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国に緊急のヘイトクライム対策を求める会長声明

2022年10月13日

東京弁護士会 会長 伊井 和彦

近年、差別的動機に基づく犯罪、すなわちヘイトクライムが頻発している。
報道によれば、2021年3月に多文化交流施設である「川崎市ふれあい館」館長(在日コリアン)宛に「死ね」と連呼する脅迫文等が届けられた。また、同年7月に在日本大韓民国民団(以下「民団」という)愛知県本部と学校法人愛知韓国学園名古屋韓国学校に、そして同年8月には京都府宇治市伊勢田町ウトロ地区(在日コリアン集住地区)の民家に対する同一犯による連続放火事件が発生した。さらに、その後も、本年4月に大阪府茨木市にあるコリア系学校の放火事件、同年9月に民団徳島県本部への脅迫事件、同じく9月にJR赤羽駅ホーム上の横断幕に「朝鮮人コロス会」との落書がなされた事件など、後を絶たない。これら一連の犯罪は、朝鮮半島にルーツを有する人々に対する差別的な動機に基づくヘイトクライムであると考えられる。
ヘイトクライムの問題性は、直接の被害者に対する加害だけに止まらず、被害者と同一の属性を有している全ての者に対し「次は自分が標的となるのではないか」という恐怖心を与えることであり、また、差別意識を社会において煽動・促進し、新たなヘイトスピーチ及びヘイトクライムの連鎖を惹起する点にある。ヘイトクライムによる恐怖と社会の分断は、世界において、民主主義社会そのものを崩壊させ、ジェノサイド(民族などに対する集団殺害等)及び戦争にもつながる危険性をはらむものと認識されており、故に、人種差別撤廃条約は、加盟国に対し、ヘイトクライムを含む人種差別を撤廃する義務を規定しており、加盟諸国では、既に様々な対策が採られている。
2022年8月30日、先に述べたウトロ地区等への連続放火事件につき、京都地方裁判所は、求刑どおり、被告人を懲役4年とする実刑判決を下し、その理由中で「動機は、主として、在日韓国朝鮮人という特定の出自を持つ人々に対する偏見や嫌悪感等に基づく、誠に独善的かつ身勝手なものであ」り、「放火や損壊といった暴力的な手段に訴えることで、社会の不安をあおって世論を喚起するとか、自己の意に沿わない展示や施設の開設を阻止するなどといった目的を達しようとすることは、民主主義社会において到底許容されるものではない」と断じた。本判決は、民族差別事件に対して、日本の刑事裁判所が初めてヘイトクライムであることを実質的に認定した点で評価できるものであるが、他方、直接的な言葉として「差別」や「ヘイトクライム」という用語は使われておらず、社会に対し、ヘイトクライムに対する警告を強く発するには至っていない。
そもそも、日本は、1995年に人種差別撤廃条約に加入したが、その後も、日本政府は、人種差別撤廃政策の策定やヘイトクライム処罰を含む人種差別撤廃法の制定を行わず、ヘイトクライムについて定義することもないまま、そうした点は裁判の量刑上で適切に考慮されると説明するに止まっている。そのため、犯罪が発生した場合、裁判所や捜査機関がそれをヘイトクライムであると認定するための基準や、ヘイトクライムであると認定された場合、量刑上どのように考慮すべきか等に関する公的なガイドラインも存在せず、今後、ヘイトクライムの処罰に際し、裁判所や捜査機関が本判決と同様に、又はそれ以上に適切に対応する保障はないことを再確認すべきである。
ヘイトクライムを根絶するためには、ヘイトクライムも人種差別の一類型であると明確に位置付け、ヘイトクライム対策も規定した、国際人権基準に合致した包括的な人種差別撤廃法を制定することが必要不可欠である。また、同時に、ヘイトクライムの連鎖を止める緊急対策が必要である。
当会は、連続するヘイトクライム事件を非難するとともに、政府に対し、ヘイトクライム対策を含む人種差別撤廃法の制定とともに、緊急のヘイトクライム対策をとることを求めるものである。

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