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地方公共団体に対して人種差別を目的とする公共施設の利用許可申請に対する適切な措置を講ずることを求める意見書

2015(平成27)年9月8日
東京弁護士会 会長 伊藤 茂昭

当会は、2015年9月7日開催の常議員会の審議を経て、標記意見をとりまとめました。

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第1 意見の趣旨

 地方公共団体は,市民的及び政治的権利に関する国際規約及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約に基づき,人種差別を撤廃するために,人種的憎悪や人種差別を扇動又は助長する言動など,人種差別行為を行うことを目的とする公共施設の利用申請に対して,条件付許可,利用不許可等の利用制限その他の適切な措置を講ずるべきである。

第2 意見の理由

1 ヘイトスピーチの蔓延する現状と地方公共団体

 近時,在日コリアンが多数生活する東京・新大久保や大阪・鶴橋等をはじめとする全国各地において,差別・排外主義団体が,「日韓国交断絶国民大行進」等と称して人種差別集会やデモ行進を繰り返している。2013年中のこうしたデモ行進の件数が,日本国内で少なくとも360件余りに上っていたとする調査報告もある(*1)。
 これらの集会やデモ行進では,「朝鮮人首吊レ 毒飲メ 飛ビ降リロ」,「良い韓国人も悪い韓国人もみんな殺せ」,「ガス室に朝鮮人,韓国人を叩き込め」,「うじ虫韓国人を日本から叩き出せ」,「いつまでも調子に乗っとったら,南京大虐殺じゃなくて,鶴橋大虐殺を実行しますよ」等,特定の民族に対する憎悪や差別の扇動が行われている。さらに,差別・排外主義団体は,インターネットの動画等を利用して,差別的言動を流布している。
 2009年から2010年にかけて,差別・排外主義団体が,京都朝鮮第一初級学校(小学校に相当)の門前で,「ここは北朝鮮のスパイ養成機関」,「約束というのはね,人間同士がするもんなんですよ。人間と朝鮮人では約束は成立しません」,「朝鮮人を保健所で処分しろ」,「ゴキブリ,うじ虫,朝鮮半島へ帰れ」等と,拡声器等を用いて怒号することを続けるという事件が発生した(*2)。目の当たりにした子どもたち,教職員,さらには保護者らが受けた精神的打撃は甚大であり,5年以上たった今も PTSDが続く人たちもいる。
 民間団体が行った調査によれば,ヘイトスピーチを向けられた人たちの深刻な被害として,恐怖から身体を動かすこともできなかった,自尊心を著しく傷つけられた,本名を名乗っている子どもたちが家から出るのを怖がるようになった,「自分が韓国人って,周りの人に言うのはあかんねんなと思った」「大人になったら日本国籍をとる」と述べるようになった,そして,このような事態を放置している日本社会自体に対しても恐怖を覚えるに至っているなどと報告されている(*3) 。
 被害者らの被害に加え,ヘイトスピーチなどの人種差別行為の放置は,社会に深刻な悪影響を与える。差別や憎悪を社会に増大させ,暴力や脅迫等を拡大させる。国連人種差別撤廃委員会が2013年の一般的勧告「人種主義的ヘイトスピーチと闘う」で強調しているように,それらの放置は,「その後の大規模人権侵害およびジェノサイドにつながっていく」(3項)。ナチスによるホロコーストやルワンダにおける民族大虐殺等だけでなく,日本においても,1923年に発生した関東大震災で,朝鮮人が暴動を起こしているとの流言飛語が広まり,日本軍や,民間の自警団によって少なくとも数千人の朝鮮人が虐殺された。これは,1910年に朝鮮半島を植民地とした後,被支配民族としての朝鮮人に対する蔑視と,植民地化に対する朝鮮人の抵抗運動に対する恐れから,日本国内で朝鮮人に対するヘイトスピーチが蔓延した結果であった。日本にもこのような過去があることが想起されなければならない(2003年8月25日付け日弁連「関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺人権救済申立事件」勧告書参照)。
 日本も加盟する市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)(*4) 及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)(*5) は,人種差別行為による深刻な害悪に鑑み,締約国に対し,人種差別撤廃政策を遂行し(人種差別撤廃条約2条本文),人種差別を「禁止し,終了させる」(同条1項d)具体的義務を課している。
 条約は国内法的効力を有するから(憲法98条2項),これら義務は国内法上の義務でもあるにもかかわらず,日本政府は,かかる国際人権諸条約への加盟後も,総合的な人種差別撤廃政策を策定・遂行してこなかった。また,近時のヘイトスピーチの蔓延に対しても,国家機関や地方公共団体において,かかる人種差別行為を禁止し,終了させるための具体的な取り組みはほとんどなされていない。
 このような日本の人種差別の現状について,国際機関から是正のための勧告が相次いでなされている。なお,このような動きを受けて,日本弁護士連合会においても,2015年5月7日付けで「あらゆる日常生活又は社会生活における個々人に対する不当な差別的取扱いとともに,ヘイトスピーチを公然と行うことが許されないこと」をその内容に含んだ人種的差別撤廃に向けた基本法の制定等を求める「人種等を理由とする差別の撤廃に向けた速やかな施策を求める意見書」を発表しているところである。また,2015年8月6日の時点で,全国の190の地方議会において,ヘイトスピーチ対策を求める意見書等が採択されている(同日の参議院法務委員会における政府答弁)。
 かかる国レベルでの基本法整備の取組みは人種差別撤廃のために不可欠で重大な第1歩である。しかし,ヘイト集会やデモを直ちに止める即効性はない。他方,ヘイト集会の会場として公民館等の地方公共団体の管理する公共施設が使われていることに対して,これまで,2013年6月に山形県,2014年5月に大阪府門真市が公共施設の利用を拒否したことが報道されている。多くの地方公共団体の担当者も,人種差別に加担したくないと悩みつつも,憲法21条の集会の自由との関係で逡巡していることが報道されている(*6) 。
 そこで,当会は,ヘイトスピーチなどの人種差別行為を目的とする公共施設の利用申請に対する地方公共団体の対応のあり方について,憲法,自由権規約及び人種差別撤廃条約等の観点から検討し,本意見書を公表するものである。

2 国際人権諸条約に基づく条約上の義務と国際人権機関からの勧告

 ヘイトスピーチなどの人種差別行為が,マイノリティ当事者及び社会に引き起こす害悪については第二次世界大戦を経た国際社会の共通認識となっている。それゆえ,戦後の国際人権法体制の出発点である1948年の世界人権宣言を条約化した国際人権規約(1966年採択)のうち,自由権規約は,19条で表現の自由を保障するとともに,その明確な例外として,20条1項で戦争宣伝を,そして2項で「差別,敵意又は暴力の扇動となる国民的,人種的又は宗教的憎悪の唱道は,法律で禁止する」と定めている。日本は同条約を1979年に批准し,すでに35年以上前からこのような唱道を法律で禁止する義務を負っている。
 また,欧米諸国でのネオナチ運動への危機感などを大きな契機として1965年に採択された人種差別撤廃条約では,締約国に「いかなる個人,集団又は団体による人種差別」も「後援せず,擁護せずまたは支持」(2条1項b)せず,「禁止し,終了させる」義務を負わせている(同項d)。さらに,4条は,人種差別の中でもヘイトスピーチについて,「差別のあらゆる煽動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束」させ,そのために,「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布,人種差別の扇動,いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供」を「法律で処罰すべき犯罪であることを宣言する」ことなどを求めている(4条(a))。
 前記のとおり,ヘイトスピーチの蔓延する日本の現状に対し,国際人権諸条約に基づき設置された人種差別撤廃委員会等の国際人権機関からも,強い憂慮の念が示され,懸念や勧告が相次いで表明されている。特に,昨年(2014年)には,日本政府に対し,政府報告書審査に対する総括所見として,国際機関から様々な懸念・勧告が表明された。

① 自由権規約委員会

 自由権規約委員会は,2014年7月24日に採択された同年8月20日付け総括所見において,マイノリティ集団に対する人種差別的言動の広がりと,これに対する法的救済措置の不十分さに懸念を表明した。その上で,日本に対し,差別,敵意又は暴力の扇動となる,人種的優越又は憎悪を唱道する全ての宣伝を禁止するべきと述べ,人種差別的な攻撃を防止し,また,加害者を徹底的に捜査・訴追・処罰するため,全ての必要な措置を講ずるよう勧告した(パラグラフ12)。

②人種差別撤廃委員会

 人種差別撤廃委員会は,2014年8月29日に採択された同年9月26日付け総括所見において,人種差別を禁止する包括的な特別法を制定すること(パラグラフ8),4条(a)(b)の留保を撤回して刑法を改正すること(パラグラフ10)を勧告した。また,日本国内で,外国人やマイノリティ,とりわけ朝鮮人に対する,切迫した暴力の扇動を含むヘイトスピーチ等がまん延し,かつ,これに対して適切な捜査・訴追がなされていないことに懸念を表明した(パラグラフ11)。その上で,「人種差別的スピーチを監視し対処する措置は,抗議の表現を奪う口実として使われるべきではない」としつつも,「(a)憎悪及び人種差別の表明,デモ・集会における人種差別的暴力及び憎悪の扇動にしっかりと対処すること。(b)インターネットを含むメディアにおいて,ヘイトスピーチに対処する適切な措置をとること。(c)そのような行動について責任ある個人や団体を捜査し,必要な場合には,起訴すること。(d)ヘイトスピーチを広めたり,憎悪を扇動したりする公人や政治家に対して適切な制裁措置をとることを追求すること。(e)人種差別につながる偏見に対処し,また国家間及び人種的あるいは民族的団体間の理解,寛容,友情を促進するため,人種差別的ヘイトスピーチの原因に対処し,教授法,教育,文化及び情報に関する措置を強化すること。」を勧告した(同)。

3 地方公共団体における人種差別行為目的の公共施設の利用制限について

(1)人種差別行為目的の公共施設の利用制限の必要性

 これまで述べてきたとおり,日本において現在蔓延しているヘイトスピーチなどの人種差別行為による被害は深刻であり,これ以上放置することは,被害者であるマイノリティの人権の観点からも,日本が締約国として義務を負う,人種差別撤廃条約をはじめとする国際人権諸条約の遵守の観点からも,許されない状況にある。そして,マイノリティという「被害者」らを住民として抱えている地方公共団体においては,かかる「被害者」らの救済を求める切実な声に十分耳を傾け,自由権規約や人種差別撤廃条約に基づき,ヘイトスピーチを根絶するための具体的措置を取ることが求められている。また,少なくとも,締約国としての日本の統治機構の一部を構成する地方公共団体が,ヘイトスピーチという人種差別行為を後援・擁護・支持するようなことは,あってはならない。
 かかる観点を踏まえれば,人種差別を標榜する団体が,ヘイトスピーチなどの人種差別行為を行うための集会を開催するために,地方公共団体の管理する公共施設の利用を求めるような場合には,地方公共団体がかかる人種差別行為を後援・擁護・支持することのないよう,当該地方公共団体は,その管理権に基づき,その利用を制限するなどの具体的な措置をとることが求められる。
 もっとも,ヘイトスピーチは「言動」という態様によってなされる人種差別行為であるという点において,これに対する規制が,憲法上保障される表現の自由との緊張関係を生じる側面があることを否定することはできない。そのため,ヘイトスピーチへの具体的対応を求められる地方公共団体(*7) においては,表現の自由を不当に侵害することのないよう慎重な配慮の上で,人種差別行為を後援・擁護・支持せず,これを禁止し,終了させるために必要な具体的措置を取ることが求められる。

(2)ヘイトスピーチに対する地方公共団体による規制の可否

 他方,ヘイトスピーチの「表現」を伴うという側面を重視した場合,そもそも,地方公共団体における行政的権能たる管理権の行使によって,「人種差別」という表現内容に着目した規制を行うことが,憲法上許容されるかが問題となり得る。
 この点,表現の自由は,個人の人格の発展及び民主主義の土台であることから,憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものである。とはいえ,もとより絶対無制限なものではなく,他者の人権の不当な侵害を許さないという内在的制約に服する。例えば,名誉毀損表現(刑法230条),侮辱表現(刑法231条),虚偽の風説の流布(刑法233条),風説の流布(金融商品取引法158条),児童ポルノ(児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律),私事公開表現(プライバシー侵害表現)等については,表現内容規制が憲法上許容されるものと解されている。
 一方,ヘイトスピーチは,上記のとおりその属性を有するすべての人々の尊厳を著しく傷つけ,その属性を有する人々が個別具体的に差別される可能性を拡大させ,社会全体に差別意識を蔓延させ,ひいては,出自等を問わず平穏な生活を保障する社会の構築を阻害するという深刻な害悪を招来するものであることに加え,日本が加盟している自由権規約,人種差別撤廃条約において,締約国に対し,人種差別を後援・擁護・支持してはならず,ヘイトスピーチ等の人種差別行為を禁止し,終了させることが義務づけられている。このような点を併せ考えれば,わいせつ物の頒布や名誉毀損表現等と同様に,表現の自由の濫用とも言うべきヘイトスピーチ等の人種差別行為を後援・擁護・支持せず(*8) ,これを禁止し,終了させるため,地方公共団体が,ヘイトスピーチや人種差別的集会を目的とする公共施設の利用を制限することも,公共の福祉による内在的制約の観点から,憲法21条1項に反するものではなく,許容されるものと考えられる(*9) 。

(3)ヘイトスピーチ等の人種差別行為に対する規制を行う場合の留意点

 上記のとおり,地方公共団体が,自由権規約ないし人種差別撤廃条約に基づき,ヘイトスピーチなどの人種差別行為を後援・擁護・支持せず,または,これを禁止し,終了させるために,ヘイトスピーチや人種差別的集会を目的とする公共施設の利用申請に対し,その利用を制限することは憲法上許容されるものと解される。他方,表現の自由の重要性に鑑みれば,このような規制が正当な言論活動に対する制限のために濫用されたり,又は,表現の自由に対する過度の萎縮が生じることを最大限避ける必要があり,その制限方法については,慎重を期すことが求められる。そこで,地方公共団体が,ヘイトスピーチや人種差別的集会利用を理由とする公共施設の利用制限等の措置を取るにあたっては,以下の点が十分留意されるべきである。

①自由権規約,人種差別撤廃条約に基づき禁止される人種差別行為を制限するための利用制限であることを明確にすること
 地方公共団体において,公共施設の利用制限を行う場合には,法形式上,地方自治法や公共施設の使用に関する条例等における,使用許可の制限に関する一般条項を根拠として,利用制限措置を取ることが多いと思われる。しかしながら,このような一般条項の文言は「管理上支障があるとき」など,抽象的であることが通常であり,このような条項を適用して,集会や表現活動のための公共施設の利用制限を行う場合には,表現の自由に対する過度の制約や濫用となり得ることから,具体的な条件を設定することにより憲法に合致するよう限定的に解釈することが求められる。
 特に,ヘイトスピーチや人種差別集会を行うために公共施設を利用することを制限する場合,多くの場合,公共施設が実際に利用される前の段階で,事前規制的にその利用を制限することになると思われるが,このような制限を,行おうとする場合,規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され,かつ,合憲的に規制し得るもののみが規制の対象となることが明らかにされることが求められ,また,利用者が具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができることが必要となる(*10) 。
 この点,上記のとおり,ヘイトスピーチや人種差別集会に対する規制が憲法上許容される根拠は,ヘイトスピーチによる害悪が重大であり,かつ,自由権規約ないし人種差別撤廃条約において,締約国に,人種差別行為を後援・擁護・支持してはならず,ヘイトスピーチを禁止し,終了させることが義務づけられていることによる。とすれば,地方公共団体において,ヘイトスピーチ等の人種差別行為に対する規制措置をとる場合には,規制対象が,自由権規約ないし人種差別撤廃条約において禁止されている人種差別行為であることを理由とすることが明らかにされる必要がある。
 すなわち,地方公共団体は,ヘイトスピーチを含む人種差別行為を行うことが公共施設の使用許可の制限に関する一般条項における使用制限事由に該当するという合憲限定的解釈に立った上で,公共施設の利用制限を課すものであることを明らかにする必要がある。また,地方公共団体は,このような条例の自由権規約及び人種差別撤廃条約に照らしての限定的解釈を市民に明らかにするためにも,ヘイトスピーチ等の人種差別行為を規制する条例の整備や,既に存在する公共施設の利用に関する条例における一般条項に関する解釈指針の整備等を通じて,その基準の明確性をより一層高める努力をすることが望ましい。

②厳格な要件に該当することを,適正な手続に則って認定した場合に限り,利用制限を行うこと
 地方公共団体によるヘイトスピーチなど人種差別行為の制限を理由とする公共施設の利用制限は,多くの場合,当該公共施設において,ヘイトスピーチなど人種差別行為が行われるおそれがあることを理由として,事前にその利用を制限することとならざるを得ない。このような事前抑制たることの性質上,その利用制限は,予測に基づくものとならざるを得ず,事後制裁の場合よりも濫用されやすく,実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるため,厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されるところである(*11) 。
 したがって,地方公共団体による公共施設の利用制限の判断にあたっては,「公共施設においてヘイトスピーチなど人種差別行為が行われるおそれが,客観的な事実に照らして具体的に明らかに認められる場合」等の厳格な要件を設定し,これに該当する場合に限って,利用制限を行う扱いとすることが要請される。例えば2014年4月の排外主義団体の元副会長による大阪府門真市での市民ホールの使用申請における集会の題名は「他文化共生の時代 朝鮮の食糞文化を尊重しよう」であり,集会を宣伝するサイトに掲載されていた共催団体名にも「学校給食で,朝鮮子弟には『うんこ』を食べさせようの会」「うんこ喰っとけの会」などが並んでいた。このような場合には,かかる要件に該当することが明白であるといえる。

 また,利用制限を受ける者の表現の自由の確保という観点からは,その者に,自らの施設利用が正当な言論活動のためのものであることを主張・立証するための手続的保障の機会を可及的に付与すべきである。そのため,門真市の例のように,利用申請書に記載された利用目的や集会の題名や口頭での申請内容に,特定の民族等の属性に対する侮辱的,脅迫的表現が含まれている場合のように,公共施設で人種差別行為が行われるおそれが,申請時点で,客観的事実に照らし具体的に明らかである場合を除いては,利用制限の不利益を受ける当事者に対して反論の機会を与えることが望ましい。
 さらに,行政による恣意的な判断がなされる危険を可能な限り排除するためにも,利用制限の要否・是非の判断を,国際人権法,憲法や人種差別問題に精通した研究者・法律家・NGO等の有識者の意見を聴取した上で行うこととするのが望ましい。

③制限内容を必要最小限とすること
 公共施設を利用した集会については,多数人が一定時間参加し,表現行為を繰り返す性質上,大多数においては正当な言論活動が行われたものの,内容の一部についてヘイトスピーチ等の人種差別行為がなされたり,その参加者の一部がヘイトスピーチ等の人種差別行為を行うおそれがある等の事態も考えられる。このような場合に,ごく一部のヘイトスピーチ等の人種差別行為を理由に,その他の正当な言論活動のための公共施設利用を一切拒否するなどの過度の制約がなされることは,表現の自由の重要性に鑑みれば,許されるものではない。
 したがって,地方公共団体は,ヘイトスピーチ等の人種差別行為を理由とする施設利用制限にあたっては,当該施設の利用を通じて行われることが予想されるヘイトスピーチ等の人種差別行為の内容や程度,ヘイトスピーチ等の人種差別行為に加わることが予想される参加者の数,当該利用申請者に対する過去の是正措置の有無とその結果等の認定事実を踏まえ,当該施設を利用させることにより生ずる人種差別による害悪の有無・程度を具体的に検討し,このような害悪の発生を防ぐ目的との関係において,「人種差別行為を行わないよう警告する措置」,「人種差別行為を行わないことを条件として施設の利用を許可する条件付利用許可」,「施設の利用不許可」などのとり得る措置の中から,より制限的な手段を選択することが望ましい。

4 おわりに

 日本においては,在日コリアン等の民族的マイノリティに向けられた言動をはじめとする激しい人種差別が,これまで繰り返し行われてきた。ヘイトスピーチは決して「新しい」問題ではない。近時,ヘイトスピーチとして問題となっている一連の行為・事態は,公的機関が人種差別を撤廃するという国際法上の責務を怠って来たことが重要な一因であることを,認識すべきであろう。
 以上より,当会は,地方公共団体に対し,現行法上可能なヘイトスピーチに対する取り組みの一つとして,ヘイトスピーチや人種差別集会を行うための公共施設の利用許可申請に対する条件付許可,利用不許可等の利用制限その他の適切な措置を講ずることを求めるものである。

注釈

*1 「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」による調査(2015年6月22日閲覧)。
*2 同事件については,4名が威力業務妨害罪や侮辱罪等で有罪判決を受けるとともに,民事訴訟においても,京都地方裁判所が,2013年10月7日,総額1226万円の損害賠償と,京都朝鮮第一初級学校から半径200メートルの範囲内における誹誇中傷等の演説やビラ配布等の差止めを認容した。この判決で同裁判所は,「本件活動に伴う業務妨害と名誉毀損は,いずれも在日朝鮮人に対する差別意識を世間に訴える意図の下,在日朝鮮人に対する差別的発言を織り交ぜてされたものであり,在日朝鮮人という民族的出身に基づく排除であって,在日朝鮮人の平等の立場での人権及び基本的自由の享有を妨げる目的を有するものといえるから,全体として人種差別撤廃条約1条1項所定の人種差別に該当するものというほかない。したがって,本件活動に伴う業務妨害と名誉毀損は,民法709条所定の不法行為に該当すると同時に,人種差別に該当する違法性を帯びている」と判示した。また,控訴審である大阪高等裁判所は,2014年7月8日,原審被告らの控訴を棄却し,「控訴人らの行為が表現の自由によって保護されるべき範囲を超えていることも明らかである」,「応酬的言論の法理により控訴人らの行為が免責される余地はない」,「被控訴人は,在日朝鮮人の民族教育を行う学校法人としての人格的価値を侵害され,本件学校における教育業務を妨害されたのであるから,これによって無形の損害を被ったといわなければならない」と判示している。そして,同判決は,2014年12月9日,最高裁が上告を棄却したことにより確定した。
*3 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ「在日コリアンに対するヘイトスピーチ被害実態調査報告書」
*4 自由権規約20条2項:差別,敵意又は暴力の煽動となる国民的,人種的又は宗教的憎悪の唱道は,法律で禁止する。
*5 人種差別撤廃条約2条:締約国は,①人種差別を批判し,②あらゆる形態の人種差別を撤廃し,すべての人種間の理解を促進する政策を,すべての適当な方法により遅滞なく,遂行する義務を負う。このため,
(a)各締約国は,個人や集団,組織に対する人種差別行為・実行にたずさわらず,また,国・地方のすべての公的当局・機関がこの義務に従って行動するよう確保する義務を負う。
(b)各締約国は,いかなる個人や団体による人種差別も後援せず,擁護・支持しない義務を負う。
(c)各締約国は,国・地方の政府の政策を再検討し,人種差別を生じさせたり,永続化させたりする効果を持ついかなる法令も改正し,廃止し,無効にするために効果的な措置をとる。
(d)各締約国は,状況により必要とされるときは立法を含むすべての適当な方法により,いかなる個人や集団,組織による人種差別も禁止し,終了させる。
(e)各締約国は,適当なときは,人種間の融和を図る複数の人種で構成される団体・運動その他人種間の障壁を撤廃する手段を奨励し,人種間の分断を強めるようないかなる動きも抑止する義務を負う。
人種差別撤廃条約4条:
締約国は,①人種的優越や,皮膚の色や民族的出身を同じくする人々の集団の優越を説く思想・理論に基づいていたり,②いかなる形態であれ,人種的憎悪・差別を正当化したり助長しようとする,あらゆる宣伝や団体を非難し,また,このような差別のあらゆる煽動・行為の根絶を目的とする迅速で積極的な措置をとることを約束する。このため,締約国は,世界人権宣言で具体化された原則と本条約第5条が明記する権利に留意し,特に次のことを行う。
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布,人種差別の扇動,いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も,法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし,このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
(c)国又は地方の公の当局・機関が人種差別を助長し又は煽動することを許さない。
*6 神奈川新聞2014年9月20日「時代の正体<26>ヘイトスピーチ考 不正義を前に もどかしさ」
*7 人種差別撤廃条約の文言上,義務の主体は「締約国」であるが,地方公共団体も締約国である日本の国の組織の一部として,国際法上の義務の主体となる。特に,人種差別撤廃条約2条1項(a)(c) 及び4条(c)は,「地方」の当局が名指しで明記され,地方公共団体の義務が強調されている。
*8 地方公共団体において,公共施設においてヘイトスピーチが行われることが明らかであることを認識しながら,当該施設の利用を許可することがあれば,これは当該地方公共団体が人種差別を不作為的に後援・擁護・支持したものと評価せざるを得ない点に留意する必要がある。
*9 なお,例えば税関検査によるわいせつ表現物の輸入規制について,最高裁は,「わが国内における健全な性的風俗を維持確保する見地からするときは,猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することは,公共の福祉に合致する」ことに加えて,「猥褻刊行物ノ流布及取引ノ禁止ノ為ノ国際条約(昭和一一年条約第三号)一条の規定が締約国に頒布等を目的とする猥褻な物品の輸入行為等を処罰することを義務づけていること」をも理由として,憲法21条1項の規定に違反しないとしている(最高裁昭和59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)。
*10 最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁参照
*11 最高裁昭和61年6月11日大法廷判決・民集第40巻4号872頁参照

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