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市民の皆さんへ 新年のメッセージ

2023年01月01日

東京弁護士会 会長 伊井 和彦

 明けましておめでとうございます。
 昨年は、2月にロシアのウクライナ侵攻が始まり、7月には国内で安倍元内閣総理大臣が参議院選挙の街頭応援演説中に銃撃され死亡する等、理不尽な暴力が人々に衝撃を与えました。コロナ禍もなかなか完全終息をせず、記録的な円安や物価高に賃金値上げが追い付かない等、社会全体が経済的にも厳しい1年でした。
 今年こそは、皆さまにとって明るい年になることを、願って止みません。

 昨年4月より9か月間、東京弁護士会の会長と日本弁護士連合会の副会長を兼務し、弁護士会の様々な事案に携わってきました。残り任期もあと3ヶ月ですが、弁護士及び弁護士会の在り方について、考えさせられる毎日でした。

1.

 昨年2月の突然のロシアによるウクライナ侵攻は、世界に衝撃を与えました。
圧倒的な「力」によって平和と民主主義が壊されていくその様を目の当たりにして、人々の心に不安が拡がり、「力には力で対抗すべき」という世論が、我が国においても強くなっています。私たちが大事にしてきたはずの憲法9条の「恒久平和主義」や「専守防衛の理念」などまるで絵空事だと言わんばかりに、「抑止力としての軍事力(反撃能力)」や「防衛費の増大と国民負担」の議論が当たり前のようにされるようになりました。
 しかし、憲法9条の恒久平和主義や専守防衛の理念は、決して理想論だけで構築されたものではありません。自衛のための抑止力と称される軍事力が、やがて自国の利益のための独善的な暴力に変わる歴史の必然を、我が国も先の大戦で経験しました。その結果もたらされた戦争の惨禍を繰り返さないために、悲壮な決意のもとで、私たちは憲法9条を平和の拠り所としたはずです。
 私たち弁護士の使命は「基本的人権の擁護」と「社会正義の実現」であり(弁護士法1条)、恒久的な平和のもとで生きていくことこそがあらゆる人権の源である以上、私たちは、安易に軍事力の拡大を喧伝する声に対しては警鐘を鳴らし、冷静かつ現実的に真に平和であるための方策は何かを、これからも市民の皆さまと一緒に考えていきたいと思います。

2.

 また、多様な性や多様な生活スタイル、多様な生き方や考え方が現に存在している現代においては、その「多様性」や「違い」を認め合って社会を築いていくことこそが、互いの「個人の尊厳」を認め合うことだと思います。
 人種差別的なヘイトスピーチやヘイトクライムで苦しめられること、匿名をよいことにSNSで他人を誹謗中傷して名誉を棄損したり著しい侮辱を与える行為、学校や社会等で特定の個人を標的に行われる「いじめ」、性的指向や年齢を理由とする不合理な扱い等、私たちの周りには、あまりにも不条理な差別が日常的に存在し、自分自身が無意識に加害者になってしまうこともあります。
 私たち弁護士は、このような謂れなき差別のない世界を目指し、様々な活動を行ってまいります。

3.

 国の制度においても、人権の観点から重大問題があるものが多々あります。
 外国籍というだけで公的機関から不当な拘束や扱いを受けることの多い出入国管理や在留者・難民の保護の法制度は、抜本的に見直されるべきです。
 理不尽な犯罪の被害者やその遺族に対しては、国による十分な経済的補償のみならず、被害者側の名誉・プライバシーの保護や心情面での支援等の公的な制度が必要です。
 他方、刑事事件の捜査及び裁判手続においては、冤罪を生まないために適切な法手続が必要であり、全ての取調べ過程の可視化や弁護人の取調べ立会権等が実現されるべきです。
 冤罪や不当な重罰を見直すための再審法の改正も必須です。
 また、死刑制度は、冤罪であれば取り返しがつかないですし、刑罰は復讐のための応報ではなく第一義的に加害者の社会的更生のためのものであることに鑑みれば、加害者の命を国家が奪ってしまう刑罰までは認められるべきではなく、その存在自体が廃止に向けて見直されるべきです。
 その他、精神保健福祉制度の抜本的改革、霊感商法や特殊詐欺から被害者を守るための法規制の強化、環境破壊を防止するための法体制等々、検討すべき法制度の見直しは山積しています。
 私たちは、このような市民の権利を守るための各法制度の改革についても、弁護士会として積極的に活動していきます。

4.

 弁護士の世界も、若い世代が大幅に増え、また女性弁護士の割合や組織内で働く弁護士も増えており、弁護士事務所の在り方や仕事の方法も多様化しています。豊富な経験を持つベテランの弁護士、新しい知識とバイタリティを持つ若い世代、特定の分野に特化する弁護士等、市民の皆さんからの幅広い需要に応えられるだけの人材や体制が、整いつつあります。数年後には民事裁判等のIT化も本格化し、より迅速かつ適正な解決に向けて司法の世界の改革がますます進むことでしょう。
 私たち弁護士も、ますます研鑽を積み、市民の皆さんの期待に応えられるよう、精進して参ります。

 今年も宜しくお願い申し上げます。