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ウクライナ避難民保護を名目とする入管法改定案の再提出に反対する会長声明

2022年06月02日

東京弁護士会 会長 伊井 和彦

本年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、ウクライナから逃れてきた人たちの日本への受入れが進められている。そのさなか、岸田内閣総理大臣は、4月13日、参議院本会議において、ウクライナ避難民の受け入れ対策として「難民条約上の理由以外により迫害を受ける恐れのある方を適切に保護するため、法務省で難民に準じて保護する仕組みの検討を進めている」と述べ、また、古川法務大臣も、同月19日の会見において、「法務省としては、同法案(入管法改定法案)の一部のみを取り出すのではなく、現行法下の課題を一体的に解決する法整備を進めてまいる所存です」と述べた。これらの発言からは、政府が、ウクライナ避難民保護を名目として、昨年廃案となった入管法改定法案(政府案)を修正しないまま再提出することが強く懸念される。
しかし、そもそも政府案は、3回以上の難民認定申請を行った者について、手続中であっても強制送還することができるようにする条項(いわゆる強制送還条項)や、退去命令に従わない人に刑罰を科すという送還忌避罪(退去命令違反罪)の条項の新設を含んでおり、国境を超えた人権擁護システムである難民保護に逆行するばかりか、日本政府が間接的にせよ、他国による迫害に加担する事態すら招きかねないという点で、容認できない内容を含んでいる。これらの問題性については、当会も、2021年3月8日及び同年5月17日の会長声明において指摘したところであり、これらの点が改善されないまま、ウクライナ避難民保護を名目として、政府案が再提出されることは許されない。
また、今回、日本政府は、ウクライナから逃れてきた人たちを、敢えて「難民」とは異なる「避難民」と呼び、難民条約上の「難民」(条約難民)に該当しないということを議論の前提としつつ、政府案の「補完的保護対象者」認定制度(「準難民」制度)によることで、この人たちを「難民に準じて」保護することができるかのように説明している。
しかし、日本政府は、条約難民の要件の一つである「迫害を受けるおそれ」について、迫害を受ける人が迫害主体から個別的に把握されていることを要すると極端に狭く解釈しており(個別的把握説)、この解釈を理由に、国際基準に従えば保護されるべき人々であっても、保護を与えていない。そして、政府案は、「準難民」制度についても、「迫害を受けるおそれ」要件を定めているから、個別的把握説を改めなければ「準難民」にも該当しないことになる。
このように、政府案及び政府解釈によれば、ウクライナから逃れてきた人たちを保護することはできないにもかかわらず、あたかも、政府案によってウクライナから逃れてきた人たちの保護が可能になるかのように説明することは、政府案の再提出へと議論を誤導しかねないものであり、市民社会に向けた説明として妥当性を欠く。
翻って、ウクライナから逃れてきた人たちの保護は、難民条約によって可能である。この点、日本政府は、難民条約を狭く解釈し、紛争から逃れてきた人たちは、同条約が規定する5つの迫害理由(人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、政治的意見)のいずれにも当たらないとしているが、同条約の解釈に関する国際的なガイドラインに従えば、紛争から逃れてきた人たちを条約難民として保護することは十分に可能である。
ウクライナをはじめとする、紛争から逃れてきた人たちを保護すべきことは、人権擁護の観点からは当然の結論である。しかし、政府案では保護につながらないどころか、かえって、「難民鎖国」と批判されている日本の現状をさらに悪化させるおそれがある。当会は、2020年1月14日付け意見書において難民保護のあるべき制度を提案してきているが、まさに、今、必要とされるべきは、難民条約について日本政府が誤った解釈を改めることであって、政府案の再提出ではない。
当会は、ウクライナ避難民保護を名目とする、強制送還条項などを含む入管法改定法案の再提出に、改めて、強く反対する。

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