東京弁護士会

自治体による警察署に対する高齢者の個人情報提供に抗議する会長声明

2018年09月07日

東京弁護士会 会長 安井 規雄

1 東京都内の一部自治体において、高齢者の個人情報を警察署に提供する施策が実施されている。当該自治体によると、その目的は、高齢者が被害者になることが多い振り込め詐欺などの特殊詐欺の予防策として、警察官の戸別訪問によって、注意喚起をするなどの対策を講じるためであるとのことである。
 しかし、個人情報は、プライバシー権として憲法第13条によって保障されている重要な権利であり、本人の承諾を得ることなく安易に情報提供をすることは許されない。
 今回、東京都内の6つの区などにおいて行われている上記施策は、本人の同意を十分に得ることなく行われており、憲法の趣旨に照らして許されるものではないことから直ちに中止されるべきである。
2 実際、新宿区においては、本年10月1日から、区内に居住する65歳以上の高齢者について、住民基本台帳から個人情報である住所・氏名・フリガナ・生年を記載した名簿を作成して、区内の4つの警察署(新宿署、四谷署、牛込署、戸塚署)に提供することとしている。
 これに対し、各警察署は、本件情報提供を受けて、警察官が戸別訪問をして、振り込め詐欺被害にあわないよう注意喚起をしたり、留守番電話機能の設定をしたり、録音機の貸し出しをしたりするものとされている。
3 しかしながら、このような施策は、憲法上保護されるプライバシー権を侵害する情報提供であり決して許されるものではない。
 今日の情報化社会において、プライバシー権は、単に「自己の私生活にかかわる情報をみだりに公開されない権利」に限定されるものではなく、広く「自己に関わる情報をコントロールする権利」として位置づけられるもので、個人の人格権の中核的内容をなすものとして憲法第13条において保障されていると解されている。
 このように憲法の基本的人権の擁護の観点から、行政機関個人情報保護法第8条は、行政機関相互の個人情報の利用を原則として禁止し、さらには新宿区においても、個人情報保護条例第12条第2項第4号によって、区長は審議会の意見を聞き、「特に必要がある」場合を除いて原則として個人情報の提供を禁止しているのである。
 今回、新宿区は本施策を実施するにあたり、上記条例に基づき、情報提供が「特に必要がある」との前提に立ち、提供前に個別にチラシをポスティングして区民の意思を確認する機会を作り、拒否の意思を表示した者とポスティングができなかった者を名簿から除外するという対応を採っている。
4 しかし、プライバシー権を保障する憲法の趣旨に照らせば、個人情報の提供は安易に行うことは許されず、仮に許容されるとしても、当該施策の目的の正当性、手段の相当性、ならびにその目的と手段との合理的関連性が認められることが必要である。
 この点、たしかに特殊詐欺被害者の予防という目的は、特殊詐欺が、特に生活資金を奪われる多くの高齢者被害者を生み出す極めて悪質な犯罪であり、今日においてもその発生は後を絶たないことから、その根絶が求められるもので正当であるとしても、その手段は問題であると言わざるを得ない。
 すなわち、新宿区が高齢者本人の意思確認に関して、チラシをポスティングする方法によることとし、告知を受けなかった者と積極的に拒否の意思を表示した者のみの個人情報を名簿から除外するという方式(オプトアウト方式)を採用するにとどまっているのは、プライバシー権尊重の趣旨に照らして、あまりにも不十分で不適切であると言わざるを得ない。むしろ、個人情報の提供は例外なのだから積極的に同意の意思を表示した者に限って名簿に登載することとすべきであり、これ以外の者については、すべて同意が得られないものとして名簿に登載しないこととすべきである(オプトイン方式)。
 また、目的と手段の合理的関連性の面においても、普段高齢者と接することの多い民生委員や区の職員が担当する方が警察官より効果的である。
 ところで今回の施策では、名簿は複写せず、一定期間経過後は区に返還するとされているが、各警察署において担当警察官がそれぞれ個別訪問するのであるから、複写しないで使用することは考えられない。また65歳以上の高齢者は当然毎年新たに発生する以上、名簿は頻繁に更新されることとなる。かかる事情を考慮すると、実際には、名簿の作成、意思確認、提供、複写、持ち出し、返還などが繰り返されることとなり、その過程で、外部流出を完全に防止することは極めて困難であると言わざるを得ない。
 またこの名簿は、外部に流出するとそのまま特殊詐欺に用いられる危険性が極めて高いものであるところ、管理上の過ちから外部に名簿が流出すると、この施策が、かえって特殊詐欺を助長することにもなりかねない。
 なお、本件情報提供と同種の制度を実施していた千葉県野田市は、2016年に市情報公開・個人情報保護審査会が、それまでの答申を覆して、「公益上の必要性よりも個人情報の保護が優先する」と判断し、従前の答申を「検討が足りなかった点を反省する」と付言する新たな答申を出し、情報提供を中止している。
5 上記のように、今回の新宿区等の個人情報の提供は、個人情報保護法や個人情報保護条例にも反するものであり到底許されるものではないと解されることから、直ちに情報提供を取りやめ、是正措置がとられるようにすべきである。
 さらに、言うまでもないことであるが、情報主体である個人の意思を全く無視したかたちで情報提供を実施している自治体は、端的に憲法違反の行為を行っているものというべきであり、直ちに情報提供を中止し、提供した名簿を完全に回収すべきである。

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