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公訴時効の廃止及び大幅延長に関する会長声明

2010年04月30日

東京弁護士会 会長 若旅 一夫

2010(平成22)年4月30日
東京弁護士会 会長 若旅 一夫

1 平成22年4月27日の衆議院における議決により、

1. 殺人や強盗殺人など法定刑に死刑がある罪の時効を廃止する。
2. 強姦致死罪など法定刑に無期の懲役・禁錮がある罪の時効を15年から30年に延長する。
3. 過去に発生した事件で施行時に時効になっていないものについても、この時効の廃止・延長を適用する。

 などを内容とする「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」が成立し、即日施行された。
もとより、時の経過によっても被害感情は消えないという犯罪被害者や遺族らの声に耳を傾けることは大切である。

2 しかしながら、この改正は、以下に述べる問題点をはらんでおり、拙速のそしりを免れないものと考える。

(1)公訴時効制度の存在理由の一つには、時間的な経過により犯罪行為の社会的影響が微弱化し、可罰性が減少する、という実体法的側面がある。
したがって、公訴時効を廃止・延長するのであれば、この側面における制度の存在理由が間違っていたということが実証的に示されなければならない。
しかしながら、わが国における殺人事件・強盗致死事件を例にとってみても、その認知件数が戦後ほぼ一貫して減少し社会が安定していること、検挙率も95%とほぼ一貫して高率を保っており捜査方法が殺人事件や強盗致死事件の変化に対応していることなどの事実に照らし、「犯罪の発生」や「検挙されないこと」が次の犯罪を生む、というような社会的影響は認められない。

(2)公訴時効制度のいま一つの存在理由として、時間的経過により有罪の証拠も無罪の証拠も散逸してしまうことから、真実を発見することが困難となり、訴訟を追行することが不当となる、という訴訟法的側面がある。
ところで、わが国では、犯罪の証拠物の保管方法についてルールが存在しない。物的証拠をダンボールに入れて乱雑に倉庫に保管したり、鑑定対象物を全量消費して再鑑定を不能にしたりしている。これでは、訴追側にとっても起訴や公判維持に支障を来すし、被告・弁護側にとっても、防御権の行使に著しい支障となる。
証拠の劣化の防止や鑑定資料の保管について、立法措置が必要であるにもかかわらず、何ら検討がなされていない。

(3)過去に発生した事件についてまで改正の遡及効を認めたことについては、憲法39条の罪刑法定主義に反する疑いすらある。
当会は、刑事司法の一翼を担う者として、以上のとおり今回の改正にまつわる問題点を指摘するとともに、引き続き犯罪被害者・遺族の権利擁護と被疑者・被告人の権利擁護を追求するものである。