東京弁護士会

東京都教育委員会の都立七生養護学校の性教育に対する処分に関連する警告書要約版

東京都教育委員会の都立七生養護学校の性教育に対する処分に関連する警告書要約版

当会は2005年1月24日、東京都教育委員会に対し、都立七生養護学校に関する事案につき、以下の警告を発しました。ここにその概要をご報告いたします。

事案の概要

都立七生養護学校には、知的障害のある子どもが通学しており、以前から障害のある子どもに対しての性教育実践を重ねていました。しかし2003年7月4日、東京都教育委員会(以下「都教委」といいます。)及び都議会議員(以下「都議」といいます。)らが新聞記者を同行し同校を訪れ、同校の性教育にかかわる教員らを直接強く批判するなどの事態が発生し、その直後同校で性教育に使用されていた全教材類について、都教委による回収管理が行われました。さらに都教委は同校教員らに対し、不適切な性教育を行ったとして厳重注意を行いました。その後同校では、それまで行われていた性教育が実施できない状況になっています。本件は上記の経緯により同校の性教育を行うことができなくなったことなどについて、人権侵害であるとして当会に人権救済申立がされたものです。

警告の趣旨

  1. 東京都教育委員会は、2003年9月11日東京都立七生養護学校の教員に対して行った厳重注意は、「不適切な性教育」を理由にするものであって、このことは子どもの学習権およびこれを保障するための教師の教育の自由を侵害した重大な違法があるので、これらを撤回せよ。
  2. 教育委員会は、同委員会に保管されている七生養護学校から提出された性教育に関する教材一式を、従来保管されていた七生養護学校の保管場所へ返還し、同校における性教育の内容および方法について、2003年7月3日以前の状態への原状回復をせよ。
  3. 教育委員会は、養護学校における性教育が、養護学校の教職員と保護者の意見に基づきなされるべき教育であることの本質に鑑み、不当な介入をしてはならない。

警告の理由(骨子)

1 認定した事実

当会は本件について、調査の結果、以下の事実があるものと認めました。

  1. 都立七生養護学校には、知的障害のある子どもが通学しており、以前から障害のある子どもに対して、対症療法にとどまらない実効性のある性教育をすべく実践を重ねていました。知的障害のある子ども達は、抽象的な事柄を理解するのに困難を伴うことから、同校では具体的でわかりやすい授業を行うことが工夫されていました。例えば体の各部位の名称を歌詞にした「からだうた」(性器の名称が「ペニス」「ワギナ」として含まれています)を授業開始時に歌うことや、段ボール箱にペニス模型をつけ、ペニスの先から液体を出すことができるように内部に管を通してある「箱ペニス」を用いて精通についての指導をするなどの方法が採られていました。これらの授業の実施にあたっては、保護者の意見にも配慮した方法で行われていました。そして同校の性教育実践は、東京都教育庁が後援する研修でも取り上げられるなど、これまで肯定的に評価されてきていました。しかし近時、性教育について過剰であるとの批判的意見が都議会などでも取り上げられていたなか、2003年7月4日、都教委および都議らが新聞記者を同行し同校を訪れ、都議がその場で同校の性教育にかかわる教員らを直接強く批判するなどの事態が発生し、その直後同校で性教育に使用されていた全教材類について、東京都教育委員会による回収管理が行われました。さらにその後、都教委から同校教員らに対して、不適切な性教育を行ったとして厳重注意がなされました。
  2. まず2003年7月2日に都議会で都立養護学校での性教育について都議の質問が行われ、同月4日には、都教委指導主事および都議らが新聞記者を同行して七生養護学校を訪れました。都議は同校の性教育につき批判的、威嚇的言動を行い、また性教育教材の人形のズボンを脱がせ記者に撮影させるなどしました。このような状況は生徒が学校内にいる状況で起きたものであるにもかかわらず、その場に居合わせた都教委指導主事はこの都議の行動を制止しませんでした。
    また、同校で使用されていた性教育教材類はすべて都教委が回収し保管するところとなりました。その後同校では、それまで行われていた性教育が実施できない状況になっています。
  3. 同月9日には、都教委により、同校教員らに対して不適切な性教育であるかどうかを調査するためとして教員らに対する聞き取りが行われましたが、その際何らかの処分を前提とするものであるとの説明はありませんでした。
    しかし、都教委は、七生養護学校の性教育が問題とされたことを契機としてすべての都立盲・ろう・養護学校に監査を行った結果として、同年9月11日に「不適切な性教育」や「服務規程違反」などの理由により、七生養護学校の教職員をも含んだ、養護学校管理職37名について、停職、降格、減給、戒告、文書訓告、教員等65名について、口頭による厳重注意、教育庁関係者について、戒告、文書訓告の処分がなされました。そしてこのうち明確に「不適切な性教育」を理由として行われた処分は、七生養護学校の13名の教員が含まれる合計21名の教員に対する厳重注意でした。
  4. その後、同校では、校内研修会が実施され、指導指針が作成されるなどしました。その結果性教育指導時間は大幅に短縮され、内容、指導形態については、ペニス、ワギナ、性交といった言葉の使用が事実上禁止された他、人形や模型等を用いた指導を行うことが禁止され、図などの平面教材についても使用が著しく制約されました。結果として同校で行われる性教育は、それまで行われていたものとはまったく異なるものとなりました。

2 性教育の必要性(特に障害のある子どもについて)

性に関する問題は人間の根源に関わる問題であり、性に関する基本的事項は科学的に正しく教える必要があります。現在マスメディアによる性に関する情報の氾濫、インターネット等による性情報への接近の容易性、価値観の多様化などによって、性行動・性体験の低年齢化が進んでいるうえ、性感染症も広がりをみせています。子どもが心身ともに健やかに成長することや生命の大切さを認識することは重要かつ緊急の課題となっており、学校、家庭、職場、地域等さまざまな場面で性教育が必要となっています。
知的障害のある子どもについては、男女のからだの仕組みや体の発達の相違を理解することが不十分であったり、困難であったりします。身体の変化を素直に受け止めることができず、パニックをおこす子どもも少なくありません。また自己の性に関する悩みや不安を的確に表現することができない子どもも多いのです。そのため、知的障害のある子どもに対しては、教材等を工夫し、具体的でわかりやすい性教育が求められています。また、知的障害のある子どもが性犯罪の被害者になったり、場合によっては性犯罪の加害者になることもありえます。性被害と加害の防止という観点からも性教育が必要と判断されるのです。

3 七生養護学校で行われていた性教育の評価

七生養護学校で行われていた性教育は、学習指導要領の趣旨に反するということはできません。

文部省からは、学習指導要領を前提として、1999年3月31日、「学校における性教育の考え方、進め方」(以下、「性教育の考え方」という)が発行されており、そこでの見解は、学習指導要領の趣旨を具体的にわかりやすく解説したものと理解されており、今日まで変更修正されていません。
「性教育の考え方」の中で文部省は、「学校における性教育は、児童生徒等の発達段階に応じ、学習指導要領に基づいて、体育科、保健体育科、道徳、特別活動などを中心に行われています。しかし、現在、性に関する科学的知識を与えるとともに、人間尊重の精神に基づいて児童生徒等が健全な異性観を持ち、これに基づいた望ましい行動を身に付けさせるようにすることなどを重点に、学校、家庭、地域が実態に応じて、性教育を組織的かつ体系的に展開することが求められています。」とし、国の性教育に対する基本的な考え方を明らかにしました。
同省はさらに、性教育の目的について、「学校における性教育は児童生徒の人格の完成と豊かな人間形成を目的とし、人間の性を人格の基本的な部分として、生理的側面、心理的側面、社会的側面などから、総合的にとらえ、科学的知識を与えるとともに、児童生徒が生命尊重、人間尊重、男女平等の精神にもとづく正しい異性観をもつことによって、自ら考え、判断し、意思決定の能力を身につけ、望ましい行動をとれるようにすることである」と明確に述べており、この観点から七生養護学校における性教育を教育目的、方法、効果に即して個別に検討すると、同校の性教育は、上記「性教育の考え方」の趣旨に一致していると評価できる部分が多いといえます。
知的障害の児童生徒に対する性教育については、「性教育の考え方」は「児童生徒の障害の状態や各学校の実態を考慮し、全教育活動を通じて、体系的計画的に行う必要がある。特に性教育を通して日常生活の基礎的や基本的事項について身につけさせるとともに、自己の性についての認識や他人への認識を深めることが大切である。更に、社会性や男女の豊かな人間関係を育て、将来を積極的に生きていこうとする意欲や態度を育てることが重要である」と指摘しています。各発達段階における指導上の配慮事項としては、「障害の状態に応じて、重点化を図ったり、個別化を図るなど指導に工夫が必要である。また学習した内容が日常生活で実際に生かせるよう繰り返し指導する必要がある」と述べ、教材選択にあたっての配慮事項としては、「理解力に個人差が大きいため、多様な教材を準備することが求められる。用語についても難解なものはさけ、理解したり、イメージしやすいように工夫する必要がある。絵図や模型、視聴覚教材などできるかぎり具体的な教材を用いることが大切である」としたうえ、「現状では、障害に配慮した教材は少ないため、今市販されている教材を児童生徒等の実態にあわせて加工したり、新たに独自に教材を開発することも必要である」と弾力的な対応を認めています。かかる点でも七生養護学校の性教育は文部省の「性教育の考え方」の趣旨に合致しているといえ、従って、かかる意味で同教育は学習指導要領の趣旨にも合致しているものということができます。
(なお、都教委も、従前、これらの文部省(のち文部科学省)の方針に従って「性教育の手引き」を作成してきていたのです。)

また、そもそも、学習指導要領に記載がないことの一事をもって指導方法として適切でないということはできません。教育方法などの適切性は、その方法などの合理性を個別に判断すべきです。
この観点から知的障害のある子どもの教育の特殊性なども考慮に入れると、同校でこれまで行われていた性教育が子どもの発達段階と照らして不適切であると即断することはできませんでしたし、従前の性教育政策にも少なくとも明確に反したものではありませんでした。
むしろこれまでの過程を検討すると、従来の方針から急転換したのは東京都の性教育政策の方ではないか、という印象すら与えるものといえます。

4 都議の視察時の都教委の対応について

2003年7月4日の訪問は、正式な議員調査権の行使ではなく、議員調査権の前提としての「視察」の領域にとどまる行為とみるべきものです。

教育基本法10条は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と規定します。ここにいう「不当な支配」とは、教育の自主性、自律性を侵害するあらゆる支配を意味することから、議員調査及び視察についても、かかる教育基本法10条の趣旨に従って、教育現場・内容への過度の介入は許されないという制約を受けることになります。
本件についてみると、「視察」ということならば当然のこと、仮に調査権の行使であったとしても、授業風景や各教室・校舎その他の設備の見学、中立な立場での質問等にとどめられるべきであり、それを超えて、本件でなされたような政治的意味合いの強い質問はむろんのこと、威嚇的な口調での質問や教材である人形のズボンを脱がせ地面にならべて新聞記者に撮影させるなどの行為は、視察、調査権の行使の域を超えており、これに名を借りた教育現場への行きすぎた介入であると言わざるを得ず、教育基本法10条に反する行為と評価せざるをえません。

都教委は、教育の自主性、自律性を守るべく、教育に対して政治的圧力が加わった場合には、本来政治的支配に屈することなく、これを排除しなければならない立場にあります。本件で、都議らとともに来校した都教委指導主事は、都議らの前記教育への問題言動に対して、注意を促し、その介入の程度が著しい場合には断固として抗議して、これを阻止しなければなりませんでした。にもかかわらず本件では、都議らの行動を終始静観して、これを放置していたもので、かかる都教委の行為は、教育基本法10条に反する行為といわざるを得ません。

5 都教委の調査、指導、処分の違法性

厳重注意は、地方公務員法29条の「懲戒処分」ではありませんが、それを受けた公務員の人事考課等、職場での評価に重大なマイナス影響を与えるものですから、不利益取扱いといえます。

そして本件厳重注意の理由は「不適切な性教育」であり、この「処分」理由は教育内容にまで踏み込むものです。本来教育内容への行政の介入はなされるべきではなく、最高裁判所もこの点に関しては抑制的になされるべきと明言しています。
またそもそも教育内容に関する行政手続については、学習権の保障の観点からの裁量の制約が強く、また手続保障がより強く要求されるものというべきです。

これらの点から考えると、厳重注意については、手続きもより厳格に充足される必要があり、また裁量はかなりの程度制約される必要があります。
具体的には、本件については【1】適正手続きの点では、「告知聴聞の機会」等の事前の適正手続きの十分な付与が必要とされるべきです。【2】裁量権の逸脱の有無の判断については、明確な処分理由とその合理性が必要とされるべきです。

本件について検討すると、【1】適正手続の点については、事前の告知聴聞の機会は実質的には与えられておらず、本件厳重注意は、違法の疑いがきわめて強いものです。
次いで【2】裁量権の逸脱の有無の判断について、認定した諸事実によると、本件厳重注意については、そもそもその合理性が疑われるといわざるを得ません。
まずそもそもの焦点であった七生養護学校の性教育については、その不必要性・不合理性は即断できないこと、むしろ逆に、教育内容に合理性のあることをうかがわせる事情が多くあります。
同校は知的障害のある子どもに対する教育を目的とする養護学校であり、その点で特に専門性が強く、また十分な教育効果をあげるためには教育現場の要請を重視する必要が特に強いといえます。このような知的障害のある子どもに関する教育の自由の特殊性からみると、普通学級の教師について考える以上に現場教師の自由を尊重すべき要請が強く、その点も介入の合理性判断の際には十分に斟酌されるべきです。
また、都教委側の対応についても、介入の合理性について十分な立証・反論があるとは認められません。行政の反論・立証の骨子を従前の書面類から読み取るに、I 学習指導要領に記載がないこと、II 生徒の発達段階にそぐわないこと、の2点が大きな理由と思われますが、これに対しては、学習指導要領の法的性質が「大綱的基準」(旭川学テ事件最高裁判決)であることからして、学習指導要領に記載がないことはそれだけでは介入を可とする理由にならないことは明らかで、当該内容の合理性を個別に検討する必要があります。そして当該内容の合理性についてはすでに述べたとおり、その教育内容の合理性をうかがわせる事情は複数認められるのに比して、その不合理性の十分な反論・立証はなされていないと認めざるを得ません。

このように、七生養護学校における性教育について今回都教委がなした厳重注意による教育内容への介入は、その介入の合理的根拠が示されているとはとうてい言えないものであって、教師の教育の自由、ひいては子どもの学習権を侵害するものとして、憲法26条に違反する疑いが極めて強く、また教育基本法10条等に反する違法なものといえます。

6 教材等の原状回復の必要性

都教委は、教材等を七生養護学校から調査のために引き上げ、その後教材を返還せずに、実質的に都教委の管理下に置いています。このため同校においては、それまで行ってきた性教育を再開することができません。
前述のとおり、都教委が同校の教職員に対して行った処分は、不適切な性教育を理由とする部分について、違憲の疑いがきわめて強く、違法なものです。
したがって、性教育が不適切であることを前提とした都教委の教材の保管継続行為も、同じく教育の自由を侵害する違憲違法の疑いがきわめて強いものなので、すみやかに同校に返却して、2003年7月3日以前に行われていた性教育への原状回復がなされるべきです。

以上

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