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国際刑事裁判所(ICC)の活動に向けられたあらゆる妨害・圧力に対して明確に反対する立場を表明することを求める会長声明

2025年03月31日

東京弁護士会 会長 上田 智司

国際刑事裁判所(International Criminal Court:以下「ICC」という。)は、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」である、集団殺害犯罪(ジェノサイド罪)、人道に対する犯罪、戦争犯罪及び侵略犯罪の4つの犯罪(core crimes:"コア・クライム")を行った個人を訴追・処罰するため、国際刑事裁判所に関するローマ規程(Rome Statute of the International Criminal Court:以下「ローマ規程」という。)によって、オランダ・ハーグに設立された史上初の常設の国際刑事法廷である。

2025年1月にウクライナが加わったことで、現在、加盟国・地域は125を数える。2007年10月、ICCに加盟した我が国は、これまで3名のICC判事を送り出し、また最大の拠出金分担国となるなどして、ICCに対し人的・物的貢献を行ってきた。ICCの現在の所長は日本人の赤根智子氏である。

そのICCが、今日、存続の危機にさらされている。

ウクライナ侵攻をめぐり、多数の子どもをロシア国内に連れ去ったという戦争犯罪の容疑でICCがプーチン・ロシア大統領への逮捕状を発付したことに対し、ロシア側は、ICCのカリム・カーン主任検察官や赤根氏(当時、逮捕状発付を認めたICC予審裁判部の判事職にあった。)らの捜査を開始したと発表し、その後、赤根氏らを指名手配した。

そして、パレスチナ・ガザ地区での戦闘をめぐり、民間人を飢餓に陥らせたなどの戦争犯罪及び人道に対する犯罪の容疑でICCがイスラエルのネタニヤフ首相などへの逮捕状を発付したことに対し、アメリカ合衆国連邦下院議会は、2025年1月、ICC関係者らの在米資産の凍結、同国への入国停止(査証発給の停止)等の制裁、及びこれらの制裁対象者を財政的、物質的若しくは技術的に支援又は後援し、あるいはこれらの者に商品又はサービスを提供した組織又は個人への制裁を可能とする法案を可決した。この法案は上院で否決されたものの、同年2月6日、トランプ・アメリカ合衆国大統領は、同国がICCの締約国でないこと等を根拠として、上記内容の制裁を可能とする大統領令に署名し、これと同時に、カーン主任検察官を制裁対象者と指定した。

トランプ大統領による大統領令に対して、赤根所長は「ICCの独立性と公平性を損なうもので、深い遺憾の意を表明する」と声明を発し、また、英仏独など加盟79カ国・地域も「法の支配を脅かす」と非難する共同声明を発表した(ただし、我が国はこの共同声明に加わっていない。)。当会は、この共同声明に深い共感の意を表明し、国際社会における司法の独立及び法の支配の尊重、擁護を求めるとともに、ICC及びその関係者による職務執行の独立に対する干渉、妨害などの不当な圧力に強く反対するものである。

日本国憲法は、前文において国際協調主義及び全世界国民の「平和的生存権」を掲げ、98条は国際法規の遵守を規定している。また、日本国政府は、「法の支配」に基づく自由で開かれた国際秩序の形成を外交政策の基本理念としてきた。にもかかわらず、前述の共同声明に加わらなかった日本国政府の判断を看過することはできない。

そこで、当会は、日本国政府に対し、以下のことを求める。

1.ICCは、ローマ規程に基づき独立した司法判断を行う国際司法制度の不可欠の一部であり、我が国はICC締約国として、ICCの独立した司法判断に対する揺るぎのない支持を表明し、これを徹底的に尊重することを対外的に宣明すること。

2.ICC関係者への制裁等、ICCの独立、公正かつ誠実な職務継続性を阻害するあらゆる妨害、脅威、圧力に対して明確に反対する立場を宣明し、既に発動された制裁措置を直ちに撤回するよう求めるとともに、新たな制裁等が発動されないよう各国に働きかけること。

3.ICCの機能が損なわれないよう人的・物的支援を拡充し、その活動をさらに支えること。

ICCが万が一にも破綻するようなことになった場合、世界の平和、安全及び福祉を脅かす"コア・クライム"を犯した者による説明責任を確保し、これらの者に適切な処罰を与えるとともに、"コア・クライム"の被害者救済を目的とする常設の国際刑事法廷は世界でもう二度と生まれない、などということにもなりかねない。それは、法の支配による国際秩序と安全保障の確保に対する重大な危機を招くこととなろう。

 

当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする法律専門家団体として、ICCの活動に対する揺るぎなき支援と、実務家法曹としてなし得る協力を惜しまないことを、ここに表明する。

                            

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