東京弁護士会

安全保障関連法案の違憲性に関する政府・自民党の恣意的見解を批判し、あらためて同法案の撤回・廃案を求める会長声明

2015年06月12日

東京弁護士会 会長 伊藤 茂昭

 現在、衆議院においていわゆる『安全保障関連法案』が審議されている。この法案は、他国のためにも武力行使ができるようにする集団的自衛権の実現や、『後方支援』の名目で他国軍への弾薬・燃料の補給等を、地域を問わず可能にし、従前政府の解釈・答弁においても憲法9条違反として許容されなかった自衛隊の海外等における武力行使の制約を一挙に取り払おうとするものであり、憲法9条及び立憲主義に反することは明らかである。それ故、当会はこの法案の国会提出に対して、反対する旨の会長声明を遅滞なく発してきた。
 折しも本年6月4日の衆議院憲法審査会において、与野党から参考人として招かれた3名の憲法学者全員が揃って集団的自衛権行使を容認する『安全保障関連法案』は違憲であると断じた。また、全国の憲法学者・研究者たちが「安保関連法案に反対し、そのすみやかな廃案を求める憲法研究者の声明」を発表し、その賛同者は現在200名以上にのぼっている。弁護士会においても、日本弁護士連合会や当会のみならず全国の弁護士会が憲法違反を理由に法案反対の決議や声明を発表しており、本法案が憲法違反であることは多くの法律専門家の共通認識である。
 ところが、政府は、この事態を受けて、6月9日「新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性等について」「他国の武力の行使との一体化の回避について」と題する文書を発表し、『安全保障関連法案』は従前の政府の憲法解釈(72年見解)との論理的整合性が保たれており合憲である旨の見解を表明した。しかし、政府の72年見解は、あくまで個別的自衛権について武力行使が認められる要件として「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合としたものである。当時は他国が攻撃された場合の集団的自衛権行使は、憲法上許されるか否かということについては許されないことがあまりにも自明のため議論の俎上にも上っていない。しかるに、集団的自衛権の行使の要件に同様な要件をしのび込ませその他の要件を吟味することなく論理的整合性を主張することは、牽強付会もはなはだしいと言わざるを得ない。まさに憲法9条の『戦力不保持、交戦権放棄』の規定から、集団的自衛権が認められないのであって、たとえ、個別的自衛権と同様の要件を恣意的にかぶせて制限されていると解しても、集団的自衛権が認められないのは当然のことである。
 さらに加えて、今回の政府見解を認めることは、政治的に大きな危険を将来に残すことになる。政府見解は「わが国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けている状況を踏まえれば、今後他国に対して発生する武力攻撃であったとしても、その目的、規模、態様等によっては、わが国の存立を脅かすことも現実に起こり得る」という論理で、限定された範囲での武力の行使を認めることは、「やむを得ない自衛の措置」といえると主張している。しかしながら、「他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」の具体的判断基準は全く不明であり、政府も「あらかじめ具体的、詳細に示すことは困難」と自認し、わずかにホルムズ海峡の機雷封鎖の例を挙げるだけで(機雷封鎖による石油輸入の支障による経済的影響をもって我が国の存立を脅かす事態といえるかは極めて疑問)、それ以上は政府が総合的に判断するとしている。また、政府は、『後方支援』の名目で自衛隊の他国軍への弾薬・燃料の補給等の活動を、地域を問わず可能にする『重要影響事態』『国際平和共同対処事態』の具体的判断基準についても、政府が総合的に判断するとしている。
 しかしながら、そのような軍事的行動の判断・決定を時の政府の『総合的判断』に任せてしまうことは、過去の戦争が時の政府の誤った判断や暴走により起こってきた歴史に照らせば、極めて危険である。今回の『安全保障関連法案』及び政府の説明は、『全て政府に任せろ。憲法で制約をするな』と言わんばかりであり、立憲主義の根本を蔑ろにするものである。中谷防衛大臣が国会の説明で「現在の憲法を、いかにこの法案に適応させていけばいいのか、という議論を踏まえて閣議決定を行った」と言い放ったのも、そのような憲法軽視の姿勢を端的に物語っており、公務員の憲法尊重擁護義務に真っ向から敵対するものである。
 安全保障環境の変化に現行憲法が適合しないと考えるのは一つの見解ではあるが、ならば憲法改正手続に則り、広く国民的議論を積み重ねて主権者たる国民の意思で憲法改正を行うべきであり、それが困難であるからと言って、憲法解釈を変更する閣議決定や憲法に適合しない法律の制定をもってことを運ぶことは、政府による憲法の破壊行為にほかならず、このような立憲主義に反する権力の暴走は断じて認められるものではない。
 なお、今回の政府見解は「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」という砂川事件最高裁判決の判旨を根拠とし、6月11日の衆議院憲法調査会では自民党の高村副総裁が「(砂川事件最高裁判決は)集団的自衛権の行使は認められないなどということは言っていない」「最高裁判決で示された法理に従って・・・自衛のための必要な措置が何であるかについて考える責務があり・・これを行うのは憲法学者でなく、我々のような政治家なのだ」「憲法の番人は、最高裁判所であって、憲法学者ではない」と、今回の『安全保障関連法案』の合憲性を主張しているが、これもまた法律家として到底認められない論理である。
 砂川事件最高裁判決が集団的自衛権の根拠になり得ないことは、昨年5月2日の当会会長声明でも言明したところである。同判決は、日米安保条約に基づく米軍の駐留が憲法9条2項の『戦力』にあたるかどうかを争点として判断されたものであり、戦力について「わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」、日米安全保障条約について「高度の政治性を有するものというべきであって」「その内容が違憲なりや否やの法的判断は純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には原則としてなじまない性質であり、従って一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであ」ると判断したに過ぎず、そもそも自衛権自体が判決の対象として判断されたものではない。『固有の自衛権』への言及は、米軍が日本に駐留していることと『固有の自衛権』が矛盾しないことを傍論として説明したものに過ぎず、しかもそこで述べられている『固有の自衛権』とはあくまで自国の防衛のための個別的自衛権を前提にしてのものであり、集団的自衛権については全く想定すらされていないものである。従って、『砂川事件最高裁判決は自衛の措置はとりうると言っており、集団的自衛権の行使は認められないとは言っていない』から合憲だという主張は、法の論理として到底認められるものではなく、『自衛の措置が何であるかを考え抜くのは憲法学者ではなく政治家だ』という主張は、政治権力も憲法規範に従わなければならない立憲主義を全く蔑ろにするもので、到底認められない。
 以上の次第で、国会審議中の『安全保障関連法案』は、憲法上許されない集団的自衛権行使と海外での武力行使を広く認め、わが国の徹底的な平和主義を根底から崩すものであるから、到底容認できない。そしてその批判に対する政府・与党関係者の答弁・見解は法理上も全く認められないものであり、歴史上政治的にもきわめて危険な見解であることを改めて意見表明するものである。
 よって、憲法9条に違反する『安全保障関連法案』の速やかな撤回あるいは廃案を、あらためて強く求めるものである。

以上

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