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教育委員会の事情聴取への弁護士立会の拒否事件

東京都教育委員会 委員長 木村 孟 殿

人権侵害救済申立事件について(警告)

東弁人第234号
2007年2月28日
東京弁護士会 会長 吉岡 桂輔

当会は、申立人A氏からの人権救済申立事件について、当会人権擁護委員会の調査の結果、貴委員会に対し、下記の通り警告いたします。

第一 警告の趣旨

貴委員会がなした以下一及び二記載の各行為は、憲法31条に違反するものですので、今後二度とこのような人権侵害行為に及ぶことのないよう、警告致します。

一 東京都B市立C小学校(以下「本件小学校」という。)教諭である申立人は、2005(平成17)年3月25日、同校の卒業式の君が代斉唱時に起立をしなかったところ、貴委員会は、同人を同月29日に事情聴取のために呼び出した。
同日、申立人がD弁護士を同行して出頭し、貴委員会の担当者に、同事情聴取への同弁護士の立ち会いを求めたが、貴委員会担当者は何ら理由を示すことなくこれを拒んだ上、弁護士の同行を理由に事情聴取を実施せず、もって申立人につき、弁護士の立会による援助を受ける権利を侵害するとともに、事情聴取に応ずる機会を奪った。

二 申立人は、同年7月21日、服務事故再発防止研修において「日の丸・君が代強制反対」と記されたゼッケンを付けていたところ、貴委員会は、同人を同年8月10日に事情聴取のために呼び出した。
同日午前10時頃、申立人がD弁護士を同行して出頭し、貴委員会の担当者に同事情聴取への同弁護士の立ち会いを求めたが、貴委員会担当者は何ら理由を示すことなくこれを拒んだ上、弁護士の同行を理由に事情聴取を実施せず、もって申立人につき、弁護士の立会による援助を受ける権利を侵害するとともに、事情聴取に応ずる機会を奪った。

第二 警告の理由

一 認定事実
関係証拠及び事情聴取の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

1 申立人の地位
申立人は、2005(平成17)年3月当時、本件小学校においてX年生の担任教諭をしていた。

2 卒業式の件
(1) 2005(平成17)年3月25日、本件小学校において卒業式が実施された。
同日の卒業式の前に、本件小学校のE校長は申立人に対し、書面をもって、「式会場において、会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱すること。着席の指示があるまで起立していること。」等の内容の職務命令を発した。
しかし申立人は、式の君が代斉唱時に起立をしなかった。

(2)(1)の不起立の件に関し、申立人は、相手方から、E校長を通じて口頭で、事情聴取のための呼び出しを受けた。相手方の指定した日は同月29日であり、場所は東京都渋谷区笹塚所在の教育庁学務部であった。

(3)同月29日午前11時頃、申立人は、代理人としてD弁護士を同行して笹塚の学務部に出頭し、相手方の担当者Fに対し、「弁護士の同席をさせて下さい」等と述べ、事情聴取への代理人弁護士の立会を求めた。
しかしFはこれを断った。
これに対して申立人及び代理人Dは、「なぜ立ち会えないのか。」「根拠は。」等、代理人の立会を拒む理由を問うたが、Fはこれに対して全く答えなかった。
申立人及び代理人がしばらく同旨の要求を続けていたところ、Fは「それでは事情聴取を拒否するんですね。」と言い出した。
これに対して申立人が「いいえ。事情聴取は拒否しません。」と答えたが、Fは「話になりませんね。」等と述べて立ち去り、結局、申立人に対する事情聴取は実施されなかった。

(4)同月31日、相手方は申立人につき、以下の理由をもって戒告の処分をした(以下「第一の懲戒処分」という。)。
即ち、同月24日に校長室において、卒業式では式場内の指定された席で日の丸に向かい起立し君が代を斉唱することという職務命令を校長から口頭で受け、また、同月25日、同様の内容の職務命令を校長から文書で受けたにも拘わらず、同日の卒業式の君が代斉唱時に起立せず、このことが地方公務員法32条(職務上の命令に従う義務)に違反するとともに、全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であって、教育公務員としての職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となるものであり、同法33条(信用失墜行為の禁止)に違反する、というのである。

3 研修の件
(1)申立人は、同年6月14日、B市教育委員会から、上記戒告処分を原因として、7月21日に東京都文京区所在の東京都総合技術教育センターで実施される「服務事故再発防止研修」なる研修の受講を命じられた。

(2)同年7月21日、申立人は同研修に出席した。
申立人は、この研修の不当性を訴えるため、同研修中、「日の丸・君が代強制反対」と記されたゼッケンを付けていた。
同研修は、担当者から、セクハラ・飲酒・営利行為はいけない等の非違行為の説明をするものであり、話は約1時間ほど続いた。この講義において、君が代斉唱時に起立しないことの問題性についての言及はなかった。

(3)同年8月初めころ、申立人は相手方から、E校長を通じて口頭で、事情聴取のための呼び出しを受けた。相手方の指定した日は同月10日であり、場所は都庁であった。

(4)同月10日午前10時頃、申立人は、代理人としてD弁護士を同行して都庁に出頭した。
相手方の担当者(氏名不詳の女性)が申立人を部屋に招き入れようとしたので、申立人は担当者に対し、弁護士の立会を求めた。
しかし女性担当者はこれを拒み、申立人と代理人においてその理由を問うてもこれに答えず、最終的には、何ら理由を説明しないまま話を打ち切り、事情聴取もしなかった。

(5)同年12月1日、相手方は申立人につき、以下の理由をもって戒告の処分をした。
(以下「第二の懲戒処分」という。)
即ち、同年7月21日に実施された服務事故再発防止研修において、日の丸、君が代処分反対という内容が書かれたゼッケンを着用し、研修担当者から再三ゼッケンを取るように言われたにも拘わらず同ゼッケンを着用し続け、このことが地方公務員法35条(職務に専念する義務)に違反するとともに、全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であって、教育公務員としての職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となるものであり、同法33条(信用失墜行為の禁止)に違反する、というのである。

二 判断

1 憲法37条3項違反の有無
申立人は、事情聴取において弁護士の立会を拒否したことが憲法37条3項に反するという。
憲法37条3項は、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。」としているところ、同条項はその文言からして、刑事手続における被告人の弁護人依頼権の保障を内容とするに留まると解される。
本件で問題となっているのは、公務員への懲戒処分に先立つ事情聴取における弁護士の立会であって、その手続はいわゆる行政手続であり、これに同条項の保障が及ぶと解することはできない。
尤も、法律専門家たる弁護士の援助を受け得る機会を可及的に保障せんとする同条の趣旨は、他の規定の解釈上、十分に尊重して斟酌すべきものと考えられる。

2 憲法31条違反の有無
続いて、本件の申立人に憲法31条の保障が及ぶかを検討する。

(一) 憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当でない。
この理は最高裁大法廷1992(平成4)年7月1日判決(民集46巻5号437頁)の判示するところである。

(二) 上記最大判は、行政処分の被処分者に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかを判断するにあたっては、「行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等」を総合較量して決定すべきであるとするので、以下、かかる論旨を前提として本件につき検討する。

(1)まず第一の懲戒処分につき検討する。

  • 第一の懲戒処分により制限を受ける権利利益の内容を検討するに、第一の懲戒処分は、申立人が卒業式の君が代斉唱時に日の丸に向かって起立しなかったことを内容とするものである。
    日の丸及び君が代は、その出自は異なるものの、日本が明治憲法下に国家体制を確立した後、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたという見解が少なからずあることは否定できないのであり、とすれば、校長が職務命令をもって、日の丸に向かって起立しての君が代の斉唱を命ずることは、そのような思想を強制するものとして思想良心の自由を制限するものといえる。
    また、懲戒処分は、その最も軽微な戒告処分であっても、勤勉手当が一定割合(10%ないし20%)減額されるという不利益を伴うのであり(東京都職員の給与に関する条例21条の2、東京都職員の勤勉手当に関する規則)、したがって、申立人の勤労権・生存権・財産権を制約するものである。
  • 続いて¡の各権利の制限の程度を検討するに、懲戒処分を背景に個人の思想良心に反する行為を求めること及び個人の思想良心の自由に基づく行為に懲戒処分を課することは、ことが個人の精神的自由、しかもその人格の中核をなす思想良心の自由に関わることであり、その制限はいかなる態様のものであろうと決して軽微とはいえない。
    また勤勉手当の減額は、その割合が10ないし20%であるところ、これは労働者の受ける給与の減額なのであるから、勤労権・生存権・財産権の観点からも決して無視できない割合であるというべきである。
  • 他方、第一の懲戒処分により達成しようとする公益の内容は、相手方が当会からの照会に対して内容のある回答をしないため全く判然としない。
    強いて善解するとそれは、卒業式の円滑な遂行であると推察されるところ(これがそもそも個人の人権を制約してまで確保されなければならない利益であるかどうか甚だ疑問であるがその点は措く)、相手方が第一の懲戒処分の理由とするところを参照しても、申立人がなした行為は君が代斉唱時に起立しなかったというに止まるのであり、それ以上に式において君が代斉唱に反対する主張を大声で述べたり、斉唱を妨害するような大声を発する等斉唱を妨害する言動に出でたりしたことは認められない。申立人が、生徒に対して、起立しないことを勧めたり、起立した生徒に対して着席を勧めたり叱責等したことも認められない。
    とすれば、申立人の行為によって式の円滑な遂行が阻害されたとはいえないのであり、よって、当該行政処分により達成しようとする公益は、そもそも阻害されていないといえる。
  • 続いて、当該行政処分の緊急性を検討するに、第一の懲戒処分は、既に終了した卒業式における申立人の行為の当否を論ずるものに過ぎないのであって、当該行政処分に緊急性は認められない。
    しかも本件の場合、相手方は申立人に対し、もともと事情聴取の機会を設けている。即ち、本件は、事情聴取の予定がないところに申立人が事情聴取の実施と弁護士の立会を求めたのではなく、相手方においてもともと事情聴取を実施する予定であったのに対してその聴取に申立人が弁護士の立会を求めたに過ぎないのである。したがって、申立人の要求を容れて弁護士の立会を認めたとしても、当該行政処分の進行に影響を与えることは殆どないと認められる。
    かようにもともと緊急性が認められず、かつ、申立人の要求を容れて弁護士の立会を認めたとしても当該行政処分の進行に影響を与えることは殆どないない以上、緊急性のファクターは、衡量の際に特段斟酌する必要がないといえる。
  • 以上を総合すると、申立人にとっては、思想良心の自由、並びに、勤労権、生存権、及び財産権という無視し得ない権利が、しかもそれぞれ軽微とはいえない程度に制約される虞がある一方、当該行政処分により達成しようとする公益は阻害されておらず、かつ、当該行政処分をなす緊急性も特段考慮する必要がないのであり、とすれば、本件の場合、行政処分の被処分者に事前の告知、弁解、防御の機会を与えても、何ら問題はないといえる。
    よって本件の場合、申立人に対し事前の告知、弁解、防御の機会を与えることが憲法31条の解釈上肯定されるが、かかる事前の告知、弁解、防御の機会は、単に形式的にその機会があれば足りるものではなく、実質を伴うものでなければ適正手続保障の趣旨は全うされない。
    本件の申立人は、事情聴取の機会は与えられつつもそれへの弁護士の立会を拒まれたのであるが、憲法31条の適正手続保障は、本件のような場合、弁護士の立会を伴うことまで保障しているといえるか。
    1で述べたとおり、憲法37条3項は刑事手続における被告人の弁護人依頼権の保障を内容とするに留まると解されるが、同条項のよってたつ、法律専門家たる弁護士の援助を受け得る機会を可及的に保障せんとする趣旨は、他の規定の解釈上十分に尊重されなければならない。
    本件の場合、単なる事実の存否のみならず、申立人の不起立行為に対して懲戒処分を課すること(及びその前段階の、君が代斉唱時に職務命令をもって起立を求めること)が申立人の思想良心の自由を侵害するのではないかという、憲法に関わる高度でかつ微妙な法的問題が争点となっているのであり、かような場合、弁護士の援助の途を保障せずに単に事情聴取の機会のみを設ければ足りると解することは、憲法31条の適正手続保障の趣旨を没却するものである。
    被処分者の防御の機会は実質的に保障されなければ意味がないのであり、とすれば、本件の如くまさに高度でかつ微妙な法的問題が争点となる場合には、法律専門家たる弁護士の援助を受ける機会が保障されなければならない。
    以上を踏まえれば、本件の場合、被処分者たる申立人の防御の機会としては、単に事情聴取の機会を与えられるだけでは足りず、弁護士の立会による援助を受ける権利までが保障されるというべきである。
    むしろ、本件の懲戒処分手続は、¡で述べた如く被処分者の憲法上の権利が関わっているものなのであり、かような手続に弁護士が関与することはむしろ、弁護士法によって基本的人権の擁護が使命とされている弁護士の中核的な職務であるといえる。
    以上の如き解釈は、ユネスコの教員の地位に関する特別政府間会議が採択した「教員の地位に関する勧告」の第50条cが、すべての教員に、懲戒手続の各段階において自己の選んだ代理人によって弁護を受ける権利を保障していることとも合致する。
    しかるに相手方の職員は、申立人がD弁護士の立会を求めたのに対して何ら理由を示さずにこれを拒んだ上、最終的には事情聴取を実施しなかった。ここで相手方の職員が事情聴取を実施しなかった理由は、申立人がD弁護士の立会を求めたことにあることは明らかである。そして相手方は、かように事情聴取を実施しないまま申立人に対して第一の懲戒処分を課したものである。とすれば相手方の行為は、申立人につき、弁護士の立会による援助を受ける権利を侵害した上、事情聴取に応ずる機会をも奪ったものとして憲法31条に違反するといわざるを得ない。
    相手方の行為は、従前よりもともと事情聴取の機会を設けていたにも拘わらず、その事情聴取に弁護士が関与することを頑なに拒んでいるものであり、これは、事情聴取の機会を設けたという形式だけ整えようとしていたといわれても仕方のないものなのであって、被処分者との議論・対話の途を閉ざしひたすら自己の主張を懲戒処分という強権をもって押し通そうとするものとして民主主義及び弁護士制度を根本から否定するものであるとの批判も妥当する。

(2)続いて第二の懲戒処分につき検討する。

  • 第二の懲戒処分により制限を受ける権利利益の内容を検討するに、第二の懲戒処分は、卒業式における不起立行為に関し懲戒処分を課されかつ研修を命じられた申立人がその思想良心の自由の発露として日の丸・君が代の強制に反対する旨の表現行為をしたことに対してなしたものであり、思想良心の自由を制約するものであるし、また、表現の自由を制約するものでもある。
    更に、懲戒処分が減給を伴うものであることから、勤労権・生存権・財産権を制約するものであることも第一の懲戒処分と同様である。
  • 続いてiの各権利の制限の程度も、第一の懲戒処分と同様、いずれも決して軽微ではないといえる。
  • 他方、第二の懲戒処分により達成しようとする公益の内容もまた、相手方が照会に対して内容のある回答をしないため判然としないが、強いて忖度すれば、研修の円滑な実施ということになろう。
    しかし、相手方が第二の懲戒処分の理由とするところを参照しても、申立人がなした行為は研修中にゼッケンを着用していたというに止まるのであり、申立人が講義を聴いていなかったとか、あるいは講義において大声を出す等してその進行を妨害した等の事情は認められない。
    とすれば、申立人の行為によって研修の円滑な実施が阻害されたことはいえず、よって、当該行政処分により達成しようとする公益が阻害されたとは認められない。
  • 続いて、当該行政処分の緊急性を検討するに、第二の懲戒処分もまた、既に終了した研修における申立人の行為の当否を論ずるものに過ぎないのであって、当該行政処分に緊急性は認められない。
    そして本件の場合も、相手方において申立人に対し、もともと事情聴取の機会を設けていたのに対して申立人がその事情聴取に弁護士の立会を求めたに過ぎないのであり、よって、申立人の要求を容れて弁護士の立会を認めたとしても、当該行政処分の進行に影響を与えることは殆どない。
    よって、緊急性のファクターは、やはり考慮をする必要がないものといえる。
  • 以上を総合すると、第一の懲戒処分と同様、第二の懲戒処分においても、行政処分の被処分者に事前の告知、弁解、防御の機会を与えても何ら問題はないといえる。
    そして第二の懲戒処分の場合も、単なる事実の存否のみならず、申立人のゼッケンの着用行為に対して懲戒処分を課することが、申立人の思想良心の自由ないしは表現の自由を侵害するのではないかという、憲法に関わる高度の法的問題が争点となっているのであり、よって、法律専門家たる弁護士の援助を受ける機会が保障されなければならないといえる。
    したがって、第二の懲戒処分の場合も、被処分者たる申立人は、単に事情聴取の機会を与えられるだけでは足りず、弁護士の立会による援助を受ける権利(その意味内容は1.vで明らかにした通りである。)が保障されると解されるところ、相手方の職員は、申立人がD弁護士の立会を求めたのに対して何ら理由を示さずにこれを拒んだ上、最終的には事情聴取を実施せずに申立人に対して第二の懲戒処分を課したのであり、以上よりすれば相手方の行為は、やはり、弁護士の立会による援助を受ける権利を侵害した上、事情聴取に応ずる機会をも奪ったものとして憲法31条に違反するといわざるを得ない。

三 まとめ

以上の次第であり、相手方が申立人に対し、2回の事情聴取の際にそれぞれ弁護士の立会を拒絶して懲戒処分をなした行為は、いずれも弁護士の立会による援助を受ける権利を侵害した上、事情聴取に応ずる機会をも奪ったものとして憲法31条に違反するものといえる。
よって、頭書の通り警告する。

以 上