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「袴田事件」の最高裁判所差し戻し決定を受け、一刻も早い再審開始を求める会長声明

2021年02月05日

東京弁護士会 会長 冨田 秀実

2020年12月22日、最高裁判所第三小法廷は、「袴田事件」の第二次再審請求事件について、再審開始を認めた静岡地方裁判所決定(原々決定)を取り消して再審請求を棄却した東京高等裁判所決定(原決定)を取り消し、審理を東京高等裁判所に差し戻すという決定を行った。
「袴田事件」は、1966年6月に静岡県清水市(現静岡市清水区)で放火され全焼した住宅内で味噌製造販売会社専務の一家4人がいずれも多数回刃物で刺突された遺体で発見された事件で、当時同会社の従業員であった袴田巌氏が犯人として逮捕され、強盗殺人、現住建造物放火の罪で起訴された。袴田氏は公判で自らは犯人ではないとして無罪を主張したが、起訴後に味噌製造工場の味噌タンク内から発見されたとされる血液が付着しているといういわゆる5点の衣類などの証拠に基づき、第一審の静岡地方裁判所は有罪・死刑の判決を言い渡し、1980年12月に同判決が確定した。袴田巌氏の第二次再審請求に対し、静岡地方裁判所は、2014年3月27日、再審開始を決定すると共に、袴田氏に対する死刑及び拘置の執行を停止した(原々決定)。弁護団が提出した5点の衣類に付着した血液のDNA鑑定や、味噌漬け実験報告書などの新証拠を踏まえ、有罪判決の根拠となった5点の衣類は袴田氏の着用していたものでも犯行時の犯人の着衣でもなく、証拠がねつ造されたものではないかとの疑いを相当程度生じさせるという判断を下したものである。
これに対する検察官の即時抗告について、東京高等裁判所は、2018年6月11日、原々決定が上記認定の根拠としたDNA鑑定の方法について科学的原理や有用性に深刻な疑問が存在するなどとし、味噌漬け再現実験報告書についても証拠価値は低いとして、原々決定を取り消して再審請求を棄却した(原決定)。
今回の最高裁決定の多数意見は、いわゆる5点の衣類の色に関する味噌漬け実験報告書や専門家意見書の証拠価値を否定した原決定の判断について、審理を尽くさずにこれらの証拠の証拠価値について誤った評価をしたものであるとして原決定を取り消し、東京高等裁判所への差戻しを決定した。
多数意見によって再審開始への道が改めて開けたことは評価できるものの、2名の裁判官の反対意見は、DNA鑑定、味噌漬け実験報告書のいずれも再審を開始すべき新証拠に当たるとして、原々決定はその根幹部分と結論において是認できるというものであった。再審のための「新たな証拠」は、有罪判決の事実認定について合理的な疑いを生ぜしめれば足りるところ、味噌漬け実験報告書をもって、確定判決時の他の証拠と総合して考慮したとしても、かかる要件は十分に満たしていると考えられる。
再審開始を決定した原々決定から既に6年以上が経過しており、これ以上検察側の主張立証のための時間の費消を許すべきではない。そもそも、いったん再審開始決定が出されたということは、確定判決の有罪認定に対して合理的な疑いが生じたということである。
袴田氏は47年という余りに長い期間を獄中で過ごし、今なお拘禁症状に苦しんでいる。再審開始決定も束の間、2018年の原決定で再び死刑執行の可能性に晒されたことによる落胆と恐怖は想像に余りある。長い経緯をたどると、司法が一個人の人生を翻弄し続けていることから、迅速な救済が求められることは明らかといえる。
差戻審においては、速やかな検察官即時抗告の棄却と、再審の開始を決定するよう強く求める。

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