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外国人の司法委員採用拒否に対する意見書

2006(平成18)年3月31日
東京地方裁判所
所 長 金築 誠志 殿
東京弁護士会
会 長 柳瀬 康治

この度、当会から司法委員候捕者として大韓民国の国籍を有する当会会員を推薦したところ、東京地方裁判所から、日本国籍をもたない者には委嘱できないとの回答を受けた。
しかしながら、日本国籍を有しないとの理由で司法委員就任を拒否することは、憲法に抵触するとともに、司法紛争のより良い解決、多民族・多文化共生社会の形成の観点からも不適切である。
司法委員制度は、市民の健全な良識と感覚を司法に反映させることを目的とする制度であり、司法委員は、簡易裁判所において、和解の補助、裁判官に対する意見具申ができるとともに、必要があるときは証人に発問することもできるとされている。そして、司法委員規則によれば、司法委員は、良識のある者その他適当と認められる者の中から、これを選任しなければならないとされ、一定の欠格事由は定められているものの、日本国籍を有しないことは欠格事由とはされていない、
また、憲法の定める基本的人権は前国家的な性格を有すること、憲法が国際協調主義に立脚していること、人権の国際化の傾向が顕著であることから、外国人にも、権利の性質上適用可能な人権規定の保障は等しく及ぶものである。そして、憲法は、法の下の平等(14条)を定め、職業選択の自由(22条1項)を保障している。この職業選択の自由は、広く職業を通じて自己の能力を発揮し、自己実現を図るという人格権的側面を有するものであり、司法委員に就任することも職業選択の自由に含まれると解される。
それにもかかわらず、東京地方裁判所が、日本国籍をもたない者には委嘱できないとする理由は、「法の明文はないが、公務員に関する当然の法理として、公権力の行使又は国家意思の形成への参画に携わる公務員となるためには、日本国籍を必要とするものである。」という、いわゆる当然の法理の考え方に基づくものと考えられる。
しかしながら、法令の定めもなく、一般的、抽象的に外国人の公務就任権を否定することは、憲法の立憲主義、法治主義に反すると言わざるをえない。国民主権原理を外国人の公務就任権の制約根拠とする見解も存するが、国民主権原理は、国民の総意により国の統治のあり方を最終的に決定することを意味するにすぎず、公務員が国民であることを原則とするものではないと考えるべきであり、このような考えのもとに、公務員に関する国籍要件を緩和するのが欧米諸国の動向でもある。したがって、当然の法理や国民主権の原理は、外国人の司法委員への就任を制約する根拠とはなりえない。
仮に、当然の法理の立場にたったとしても、前記のとおり、司法委員の役割は、和解の補助、裁判官に関する意見具申、証人に対する発問にとどまり、これらはあくまで補助や参考意見の表明であって、最終的には裁判官が判断することになるとされていることからすれば、司法委員の職務は公権力の行使等にあたらず、その意味でも外国人の司法委員への就任を認めないことは不適切である。
そもそも、簡易裁判所で扱われる紛争が国際化、多様化している今日、外国人も含めた多様な人材が司法委員に採用されることは、その健全な良識と感覚を司法に反映させることにより、紛争解決を容易にするものであり、多民族・多文化共生社会の形成の観点からも積極的意義を有する。
なかでも日本に生活の本拠をもち、日本で生活をしている定住外国人は、その生活実態において日本国民と何ら変わることがないのであるから、そのような外国人の公務員就任については、日本国民と同様に扱われるべきである。
しかるとき、今回、司法委員の採用を拒否された当会会員は、在日韓国人として永住資格を有し、司法修習を終え、弁護士としての経験を積み、司法委員としての能力、適格性を十分に有している者である。
よって、当会としては、司法委員に推薦した当会会員の採用を強く求めるとともに、以後、日本国籍を有さないものであっても、能力、適格性を有する者については積極的に司法委員に採用することを求めるものである。

東京弁護士会「外国人の司法委員採用拒否に対する意見書」全文(PDF:191KB)