差別的言動、③不特定の者に対する差別的言動(攻撃型)、④不特定の者に対する不当な差別的言動(情報摘示型)の4項目に細分化した詳細な差別禁止規定を置き(本条例案第5条)、制裁規定として、①措置、②警告、③命令、④過料(行政罰)との4段階を設け、かつ、①②③の各段階で人種差別の撤廃に関する専門家からなる第三者機関による審査を受ける仕組みを提案したものである。

イ インターネット上のヘイトスピーチについて
本条例案は、市がインターネットを通じて行われる人種等を理由とする差別を防止するため、事業者の自主的な取組を支援するために必要な措置を講ずるものとする旨規定する。
インターネットは、基本的に誰でも匿名で簡単に情報を発信でき、いったんインターネット上で流れた情報は瞬時に広範囲に拡散されるという性質を持つ。そして、インターネット上には人種差別を内容とする情報や悪質なデマが流布されており、さらなる人種差別的行為を煽る役割を果たしているため、これらを放置しないことが人種差別撤廃のためには極めて重要な意味を持つ。ヘイトスピーチ解消法によってもネット上のヘイトスピーチの野放し状態は何ら解決しておらず、具体的な抑止策が不可欠である。
もっとも、インターネットは基本的には地域を限定せずに展開されるものであり、そこで発信されている情報に何らかの規制をするのであれば、本来は法律によるべきであると考えられる。
しかし、インターネット上で、特定の地域の住民に対するヘイトスピーチにあたる書き込みや、特定の地域においてヘイトデモを行うことを宣伝する書き込みが現実になされている。このような場合、当該特定地域の地方公共団体が住民の人権と安全を守るため、対策をとることが求められる。
他方、地方公共団体がインターネット上に情報発信ができないようにすることや、インターネット上の情報を直接削除することは技術的に困難である。また、インターネット上で掲示板等のサービスを提供している業者は、いずれもヘイトスピーチを禁止するルールを設定し、自主的に情報発信の制限や発信された情報の削除を行っている。よって、地方公共団体としては、このような業者に対し、人種差別行為たる情報発信に対して、適切な対応を行うよう積極的に働きかけることが、条例の趣旨に合致する。
2018年3月19日、第二東京弁護士会が同趣旨で「インターネット上の人種差別的ヘイトスピーチ撲滅のために適切な対応を求める意見書」を公表している。
さらに、本条例案では、ネット上のヘイトスピーチが匿名でなされた場合、人種等差別撤廃審議会から要請があることを条件として、市長が業者に対し個人識別情報の開示を求めることができる根拠規定を設けた。大阪市が氏名公表を行う前提として個人識別情報を求めようとしたが、条例上の根拠条文がなく、実効性に問題が生じている。この点、大阪市ヘイトスピーチ審査会は、2018年1月17日付けの大阪市長に対する答申において、インターネット上の通信の発信者情報については、憲法上の「通信の秘密」または「プライバシー」などの観点から保護されるが、他の人権との調整の観点からの制約を受けうることを認めた上で、同条例はヘイトスピーチを違法としておらず、氏名公表制度は制裁ではなく啓発目的に止まることから、利益衡量の上、発信者情報開示を求めることはできないと述べている。しかし、本条例案はヘイトスピーチを禁止し終了させ、被害者を差別から守ることを目的としており、ヘイトスピーチを違法とし、最終的には過料による制裁を設けているのだから、加害者を特定しなければならない必要性は明白である。また、差別的言動にあたるか否か、発信者情報を求めるか否かのいずれも専門的な第三者機関のチェックを受ける慎重な手続き規定をおいている。以上より、発信者情報を求めることが許容される場合にあたると考えられるので、業者から円滑に協力を得られるよう、任意の履行を前提とするものではあるが根拠条文を定めたものである。

ウ 差別的行為を行った者の氏名公表について
本条例は、大阪市の条例と同様に、差別的行為を行った者について、市長がその氏名を公表することができる旨規定する。これは、一般市民に注意喚起を促すとともに、差別的行為を行った者に対する制裁の意味がある。
言動を行った当事者の氏名等を公権力が公表することは表現の自由の制約にあたりうるが、一般に、ヘイトスピーチであると適正に認定された言動についてその言動を行った当事者の氏名の公表を行うこと自体は合理的な制約として許容される。すなわち、差別的行為の内容によっては、再び同じような行為が繰り返され、さらなる被害者を生むおそれがある。したがって、差別的行為を行った者の氏名を公表し、注意喚起と制裁を行う必要性は高い。また、ある違法行為を行った者の氏名を公表する制度は金融取引法など様々な分野の法律にみられる。本条例案においても、市長が氏名公表を行うためには原則として人種等差別撤廃審議会の意見を聴かなければならないと規定し、その手続きも厳格なものとしている。したがって、本条例における氏名公表制度は十分許容される。もっとも、氏名公表の期間については、過度の萎縮的効果を生じさせないように、相当な期間に限定すべきである。

エ 公の施設の利用制限
本条例は、公の施設利用申請について、利用目的が差別的行為を行うものと認められる場合、市長が使用許可をしてはならないこと等を定める(本条例案第29条以下)。
公の施設の利用については、地方自治法第244条第2項が「普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない」と定めている。
本条例において、市長が利用不許可処分を行いうる場合は、人種等を理由とする差別的行為を行うことを目的とするものと認めたときであり、「正当な理由」が認められると考えられる。また、市長が要件の認定を行うに当たっては、市長が人種等差別撤廃審議会の意見を聴き、その意見を尊重しなければならないとしており、市長による不許可処分の濫用を防ぐことができる仕組みとなっている。
よって、公の施設の利用制限条項は設けられるべきである。なお、当会は、人種差別行為が行われる場合に公の施設利用制限を設けるべきことにつき、前記のように2015年9月8日付意見書において人種差別撤廃条約に照らし、ガイドラインを設けるべく意見を表明している。また、法務省は、2016年12月、ヘイトスピーチ解消法に関する「参考情報」と称する文書において、ヘイトスピーチが行われることが明らかな場合には、地方自治法第244条第2項の「正当な理由」が認められるとしている。

オ 適法居住条件について
ヘイトスピーチ解消法は、条文上は保護の対象を「適法に居住する者」に限定しているようにもみえるが、人種差別撤廃条約委員会による「人種差別に対する立法上の保障が、出入国管理法令上の地位にかかわりなく市民でない者に適用されることを確保すること、および立法の実施が市民でない者に差別的な効果をもつことがないよう確保すること。」(市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30、パラグラフ7)との勧告に即して解釈されるべきであり、それが明確になるよう改正されるべきである。この点衆参両院の附帯決議の第1項でヘイトスピーチ解消法第2条の定義で定める以外のいかなる差別的言動も許されないことも明言されている。また、日弁連の会長声明(2016年5月10日付け)、当会の会長コメント(同年4月28日)など多数の弁護士会が声明をだしている。よって、条例作成にあたってもこの点に留意すべきである。