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「表現の不自由展・その後」展示再開の報に接しての会長声明

2019年10月07日

東京弁護士会 会長 篠塚 力

1 開会からわずか3日で中止になった「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、明日にも再開されるべく関係者間の調整が続いているとの報に接した。
 当会は、去る8月29日に会長声明を発出し、芸術を含む多種多様な表現行為が保障されることが民主主義の存立にとって不可欠であることから、「表現の不自由展・その後」の展示に対して犯罪予告を含む攻撃によって表現行為を阻止しようとした人々に抗議するとともに、警備体制を見直した上での展示再開を求めていた。
 したがって、展示再開に向けた関係者の努力と決断に敬意を表するものである。

2 ところが、あいちトリエンナーレ実行委員会会長である大村秀章愛知県知事が展示再開を示唆した翌日の9月26日、文化庁は、「あいちトリエンナーレ2019」の主催者である愛知県が申請していた補助金について、採択が決定していたにもかかわらず、全額不交付とする旨を公表した。
 補助金不交付の理由について、文化庁は、表立っては展示内容を理由とすることなく、「(愛知県は)来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告することなく採択の決定通知を受領した上、補助金交付申請書を提出し、その後の審査段階においても、文化庁から問合せを受けるまでそれらの事実を申告し」なかったと説明している。

3 しかし、このような手続的な理由で補助金不交付を決めた前例はないと文化庁も認めており、かねて菅官房長官が、補助金不交付に言及していたことなどの経過に鑑みても、上記理由は後付けであって、あくまでも展示内容が政府にとって好ましからざる内容であるとして補助金不交付を決めたことが強く窺われる。
 そもそも、補助金申請時及びその後の経過の中で、主催者は、論争を呼ぶであろう展示が含まれていることは認識し得たかもしれないが、テロ予告などの犯罪的行為により中止の已む無きに至ることまで認識していたわけではない。実際、テロ予告の中には、そのわずか2週間前に発生した京都アニメーションに対する放火事件を彷彿とさせる内容も含まれていたのであるが、補助金申請時に、誰が未だ発生していない京都アニメーション放火事件を「認識」できるであろうか。展示中止は、あくまでも結果論である。
 補助金事業採択の審査に当たった有識者からなる審査委員会にも知らされることなく、文化庁が補助金不交付を決めたということも、手続の瑕疵に藉口した恣意的な行政権行使であることを窺わせるものである。
 このようなことが前例となれば、補助金不交付をおそれるあまり、今後、補助金が交付される文化事業において、表現行為は萎縮してしまう。それでは芸術・文化の発展はあり得ない。
 恣意的な行政権行使によって補助金を交付したりしなかったりするということは、憲法で保障された表現の自由に対する不当な介入であるとともに、平等原則にも反する。

4 芸術は、政治的表現を含む作者の思想信条が形に表れるものである。中には論争を呼ぶような表現行為もあろう。その価値をどのように評価するかは、観る人に委ねられるべきものである。
 かの有名なピカソの「ゲルニカ」は、ナチスドイツによるゲルニカ爆撃を批判する内容であり、発表当初の評価は高くなかったが、後に反戦や抵抗のシンボルとして高く評価されるに至った。
 「表現の不自由展・その後」が無事に再開され、今回の一連の騒動が、社会の中で、思想信条のいかんにかかわらず表現の自由が保障されることが重要であるという価値観を共有するための契機となり、社会の成熟のための試練であったと考えられるようになることを期待する。

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