東京弁護士会

労働時間に関する男女共通規制の早期実現に向けての意見書

意見の趣旨


1997年(平成9年)10月

第1.はじめに
東京弁護士会では、男女が平等に人間らしく働き続けられるために種々の調査研究をしたり、意見を発表してきた。本年6月11日、労働基準法(以下「労基法」という)の時間外、休日、深夜についての「女子保護」規定の撤廃を含む男女雇用機会均法等の整備法が成立した。
その結果、1999年4月には女子保護規定は撤廃されることになった。現在、労基法は36条による労使協定があれば無制限に働かせることができる。長時間労働の結果、過労死する労働者もおり、健康に不安をかかえる過労死予備軍の労働者も多い。男性労働者の多くは長時間労働の結果、家庭責任や社会的責任を果たすことができず、男女の役割分担の見直しが求められて久しいが、改善は進んでいない。ましてや家庭責任の多くを女性が担っている現状のもと、女性も深夜、時間外、休日に無制限に働かされることになると、家庭と仕事の両立は、今以上に難しくなる。労働者の健康、家庭生活、子どもや老人たち弱者の人権を守るためには、一日も早い男女共通の規制が必要である。
先の通常国会での男女雇用機会均等法等整備法に対する衆議院及び参議院労働委員会の附帯決議においても、そのための適切な措置を講ずるべきとされている。
労働省は本年7月2日「今後の労働時間法制及び労働契約等法制の在り方について(中間的取りまとめに向けての議論のために)」(以下「試案」という)と題する書面を発表し、同年8月6日には「今後の労働時間法制及び労働契約等法制の在り方に関する中間的取りまとめについて」(以下「報告」という)を発表した。
私たちは、特に労働時間の男女共通規制につき、この「試案」「報告」を検討し、より早期に効果的な規制が実現するよう、あるべき規制につき意見を述べる。

第2.「報告」の「第1 基本的視点」について
(意見)
労働時間に関する男女共通規制のあり方を考える上で、下記の基本的視点をふまえるべきである。
・憲法の精神の尊重
男女労働者が健康に家庭生活や社会生活と両立しつつ働き続けられる権利は憲法の定める基本的人権である。
・条約の尊重
女子差別撤廃条約やILOの諸条約が定める国際法規を遵守すべきである。
・本年6月の国会附帯決議の尊重
本年6月女子保護規定撤廃を含む男女雇用機会均等法等整備法案可決の際の附帯決議には、労働時間規制につき、以下の点が掲げられている。
イ、時間外労働の抑制について、諸外国の例などを参考にし速やかに実施されるようにすべきである。
ロ、国際公約ともいうべき年間総労働時間1800時間の早期達成を実現する。
ハ、女子保護規定の解消により、家庭責任を有する女性労働者の急激な変化を緩和するための適切な措置をとるべきである。
ニ、家族的責任を有する男女労働者の時間外・休日及び深夜業については、その事情を配慮するよう事業主に対し、指導等の措置を講ずる。
ホ、新たに女性労働者に深夜業をさせようとする場合は、労使の充分な協議と労働者の負担軽減を図ることが必要である。
ヘ、深夜業について実態把握のための調査研究をする。
これらの点を充分に配慮すべきである。
(理由)
「報告」は、基本的視点として、「経済活動のグロ-バル化が進んでおり、企業の世界的な競争が激化し」ている状況の中で、産業・企業が積極的に事業展開できるようにするとともに、「労働者も労働を通じて自己実現できる」ようにしていくことが重要であると述べ、「多様な働き方を求める労働者が増加しており」「複雑化・個別化する労働関係が公正妥当なものになるよう」にしていくことが必要と述べている。 報告は一応、「家庭生活との調和の観点をも含め労働者が健康で安心して働ける環境の形成に資するよう」とは述べているものの、産業・企業の経済生活上の要求が先行し、多様化、複雑化、個別化」等の表現のもとに、労働条件として最も基本的な労働時間に関する規制が軽視され、その結果、労働者が健康で家庭生活や社会生活を営みながら働き続けていく権利の保障に資するものにならなくなる恐れがある。
(意見)に掲げた基本的視点に立ち、より効果的な規制を考えるべきである。以下個別に述べる。
・憲法の精神の尊重
憲法27条は、基本的人権として勤労権を定め、その条件の法定を義務づけている。労働基準法はそれをうけて労働者の最低限の労働条件を定めたものである。
その規制は労働者やその家族が、憲法13条の幸福追求権、25条の生存権を保障され、人間らしく健康に家庭・社会生活を送り働き続けられるものでなければならない。
労働時間規制は労働条件の中でも最も基本的なものであり、この視点を欠いてはならない。
・条約の尊重
憲法98条は国際法規の遵守をうたっており、我国が批准した女子差別撤廃条約やILOの各条約を尊重すべきである。また未批准の条約についても国際的な労働基準として充分尊重すべきである。
ILO156号条約では、家族的責任を有する男女労働者が、差別されずに働き続けられるための条件整備を国に義務づけており、同165号勧告では、家族的責任を有する労働者が、平等に働き続けられるために「一日当たりの労働時間の漸進的短縮および時間外労働の短縮(勧告18項)、交替制労働及び夜間労働の割当において、家族的責任から生じる必要を考慮すべきである(同19項)。」等が定められている。また、同171号夜業に関する条約では、深夜業について夜業労働者の健康を保護し家族的責任及び社会的責任を果たすことを援助するための国際労働基準を定めている。
これらの条約の定める趣旨を尊重すべきである。
・国会附帯決議の尊重
本年6月の国会附帯決議は、女子保護規定撤廃の国会審議の中で明らかにされた種々の問題点を解決するための詳細な視点が掲げられている。
そこでは、諸外国の例等を参考にすること、国際公約ともいうべき年間総労働時間1800時間の早期達成をすること等、我国の長時間労働そのものの改善を促進するとともに、家庭責任との両立のために、女子への激変緩和措置や男女を問わず、家族的責任を有する労働者への対策等きめ細かい配慮をすべきことがうたわれている。
これらの視点を充分に尊重すべきである。

第3.時間外・休日労働の在り方
1 適正化指針の実効性を高めるための方策等について
(意見)
労働基準法に、男女共通の時間外・休日労働の上限として、年間150時間と明記すべきである。ただし、経過措置として附則で、一定期間は命令で定める時間を上限とし、これを段階的に短縮していくことを規定する。また、1日単位の上限規制も明記し、時間外労働・変形労働を含めて1日の最長労働時間を10時間とし、法定休日労働は原則禁止とすべきである。
(理由)
「報告」では三論併記の形で、労働者側委員は時間外・休日労働の法的上限規制や法定休日労働の原則禁止をすべきであるとの意見を出し、使用者側委員は時間外・休日労働の雇用調整機能への配慮を欠いた上限規制が雇用の安定を損なうとして、適正化指針制度の実効性を高めることにとどめるべきとの意見を出し、公益委員からは、関係者間で合意の得られた範囲から速やかに措置することが必要であるとして、まず適正化指針に法的根拠を設け、その実効性を担保すべきであるとの意見が出されたとしている。
しかし、単に適正化指針に法的根拠を設けるというだけで強制力を伴わないのであれば、何ら実効性は確保されない。例えば、今回共に検討されている代償休日(後記3)は、目安指針の水準を超えた場合を付与の条件としており、これは目安指針の定める時間の性質が、必ず遵守させるべきものではなく、予め超えることが十分予想されている程度のものであることを示している。つまり、現行の目安指針に法的根拠を設けただけで強制力がないのであれば、結局それは守られないだろうから、そのために代償休日を用意しておこうというのである。これでは「報告」で検討されている実効性を高める方策自体に実効性がないことを自認しているようなものである。真に実効性を確保するのであれば、端的に労基法に上限を明記し、違反に対する罰則の適用も含めた規制をすべきである。
諸外国においても、ILOの調査(「ILO労働条件ダイジェスト1995」)によれば、年単位で時間外労働の総量規制をしている国が41か国ある。規制の手段は、各国の法制度、社会的、文化的状況により様々であるが、我が国の場合、未組織労働者が多く、労働組合の推定組織率は1970年代後半以降低下し、1996年は23. 2%まで低下しており(「平成9年版労働白書」)、さらに労使協定が実際には職場の民主的な代表者選出によらなかったり、労使が対等な立場で交渉し協定を締結するのでなく、使用者に一方的に押し付けられている現状では、労使協定にまかせていては実効性が確保されないことが容易に予想できる。強制力のない行政指導でも同じである。労働時間は、労働条件の最も基礎的な条件であり、最低ラインを労基法で定めるべきである。いくら1日や1週の労働時間を労基法で定めても、労使協定で事実上無制限に時間外・休日労働をさせられるなら、労働時間規制はないに等しく、時間外・休日労働の上限規制をして初めて労働時間規制があるといえる。
週40時間規制のもとで、労働時間を国際公約である年間総実労働時間1800時間にするには、年次有給休暇や祝祭日を計算にいれると、時間外・休日労働を年間147時間に抑えることが必要と計算されている。この数字は国会等ですでに確認されているものであり、時間外・休日労働に年間150時間の上限規制をすることは、国際公約達成のための不可欠な措置である。ちなみに前記ILO調査の41か国のうち32か国が、年間100から200時間の範囲での規制を定めている。
ただし、いきなり年間150時間の上限規制を実施しても、その実現は困難と考えられるので、週40時間労働を法制化した際と同じように、一定期間の経過措置を設け、その間、段階的かつ早期に年間150時間(つまり年間総実労働時間1800時間)を実施していくようにすればよい。国際公約である年間総実労働時間1800時間は、1988年の経済運営5か年計画と、1992年の生活大国5か年計画の2度にわたって目標をたてながら、達成できなかったのであるから、目標達成の時期とそこへ至る過程(経過措置)が具体的に明らかになるような方策をとるべきである。
時間外・休日労働に雇用調整機能があるとしても、雇用調整全体の中での、時間外・休日労働が担っている機能はその一部でしかない。まして、そのような機能があるからといって、健康を害し、家庭生活を破壊する長時間労働が許されるというものではない。雇用の確保が必要なのは当然であるが、それは健康的で、職業生活と家庭生活が両立できる内容のものでなければ意味がない。労働者に雇用か過労死かの選択を迫るのでなく、時間外・休日労働の上限規制をした上で雇用確保の努力をすることこそが、企業に強く求めらている。上限規制をすれば、即雇用の安定を損なうかのような意見は妥当ではない。
人間の生活は1日の単位で営まれている。職業生活と家庭生活との両立をはかり、男女がともに社会にまた家庭に係わっていくには、1日単位での時間規制は是非とも必要である。
諸外国の例では、前記ILO調査によると、1日単位で時間外労働を規制している国が96か国におよび、そのうち40か国が1日2時間としており最も多くなっている。我が国が批准したILO156号条約・同165号勧告においても、家族的責任を有する労働者も平等に働けるようにするために、「1日当たりの労働時間の漸進的短縮および時間外労働の短縮(勧告18項)」が求められている。
仮に、1日10時間以上働き、通勤時間、休憩時間をいれると、家庭で過ごす時間は実質的には極めて少なくなる。このような働き方ではとうてい家庭責任は果たせず、夫婦が共に働き子供を育てるという生活を選択することができなくなる。結局、「男は外で働き、女は家庭に」という従来の役割分担に逆戻りするか、ますます女性が結婚、出産を避ける社会になっていくかのどちらかである。男女が共に働き、家庭生活を充実させるには、1日の最長労働時間として10時間というのは、本来限界の数字である。
ところが、今回の「試案」では変形労働時間制の在り方も提案されており、そこには1日及び1週間の労働時間の限度の弾力化等が含まれている。これは明らかに1日当たりの労働時間短縮に逆行しており、これについても反対せざるを得ない。
休日は労働者が労働から完全に解放され、心身の疲労を回復し健康を維持するためにも、家庭生活を充実させ豊かな生活を過ごすためにも欠かせないものである。また、疲労の蓄積しやすい連続勤務は過労死の重要な要因になっている。そこで、労働時間の総量規制に加えて、最低限週1日は労働から完全に解放される日として確保されるべきであり、原則として法定休日労働は禁止されるべきである。

2 女子保護規定の解消に伴う家庭責任を有する女性労働者の職業生活や労働条件の急激な変化を緩和するための措置について
(意見)
男女共通の労働時間規制と労働時間短縮の方向を明らかにした上で、暫定的措置として家庭責任を有する女性労働者への激変緩和措置を実施すべきである。
(理由)
「報告」では、何らかの激変緩和措置を講ずることの必要性を認め、さらに検討するとしている。
固定的な役割分担意識の下、現状では家庭責任の大半を女性が負担させられている。例えば、総務庁の「社会生活基本調査(1991)」によれば、夫婦とも週35時間以上の労働者であっても、平日の「家事・育児・買物」に費やす妻の時間は3時間11分であるのに対し、夫は13分にすぎない。また、労働省産業医学総合研究所の研究(1995)によれば、外で働きながら子育てしている女性の帰宅後心拍数は、男性の場合、次第に落ち着いていくのに比べ、午後10時ころまで一定して高いままであり、ストレスに対処するホルモン物質の分泌量も、男性が休日と差がないのに比べ、勤務日の夕刻と夜間に明らかに休日より高いということである。
本来、男性の長時間労働こそが問題であり、男女が共に家庭責任を公平に分担できるような男女共通の労働時間規制がなされるべきだが、現実にはすぐに実現しない以上、現に家庭責任を負っている女性への、激変緩和措置は必要と考える。
ただし、男女共通の労働時間規制もなく、単に性別による二重の基準を残すというのでは、今回の改正の趣旨にそぐわないし、単に一定期間家庭責任を有する女性には猶予を与えるというのでは、一定期間後は女性が健康を害しても家庭が崩壊しても構わないということになる。激変緩和措置の検討には男女共通の労働時間規制が前提として存在すべきである。
そこで、速やかに上記1の上限規制を実現して男女がともに健康的に職業生活と家庭生活を両立できるような統一規制を果たすべきである。

3 代償休日の付与について
(意見)
強制力のある時間外・休日労働の上限規制を行うべきであり、基準を超えて行われた時間外・休日労働に対して代償休日を与えることは上限規制の法的効力を否定することに他ならず、反対する。
(理由)
「報告」では、長時間労働を抑制するために、「試案」に沿って代償休日の具体的内容についてさらに議論するとしている。
しかし、上記1で述べたように、実効性を確保するには、上限規制には強制力が必要であるのに、「試案」で述べられている代償休日は、目安指針を超えた場合に与えるものとされており、最初から超えることが予定されており、そもそも、代償休日の前提が賛成できない。上限規制の範囲内での時間外労働に対して代償休日を与えるというものなら検討する価値はあるが、まずは上限規制や割増率引き上げを実現すべきである。

4 時間外・休日労働の割増率(深夜業を除く)について
(意見)
時間外・休日労働の割増率は、時間外労働について50%、休日労働について100%に引き上げるべきである。
(理由)
「報告」では三論併記の形で、労働者側委員は引き上げるべきとの意見を出し、使用者側委員はその余地なしとの意見を出し、公益委員からは最新の実態を踏まえた検討を要するので、引き続き関係者の合意の形成を図るべきとの考えが示されたとしている。
本来、時間外・休日労働は生活を乱す例外的なものであり、極力それを抑制するために、その分の賃金には高い割増率をかけることが定められているのである。例えば、前記ILO調査によれば、アメリカは時間外労働50%、イギリスは時間外労働50%日曜100%、カナダは時間外労働50%祝日150%、ドイツは平均で時間外労働27ないし42%日曜62%祝日139ないし149%、フランスは時間外労働週8時間まで25%それを超えると50%、さらに週42時間を超えると残業手当を支給した上で代休を与えるとなっている。
ところが、我が国は時間外労働25%、休日労働35%となっており、これら先進国の例に比べて明らかに低い水準にある。このように我が国では時間外・休日労働のコストが低いため、時間外・休日労働に安易に頼る企業体質が一向に改まらないのである。
割増率の引き上げと総量規制は時間外・休日労働抑制の二本柱であり、年間総実労働時間1800時間を達成するには、割増率の引き上げが有効であり、是非とも実施すべきである。

5 割増賃金の算定基礎からの住宅手当の除外について
(意見)
住宅手当の支給が男女平等に行われることを前提に、住宅手当を割増賃金の算定基礎から除外することに反対する。また、割増賃金の算定基礎に賞与一時金を新たに含めるようにすべきである。
(理由)
「報告」では三論併記の形で、使用者側委員は除外できることとすべきとの意見を出し、労働者側委員は除外は適当でなくむしろ一時金を算入すべきとの意見を出し、公益委員からは最新の実態を考慮する必要があり、引き続き検討すべきであるとの考えが示されたとしている。
住宅手当の支給実態には男女差別が残っており、割増賃金の算定基礎に住宅手当を入れることは、男女の賃金格差を拡大することにつながっている。まずそのことを認識すべきであり、その是正が必要である。
住宅手当は労働の対償として支払われるものであり、労基法11条にいう賃金である。その賃金から、割増賃金算定の際何を除外するかは、同法37条4項に限定的に定められている。そして、上記4で述べたように、時間外・休日労働抑制のためにそのコストを引き上げることが今必要である。しかるに、それに逆行して、これまで算定基礎に含まれてきた住宅手当の除外のみを今検討する必要はなく、反対である。
また、住宅手当という名称ではあっても、実際には基本給を抑え、賞与一時金や退職金を抑えるための道具として使われてきたという側面もあり、単純に名称だけから検討すべきではない。 仮に、算定基礎全体を見直すというのであれば、住宅手当の除外の検討だけではなく、同時に、賞与一時金は、実質的には賃金の後払いとの性格を持っているので、これこそ算定基礎に含めるよう検討すべきである。賞与一時金を含めないため、我が国の割増率は時間外労働25%となっていても、実際のところ実効率はマイナス5%、休日労働の場合では実効率プラス3%であるとの試算(1997年6月30日付「日本経済新聞」、明治学院大学笹島芳雄教授による)もあり、これが時間外・休日労働のコストを低くしている大きな要因である。仮に割増率が引き上げられ、形のうえでは諸外国に肩を並べたとしても、算定基礎から賞与一時金が除外されている限り、実際にはまだまだ改善されたことにはならないのである。

6 家族的責任を有する労働者の時間外・休日労働について
(意見)
家族的責任を有する労働者が請求した場合においては、時間外・休日労働をさせてはならないと、法律で規定すべきである。
(理由)
「試案」及び「報告」では、この家族的責任を有する者の時間外・休日労働の拒否について、何らふれておらず検討されていない。しかし、先の均等法などの改正の際、国会の附帯決議では、家族的責任を有する男女労働者の時間外・休日労働については、その事情を配慮するよう事業主に対し指導等の措置を講ずることが、政府に求められているのであって、今回の時間外・休日労働の在り方の検討に際して、是非とも併せて新たな措置を講ずるようすべきである。
上記1ないし5(2の激変緩和措置を除く。)で述べた意見は、すべての男女労働者にとって、健康を維持し、職業生活と家庭生活を両立させるために必要なものである。これらが実施されれば労働時間の点で現状よりかなりの改善がなされるだろう。しかし、家族的責任を負っている者の中には、これだけでは正規労働者として働き続けるのに十分ではない場合もある。
就業規則は予め時間外・休日労働義務を当然のように定めているのが普通である。それに関する労使協定も前述のように、民主的な代表者選出と締結が保障されている状況のもとにはない。つまり、本来例外的な時間外・休日労働の義務が、すでに当然のように組み込まれているのが実態である。しかし、家族的責任を有する者には、少しの時間であっても時間外・休日労働ができないという事情のあることが多い。そこで、時間外・休日労働を適法に拒否できるようにしなければ、正規労働者として働き続けることは困難になり、意に反してパート労働につかなければならなくなる。これでは、前記ILO156号条約・165号勧告が求めている、家族的責任を有する者も全く平等に働けるような職場の労働条件確立という趣旨に反する。家族的責任があっても平等に働ける環境を整えるべきである。
育児・介護休業法の先の改正で、育児又は家族介護を行う労働者の深夜業を制限する規定が設けられた。しかし、深夜業の規制は午後10時以降のことであり、それに該当しない時間外・休日労働に対処するものとして、同法では、育児休業をしない場合の1歳未満の子に関しては勤務時間の短縮等の措置があるが、1歳から小学校就学前の子に関しては育児休業や勤務時間の短縮等の努力義務があるにすぎない。改正で深夜業の規制をしたのと同様に、同法において育児又は家族介護を行う労働者の時間外・休日労働を制限すべきである。また、深夜業の部分でも同様だが、その適用対象は小学校就学始期に達するまででは十分ではない。せめて小学生のときくらい、親と日々一定の時間を過ごすには、なによりもまず、親が労働時間に振り回されず、家庭で過ごす時間を日々きちんと確保できなければならない。適用対象を少なくとも小学校卒業までに拡充すべきである。
あるいは、労基法の妊産婦や育児時間に関する規定と同様に、労基法に規定をおくことも考えられる(ただし男女共通のものとして)。いずれにしろ、今回の時間外・休日労働の在り方において取り上げあわせて検討すべきである。

第4.関連事項としての深夜業
1 はじめに
「報告」では、深夜業については、時間外・休日労働の在り方の関連事項として深夜業を取り上げ、賃金の割増率及び勤務時間と勤務回数制限についてふれているのみである。
深夜業は、これまで禁止されていた女性だけでなく男性にとっても健康を害する労働である。昼間働き、夜間は休息・睡眠をとる。これが人間の自然な生体のリズムである。人間の生理的諸機能は、昼間は交感神経系が優越し、夜間は副交感神経系が優越する。この二つの神経作用に特徴付けられた日周期リズムを人間は有しており、これを強制的に逆転させるような深夜業に、生理的諸機能は容易に順応することはできない。昼間睡眠をとっても深夜業の疲れはなかなかとれにくく慢性疲労化しやすい。深夜業が過労死に及ぼす影響も指摘されるところである。
そればかりでなく、深夜業は家庭生活にも多大な影響を及ぼすものである。夜間は、本来育児や介護そして家庭の団欒に充てるべき時間帯である。深夜業に就けば、この時間を奪われることになり、家庭責任の遂行が阻害される。
そのうえ労働者が社会生活をするにも深夜業は大きな支障となる。社会生活一般は昼型のリズムに合わせて営まれているので、深夜業に従事する労働者が、友人や近隣等との人間関係を保ち、各種のサービスを享受し生活を維持するためには、本来は睡眠や休息に充てるべき昼間の時間帯を使わざるを得ない。これでは健康を守るため最低限確保すべき睡眠や休息時間を取ることが難しくなる。あるいは睡眠時間を確保するために、家庭責任を放棄せざるを得なかったり社会的な活動を事実上断念せざるを得ない。
以上のとおり深夜業は、健康で人間らしい生活をおくるためには重い負担となる非人間的労働形態であって、男女がともに職業生活と家庭生活を両立させ、健康で人間らしく労基法1条1項にいう「人たるに値する生活」を営むためには、深夜業はやむを得ない場合、すなわち公共サービス、公益上の必要がある場合及び生産技術上連続操業が不可避な場合等を除き本来すべきではない。
したがって、深夜業をする場合であっても、深夜業が非人間的な労働であり、健康や家庭生活・社会生活に対する有害性から、その法的な規制を行うことが必要である。
そのためには、我が国はまだ批准するに至っていないが、ILO171号「夜業に関する条約」(以下「夜業条約」という)及び同178号「夜業に関する勧告」(以下「夜業勧告」という)にあるように、深夜の労働時間の上限規制や勤務の間隔の確保等の深夜業に対する規制が不可欠であり、以下のように男女共通の深夜業に対する法的な規制を導入することを提言する。

2 深夜業の男女共通規制について
(1)深夜勤務時間及び深夜勤務回数等の制限
(意見)
深夜業を含む労働時間は、原則として8時間を超えてはならないと法律で規定すべきであり、時間外労働・変形制労働はいずれも禁止すべきである。
さらに深夜勤務の回数についても、勤務体制に応じて一定の回数に制限を設けるべきである。
(理由)
「報告」では三論併記の形で、労働者側委員は、深夜勤務時間数及び深夜勤務回数等に上限を設けるべきという意見を出し、これに対し使用者側委員は上限を設けるべきでないという意見を出し、公益委員からは深夜業に従事する労働者の健康確保等のため何らかの措置を検討してはどうかという意見が出されたとされている。
深夜業が行われる場合にあっても、男女ともにその職業生活と家庭生活、社会生活をできる限り両立しうるように条件を整えなければならず、そのためには男女共通に深夜業の規制が必要である。
深夜業の有害性を考慮すれば、深夜業に従事する労働者の労働時間に上限規制を設けるべきである。第3で取り上げた「時間外・休日労働の在り方」では、労働時間の総量規制とともに1日単位の労働時間の上限規制を設けるべきであり、その上限は1日10時間とすることを提言したが、深夜業に従事する労働者の勤務については、昼間の上限よりもさらに短い上限を設定すべきである。なぜなら深夜業はあくまで例外的なイレギュラーなものであり、男性も女性も極力これを避けるべきであるからである。昼間以上に労働時間は厳しく規制して、十分な休息時間を与えることが労働者の健康と生活を守るために是非とも必要である。深夜業に従事する労働者の労働時間の上限は、夜業勧告に示すように原則として8時間を超えないものとするべきである。また深夜業がそもそも例外的で有害的な労働形態であることから、その深夜業にまで時間外労働や変形制労働を認めるべきではない。
さらにたとえ深夜業を含む労働時間に上限を設けたとしても、連続的に深夜業が行われた場合は、人間の生体リズムに反するような生活を強いられ、健康に及ぼす悪影響や家庭生活及び社会生活に対する有害性を軽減することは難しい。その影響を最小限にするためには深夜業を含む労働時間の上限規制だけでなく、深夜業を行う回数についても何らかの規制を加えることが有効である。ただし制限回数については、勤務体制に応じて今後検討する必要がある。

(2)休息時間について
(意見)
1日の労働時間の終了後は、少なくとも12時間の連続した休息時間を与えなければならないと法律で規定すべきである。
(理由)
深夜業を行った後は十分な睡眠や休息をとり、できる限り疲労が蓄積しないように配慮しなければならない。そのためには夜業勧告にもあるが勤務と勤務の間に連続した休息時間を確保することが不可欠である。同勧告は、深夜業を伴う交替勤務の場合は2つの勤務の間には少なくとも11時間の休息時間を保障するべきであるとしている。またドイツの新労働時間法でも休息時間は最低連続11時間と定めている。我が国の通勤事情からいえば、これに1時間を上乗せし12時間以上の連続した休息時間を設けるべきである。

(3)深夜業の割増率について
(意見)
深夜業の割増率は、少なくとも50%以上に引き上げるべきである。
(理由)
「報告」では三論併記の形で、労働者側委員は時間外労働とともに50%に引き上げるべきであるとの意見を出し、使用者側委員はその余地なしとの意見を出し、公益委員からは最新の実態を踏まえた検討を要するので、引き続き関係者の合意の形成を図るべきとの考えが示されたとしている。
深夜業は、通常の時間帯の時間外労働や休日労働と同等、むしろそれ以上に人間の生活を乱し健康を害するもので、本来極めて例外的であるべきものである。このような労働を極力抑制するために、時間外・休日労働と同様に、あるいはより厳しい賃金の割増率が定められるべきである。我が国の現行の深夜業の割増率は、時間外労働と同じ25%であり、時間外労働の割増率が50%に引き上げられるのとともに、深夜業についても割増率を少なくとも50%以上に引き上げるべきである。
また、その前提として、割増を行う場合は昼間に行われる同一の労働の賃金を基準とすべきことを併せて明記すべきである。別基準で深夜業の賃金を低額に設定されては、割増率を定めこれを可能な限り規制しようとする法の趣旨は失われてしまう。同一(価値)労働同一賃金の原則に基づき、昼間の同一労働の賃金を基礎にした上で、深夜業の割増を適用しなければならないと規定すべきである。

(4)特別な事情を有する労働者について
(意見)
健康上の理由から深夜業が不適応とされた労働者及び高齢者が請求した場合においては、深夜業をさせてはならず、請求があれば昼間の同一ないし類似の労働への配置転換をしなければならないとすべきである。
家族的責任を有する労働者が請求した場合は深夜業をさせてはならないとすべきである。また請求があれば昼間の同一ないし類似の労働へ配置転換しなければならないとする方向で検討すべきである。
(理由)
上記(1)から(3)の規制は全ての男女労働者にとって健康を維持し、職場と家庭を両立させるために必要とされるものである。しかしさらに健康上の理由、高齢、家族的責任を負う労働者など特別の事情を有する労働者にあっては、これだけでは家庭生活と職業生活を両立させるのに十分でない場合もある。
この点、「試案」も「報告」も深夜業を行う場合に上記の特別事情を有するものへの検討はなんらされていない。しかし、先の均等法の改正の際、国会の附帯決議でも「深夜業が労働者の健康及び家庭・社会生活に及ぼす影響について調査研究を進めその実態把握に努めること」及び「家族的責任を有する男女労働者」の深夜業についても時間外・休日と同様に、「その事情を配慮するよう事業主に対し指導等の措置を講ずること」が政府に求められているのであって、今回の関連事項としての深夜業の検討に際しても、以下の特別な事情を有する労働者について是非とも新たな措置を講ずるようにすべきである。
・ 健康上の理由から深夜業が不適応とされた労働者について
健康上の理由から深夜業が不適応とされた労働者については、深夜業から昼間の同一ないし類似の労働へと転換ができなければ、その職場で正規労働者として働き続けることが事実上困難になる。
労働安全衛生法66条の3の1項では、健康診断の結果健康保持のために必要ありと認めるときは事業者は就業場所の変更や作業の転換等適切な措置を講じなければならないとされるが、これでは事業者が健康診断を行いその結果により健康保持の必要を認めることが前提である。これを一歩進め、新たに労働者からの権利とし、健康上の理由から深夜労働に不適応とされた労働者には、深夜業の免除請求権のみならず昼間の同一ないし類似の労働への配置転換請求権を付与すべきである。
・ 高齢者について
高齢者が深夜業を行う場合は、若年者や中年者に比べて疲労度も高く回復力も遅く身体に対する影響も大きい。前記国会附帯決議にもあるように、深夜業が高齢者に及ぼす影響を調査研究したうえで、一定年齢以上の高齢者に深夜業の免除請求権及び昼間の同一ないし類似の労働への配置転換請求権を付与すべきである。
・ 家族的責任を有する労働者について
先の男女雇用機会均等法等整備法の成立により、育児・介護休業法が一部改正され1999年4月から家族的責任を有する労働者の場合、男女を問わず深夜業の免除請求権が認められることになった。しかし同法の適用対象は小学校就学前の子もしくは家族に要介護者がいる場合に限られ、とくに子の養育責任を果たすということであれば十分ではない。深夜に両親とも不在で家には子どもだけという状態は決して望ましいものではない。せめて小学校卒業前の子がいる場合までに適用対象を拡充すべきである。さらに家族的責任を有する労働者に対して深夜業の免除請求権のみならず昼間の同一もしくは類似の労働への配置転換請求権を付与する方向で検討すべきである。

3 就業環境その他の環境の整備について
(意見)
深夜業を行なわせる際は、労働者の負担を軽減するための就業環境の整備を行うことを事業主に義務づけるべきである。
(理由)
深夜業を行う場合には、昼間とは異なった特殊な事情や問題が存在する。例えば、深夜に通勤しようとすれば交通機関の便が悪い上、通勤途上の危険性も無視できない。特に深夜通勤する女性労働者の安全は保障されなければならない。そのためには深夜の通勤の手段とその安全の確保は欠かせない。深夜業に従事する労働者に十分な休息をとらせるためには、職場の近くに住宅を借り上げたり防音対策を施すなど労働者の住環境を整備することも必要である。事業所内に深夜利用できる休憩・休息施設を確保することも必要である。また子を有する労働者が少しでも安心して深夜業に従事できるように夜間保育施設を事業所内に設けることを考えてもよい。
以上のように、労働者を深夜業に就かせるには、できるだけ労働者の負担を軽減しその安全を確保するための就業環境等の整備を行うことが不可欠であり、事業主にその就業環境等の整備を行わせることを義務とすべきである。

「労働時間に関する男女共通規制の早期実現に向けての意見書」要旨

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