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「公益通報者保護法案(仮称)の骨子(案)」に対する意見書

平成16(2004)年1月13日
東京弁護士会
会長 田中敏夫

はじめに
    
  1.  公益通報者保護制度は、近時の企業不祥事が事業者内部からの通報によって明らかになったこと等を背景に、公益の擁護および消費者利益の擁護を図るため、事業者の不正行為や違法行為について公益的通報を行った者が、通報を行ったことを理由として不利益を受けることのないよう保護するために設けられるもので、諸外国でも同様の制度が機能していることからも、その必要性については首肯できるところである。
  2.  内閣府は平成15年12月「公益通報者保護法案(仮称)の骨子(案)」(以下「法案骨子」という)を公表し、これに対する意見募集をしている。
    当会は、すでに平成15年7月に国民生活審議会が公表した同制度に対する報告書(以下「最終報告」という)に対して意見を提出している。そこでは同審議会で構想されている「公益通報者保護制度」は、保護の対象となる通報内容・通報者の範囲が極めて限定的であること、外部への通報に関しては保護される要件が厳格すぎて実質的に事業者内部への通報が原則化していること、さらに保護の効果も限定的なものに止まっていること等から、この制度が実現したとしても果たして実効性があるのか危ぶまれる内容となっている、と指摘した。
    今回の法案骨子は、最終報告よりも内容的にさらに後退したものとなっており、前回の意見書における当会の考え方からすれば当然強く批判せざるを得ない。また、法案骨子のように極めて限られた公益通報者だけを保護する制度を作ることによってその要件に該当しない公益通報者は保護されないとの反対解釈が行われるようになれば、これまでは一般法理で保護されてきた公益通報者がかえって保護されない結果となるのではないかと強く危惧せざるを得ない。
  3.  本制度の立法化に当たっては、この制度を設ける趣旨が「公益・消費者利益」の擁護にあることを念頭に置き、「公益・消費者利益」に関する通報ができる限り行われやすくする制度にすることを志向すべきである。
    そのためには公益、消費者利益の擁護のために通報する者を保護する要件を、弊害が出ない限度でできるだけ緩和しなければならない。その意味で法案骨子で示されている「公益通報者保護制度」は通報者が保護される要件が厳格に過ぎる。
    次項以下で述べるように、公益通報者保護制度を実効性あらしめるためには、法案骨子で示されている制度より保護される公益通報の内容、保護されるべき通報者の範囲を広げ、保護による効果を拡大し、さらに公益のために事業者外部へ通報を行った者が内部への通報者と同等に保護されるよう定めることが必要不可欠である。
    また立法化にあたっては、本制度の新設により従来保護されていた公益通報者の保護を奪うような反対解釈は許されないことを明示すべきである。
  4.  以下では、まず、第1において当会が考えるあるべき公益通報者保護制度について

第1 立法目的から見たあるべき公益通報者保護制度
    
  1.  そもそも最終報告では、公益通報者保護制度の目的・必要性を指摘している部分において、
    「今日、これら消費者利益等に関する法令違反の是正のための通報は、正当な行為として評価されるべきと考えられる。」
    「公益のために通報を行った場合に、どのような内容の通報をどこに行えば解雇等の不利益な取扱いから保護されるのかは必ずしも明確でないのが現状である。」
    (46頁(2))
    「事業者による法令遵守を確保して消費者利益の擁護等を図っていくためには、公益のために通報を行ったことを理由として労働者が解雇等の不利益な取扱いを受けることのないよう通報者保護に関する制度的なルールを明確化し、通報の結果に対する予見可能性を高めていくことが必要と考えられる。
    このような通報者保護に関する制度的なルールの明確化は、事業者のコンプライアンス(法令遵守)経営や消費者への情報提供を通じ、消費者被害の未然防止・拡大防止等に資するほか、法令違反に対する行政の監視機能を補完する仕組みとしても効果を発揮することが期待される。」(47頁(4))
    等と説明されていた。
  2.  このような説明からも導かれるように「公益通報者保護制度」は、消費者被害等(人の健康・安全・財産に対する侵害ないし危険及び環境に対する悪影響等を含む)の未然防止・拡大防止等に資することを目的とし、「公益のために通報を行ったことを理由として労働者が解雇等の不利益な取扱いを受けることのないよう通報者保護に関する制度的なルールを明確化し、通報の結果に対する予見可能性を高めていくこと」の実効性を担保できるような制度を目指すべきである。
    すなわち、事業者内部において、消費者利益等を侵害する行為が行われ、または行われようとしている場合には、かかる事態は消費者・市民には直接知りえないのであるから、その情報に接している者によって当該情報が積極的に通報されることを確保し、かかる情報発信によって消費者利益等を侵害する事態を未然に防止し、あるいはその被害拡大を防止することが必要であり、「公益通報者保護制度」はそのための制度なのである。
    従って、事業者内部からの消費者利益等を害する違法行為に関する情報提供・情報発信が、現在の状況よりもできる限りより容易かつ迅速になされることを促すような制度設計が必要である。
    現状においては、ほとんどの内部情報の通報が匿名で行われていること、公明正大に自らの氏名を明らかにして公表した場合には解雇あるいは取引先等からの取引打切り等によって実際上廃業に追い込まれる危険があること等、内部からの公益のための通報が現実には非常に困難な状況であると考えられることを踏まえれば、公益通報者の保護を考え得る限り厚くする制度としなければ法制度を新たに立案する意味はないといえる。
  3.  以上の立法目的を踏まえれば、公益通報者保護制度は、広く消費者利益を違法に侵害する行為に関する通報が保護の対象とされるべきであり、通報の真実相当性(通報の内容が真実又は真実であると信じるに足る相当の理由があること)が担保されている限り、何人が通報者であろうと、また通報先の如何に関わらず、通報者はあらゆる不利益取り扱いから保護されるべきことが本来あるべき制度というべきである。
    今回の法案骨子についてもこのようなあるべき公益通報者保護制度という視点から検討がなされる必要があり、以下のとおり、当会としての意見を述べるものである。

第2 通報の範囲について

【法案骨子・関連部分】
    
2 .定義
(1)公益通報
4. 犯罪行為等の事実が生じ、又は生じるおそれがある旨を
(3)犯罪行為等の事実
  1. 個人の生命又は身体の保護、
    消費者の利益の擁護、
    生活環境の保全、
    公正な競争の確保、
    その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令に規定する罪の犯罪行為として別表に掲げるもの
  2. 別表に掲げる法令の規定に基づく処分への違反行為が・の犯罪行為となる場合における当該処分をする理由とされている事実(当該事実が別表に掲げる法令の規定に基づく他の処分に違反し、又は勧告等に従わない事実である場合における当該他の処分又は勧告等の理由とされている事実を含む)〔注:・と関連する法令違反行為〕
別表
  • 刑法の罪
  • 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の罪
  • 食品衛生法の罪
  • 証券取引法の罪
  • 農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律の罪
  • 大気汚染防止法の罪
  • 廃棄物の処理及び清掃に関する法律の罪
など
  1. 犯罪行為に限定することの不当性
    (1)法案骨子では、保護される通報の範囲として、「公益通報」の定義中で「犯罪行為等の事実が生じ、または生じるおそれがある旨」と限定し、さらにその「犯罪行為等の事実」について法案骨子2(3)のとおり範囲を極めて限定する形を取っている。
    これは最終報告で「規制法違反あるいは刑法犯」と範囲が狭くなっていて批判されていたところを、更に限定したものである。
    (2)しかし、このように通報の範囲を非常に狭い範囲に限定してしまっては保護される通報はほとんど無くなってしまい、極めて不当である。 消費者利益等の確保を目的とした公益通報制度を十分に機能させるためには、消費者利益等の侵害行為が「犯罪行為に該当する」場合に限定すべきではなく、当該侵害事実が「違法に」消費者利益等を害するものと評価できる場合を広く含むものとすべきである。このような消費者利益等の「違法な侵害行為」は、事業者の営業の自由等の法的利益の擁護を考慮したとしても、到底保護されることがあり得ないものであるから、かかる事実の通報も対象とされるべきなのである。
    また、法案骨子では、保護されるべき通報対象としての「犯罪行為」は別表で定めることとしているが、かかる列挙は困難であるほか、内部通報を行おうとする者にそのような列挙された「犯罪行為」か否かの判断というハードルを課すことは、本来期待されるべき情報発信を萎縮させる可能性があり妥当でない。
  2. 保護されるべき通報の範囲
    以上のとおりであるから、立法化にあたっては犯罪行為だけではなく、罰則のつかない規制法規違反、民法上の不法行為が成立するような「民事違法」も含まれるものであることを明確化するか、あるいは保護されるべき通報の範囲を「消費者利益等に対する違法な侵害行為あるいはそのおそれのある事態」とすべきである。

第3 保護される通報者の範囲について

【法案骨子・関連部分】
    
2 .定義
(1)公益通報
1. 労働者が、【注:公務員を含む。】
(2)公益通報者
公益通報をした労働者をいう。
3 .公益通報者の解雇の無効等
(1)解雇の無効
労働者が次のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由とする解雇は、無効とすること。(以下、略)
(2)労働者派遣契約の解除の無効
派遣労働者が(1)1~3のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由とする労働者派遣契約の解除は、無効とすること。
(3)不利益取扱いの禁止
1.(1)のほか、事業者は、その使用し、又は使用していた労働者が
(1)1~3のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由として、降格、減給その他不利益な取扱いをしてはならないこと。
2.(2)のほか、派遣先の事業者は、派遣労働者が(1)1~3のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないこと。
  1. 労働者・元労働者・派遣先で働く労働者に限定することの不当性
    (1)法案骨子では、保護される通報者の範囲について、事業者に直接雇用される労働者、元労働者、派遣先で働く労働者が、それぞれの労務提供先、役員、従業員などに関して通報をする場合、または労務提供先の取引先に関して通報する場合に限定している。
    しかし、最近の内部通報による企業の不祥事の発覚の事例では、このような範囲に属する者以外の通報も多く、法案骨子の範囲は狭きに失する。
    (2)前記第1で述べたとおり、立法趣旨からいえば、内部情報に接しうる者はその立場を問わず、何人も保護されて然るべきであるから本来は保護されるべき通報者を限定すべきではない。
    仮に最終報告のようにその範囲を限定する立場に立つとしても、これまでに生じた実際のケースをもとに、保護から外れる立場の者が出ることがないように十分配慮しなければならないのである。
  2. 保護されるべき通報者の範囲
    上記の観点から考えれば、以下の範囲の通報者が保護されるべきである。
    (1)まず、事業者に雇用されている労働者(当然パート労働者も含む)、元労働者だけでなく、更に役員もその対象とすべきである。
    事業者内部の情報に接するという点では、役員も同様な立場にある。
    (2)次に、下請・協力事業者など、当該事業者の指揮監督に服し、実質的に従業員と同様の立場の者も対象とされなければならない。
    これらの者も事業者から不利益な取扱いを受ける弱い立場であることは事業者の従業員と全く同じであり、これらを対象外した場合、保護の対象となる通報者の範囲が著しく狭くなってしまう。
    また、元派遣社員、元下請・協力事業者なども、元労働者と同様に保護の対象とされるべきである。
    (3)更に、事業者との取引等によって対象となる情報を知った者も対象とされるべきである。
    これらの者も事業者に対して従属的な地位にあることが多く、保護の必要性が非常に高いからである。

第4 保護の内容について

【法案骨子・関連部分】
    
3 .公益通報者の解雇の無効等
(1)解雇の無効
労働者が次のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由とする解雇は、無効とすること。(以下、略)
(2)労働者派遣契約の解除の無効
派遣労働者が(1)1~3のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由とする労働者派遣契約の解除は、無効とすること。
(3)不利益取扱いの禁止
1.(1)のほか、事業者は、その使用し、又は使用していた労働者が(1)1~3のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由として、降格、減給その他不利益な取扱いをしてはならないこと。
2.(2)のほか、派遣先の事業者は、派遣労働者が(1)1~3のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由として、不利益な取扱いをしてはならないこと。
  1. 保護の内容の不当性
    法案骨子、保護の内容として、解雇の無効、労働者派遣契約の解除の無効及び不利益取扱の禁止のみが挙げられている。しかし、これでは保護の内容としてはあまりに不十分である。
    前記第3に述べたとおり、保護される通報者の範囲も拡充されるべきであり、それに伴って保護の内容も広げられるべきである。
  2. 定められるべき保護の内容
    具体的な保護内容は、保護される通報者毎に下記のとおり定められる必要がある。
    (1)まず、事業者に雇用されている労働者については、通報を理由とした解雇の無効のほか、懲戒、昇進その他の雇用条件等に関する一切の不利益的取扱いをしないことまでが保証されなければならないのであり、法案骨子3(3)はこれを定めている点で賛成できる。
    しかし更に、通報を理由として事業者から刑事責任や民事上の損害賠償責任を追及されるおそれがあるので、刑事責任・民事責任を負わないことが盛られる必要がある。
    (2)また、派遣労働者について通報を理由とした労働者派遣契約の解除が禁止され(法案骨子3(2))、派遣労働者と元労働者について、通報を理由とした不利益な取扱いは許されないとされていて(法案骨子3(3))、例えば元労働者については、退職金の支給や企業年金等について不利益な取扱いが禁止されるとされていることは賛成である。
    但し、更に、刑事上・民事上の責任を負わないと定められるべきであることは(1)と同様である。
    (3)更に上記と同様に、 役員についても、通報を理由とした一切の法律上・事実上の不利益な取扱いは許されないとすべきである。そしてやはり刑事上・民事上の責任を負わないと定められるべきである。
    (4)下請・協力事業者等については、通報を理由として請負契約等を事業者が解除することを無効とする必要がある。
    更に、当該事業者だけでなく、下請・協力事業者による解雇や不利益取扱いも禁止されなければならない。
    刑事上・民事上の責任を負わないことは(1)と同様である。
    (5)元契約社員、元派遣社員、元下請・協力事業者等も保護されるべきであり、通報を理由として刑事上・民事上の責任を負わないこととすべきことは前記(1)と同様である。
    (6)事業者との取引等によって対象となる情報を知った者について、通報を理由とする取引等の契約解除も無効とすべきである。
    刑事上・民事上の責任を負わないことは(1)と同様である。
    (7)なお、通報者が、法律上または契約上守秘義務を負う場合であっても、その通報は保護されるべきである(但し、弁護士・公認会計士・税理士・医師・薬剤師・公証人等一定の職業に就く者が職務上知り得た秘密に関しては除く)。これらについて刑事上・民事上責任を問われるとすると公益通報が抑制されることは明らかであるから、刑事上・民事上免責される旨が明記されるべきである。
  3. 保護内容を実効性あらしめるための施策
    更に、以上の保護内容を実効性あるものとするために、通報者に対して上記保護に反する扱いをした事業者に対して罰則を科すなどなんらかの制裁制度が設けられる必要がある。また英国の雇用審判所のような簡便に救済の得られる手続きも検討されるべきである。

第5 通報先による保護要件について

【法案骨子・関連部分】
    
2.定義
(1)公益通報
(中略)
2.不正の目的でなく
(中略)
5.次のいずれかに通報することをいう。
ア 当該労務提供先又は当該労務提供先があらかじめ定めた者
(以下「労務提供先等」という。)
イ 当該犯罪行為等の事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関
ウ その者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者(当該犯罪行為等の事実により被害を受け又は受けるおそれがある者を含み、当該労務提供先の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある者を除く。 以下同じ。 )
3.公益通報者の解雇の無効等
(1)解雇の無効
労働者が次のいずれかに該当する公益通報をしたことを理由とする解雇は、無効とすること。
  1. 内部通報
    犯罪行為等の事実が生じ、又は生ずるおそれがあると思料する場合における労務提供先等に対する公益通報
  2. 行政機関への通報
    犯罪行為等の事実が生じ、又は生ずるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合における当該犯罪行為等の事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関に対する公益通報
  3. 外部通報
    犯罪行為等の事実が生じ、又は生ずるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合におけるその者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報
    イ 1又は2の公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
    ロ 1の公益通報をすれば当該犯罪行為等の事実に係る証拠の隠滅等のおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
    ハ 労務提供先から1又は2の公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
    ニ 書面(電磁的記録を含む。 )により1の公益通報をした日から二週間を経過しても、当該労務提供先等から当該犯罪行為等の事実について、調査を行う旨の通知がない場合又は正当な理由がなくて調査を行わない場合
    ホ 個人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合
  1. 通報先を実質的な内部通報前置としている不当性
    (1)法案骨子は、事業者内部への通報と、事業者外部への通報とを区別して保護要件を定立しているが、このこと自体は、事業者の正当な利益を保護するに不可欠の限度では、不相当であるとまでは断じがたいであろう。
    しかし、前記第1で述べたように、事業者外部への通報に関しては真実相当性のみを要件として過重すれば足りると考える。保護されるべき通報の範囲を上述のとおり消費者利益等の違法な侵害ないしそのおそれのある事態と限定し、かつ事業者外部への通報については真実相当性を要求することとすれば、安易な外部通報による事業者の利益侵害は十分防止できるはずである。
    (2)この点、法案骨子3(1)3イ~ホが内部あるいは行政機関への「公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合」等の要件を充たした場合に限って事業者外部への通報を保護すべきものとしているのは、事業者内部への通報を原則とし、あるいは、事業者内部への通報を前置すべきものとする趣旨を含むものであると考えられ、相当でない。
    事業者内部への通報を前置すべきものとすることは、事業者が、事業者から独立し第三者的立場で通報を受理しうる内部通報受理機関を組織し、かつその趣旨が被用者に十分理解され、強い信頼が得られていればともかく、そのような状況にない現状においては、いかに通報者の保護を定めても、通報を不当に萎縮させることになることは明らかである。
    また、公益通報者保護制度を設ける趣旨が、公益に関する事業者の内部情報の提供によって、広く国民の生命、身体及び財産への違法な侵害行為を未然に防止し、あるいは被害の拡大を防止しようとすることにあるとすれば、事業者内部への通報を原則とすれば、不祥事の発覚を恐れる事業者によって情報が秘匿される等によって、制度の実効性が担保されない可能性があり、公益に関する通報が事業者外部に提供されてこそ制度趣旨がよりよく全うされるとも考えられるのであり、内部通報を原則とすることは、これと相容れないものであり、事業者外部への公益通報も原則として保護されるべきものとして制度の立法化を図るべきである。
    (3)上記(2)に述べたことは、法案骨子2(1)5ウが「公益通報」の定義の一部として外部通報先を限定している点についてもそのまま当てはまる。
    法案骨子は外部通報先として「その者に対し当該犯罪行為等の事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」を挙げるが、このような最終報告において「相当な通報先」とされていた要件は、不当に外部通報を妨げるものであり、不要である。そもそも通報者が当該通報先への通報の「必要性」まで立証責任を負うとすれば、外部通報は事実上できなくなってしまうのであり、相当でない。
  2. 定められるべき通報先の保護要件
    以上の視点からすれば、法案骨子のように事業者外部への通報について、内部通報と異なった要件を定立する場合であっても、その要件は内部通報の場合に比して故なく厳格にすべきではない。各通報先への保護要件について定められるべき内容は下記のとおりである。
    (1)まず、全ての公益通報に「不正の目的でなく」という要件を課すことは重きに失する。少なくとも立証責任の転換をすべきである。
    (2)そして、外部通報について、法案骨子3(1)3イ~ホが
    イ 事業者内部又は行政機関に通報すれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
    ロ 事業者内部に通報すれば証拠の隠滅等のおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
    ハ 労務提供先から内部通報または行政機関への通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合
    ニ 書面により内部通報をした日から2週間を経過しても当該労務提供先等から当該犯罪行為等の事実について、調査を行う旨の通知がない場合または正当な理由がなくて調査を行わない場合
    ホ 個人の生命または身体に危害が発生し、又は発生する急迫の危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合 を要件としていることは相当ではない。
    イないしニは、内部通報ないし行政機関への通報の前置を求めるものであって、上記のとおり要件として相当でない。特にニについては、実際に調査を行っていなくても、「調査を行う旨の通知」さえ行えば外部通報はできなくなるのであって不当である。
    ホは、このような事情があれば当然外部通報を認めるべきであって、あえてかかる要件を定めれば、急迫の危険がない場合には外部通報ができないかのような誤った解釈を招き、通報を不当に萎縮させることになるのであって不当である。。
    (3)結局、行政機関以外の外部通報について法案骨子のような要件を定めることは、内部通報を原則的形態として予定し、あるいは内部通報の前置を求めることに他ならず、基本的に相当でない。
    内部通報と外部通報で要件に差異を設けることに一定の合理性があるとしても、「真実相当性」で足りるというべきである。
    万一、立法化に当たり、行政機関以外への外部通報についてイないしホの要件を要求するとの法案骨子の結論が維持される場合にも、これを積極的な保護要件とすれば、通報を不当に萎縮させることになることは明らかであるから、最低限イないしホについては、これを消極的な不保護要件とでもいうべきものにする必要がある。
    すなわちこれらについての立証責任を転換し、「不利益な取扱を受けると信じる合理的理由がないこと」、「証拠の隠滅等のおそれがあると信じる合理的理由がないこと」等を、事業者が立証しなければならない「保護から除外される要件」とするべきである。

第6 事業者及び行政機関がとるべき措置について

【法案骨子・関連部分】
    
4 .事業者及び行政機関がとるべき措置
(1)事業者による是正措置等の通知の努力義務
書面により公益通報者から3.(1)・の公益通報をされた事業者は、犯罪行為等の事実の是正措置をとったときはその旨を、犯罪行為等の事実がな いときはその旨を、当該公益通報者に対し、遅滞なく、通知するよう努めなければならないこと。
(2)行政機関による措置の義務
1 公益通報者から3.(1)2の公益通報をされた行政機関は、必要な調査を行い、当該公益通報に係る犯罪行為等の事実があると認めるときは、法令に基づく措置その他適当な措置をとらなければならないこと。
2 3.(1)・の公益通報が、誤って当該公益通報に係る犯罪行為等の事実について処分又は勧告等をする権限を有しない行政機関に対してされたときは、当該行政機関は、当該公益通報者に対し、当該公益通報に係る犯罪行為等の事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関を教示しなければならないこと。

法案骨子は、事業者について是正措置等の通知についての努力義務を課すことにしているが、努力義務にすぎないことを強調することとなってしまい、不当である。
あるべき公益通報者保護制度のためには、調査結果、是正措置の内容、犯罪行為が無いと判断した場合はその理由を通報者宛に遅滞なく通知する旨を明記すべきである。
法案骨子は3.(1)3ニにおいて、事業者は公益通報があった日から2週間以内に書面で通報者に対し調査を行う旨の通知さえすれば外部通報に晒される危険がないことを定めている。従って、上記是正措置の通知が努力義務ということと相まって、通報者は事業者から調査結果や是正措置の内容を知らされる保証が全くないまま、「調査中」ということで放置される余地が大いにあるのである。
このような不当な状態を無くすためにも、上記努力義務は法的義務にすべきである。

第7 一般法理との関係について
     現在検討されている公益通報者保護制度は、前記第1で述べた本来あるべき姿とはほど遠く、不当に公益通報者の保護を制約する立法となる可能性が強い。
そこで、そのような新法が制定された場合でも、新法の適用がない事案では通報者が保護されないのではなく、従来の一般法理によって救済されるべき場合は従来どおり保護されることが明確にされることが極めて重要である。
この点、最終報告では「なお、本制度の対象とならない通報については、一般法理に基づき、個々の事案ごとに、通報の公益性等に応じて通報者の保護が図られるべきであり、制度の導入により反対解釈がなされることがあってはならない。」という記載がなされていた。従って、このように反対解釈の禁止を明言した条文が設けられるべきである。
以上