東京弁護士会

少年事件の決定書全文の雑誌公表に抗議する会長声明

2015年05月27日

東京弁護士会 会長 伊藤 茂昭

 株式会社文藝春秋(以下「文藝春秋社」という。)は、本年4月10日に発売された「文藝春秋」5月号に、1997年5月に神戸市内で発生した連続児童殺傷事件(以下「神戸事件」という。)に関する記事を掲載し、その中で、審判の決定書全文を掲載した。
 同記事は、一般社団法人共同通信社編集委員が執筆したものであるが、同編集委員は記事の中で、神戸事件の少年審判を担当した元裁判官が決定書を提供したことを明らかにしている。

 少年法は、少年の「健全な育成」、すなわち、少年の成長発達権保障の理念を掲げ(第1条)、非行を犯した少年の立ち直りのための支援を行うことを目的としている。この目的のためには、少年の抱える資質上・環境上の問題に合わせた処遇を選択することが必要であることから、少年法は人間諸科学に則って判断する枠組み(科学主義)を採用し、鑑別所による心身の鑑別、家裁調査官による社会調査を行うことを予定している(第9条)。そして、心身鑑別や社会調査においては、少年自身の資質・能力等の繊細な情報のみならず、その祖父母の代まで遡った家族歴や友人・教師との関係など、高度なプライバシー情報までが収集され、それらの情報を踏まえて、審判がなされる。
 そのため、少年や事件関係者のプライバシーを保護しながら、少年の成長発達権保障の観点から適切な審判を行うことができるように、少年法は審判非公開の原則を定めている(第22条第2項)。
 そして、決定書は、審判における審理の結果として少年に対する処分及びその理由を記載した書面であり、審判の内容が反映されたものであるから、決定書の非公開も審判非公開の原則から要請されている。
 したがって、たとえ少年や関係者の実名が伏せられていたとしても、決定書全文を雑誌に公表することは、少年の成長発達権を保障する少年審判非公開の原則に違反し、許されない。
 とりわけ、事件発生後18年が経過し、少年がすでに社会復帰を果たしている現時点において決定書全文を公表することは、多くの国民に神戸事件を改めて想起させ、すでに静謐に社会生活を送っている元少年に不必要な犯罪者の烙印を押すことによって、元少年の生活に新たな困難を与えるおそれがある。また、同事件の被害者及び遺族にとっても、当時の忌まわしい記憶を想起させ、そのプライバシーや心情を害し、深刻な二次被害を生じさせる行為でもある。現に、報道によれば、被害者遺族のうちの一人は、雑誌に掲載されたことについて、興味本位に読まれることは、遺族にとっては非常に辛いとコメントしている。

 一方、報道によれば元裁判官は、なぜ少年が事件を起こしたのかについて、社会に教訓を読み取って欲しいという考えから決定書全文の公表に踏み切ったという趣旨のことを述べているようである。
 確かに、社会の耳目を引く少年事件が発生した場合には、その背景を正しく知り、同様の事件が起きないように、我々の社会が何をすべきかを考えるために、少年の成育歴や資質上の問題について知ることが重要であることは否定しない。しかし、それは、事件を特定して決定書を公表するという方法ではなく、これまでも行われているように、裁判官や調査官が過去の事例を研究し、その成果を、事件が特定されないような方法で出版して公にするという方法で行うことが可能であり、またそのようにすべきである。
 また、社会への情報提供という観点で、決定書全文はともかくとして、決定要旨の公表を、一定のルールに基づいて、一定の考慮の下で行うことが正しいというのであれば、法律あるいは最高裁判所規則において、その要件を定めるべきであって、一裁判官の判断で行われるべきでない。このことは、当会が2004年10月6日に発した「少年審判公表に関する会長声明」をはじめとして、かねてより主張してきたところである。
 元裁判官が、個人の信念に基づき、決定書の公表を正しいことと考えたとしても、裁判官が職務上知り得た秘密を公表することが守秘義務に違反することは明らかであり、決して正当化できるものではない。そして、元裁判官の行為は、神戸事件の関係者の信頼を裏切るのみならず、少年審判制度全般への信頼を失わしめる行為であると言わざるを得ない。すなわち、家裁調査官らに提供した情報が、いつ外部に漏れるかもしれないということになれば、今後の少年事件調査において、関係者が調査に応じず、あるいは十分な情報を提供しないということになりかねない。その結果、少年審判において適切な処遇選択をすることができなくなるおそれがある。

 また、もとより、報道の自由は国民の知る権利の支えとなる重要な権利であり、犯罪報道が有する社会的意義は軽視されるべきではない。しかし、報道の自由といえども無限定に保障されるわけではなく、プライバシー権等の他の基本的人権との調整のための内在的制約に服するものである。したがって、元裁判官が違法に提供した決定書を、報道の自由の名の下に公開することを正当化することはできない。

 以上より、当会は、文藝春秋社及び同記事を執筆した一般社団法人共同通信社編集委員並びに元裁判官に対し、強く抗議するとともに、今後、同様の行為を二度と行わないよう求める。

以上

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