東京弁護士会

砂川事件判決を集団的自衛権の根拠とすることに反対する会長声明

2014年05月02日

東京弁護士会 会長 髙中 正彦

 砂川事件最高裁判決を根拠として、集団的自衛権の行使を容認する動きが伝えられる。すなわち、同事件の最高裁判決に「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」とあることを根拠に、「最高裁は、わが国の存立を全うするのに必要な範囲で、個別的か集団的かという区別をせずに自衛措置を認めている」として、集団的自衛権の限定容認を正当化しようとする試みである。
 しかし、当会は、法律家団体として、集団的自衛権の行使を容認する根拠に砂川判決を援用することは余りにも恣意的な解釈であって、不適切であると考える。
 砂川事件は、1957年(昭和32年)、米軍が使用する東京都下の砂川町にある立川飛行場の拡張工事を始めた際に、工事反対派のデモ隊が乱入し、旧日米安全保障条約第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反として起訴された事件である。争点は、旧安保条約に基づく米軍の駐留が憲法9条2項の「戦力」にあたるかどうかであった。
 最高裁判所は、駐留軍が憲法9条2項の「戦力」に該当するから違憲だとした一審の東京地方裁判所の判決を取消し、次の理由で事件を差し戻した。
 第1に、「戦力」とは「わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」から駐留米軍は「戦力」にあたらない。
 第2に、駐留の根拠となる旧日米安保条約は高度の政治性を有するものであって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法裁判所の審査には馴染まない。
 砂川判決が示したのは、この2点である。
 一般に、判決文として示されたなかで判例として拘束力をもつのは、判決の結論を導く直接の理由付けであり、それ以外は傍論であって拘束力を持たない。
 砂川判決は、第1の判断の過程で「わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく」、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。」と述べているが、それは、米軍が日本に駐留していることと国家固有の自衛権が矛盾しないことを傍論として説明したものに過ぎず、先の第1、第2のいずれの結論の根拠となるものではない。
 このような傍論を安易に一般化し、それを最高裁判所の判決の趣旨であるかのように主張することは、判決の引用の仕方としては恣意的とのそしりを免れない。そのことは、1976年(昭和51年)3月30日参議院予算委員会の答弁において、高辻正己内閣法制局長官(当時)が砂川判決が駐留米軍の合憲性以外のことについて判断を下していないと明言していることからも明らかである。
 しかも最高裁判決が傍論において「固有の自衛権」として認めているのは、「他国」ではなく「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な」限りでの自衛権であるから、それは個別的自衛権にほかならない。他方、砂川判決は、たとえ個別的自衛のためであっても戦力を持てるかどうかについてはあえて判断していないのであって、ましてや個別的自衛権とは異なる集団的自衛権を肯定しているなどと言えないことは明らかである。それゆえ、岸信介首相(当時)も、砂川判決直後の1960年(昭和35年)3月31日の参議院予算委員会において、「集団的自衛権は日本の憲法上は日本は持っていない」と答弁しているのである。
 以上のように、砂川判決は駐留米軍が戦力にあたらないと判断したに留まり、自衛権について触れた傍論が認める「固有の自衛権」もあくまでも個別的自衛権を指すだけであり、集団的自衛権を含んでいない。したがって、砂川判決を根拠として集団的自衛権を認める余地はないのである。
 当会は、砂川事件最高裁判決の趣旨を歪曲して集団的自衛権行使容認の根拠とすることに強く反対する。

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