アクセス
JP EN

敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有に反対する会長声明

2022年12月27日

東京弁護士会 会長 伊井 和彦

1 政府は、本年12月16日、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」のいわゆる安保三文書(以下「三文書」という。)の改定を閣議決定し、敵基地攻撃能力を保有し活用していく方針を明記した。
三文書では、これまで政府が使用してきた「敵基地攻撃能力」に代えて「反撃能力」という用語が用いられている。しかし、相手国がミサイル等を発射する前の段階で「攻撃に着手した」とみなして攻撃することや、集団的自衛権の行使を容認した2015年の安全保障法制(以下「安保法制」という。)以降は、我が国と密接な関係にある他国に対する攻撃を行った国への攻撃も含まれることが想定されているため、「反撃」という用語は不適切である。

2 敵基地攻撃能力について、かつて政府は、「急迫不正な侵略があり、そのままにしておればただ座して自滅を待つのみという場合において他に方法がないときには、敵地をたたくということもあり得、それは法理的に自衛の範囲である」旨の見解を述べたことがある(1956年答弁)。しかし、自衛の範囲に関する一般論と、我が国の憲法のもとで保持しうる自衛のための実力は、全く別の問題である。
政府は、1972年の政府見解において、「平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。」として、自衛権の行使が憲法上許される場合を限定した(自衛権発動の三要件)。
その上で、政府は、自衛力は他国に脅威を与えるものであってはならず、個々の兵器に関しても、他国の領域に対して直接脅威を与えるような攻撃的兵器(ICBM、中距離・長距離弾道弾、長距離核戦略爆撃機、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母等)の保有は、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため許されないとして、保持しうる実力の程度を限定する憲法解釈を確立してきた。
敵基地攻撃能力の保有は、このような確立した憲法解釈を大きく変更するものであり、十分な理由も合理性もなく行うことは許されない。

3 敵基地攻撃能力の保有について、政府が掲げる理由は安全保障環境の変化のみであるが、具体的に何がどのように変化したのか、その変化を踏まえて敵基地攻撃能力の保有が我が国の安全保障に資するといえるのか、そのような能力を持つことが憲法上なぜ許されるのかについて、十分な説明は全くなされていない。
自衛権の発動要件である「急迫不正の侵害」としての、他国による攻撃着手は、弾道ミサイル等が飛来する段階でさえ、我が国に対する武力攻撃がなされようとしているのか否かを正確に判断することはできないのであるから、発射前の段階ではなおさら正確な判断ができるものではない。判断を誤れば、国際法上も違法な先制攻撃になる。
また、上述のように、安保法制の下、我が国に対する武力攻撃が発生していなくても「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生した場合に自衛権は行使できるとされており、この場面における敵基地攻撃は、攻撃を受ける側からすれば、日本に対して一切攻撃していないにもかかわらず日本から先制攻撃がされた、という事態にほかならない。

4 抑止力の強化が我が国の安全保障に資するとの考え方もあるが、このような抑止力論には、自国が抑止力を高めれば相手もさらに軍備を増強し、とめどない軍拡競争に陥るという限界がある。
また、抑止力論のみに安易に依拠した安全保障の考え方は、将来の我が国や近隣諸国、そして全世界の緊張を高めるものであり、「平和のうちに生存する権利」という憲法の恒久平和主義の理念に反するものである。
政府は、三文書の説明において、ロシアによるウクライナ侵攻にも触れているが、むしろ、ウクライナでも子どもを含む多数の一般市民に犠牲者が出ているという実態こそが戦争の真実であり、日本国憲法の恒久平和主義はこのような戦争の悲惨な実態を踏まえたものであることを改めて認識すべきである。

5 2014年以降、当会は、長年にわたって確立された憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使等を容認した安保法制に対し、憲法9条の恒久平和主義に違反し、立憲主義・国民主権をないがしろにするものとして、強く反対してきた。
今回の政府による三文書の改定、敵基地攻撃能力の保有は、安保法制と同様に、憲法改正手続を潜脱して、恒久平和主義を骨抜きにしようとするものである。
よって、当会は、恒久平和主義、立憲主義、国民主権を堅持する立場から、これに強く反対するものである。

印刷用PDFはこちら(PDF:160KB)