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「生活保護法の一部を改正する法律案」の廃案を求める会長声明

2013年06月12日

東京弁護士会 会長 菊地 裕太郎

1 現在、国会で生活保護法の一部を改正する法律案(以下「改正案」という)が審議されている。
この改正案には、以下のような生存権(憲法25条)を侵害する重大な問題が含まれている。

2 まず、改正案は、原則として生活保護の申請は申請書を提出しなければならず、その申請書には厚生労働省令で定める書類を添付しなければならないとしている(24条1項、2項)。これは、口頭でも申請ができるとした確立された判例(大阪高裁平成13年10月19日判決等)を否定し、申請書の提出がないことや添付書類が整っていないことを理由に申請を拒絶することを可能とするものであり、これまでも問題とされてきた違法な「水際作戦」を、いわば合法化し助長するものと指摘できる。
また、かかる改正がなされた場合、生活保護を必要とするDV被害者や路上生活者、追い出し屋からの被害者などは、着の身着のままで福祉事務所に申請に行くのであるから、添付書類などが用意できず、申請を拒否されることになることが明らかである。
この点に関して国民からの批判の声を無視できなくなった自民党、公明党、民主党、みんなの党の4党は、改正案を修正し、「特別な事情」がある場合は申請書の提出や添付書類の提出などがなくても良いとした。
しかし、「特別な事情」の有無は、申請を受ける行政側が判断をするので、申請書や添付資料がないことを理由にした申請拒否が生じる余地は、なお多分にあると指摘せざるを得ない。

3 次に、改正案は、生活保護の実施機関が保護開始の決定等にあたり扶養義務者その他の同居の親族等に「報告を求めることができる」(28条2項)と規定しているだけでなく、生活保護の実施機関等が要保護者や被保護者であった者の扶養義務者の資産及び収入の状況等につき「官公署…対し、必要な書類の閲覧若しくは資料の提出を求め、又は銀行、信託銀行…雇主その他の関係者に、報告を求めることができる」(29条1項2号)、生活保護の実施機関は保護の開始決定前に「当該扶養義務者に対して書面をもって厚生労働省令で定める事項を通知しなければならない」(24条8項)などと規定している。
すなわち、要保護者の扶養義務者は、資産や収入等について報告を求められ、要保護者や過去に生活保護を受給していた者の扶養義務者は、資産や収入等につき官公署や金融機関、雇主にまで調査されることなる。そして、報告や調査がされることを保護開始決定前に扶養義務者に対して通知することになる。
現在行われている扶養照会によっても、生活保護の受給を家族に知られるのをおそれて申請をためらう者が多いのに、現在だけでなく過去に生活保護を受給していた者の扶養義務者にまで調査が及ぶことになれば、扶養義務者は本人に生活保護を受給させないように無理してでも扶養したり、本人に申請をしないように働きかける事例が大量に発生することが予想され、生活保護申請に対する一層の萎縮的効果を生じさせることになる。厚生労働省は「相談者に対して扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行い、その結果、保護の申請を諦めさせるようなことがあれば、これも申請権の侵害にあたるおそれがあるので留意されたい」との通知を出しているが、改正案は、法律により扶養を事実上要件化し申請権を侵害するものである。

4 このように、改正案は、申請権の侵害を合法化し、扶養を事実上要件化するものであり、憲法上保障された生存権を脅かすものであって、到底容認できない。
貧困と格差が拡大している今日では、生活保護の積極的な活用こそが求められている。生活保護制度の捕捉率はこれまで2割程度とされているところ、最近の厚生労働省の発表(2010年4月9日)によっても3割程度であって、漏給を防ぐことこそが緊急の課題である。

以上より、当弁護士会は改正案の廃案を求めるものである。