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入管庁公表資料「現行入管法の課題」に対し抗議し、再提出された入管法改定案の撤回を求める会長声明

2023年03月15日

東京弁護士会 会長 伊井 和彦

本年3月7日、岸田文雄内閣は、「出入国管理及び難民認定法及び日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の一部を改正する法律案」(以下「政府法案」という)を閣議決定した。これは、2021年に廃案となった出入国管理及び難民認定法の改定に関する政府法案を、その基本的な骨格を維持したまま再提出するものである。このような動きに対しては、当会は本年1月17日に「入管法案の再提出に反対する会長声明」をもって反対の意思表示をしており、全国の弁護士団体や複数の市民団体などからも次々と法案の再提出に反対する声が上がっていた。こうした反対意見にもかかわらず、再提出に至った今般の閣議決定を、当会は強く非難する。
また、本閣議決定に先立つ本年2月20日、出入国在留管理庁(以下「入管庁」という)は、「現行入管法の課題」と題する資料(以下「本件資料」という)を公表した。本件資料は、前記閣議決定と同日に入管庁ホームページで公表された政府法案の概要説明サイト「そこが知りたい!入管法改正案」の「2.現行入管法の課題(入管法改正の必要性)」の中で度々引用されており、本閣議決定に至った政府の認識は本件資料に集約されている。しかし、本件資料の内容は以下の通り、極めて不適切なものであり、是認しがたい。
まず、本件資料は、「国際慣習法上、国家は外国人の入国に当たり、ルールを定め、これに違反した場合は国外へ退去が可能」と説明する(1頁)。しかし、難民の地位に関する条約第33条第1項、拷問等禁止条約第3条第1項などが定める「ノン・ルフールマンの原則」に従えば、何人もその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放または送還してはならないとされているところ、本件資料の当該説明は、国家が外国人を何ら制約なく自由に送還できるとの誤解を生じさせるものであって不当である。
また、本件資料は「送還忌避者の実態」(2頁)として、入管庁のいう「送還忌避者」(政府の定義によれば「退去すべきことが確定したにもかかわらず退去を拒む外国人」)3224人のうち、1133人に前科がある旨を赤文字で強調する体裁をとっている。しかし、生命・自由への危険がある本国への送還を拒絶することは、人として当然であり、前記「ノン・ルフールマンの原則」にも合致する。たとえ前科があったとしても、庇護を求める人々を人権侵害のおそれのある国家に引き渡すなど、到底許されるものではない。しかも、前科の罪種別(同一人が複数の罪名に当たる犯罪をした場合にはそれぞれ計上される)についてみると、全体件数は2620件とされるものの、そのうち、いわゆるオーバーステイなどの入管法違反が504件、交通関係法令違反が326件と、必ずしも犯罪傾向の進んだケースが多いわけではない。送還を拒む事情は様々であるにもかかわらず、当該記載は前科のある一部の人々を強調することにより、「送還忌避者」全体の印象を貶めるプロパガンダの側面があると言わざるを得ない。
さらに、「仮放免者の逃亡事案が多発している」との項目があるが(2頁)、死亡事件が度々発生している入管収容施設の現状に鑑み、再収容されることに命の危険を感じ、それ故に出頭できない者が多数いることも容易に推測されるところであり、入管施設の問題性を放置しながら、不出頭の原因を問わず「逃亡」と一括りにすることは、あまりに乱暴な議論である。
他にも、本件資料は、難民認定制度につき、特定の難民審査参与員の意見を赤字で強調したり(3頁)、「難民認定制度の誤用・濫用が疑われる事案の発生」とのタイトルの下、わずか2例の犯罪傾向の進んだ特別な事案内容を殊更に列記すること(3頁)により、「送還忌避者」の多くが濫用的難民申請を行う重大犯罪者であるかのような誤解を生じさせる内容となっている。同様に、わずか3例の犯罪前科のある逃亡事案の個別案件を挙げることで、「仮放免者の逃亡事案が多発」(4頁)とのタイトルを付しているが、これは見る者をして、仮放免を認めることで犯罪傾向の強い逃亡者が発生するとの事実誤認に導くだけでなく、差別や人権侵害を助長しかねず、国家機関として到底許されない表現である。
以上の通り、本件資料は極めて不適切な記載や表現を多数含むものであり、このような認識に基づく本閣議決定は明白な誤りである。
当会は、入管庁に対し、本件資料につき厳重に抗議するとともに、政府に対し、政府法案のすみやかな撤回を強く求める。

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