地方自治法改正法に反対する会長声明
2024年06月25日
東京弁護士会 会長 上田 智司
1 地方自治法の一部を改正する法律案(以下、「改正法」という。)が国会に提出され、6月19日に参議院で可決され、成立した。この改正法は、大規模 災害や感染症の蔓延などの国民の安全に重大な影響を及ぼす事態において、国が地方自治体に対して「指示権」を行使できると定めているが、以下に述べるように重大な問題がある。
2 地方自治について、憲法は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」としている(憲法第92条)。これは、国民の人権を保障し、民主主義を実現するためには、地方自治体に自治(団体自治と住民自治)を認め、国と地方に権限を分配する形態が適切なためである。2000(平成12)年に施行された地方分権一括法によって、国と地方とは対等な関係にあり、様々な権限が国から地方へ移譲されるようになったことは、上記の憲法の趣旨を具現化したものである。同法では、地方自治法に、地方公共団体は個別法の根拠がなければ国の関与を受けない旨の規定(同法第245条の2)が置かれた上、個別法に基づく国の関与のあり方として、地方公共団体の事務のうち国が自治体にゆだねる「法定受託事務」については、自治体側に違法などがあれば国は「是正の指示」ができる一方、「自治事務」については、原則として「指示権」は否定され、「国民の生命、身体又は財産の保護のため緊急に自治事務の的確な処理を確保する必要がある場合等特に必要と認められる場合」に限って例外的に「指示権」を 行使できる旨の規定(同法第245条の3、同法第245条の7)が置かれることとなった。
ところが、今回の改正法は、法定受託事務と自治事務の区別なく、個別法に規定がない場合にも国の指示権を認めるものである。すなわち今回の改正法の指示権行使の要件は、「国民の生命等の保護のために特に必要な場合」という抽象的なものでしかないため、一般的な指示権を持つこととなる。それゆえ、政府が広範な裁量権を行使する根拠として利用される危険性を有すると言える。
そのうえ、改正法は、「緊急性」の要件を定めていない。すなわち、国が、必要と認めた場合には、平時においても指示権が行使されうることとなる。
このことは、上記の広範な裁量権と相まって、国が上位機関として自治体の自治権を広範に制限し、自治体の住民の権利・自由を広く制限しうることとなる余地がある点で、実質的に国と地方を対等な関係とする趣旨を大きく損ない、地方自治の本旨を侵害するものである。
3 また、そもそも法改正の必要性を基礎づける立法事実も存在するとは言えない。今回の改正法は、新型コロナウイルス感染症の初期対応において、国が自治体に対して指示できる根拠規定がなかったため、感染患者の移送や受け入れの 調整ができず、混乱したことが改正の理由とされている。しかし、初期対応の混乱の原因は、大規模感染症への対応の経験の不足や、保健所や消防署(救急搬送)、医療機関の連携不足などにあり、国が自治体に直接命令できなかったことにあるとは言えない(むしろ、国の関与が混乱を招いたという批判すらある)。そして、コロナ禍を経て感染症法も改正され、国と自治体及び関係機関の連携が定められるようになった現状においては、感染症の蔓延に備えるために地方自治法を改正しなければならない立法事実は存在しない。また、大規模災害に対しては、災害対策基本法において国の対応について規定されており、そこに規定された以上に国の指示権を認めるべき立法事実も存在しない。
さらに、提案者である政府が、このような指示権を行使する具体的な事例を示せないままである点においても、立法事実の存在に大きな疑問がある。
そして、いずれの事態においても、被害状況等を迅速に把握し、個別のニーズに具体的に対応できるのは地元自治体であるから、頭越しに指示権を行使することはかえって現場の混乱を招きかねない。それゆえに、本改正法に対しては、多くの自治体の首長から反対や危惧の声が上がっている。
4 以上のとおり、今回の改正法は、政府が広範な裁量権を行使する根拠として利用され、地方自治の本旨を損なうおそれがある上、立法事実の存在が疑わしいものであるから、当会は強く抗議すると共に、改正部分の廃止(再改正)を求める。印刷用PDFはこちら(PDF:245KB)